障害をありのままに受け容れ、将来社会で生き抜く力を身につけてほしい。そう願う「みやぎ発達障害サポートネット」のスタッフの多くは、自閉症や発達障害の子どもを持つ親たちだ。自立に向けた支援を行う「療育の場」では子どもたち自身も努力し、「学びと交流の場」では親たちが障害を理解しようと向き合う。「あったらいいね」を合言葉に、日々直面する問題や課題を一つずつ克服していこうとみんなが力を合わせている。一人ひとりがいきいきと明るく安心して暮らしていけるように!との思いを込めて。
できなくて困っていることが一人でできるように
平日の午後4時。「こんにちは〜!」と小学生が元気に姿を見せた。「今日はね、給食にブロッコリーと竜田揚げが出たよ」「おいしかった?」「うん、おいしかったよ!先生は何食べたの?」。学校であったことを楽しくおしゃべりした後、「じゃ、始めようか!」と大塚先生と渡邉先生。就学以降の療育の場である「わかば」では、子どもたち一人ひとりの特性に合わせたプログラムが組まれている。
発達障害は脳機能の障害と言われ、自閉症のほか、知的障害を伴わないアスペルガー症候群や学習障害、注意欠陥多動性障害などがある。コミュニケーションが難しかったり、計算が苦手だったり、片づけができなかったりと症状はさまざま。本来は成長とともに習得していくはずの機能が、発達障害の子どもには備わっていないこともある。「わかば」では、そうした機能を持てるように支援していくのだ。
机の上には子どもたちの名前が貼られたクリアケースが置いてある。ある男の子のケースには、「地図」「読み物」「数」「工作」「おやつ」といった本日のメニューが貼られ、中には課題のプリントが入っている。その子のペースでメニューをこなすから、全部できないこともあるし、予想以上に早く終わることもある。
「わかば」では一人ひとりの特性に合わせた指導が行われる 指導を担当する大塚先生は、「みやぎ発達障害サポートネット」の理事長でもある。特殊学級で豊富な経験を積んだ後に通信制高校の講師をしていたとき、発達障害が要因で受験に失敗し、仕方なく来たという多くの生徒に接した。小さい頃から療育を受ける機会があれば進学も就職も叶ったのではないか。そんな思いから、子どもたちの可能性を広げたいと療育の現場に立つ。
小学生が4人集まると「ちょこっとスピーチ」の時間だ。隣のフリールームに移動し、一人ずつみんなの前に出て今日のできごとを報告する。サッカーをしていたら上級生に場所を取られちゃった話、給食にコーヒー牛乳が出るのが年に一度じゃなければいいのにという話……。不安なことを思い出して混乱することのないよう、大塚先生がうまくスピーチを誘導していく。スピーチが終わると工作に戻る子もいれば、宿題を見てもらう子もいる。穏やかな雰囲気の「わかば」はちょっとした個別指導塾のようだ。しかし、ベテラン教師2人のきめ細やかな配慮が行き渡っているのを感じる。
「ちょこっとスピーチ」で話すことにも慣れてきました 未就学児を対象とした児童デイサービスの「めばえ」と学童児対象の「わかば」は、毎日開設し、約70名の子どもが通う。自治体の交付する療育手帳(知的障害児・者が各種福祉支援を受けやすくするために交付)を持っていなくても、知的レベル、地域、年齢を問わず、必要とするすべての子どもたちをここでは受け入れている。
「子どもたちが安心できる居心地のいい場所を作る。そしてできなくて困っていることを一人でできるようにしてあげる。生活する力が備われば、進学だって就職だって普通にできるんです」と事務局長の伊藤あづささんは話す。
情熱あふれる事務局長、伊藤あづささん「あったらいいね」っていうことを一つずつ実現していこう
「みやぎ発達障害サポートネット」は、「発達障害者支援法」が施行された2005年夏に産声を上げた。発起人である伊藤さん自身も、自閉症の子どもを持つ母親だ。発達障害を正しく理解してもらいたいと講座を企画し、大学教員の仕事を終えた夜や週末に自宅で準備をした。その講座開催の記事が地元紙に掲載されるや否や、3日間携帯が鳴りやまなかったという。
発達障害の子どもを持つ親の多くは悩み苦しむ。わが子のややこしい行動が理解できずに叱ってしまう。どうしてうちの子だけ…と自分を責める。
「どうしてこういう行動をとるのだろう」
講座でその理由を知り、具体的な手立てがあることを学んだ親たちはみるみる変わった。苦しい子育てが楽しい子育てになったのだ。
2006年秋、仙台駅に隣接したビルにある行政のインキュベート施設に、最初の事務局を開設し、誰でも駆け込める場所がようやくできた。相談や問合せを受ける中でわかったのは、発達障害を知らずに大人になった人が実に多いということ。「障害を早期に発見して、小さい頃からわが子の困っていることに付き合える知恵を、保護者が身に付けることが必要なんだ。子どもでも大人でも家族でも困っているならとことんサポートしよう」。この活動に専念することを決心した伊藤さんの周りには、専門家の大塚先生をはじめ、同じように発達障害の子どもを持つ親たちが集まった。
「本人や自分たち親が日常生活の中で感じている“あったらいいね”っていうことを一つひとつ実現していこう。そうすれば子どもたちも家族も安心して、楽しく、いきいきと暮らすことができるようになる」
「みやぎ発達障害サポートネット」は強い信念を持って、日々活動を続けている。
「一人で頑張らない」が大切
伊藤さんにとって忘れられない瞬間がある。2004年12月、「発達障害支援法」が国会で決議された場に同席したときだ。発達障害が社会に認知され、「世の中が変わった」と強烈に感じた。しかしその後、現場が変わったかといえば大きな変化はない。
「待っていても変わらないなら、自分たちでできることを少しずつやっていこう」
「やるなら中途半端じゃだめ」
責任を持って活動を続けるために、伊藤さんたちは2007年3月にNPO法人格を取得。「宮城県で一番大きい団体にする。3年間で会員を200人にする」という目標はすでにクリアした。団体の成長とともに社会的信用も増し、行政や福祉、教育の機関だけでなく、企業とのネットワークも広がった。「一人で頑張らなかったからやってこれました」と伊藤さん。大塚理事長やスタッフたちという心強い仲間にいつも支えられている。
「一人で頑張らない」のは会員たちにとっても同じだ。おしゃべりサロン「ふわり」では親同士が、「ラルク」では成人した当事者同士が知り合い、悩みを分かち合うことを大切にしている。理解してくれる人、支えてくれる人がいるからこそ、困ったらいつでも来ることができるのだ。
おしゃべりサロン「ふわり」。「我が子が何に困ってる?」をテーマに勉強中 将来の夢は4階建てのビルを建てること。1階はおしゃべりサロン、2階は事務局で3階は療育のフロア。そして4階の就労フロアにはプレジデント・オフィスが並ぶ。「企業でみんなと働くことが難しいなら、一人ひとりが得意なことをして社長になればいい」と伊藤さんは考えている。
発達障害を持つ子どもたちが、将来社会で生きていくために必要な支援をする。子どもの自立を願う親たちの思いが、「みやぎ発達障害サポートネット」の大きな原動力になっている。
1階のウッドデッキでは子どもたちのくつろぐ姿も