「さくら前線」のテーマ曲「わくわくどきどき冒険」が始まった途端、子どもたちはうれしさ余って飛び跳ねた。「これから楽しいことがありそうだ!」。リトミック(※1)で身体を存分に動かした後は、一転して、おはなしの世界へ。表情豊かな朗読に音楽が相まって、物語はどんどんふくらんでいく。思い思いに想像を巡らせる子どもたち。「心の中で自由に感じて楽しんでほしい」という願いが込められた読み聞かせは、会場のみんなを魅了していく。
のびのびリトミックとわくわく絵本の時間
茨城県下妻市にある大宝保育園が、この日の読み聞かせの会場だ。お昼ごはんを終えた2〜5歳の園児たち80人が、そろそろと講堂に入ってきた。「なんだかオモシロイことが始まりそう!」。みんな期待に目を輝かせながら静かに正座している。
会場に集まった子どもたち。みんなドキドキだ 主任保育士の山内先生からの紹介を受けて、「さくら前線」の二人がテーマ曲の「わくわくどきどき大冒険」をスタート。途端に、ピアノを弾く生田さんと歌を歌う友部さんのもとへ子どもたちが突進。曲に合わせて手を大きく振り、ドンドンと力強い足踏みが床に響く。みんな、もう大はしゃぎだ。
ピアノの音にあわせて動くのって楽しいね! 「ピアノが止まったらみんなも止まってねー」と生田さん。曲に合わせて歩いていると「ジャン!」。音が止み、みんなも「キャー」と叫びながらストップ!繰り返すうちにテンションも上がってくる。生田さんが「ペンギンさんに会いたいかな〜?」と呼びかけると、「会いた〜い!」とラブコール。「じゃ、氷の上をそーっと歩いて会いにいこう」。子どもたちは音楽に合わせてそーっとそーっと歩く。「氷が割れてないか叩いて確かめてみよう」。みんなが床をドンドン叩いていると、「あーっ!割れちゃったー」と生田さん。「キャー」と大興奮の子どもたち。こうして音とリズムに合わせて身体を動かすリトミックが続く。
「そーっとそーっと氷をたたいてみよう」 十分に動き回った後は、読み聞かせの時間だ。MDプレーヤーから流れる音楽をBGMに、友部さんが優しい声で絵本を読み始めた。本は「シロクマくんのひみつ」。いつもおかあさんと一緒のシロクマくんにある日ひみつができた、というおはなしだ。友部さんは表情豊かに朗読する。おかあさんと一緒でうれしい顔。ひみつを言えなくて困った顔。じつはひみつはおかあさんを喜ばせるためのもので、それを知ったおかあさんは最後にシロクマくんをギュッと抱きしめる。そのときの胸がキュンとした顔。
臨場感あふれる声と表情が物語に息吹を添える。そして生田さんは、もう一台のMDプレーヤーで巧みに効果音を入れて、おはなしを盛り上げる。朗読と音楽が調和した読み聞かせは、大人が聞いても惹きこまれるほど。子どもたちは食い入るように絵本を見つめ、一言も聞き洩らすまいと耳を傾ける。
この日は、全部で5冊の絵本を友部さんと生田さんが交互に読んだ。リトミックと絵本の1時間。子どもたちはすっかり魅せられていた。最後には「ブラボー!」の大喝采。子どもたちも、先生たちも、「さくら前線」の二人も、みんな笑顔だ。
音楽と朗読のマッチングは「さくら前線」のオリジナル
友部さんと生田さんが読み聞かせの活動を始めたのは2003年のこと。二人の子どもたちが通っていた小学校で、ボランティアをしたのがきっかけだ。アナウンサーになりたいと勉強していた友部さんと、音楽の道を志しながらも幼児教育に進んだ生田さん。初めての試みながらも、大好きな朗読や音楽を活かしてさっそく工夫を始めた。OHPの光に自分たちを投影して影絵芝居をしたり、手話を取り入れてみたり。こうして、おはなしを立体的に聴かせる独自のスタイルを築いていった。
「シンプルに読んで聞かせることももちろん大切です。でも、今の子どもたちは会話も現実的で、夢もファンタジーも乏しい。『想像する』ことが不得手だと感じます。だから音楽や動きをつけて臨場感あふれる場を作り、心の中で自由に発想して遊ぶ喜びをもっと増やしてあげたい」と生田さんは語る。
息の合ったコンビは、小学校だけでなく保育園や老人ホームなどさらに活動の場を広げたいと考え、2008年春に5年間を共にしたボランティア仲間から独立。二人だけの「さくら前線」がスタートした。生田さんは主婦業と音楽の社会人講師などをこなす傍らで、一方の友部さんもパートの休日や時間をやりくりしながらの活動だ。現在は、拠点とする水戸市で保育園や幼稚園などを中心に月5−6回の公演を行う。多忙だが、準備には手を抜かない。
友部さんは表情豊かに絵本を読みすすめる まず、2−3日かけてじっくり絵本を選ぶ。手に取るのは、季節に合ったものや絵がすてきな本、おもしろそうなおはなしが多い。選んだ絵本を読み込んで、どんな風に朗読したらおはなしの魅力が伝わるかを考える。そして音楽。「この場面にはこんな音が合いそうだ」と音や歌を探し出しては、「この文に合わせて35秒に」と細かく編集。物語にあわせて作曲もしている。
おはなしの世界に飛び込んだ子どもたち 作業を進めるのはそれぞれの家族が寝静まった夜中だ。家計を切り盛りするお母さんたちらしく、歌詞や挿入曲などのアイデアを書き留めるのはカレンダーやチラシの裏。近所に住む利点を活かし、仕事や家事の合間を縫っては顔を合わせ、練習を重ねている。
美しい日本語を伝えていきたい
現在、「さくら前線」の資産は、練り上げた読み聞かせの技と壊れかかったMDプレーヤー2台のみ。活動に欠かせない絵本も音楽CDも、じつは図書館で借りている。だから公演前に返却期限を迎え、延滞してしまうこともしばしばだ。
本当は絵本の蔵書がほしい。録音機材だってほしい。どこの会場でも安定した音響演出ができるように新しいプレーヤーも、プロジェクターも、マイクもほしい! しかし立ち上げ間もない今は、財政も苦しく無いものずくめだ。それでも、子どもたちに新しいおはなしを聞かせたいという思いと、自分たちもスキルアップしなくてはという気持ちから、毎月5つの新作を生み出すことを決めている。ガッツあふれるお母さんたちだ。
活動を始めて気づいたことがある。それは、読み聞かせの場がふれあいの場にもなっている、ということ。親子で一緒におはなしを楽しむ。お母さん同士や子ども同士が出会う。家では「こんなおはなし聞いたよ」と会話がはずむ。家族や地域のつながりが薄れつつある今、こうした場をきっかけに絆が生まれているのを見ると、とてもうれしい。
美しい日本語を伝えることも、「さくら前線」の目指していることだ。「鼻濁音は日本語らしいきれいな音ですが、最近では使われなくなってきています」と話す友部さんは、子どもたちのために美しい発音を心がけている。
物語と音楽の調和。絵本でも、詩でも、手紙でも、音楽と結びついた途端にその世界に惹きこまれるのは、子どもだって、高校生だって、お年寄りだって同じはず。だからできるだけたくさんの人に、物語と音楽が奏でる自由な時間を楽しんでもらいたい。そう願って、「さくら前線」のお母さんたちは明るく奔走している。
生田則子さん(中央)と友部貴恵さん(左から2人目)(※1)音楽と身体運動を通して感受性豊かな心を育て、心身の調和を目指す人間教育。