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木を「育てる人」を増やしたい

今や「エコ」という言葉を耳にしない日はないほど、当たり前に認識されるようになった、地球環境問題。日々の生活で実践できる「エコ」をしながら、環境保護に取り組んでいる人は多いはず。でも、そんな環境活動をずっと続けられている人はどれだけいるだろうか。宮崎県の小さな町で、自然環境を守り続ける「人づくり」に取り組む、「子どもの森」の活動現場を取材した。
森林のイロハを学ぶ

 まだ肌寒さが残る3月8日。宮崎県日向市から車で30分ほどの山あいにある「森の学舎(まなびや)」で、「森づくりボランティア養成セミナー」が開催された。このセミナーは、県の「NPO・ボランティア活動人材・体験プログラム開発事業」として、県とお互いの立場や特性を認識・尊重しながら、共通の目的を達成するために取り組まれた。参加者は約20人。団塊世代の男性もいれば、若い女性や高校生もいて、顔ぶれはさまざま。

セミナー会場となった「森の学舎」
セミナー会場となった「森の学舎」

 冒頭、セミナーを主催する「子どもの森」代表の横山さんが開講のあいさつを行う。現在、多くの人たちは植樹をしただけで満足してしまい、木が育つのに必要な下草刈りなどの手入れを行わないので、健全な森が育ちにくい。森林のなりたちや下草刈りに必要な機材の扱い方を学んで、「植樹」だけでなく継続性のある「育樹」のボランティアになってほしい。そうセミナーの主旨を説明してくれた。

 「子どもの森」代表の横山さん
 「子どもの森」代表の横山さん

 午前中は座学。宮崎大学農学部で、森林の生態系を研究している木先生から、「森と環境の関係・里山概論」の講義が行われた。
 まずは樹木についての基礎知識。
 草と木の違いは、「木は年輪をつくる、草はつくらない」「木は茎が硬くなる、草は硬くならない」など、定義が複数あるとのこと。また、針葉樹と広葉樹の違いは、葉脈が魚の骨のように広がっているか(広葉樹)、広がっていないか(針葉樹)で区別できるらしい。
 次に森林について。
 森林とは、0.3ヘクタール(3,000u)以上の土地に、高さ5メートル以上の木が30%以上育っている場所を指す。日本は国土の7割を森林が占めており、そのうちの約4割は人間が木を植えた人工林だそうだ。

 森林についてわかりやすく講義する木先生
森林についてわかりやすく講義する木先生


 最後は、森林を育てる技術について。
 雑草木を刈り取る「下刈り」は、森林の育成にとってとても重要な作業。背丈の低い苗木が雑草木のかげに入ると、養分を取られてしまい、成長が妨げられるからだ。苗木を植えた後の数年間は、年に1、2回「下刈り」をする必要があるとのこと。
 そして木の密度を調節する「間伐」も、健全な森林を維持するために必要な作業。ただし一度に木を切りすぎると、森林全体がスカスカになり土地の力が弱まってしまうので、少ない数を適宜切り倒すのが理想らしい。
 こうして参加者は、森づくりに必要な森林の知識をひととおり学んだ。

 講義を受講する参加者の表情は真剣そのもの
講義を受講する参加者の表情は真剣そのもの

チェーンソーと刈払機(かりばらいき)で森を守れ!

 午後からは、間伐や下刈りをする際に必要となる、チェーンソーと刈払機の扱い方を学んでいく。機材の安全で正しい使用法について学んだ後、いよいよ「森の学舎」のグラウンドで実習に入る。
 まずは、チェーンソーを使って木立ち木に見立てた杉丸太を切り倒す。
 5人1組のチームにわかれ、人の身長よりすこし高いくらいの杉丸太に、チェーンソーで切り込みを入れていく。最初に、木の直径の1/4の深さまでチェーンソーで水平に切り込み、その上から斜めに切り込みを入れて、三角形の「受け口」をつくる。次に、反対側から「受け口」に向かって切り込みを入れる「追い口」をつくる。木が勝手に倒れないように、木の直径の1/10ほどを残して「くさび」を打ち込んでおけば、あとは手で押すだけでも「受け口」の方向に木を倒すことができる。
 説明を受けた参加者たちは作業を開始するが、チェーンソーのエンジンをかけられなかったり、切り口をうまくつくれなかったりと悪戦苦闘する場面も。それでも、鳴り響くチェーンソーの音にひるむことなく、次々に切り込みを入れていく。そして杉丸太を切り倒すたびに、各チームから「おお!」「やった!」といった歓声があがった。

 「受け口」をつくった後は、反対側から「追い口」を切り込む
「受け口」をつくった後は、反対側から「追い口」を切り込む

木の切り倒しもお見事!
木の切り倒しもお見事!


 初めて参加したという柳さんは、宮崎で自然農生活を実践している。「最初はチェーンソーを使うのに恐怖心があってうまく切れなかったけど、だんだん慣れてきた。自分の農場には近隣の山主からもらった間伐材がたくさんあるので、帰ったらぜひ実践してみたい」と満足気。
 会社員の久保さんは、チェーンソーを使うのは初めて。「思ったより軽かった。でも木を切るのは難しいですね。今度は森の中で使ってみたい」と意欲を見せた。

切り倒した木を使って、チェーンソーの練習をする柳さん
切り倒した木を使って、チェーンソーの練習をする柳さん

今度は森の中で実践してみたいという久保さん
今度は森の中で実践してみたいという久保さん


最後は刈払機の実習。

 まずは林業のベテランの方から、雑草や小木を切るのに使われる刈払機の安全な使用方法を学んだ。その後、グラウンドに生えている雑草を参加者全員が刈払機で刈り取った。雑草はカッターをあてるだけで簡単に切れるので、参加者も気持ちよさそうに刈り取りをしていた。
 こうしてこの日のセミナーは無事に終了。次回のセミナーでは、実際に森に入ってチェーンソーや刈払機を使ってみる予定だ。

雑草刈りもスイスイとできるように!
雑草刈りもスイスイとできるように!


次世代を担う子どもたちに豊かな自然環境を残したい

 会社勤めをしている横山さんが、「子どもの森」の活動に携わるようになったきっかけは、地元の自然環境に対する危機意識だったという。
 「20代の頃は宮崎を出て仕事をしていたのですが、地元に戻ってくると、工場や家庭の廃水などが原因で近所の川が泳げなくなっていたり、地域開発のために海が埋め立てられていたりと、自然環境が大きく変わっていた。地域の環境がこれ以上悪化しないようにと思い、川や海に流れ込む水の供給元である森を何とかしたいと考えるようになりました」
 地元の自然環境が悪化した背景には、地域の人々の環境問題に対する意識の低さもあったという。
 「宮崎は自然が豊かなところですが、住民の環境に対する意識はまだまだ低い。行政などが主催する植樹イベントにはたくさんの人が参加しますが、植えたらおしまい。その後は、植樹した人が手入れをすることがありません。手入れをしなければ、苗木は枯れてしまう。そうすると、また同じ場所に木を植えなければならなくなります。木を植えた後のことまで考えて、植樹する人は少数派ですね」
 「子どもの森」の会員は現在30人。設立当初から3倍に増えたものの、財政難続きで、活動の経費を捻出することすら難しかった。そんな苦しい財政状況を救ったのが、日本財団を通じて届けられた、株式会社ウィル・シードからの寄付だった。
 「寄付をいただけると聞いたときは、本当に驚きました。ウィル・シードさんにメールして、理由を聞いたくらいです(笑)。私たちのホームページを見て、今後の発展性が期待できたから、と聞いたときはうれしかったですね」
 40万円の寄付金は、現在、「森の学舎」の維持費として有効活用されている。
 「子どもの森」では、「森の学舎」での環境プログラムとして、地元を散策しながら草木のことを勉強したり、ドングリを使った工作をしたり、バードウォッチングやキャンプをしたりと、自然と環境にまつわる多彩な活動を続けている。

草木の説明をしながら近くの神社まで散策
草木の説明をしながら近くの神社まで散策

親子で仲良くドングリ工作
親子で仲良くドングリ工作

 環境プログラムの参加対象者は子どもたちや親子の場合が多いが、森づくり活動は今回のセミナーのように大人向けの企画となるようだ。
 「団体名を言うと、子どもだけを対象にした環境団体だと勘違いされます。でも名前の由来は、次世代を担う子どもたちに豊かな自然環境を残したい、という思い。だからこそ、その責任を負う大人たちと今後を担う子どもたちの環境意識を高める活動をしたいのです」
 そんな横山さんの思いが、少しずつ地域の人々の環境意識を変えていっているのは間違いない。

「ゆっくりできることからやるからー」と気負わない横山さんですが、週末はほとんど「森の学舎(まなびや)」に通い、仲間と一緒に古くなった建物の手入れには1年をかけたそうです。同じく会社勤めをしながら活動している人たちとがんばる姿に、心を打たれました。「魚を与えるのではなく、魚をとる方法を教える」。これは、発展途上国の支援現場でよく言われる効果的な支援方法ですが、たんに自然環境を守るのではなく、次世代に豊かな自然環境を残すための人を育てる、という横山さんたちの活動にも、相通じるものを感じました。
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