1998年から毎年、自殺者が3万人を超える危機的な状況の中、2006年6月に成立した「自殺対策基本法」。国や自治体、事業主などに対し、自殺対策を講じる責任を明確にし、遺族に対する支援の充実まで盛り込んだこの法律は、自殺対策の新たな道を開くと脚光を浴びた。そしてこの法律の成立は、「ライフリンク」というNPOの存在なくしては語れない。同団体の発起人であり、代表を務める清水さんに、日本の自殺をとりまく現状や、団体の活動内容、今後の展望などについてお話をうかがった。
自死遺児の勇気に報いたかった
――「ライフリンク」を立ち上げたきっかけを教えてください。
NHKのディレクターだった2001年、担当していた番組(※1)で、自殺で親を亡くした子どもたちを取材したのがきっかけです。
親を亡くしただけでも辛いのに、理由が自殺ということで、彼らは世間から誤解や偏見を受けていました。それは、「お前の親は負け犬だ」「お前の家は呪われている」といった心ない言葉に代表されるような世間の目です。
――取材ではどんなことを感じましたか。
取材を重ねるたびに、彼らの壮絶な思いを感じました。
自死遺児たちの多くは、「なぜひとりで勝手に死んでしまったのか?」「自分は捨てられたのではないか?」といったような複雑な思いにさいなまれ、その上「止められなかった自分が悪いんだ」と、自責の念にまで襲われてしまいます。しかし、そうした辛い胸の内を、親が自殺したと知られることに怯えるあまり、誰にも打ち明けることができずに孤立したまま苦しんでいるのです。
彼らの話を聞いているうちに、自殺は決して「身勝手な死」や「覚悟の死」ではなく、むしろ「追い込まれた末の死」なのだと考えるようになりました。「個人の問題」ではなく「社会全体の問題」でもあると思うようになったのです。そして「この問題をどうすれば解決できるか」と考えたとき、弁護士や医療関係者、行政、遺族など自殺に関わるさまざまな人たちと連携することが重要だという結論に至ったのです。
――「社会全体の問題」とはどういうことですか?
自殺の原因は社会のさまざまな問題が複雑に絡み合っている、ということです。多くの場合、自殺のきっかけは働いていた企業が倒産する、リストラに遭う、多重債務に陥る、介護に疲れる、いじめを受ける、などの社会的要因です。そうした要因がきっかけとなって、他の要因を引き起こして連鎖した末に、うつ病になり、自殺へと追いこまれるのです。
この連鎖を断ち切ることができれば、自殺は防げるはず。でもそのためには、社会全体が連携して問題に取り組む必要があります。要因の連鎖に合わせて、関係機関が連携し、支援策を連動させていく必要があるのです。
2005年9月10日の「世界自殺予防デー」に、「ライフリンク」が開催したフォーラムのひとコマ――そこには取材をした人間としての責任のようなものもあったのですか?
自死遺児たちは、私が担当した番組で、初めて顔と名前を公表して自らの思いを語ってくれました。当時は「自殺対策基本法」などなく、自殺に対する偏見が今よりも根強くありましたから、顔と名前を公表することはとても高いハードルだったわけです。でも、誰かが自殺の実情を語らなければ対策は動かないだろうと考え、勇気を振り絞って声を上げてくれた。そんな自死遺児たちの勇気に、自分なりに報いたいという思いがありました。また報いるためには、番組を放送するだけでは難しいだろうとも。対策を動かすためには、自ら実務に関わる必要があるのではないかと思ったのです。
1ヵ月半で集めた10万人の署名
――NPO法人を設立するにあたって大変だったことは何ですか。
何もかもが大変でした。社会の理解も今ほどではなかったですし、枯れた土壌に種をまくような状態でした。NPO法人格を得るには、10人の発起人が必要なのですが、それを集めるのもままならなくて、最後の一人は身内にお願いしたくらいです。
――そしてNPO法人設立2年後の2006年に、「自殺対策基本法」が成立する。
法律成立のために、「自殺対策の法制化を求める3万人署名」を展開しました。自殺は社会全体の問題であり、自殺対策とは生きる支援なのだと訴えて、全国の関係団体と協力しながら署名を集めました。最終的に10万を超える署名が集まり、法律が成立する直前の6月7日に扇千景参議院議長(当時)に提出しました。国会議員のみなさんも、わずか1ヵ月半でこれだけの署名が集まったことに、とても驚いていました。
番組で取材した自死遺児の子どもたちと一緒に、清水さんが街頭で行った署名活動 自殺は社会の問題であり、その対策も社会的でなければならないと思っています。市民やNPOだけでなく、国や自治体、企業など、社会に関わるあらゆる組織がそれぞれの役割と限界を認識したうえで連携し、自殺に追い込まれていく人をひとりでも減らすよう努めていくことが重要です。それは「自殺対策基本法」の主旨でもあります。
当時の扇参議院議長に署名を提出。この約1ヵ月後に「自殺対策基本法」が成立する ――「自殺対策基本法」が成立して状況は改善しましたか。
法律が成立したことで、自殺に追い込まれていく人を減らすための基盤はできたと思います。でもこの10年間の自殺者数が毎年3万人以上という事実からもわかるように、自殺対策が十分に機能しているとは、まだまだ言えない状況です。
――そのために現在はどんな活動を。
遺族や専門家と協力しながら、自殺の実態調査を行っています。効果的な対策を立案するには、まず実態把握が欠かせないと考えて、昨年7月には「自殺実態白書2008」という報告書をまとめました。いまもなお継続して調査を進めているところです。今年は、こうした調査の結果を踏まえて、実効性のある自殺総合対策を立案し、政府に提言しようと考えています。
また全国の都道府県と政令指定都市が、法律に従って具体的にどのように自殺問題に取り組んでいるのかを毎年調査しています。「自殺総合対策大綱」(※2)に準拠する形で調査項目を独自に作り、自治体の担当者に回答してもらったものを集計するという調査です。
――活動資金はどこから得ているのですか。
会費や寄付、助成金によって成り立っています。
私たちは寄付の案内をするとき、「支援をお願いします」と言わないことにしています。その代わり、「一緒にやりましょう」と呼び掛けるのです。「私たちは実際に活動するという形で自殺対策に取り組んでいます。よかったら財政面で貢献するという形で自殺対策に取り組みませんか」と。自殺は社会全体の問題なわけですから、それぞれの役割分担はあっても、みんなで取り組んでいくという姿勢が大切なのだと思っています。
長くてあと3年で解散が目標
――活動のゴールは何ですか。
「ライフリンク」の活動が、世の中から必要とされなくなる状態を作ることです。私たちは、自殺対策を軌道に乗せることが自分たちの仕事だと思っています。一日も早く社会の中で自殺対策が自律的に機能していく状態を作り、発展的解消という意味で解散したい。最長でもあと3年。できればもっと早い時期に、それを実現させたいというのが私たちの願いです。
「ライフリンク」が主催する自殺対策関係者のミーティングのようす
ミーティングではみんなで意見を出し合いながら、問題を整理していく ――清水さんにとって理想の社会とは?
一人ひとりが、自分自身であることに満足しながら生きることのできる社会です。私はそれを「生き心地のよい社会」と呼んでいます。誰もが自殺の脅威にさらされることなく、人生を全うできる。そんな社会であれば、誰にとっても生きやすく、生きていて心地がよいと思えるはずです。
――現在は100年に一度の不況だとも言われ、社会状況はまずます厳しくなっているようですが…。
「100年に一度のピンチ」ということは、「100年に一度のチャンス」でもあると思っています。日本社会のさまざまな問題点があらわになっている今だからこそ、本当の意味で社会を変えていくチャンスであるはずだと。現在、私たちが直面している深刻な課題から決して目をそむけずに、この厳しい現実を踏まえたうえで、今後私たちが選択していくべき社会の方向性を見極めていく必要があるのだと思っています。
(※1)2001年10月に「クローズアップ現代」の特集として放送された、「お父さん死なないで〜親の自殺 遺された子どもたち〜」という番組。
(※2)「自殺対策基本法」に基づき、政府が推進すべき自殺対策の指針として策定された大綱。