2008年4月に、大学を卒業したばかりの2人が始めた会社「リリムジカ」。ミッションは、「音楽療法(※1)で障がい児者や高齢者に楽しみを届けること」だという。そんなバイタリティとソーシャル・マインドにあふれる会社を立ち上げた管さんにお話をうかがった。
天才と仕事がしたい!
――会社を立ち上げた経緯を教えてください。
大学4年の夏に起業のための勉強会に参加し、そこで柴田(現リリムジカ代表、音楽療法士)と出会ったのがきっかけです。当時は社会起業家の存在をまったく知りませんでした。音楽療法についても柴田から話を聞いて知ったくらいです。
――柴田さんと会って意気投合したのですね。
その頃、天才と仕事がしたいと思っていました。僕の天才の定義は、「何か1つのことに一生を捧げられる人」。音大生は卒業してもサラリーマンになることが少なく、ある意味、起業からもっとも遠い世界で生きている。ところが柴田は当時音大生でありながら、一緒に起業できる仲間を探していた。音楽療法という仕事に一生を捧げる覚悟ができていたんです。「彼女は天才だ!」と直感しましたね。
――そして半年後には会社をつくってしまう。
自分たちがやりたいことをやるために、勢いでつくった感じでした。
会社設立当初は、音楽療法のサービスを企業に提供して利益を得ながら、障がい児者や高齢者には無料で音楽療法を提供したいと思っていました。でも、とても苦労しました。企業のニーズを把握しないまま、やみくもに営業先を開拓していたんですね。ビジネスの厳しさを身をもって感じました。
働く場所が少ない音楽療法士
――現在の事業内容を教えてください。
障がい児者や高齢者に音楽療法や音楽レクリエーションを提供しています。障がい者施設や老人ホームなどの福祉施設にうかがって、さまざまな楽器を使って利用者に楽しんでもらうことが目的です。
高齢者のデイサービス施設での一コマ。職員さんと共に楽しい時間をつくりあげていく
障がい者施設での一コマ。普段なかなか見られない、聴けない楽器の音が、子どもたちにとって刺激になる ――なぜこの事業を始めようと思ったのですか。
音楽療法士が置かれている厳しい現状を改善するためです。
日本では音楽療法士が国家資格として認められず、働ける場所もとても限られています。大学で音楽療法を専攻し、卒業後に実習や論文を積み重ねて民間団体から資格を得ても、生計を立てられるのはほんの一握り。
これでは何のために勉強したのかわかりませんよね。でも現状を嘆くばかりでは何も変わらない。それなら自分たちで音楽療法士が働ける場所をつくろうと思ったのです。
――国家資格でないと生計を立てるのは難しいのですか。
たとえば、高齢者施設でリハビリを行う理学療法士(※2)や作業療法士(※3)は、国家資格として認められています。彼らの仕事は点数化され、その点数に応じて行政が施設にお金を出します。現在、介護保険の仕組みにより費用の約9割を国が負担しています。各施設はその中から彼らに報酬を支払うのです。
一方、民間資格である音楽療法士の活動には、国の制度としての補助が無く、施設や利用者が実費を負担しなければならない。多くの施設がぎりぎりの予算で運営されている中、音楽療法士を呼びたくても呼べないのが現状なのです。
一番悩んでいることは人に言えない
――最近、特に力を入れていることは何ですか。
福祉施設へのヒアリングです。企業向けビジネスをしていたときの反省から、施設のスタッフの方々にお話をうかがっています。
――ヒアリングではどんなことを聞くのですか。
もっとも知りたいのは、スタッフの方が何を一番悩んでいるか。でも、人に言えないから悩んでいるわけで、そう簡単には話してくれません。時間をかけて信頼関係を築く努力をしています。
ヒアリングを重ねることで、多くの施設が「利用者の日常をもっと楽しくしたいけど、時間と人手とお金がない」と悩んでいることがわかりました。
――具体的にどんな悩みなのですか。
たとえば、老人ホームを訪れると、利用者のみなさんは一日中テレビを見ていて、時間だけが過ぎていく。日々同じことを繰り返す、楽しみの少ない日常です。そしてその間にも、利用者の体力はどんどん落ちてしまう。スタッフもこの状況を何とかしたいと思うけど、有効な手を打てずにいます。
ボランティアにレクリエーションをお願いすればお金はかからないけど、頻繁に来てもらえるわけではありません。スタッフは利用者のお世話で忙しく、日々の活動は内容がマンネリ化し、ネタ探しに困っている……。
私たちはそんな状況を音楽療法で解決したいと思っています。
まずは楽しんでもらうことが大事
――活動していてうれしかったことは?
音楽療法によって、利用者に変化が起きるとうれしいですね。
ある高齢者施設で音楽イベントを行ったとき、「恋の歌」を歌う時間がありました。すると認知症のおばあちゃんが反応して、「あたしもすっごく好きな人がいたの。一緒に銀座でデートしたのよ」と話し始めました。普段は口数の少ない方なので、一緒に参加していたスタッフも私たちもとても驚きました。
そこに音楽があるだけで、いつもよりもたくさん、体を動かせるまた、ある障がい者施設では月1回、太鼓を使った音楽療法を子どもたちに実施しています。円座になった子どもたちの前を小さな太鼓を持って回りながら、「こんにちは、○○くん」と呼びかけて、返事の代わりに太鼓を叩いてもらいます。一人の男の子は一度も叩こうとしなかったのですが、ある日突然、叩いてくれるようになった。スタッフや保護者の方にとても喜ばれました。
障がいを持つ子どもたちの前を、太鼓を持って回る管さん――目に見える効果があったのですね。
ただし、私たちは音楽を通して治療することよりも、まずは楽しんでもらうことを大事にしています。それが福祉施設の抱える悩みを解決することにもつながるからです。施設から「音楽療法は利用者がとても好きな時間なんですよ」と感謝されるのが何よりうれしい。そのうえで、療法的なところまで踏み込めればと思っています。
健常者視点から利用者視点へ
――今後の目標は何ですか。
一人でも多くの人が音楽療法を受けられるようにすることです。
現在、資金に余裕のある福祉施設は、高いお金を払って音楽療法士を呼んでいます。でも、そんな恵まれた施設はごくわずか。私たちはその市場メカニズムを壊してでも、安くサービスを提供しようと努力しています。
その一環として、レクリエーションの教材を配布したり、楽器をレンタルすることも企画しています。私たちから研修を受けた福祉施設のスタッフが、自らレクリエーションを行うことで、利用者の方々との絆もより深まると考えています。
スティック版ハンドベルとも言える「トーンチャイム」。軽くふるだけで、余韻のあるやわらかな音が広がる 最終目標は、私たちの音楽療法によって障がい児者や高齢者、その家族、施設のスタッフなど、福祉の現場にいるみんなが幸せになること。
ある老人ホームで出会ったおばあちゃんの言葉が、とても印象に残っています。
「ここに来ると眠くなる。陶芸だと思って来たのに、粘土をこねるだけだった。つまらないから後はアンタがやっといて」
福祉施設を楽しい場にしようとスタッフの人たちもがんばっていますが、利用者全員が満足できているわけではありません。ヒト・モノ・カネ・ジカンといったリソースが不足しているために、健常者視点でつくられがちな今のサービスを、利用者視点に変えて行きたい、そう思っています。
(※1)音楽の持つ力を活かして、心身の障害の回復や生活の質の向上などを目指す活動
(※2)体操や運動、マッサージなどによってリハビリを行う療法士
(※3)手芸や工作などの作業を通じてリハビリを行う療法士