高齢化社会と言われて久しい日本。でも、日頃どれだけお年寄りと接する機会があるだろうか。NPO「昭和の記憶」は、老人ホームなどを訪れて、高齢者の話を聴き書きするという活動を行っている。高齢者との触れ合いを通して忘れられつつある記憶を掘り起こすことで、過去の歴史を記録したり、高齢者を元気にしていく。異世代間のコミュニケーションという意味でも価値のある、「昭和の記憶」の活動をレポートしたい。
参加者は世代も職業もいろいろ
首都圏を中心とした各地の老人ホームで、毎月、聴き書きを続けている「昭和の記憶」。取材にうかがったのは、横浜にある介護付有料老人ホーム「レストヴィラ綱島」での聴き書きの日だ。
取材当日、お話をしてくれた入居者の方は11人。一方、聴き書きをするボランティアに参加したのは12人。ボランティアは、「昭和の記憶」の活動に初めて参加したという人がほとんどだ。参加理由も「友人の紹介」「ホームページを見て」とさまざまなら、職業も世代も大学生から社会人、60代の団塊世代といろいろ。
「昭和の記憶」の聴き書きは、高齢者の方1人に対して、1人または2人がテーマに沿って話を聴くというもの。事務局の瀧澤さんから、聴き書きの具体的な方法や注意点、今日のテーマなどについて説明を受け、それぞれが老人ホームの食堂で高齢者の方に聴き書きを始める。
お互いに初対面だが、ボランティアには事務局が用意した聴き書きのための用紙がある。この用紙には、その日のテーマに沿った質問事項が書かれており、聴いたことがそのまま書き込めるようになっているので、聴き書きが初めての人にとっても安心だ。
聴き書きのための用紙。高齢者の情報を記入する欄や、その日に聞くべき質問内容などが書かれている 「食事の昭和史」をテーマに聴き書きを
この日のテーマは「食事の昭和史」。高齢者の方が小さいころ何を食べていたのかを中心に、子ども時代のごちそうや思い出の食事、おやつなどについて聴いていく。はじめはお互い緊張していても、次第に話が盛り上がっていくところがほとんど。話をする高齢者の方も気持ちが乗ってくると、身ぶり手振りを交えるようになる。聴く側も相手の話を熱心にメモにとる人、相手の言ったことを繰り返しながら促していく人などいろいろだ。ほとんどのボランティアが初参加にもかかわらず、とてもスムーズに聴き書きは進んでいく。
初めて参加する場合は、2人一組となって聴き書きをすることもある 「意外に思われるかもしれませんが、初めての人でもできるものです。主催者側としては、『こうしなくてはならない』と決めつけるようなことはしない方針です」と瀧澤さん。
事務局が用意した用紙もあくまでも手助けの位置づけだという。「参加者の方の声を取り入れて方法を変えることもあります。大切なのは親身になって相手の話を聞く気持ちだと思います」と瀧澤さんが教えてくれた。
「昭和の記憶」事務局の瀧澤さん。聴き書きの活動は瀧澤さんがほとんど一人で仕切っている。全国各地に講演に行くことも少なくない 話を聴く時間は1時間から1時間半程度。話す側が「そういえば、あんなことも、こんなことも」と次々に記憶がよみがえり、いつまでもテーマに沿った話が続くグループもあれば、テーマの話が終わり、別な話題で盛り上がっているグループも。最初は「おなかが痛い」と言っていた高齢者の方が、痛みも忘れて話を続けるということもあった。体調が思わしくない人は、早めに切りあげて自室に戻ったり、時間の経過とともにそれぞれが思い思いに過ごしたりしているのも、高齢者ならではだろう。聴き手としてはそんな高齢者に寄り添うことが、聴き書きを上手に進める基本姿勢になるようだ。
最後は用紙に、聴き手のメッセージを書き入れて高齢者の方に渡し、部屋に戻るエレベーターまで見送って聴き書きを終了する。その後、参加者全員が感想を話し合い、簡単な反省会をして解散となった。
聴き書きが終了すると、聴き手は高齢者の方を見送る参加者たちの感想あれこれ
聴き書きの終了後、参加者に感想を聞いてみた。
「初めて参加しましたが、話を聞いたおばあちゃんは字が書けなくて、子ども時代の思い出もつらいものばかり。だから最後のメッセージには、文字の読めないおばあちゃんのために似顔絵を描きました」と、高齢者への気遣いが感じられる人もいれば、「何度か参加していますが、話を聞くこちらも癒されて元気になります。この活動に参加するのは自分のためでもあるんです」と、逆に高齢者から元気づけられている人もいた。
他にも、「聴き書きのテーマ以外に、自分が仕事で悩んでいることに対しても、いろいろ意見を聴かせてもらえてよかったです」など、ほとんどの人が聴き書きのボランティアに満足しているようだった。
参加者全員で今日の反省会。一人ひとりが活動に参加した感想を述べていく 聴き書きの先にあるもの
「昭和の記憶」の活動が始まったのは、代表の盛池さんが、「高齢者にとって身体的な介護はもちろん重要だが、精神的な介護も必要なのではないか」と思ったのがきっかけだった。
聴く側は自分たちの知りえない時代のことを知ることができ、高齢者は自分の思い出を誰かに話すことで、さらにまた「記憶」が受け継がれていく。ともすると世代間の関係が断絶されがちな現代の日本では、そんな世代を超えた記憶の伝承が、大きな価値を生む活動になっていると感じた。
瀧澤さんによれば、今後は集めた膨大な記憶をどうデータベース化していくかが課題だという。
さらに「昭和の記憶」では、一人の高齢者の記憶、つまりその人の人生を一冊の本にまとめたり、コミュニケーションの手法としての聴き書きについて、介護施設や企業の現場で研修やセミナーを行うなど、派生した活動にも取り組んでいる。
「昭和の記憶」では、高齢者の方の半生を写真とともにまとめる活動も行っている 最近、九州にある介護専門学校の生徒さんたちが、実習で行った介護施設での聴き書きの結果を事務局に送ってきてくれた。「聴き書きという手法は、高齢者とだけでなく、医療や福祉の分野でも、もっとできることがあるのではないかと思っています。これからさらに聴き書きが広まって、さまざまなコミュニケーションの現場で役に立つことを願っています」と瀧澤さんは話してくれた。
「昭和の記憶」は2010年の敬老の日までに、1万人の人に聴き書きをすることを目標の一つとして活動を続けている。2009年3月の時点で、参加者は5千人ほど。しかし瀧澤さんによれば、たんに参加者数の目標を達成することより、聴き書きの活動が全国に広まることのほうが重要だという。
「毎回、『昭和の記憶』が主催する聴き書きに40、50人と参加してもらうよりも、あちらこちらで多くの方に聴き書きに取り組んでほしいのです。他のみなさんと一緒に目標を達成できればと思っています。最近、全国各地の自治体やボランティア団体、商業施設などで、かなりの数の人が自主的に聴き書きをしてくれるようになったのはうれしいですね」
お金も大がかりな道具もいらない聴き書き活動。とてもシンプルながら、人とのコミュニケーションの基本とも言える。
生きていくうえで家族というのはもっとも小さい単位。まず家族があり、そこから社会とのつながりへと広がっていく。「その最小の単位の中でのコミュニケーションがうまくいかないと、社会とのコミュニケーションもうまくいかないはず。まずは自分のおじいちゃん・おばあちゃんなどに聴き書きをしてほしいですね。それはきっと濃密なコミュニケーションになると思いますよ」という瀧澤さんの言葉に、はっとさせられる人は多いはずだ。