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ブナの木洩れ日の下で
 北限のブナの里で、自然菜園に取り組みながら、食と健康、農や環境の在り方を考える、vegetable,growerの気ままな思いを、綴ります。
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朱太川の鮎に異変[2019年08月14日(Wed)]
 昨年に比べて、鮎の魚影が濃く、友釣りの釣果が良いと報道
されていたが、先月の中旬以、ぱったりと釣り人の姿が消え
た。
 それもそのはず、魚体に異変がでて、斃死しているようなの
だ。
 原因は、今のところ不明・・・
 清流魚は、川の水質をはじめ、自然環境のバロメーター・・・
 原因を特定した上で、公表が待たれる。
熊野英介氏のメッセージが・・明日の福音になる。[2018年12月22日(Sat)]
無知、後悔、極まれり。
アミタホールディングス株式会社、代表取締役会長兼社長 熊野英介氏、渾身のメッセージ・・深く心に、響きます。
 悶々と悩み、停滞している我が町の進むべき道標として、参考になる点、多々あります。

 既成概念から脱皮できない保守・リベラル政党を超越した、このような理念を党是に掲げるローカル政党を立ち上げる必要がある気がしますね。

 総合計画策定等のキーマン、若手企業、NPO、法人のリーダーの皆さん、是非、ご一読下さい。

 会長に無断でコピペしました。


第5回:社会のイノベーション ―金融資本・工業資本の社会から、自然資本・人間関係資本の社会へ―

有史以来、人類は「神権・王権からの、人間の尊厳の獲得」と「飢餓の克服」を希求し、文明社会を築いてきました。18世紀後半から始まった産業・市民革命を起点に、「工業社会」と「市民社会」という形式を前提とした「国民国家」という中央集権型の社会システムを生み出しました。

以降、20世紀では、この枠組みの中で様々な社会のかたちが実験されてきました。民主主義、全体主義、資本主義、共産主義、社会主義、自由経済市場、計画経済市場、福祉社会、寄付社会など...。この意味で、20世紀は「実験の世紀」と言っても過言ではありません。
しかし、ただ1つ、私たち人類が手掛けていない社会のしくみがあります。
2018年の最終回である本章では、この新しい社会の仮説について述べたいと思います。

「ダンバー数」という、イギリスの人類学者であるロビン・ダンバーによって初めて提唱された定説があります。「人間の脳が人間関係を理解できる範囲は、およそ150人が限界である」とするこの説は、文化人類学における新しい発見でした。
現在の狩猟採取社会のアマゾンやニューギニアの部族社会でも、最大150人ほどの部族がほとんどです。また中世社会の戸籍調査でも、約150人規模の集落が多かったことがわかっています。現代に生きる私たちも、頭に思い浮かべることのできる友人は、多くて150人ほどではないでしょうか。

人間は社会的な生物である、というのは周知の事実です。
人間の脳には、言語を発するようになる1歳〜2歳の間、ドーパミンが高くなり興奮する部位があります。それは、共感・互助・集合という社会性を感じる部位です。このことからも、人間は生まれついて「社会性」を有していることがわかります。「一人は嫌だ!」というエゴこそが、道徳を生み出したのかもしれません。
しかし人間の道徳性は、しばしば劣化する、ということもまた事実です。
私はこのジレンマの解消を、上記の「ダンバー数」の説をヒントに「人間の脳が認識できる小規模な人間関係であれば、道徳性の維持は期待できる」のではないかと考えています。

小規模な社会モデルの1つの事例となるのが、江戸時代です。
諸説ありますが、江戸時代初期の1600年頃の人口は、約1,200万〜1,300万人でした。その後人口増加が続き、1700年頃には2,800万〜2,900万人、1750年頃には2,900万〜3,100万人程度と言われており、江戸時代中期以降は3000万人前後で停滞しています。また、村落では、基本的に村人全員参加が定義となる寄合と呼ばれる意思決定の会議が開かれ、村の取り決めなどが話し合われていました。つまり、およそ150年前から300年前にかけての日本は、自治が成立した小規模な村落が、自立分散化した緩やかなネットワーク社会だったのです。

ここで注目すべきなのは、
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ブナの里山の春の恵み[2017年05月08日(Mon)]
 今日の朝方は7度と、季節は逆戻りした感じで、六時の散歩中から、小雨が降ってきた。
朝食前の小1時間、イチゴの枯葉の除去と、追肥作業。
南側の畑だけで、220株。北側も同程度あるので、あと、五日はかかりそう。
座ったままの単純作業が、続くので、30分ごとに、立って、歩くようにしているが、それでも、二時間が限度。体力的にも、精神的にも辛くなってくるので、別な作業をすることにしている。

 午前中は、11時で、畑を上がったが、晴れ間が出て来たので、車で五分のところの川フキを採りに行くことにした。
 近くの笹薮をみたら、結構な太い笹。もしかしたらと思って、薮こぎをしたら、30分ほどで、太くは無いが、食べれそうな数十本のタケノコをゲット。
本命のフキは、丁度、今が食べごろ、帰り道に、ミツバも採って、夜の食卓は、山菜づくしとなった。


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朱太川の鮎がグランプリ[2016年09月11日(Sun)]
 夏の風物詩である朱太川の鮎の友釣り、今年は、釣果が少なく、遊漁者も、少なかったように思う。
 そんな中で、鮎にまつわる朗報が・・・町のビックニュースになっている。
 その朗報とは、今年で19回目を迎える高知県友釣連盟主催の鮎の塩焼きの味や香りを競う「清流めぐり利き鮎会」で、みごと、グランプリを受賞したというのだから、すごい。
 全国、24都道府県、56河川で捕れた2900匹を、河川名等を付さない中で、 関係者280人で、公平に審査した結果というのだから、驚きだ。
 鮎は、年魚で、生息する河川環境で味が変わる。朱太川には、ブナの森から湧きいずる清流と、太古の貝化石層から補給されるミネラルが豊富なミズゴケによって、闘争本能の優れた個体として独自に進化した固有の天然アユが自生しており、姿も、味も、香りも、道内では、つとに有名であったが、とうとう、全国に、その名が知れ渡ってしまった。
 町が策定している生物多様性戦略のシンボル的指標の一つであるが、これを機会に、より一層、山から海に至る里の人間の暮らしに関わる活動について、計画的に予算を投下して、マネジメントしていく努力が、行政に強く求められるところである。
 放流された鮎を求めての釣果も捨てがたいが、例え一匹でも、幻の野鮎に出会う旅。
そう新幹線で金曜の午後に東京を立って、黒松内で、夕食。翌朝から、野鮎と戯れ、翌日の午後に、新幹線で、帰京。日曜の深夜には在京。
 できれば、釣れた数だけ、ブナの幼木を植えて帰る・・・なんていう贅沢で風流なツーリズム・・。
 ニセコと真逆な道に、細いけれど、長い、創生の道があるのかも知れない。
重要里地・里山選定の朗報[2016年01月06日(Wed)]
 今朝の道新の朝刊地方版で、道内五カ所の一つとして、環境省が黒松内町全域を「生物多様性上重要な里地里山」に選定したと紹介されていました。
 固有種の天然アユや川真珠貝が生息する本流にダムの無い朱太川、北限の歌才ブナ林や、昨年、町とナショナルトラスト協会と共同で取得した歌才湿原や、6年前に発見された来馬湿原等の豊かな自然環境と牧草地や畑作地等の農を代表する人の営みが、上手に共存できていることが高く評価されたたとのことです。
 しかし、豊かとされる自然、シンボルである歌才ブナ林は、二度も伐採の危機に遭遇していますし、本流にこそダムがないものの、治山治水の目的に、支流には砂防ダムや、三面護岸工事がなされた歴史もあります。
 歌才湿原も、戦後の開拓入植地として、払い下げられ、農地にすべく水位を下げる工事がなされましたが、本格的な農地改良の前に、離農が進み、奇跡的に、一部の湿原が残っているのです。
 昔、昔には、金山等の鉱山開発で、河川が鉱毒で汚染された歴史もあります。
 農地開発や高速道路の工事、畜産事業の進出等で、水質汚染や汚濁もありましたが、アユやヤマメが生息できるようにと、住民有志の危機意識と保全活動が、議会を巻き込み、行政としても、事業者に対して、水質保全への取組を、強く要請し続けてきました。
 母なる川である朱太川と人の関わりによる黒松内の川文化が育まれてきたからこそ、今日まで、大切に守られてきたことも多く、環境行政の先進地となったのです。
 日照時間が少なく、稲作を展開しにくかったこと、小河川や丘陵と沢の多い地形から、零細規模の酪農と畑作の複合農業を、規模拡大による専業化を進めようとする国策等に、費用対効果面で二の足を踏み、零細農家のままで、離農も進みました。農地の集約化や開発が山間部の一部で行われたものの、管理機器の移動時間ロス等から、成果が上がらず、耕作放棄地化が進んでいます。
 農地の分散は解消されず、河川と農地との緩衝雑木林を育み、結果として、河川への環境負荷低減となっていることが、生物の多様性の保全にも結び付いているのです。
 このことは、皮肉にも、農業としての生産効率性の低さ、所得の低さ、そして、稀有となった昭和初期ののどかな牧歌的な風景を醸し出しているのです。
 
 非効率な農業を続けざるを得ない本町の農業者に対して、公益的観点から一定の所得補償するのは、重要里地里山の自治体として、当然の帰着だと考えます。
 河川の生物多様性が豊かであるということは、里海である寿都町の漁業振興に、持続可能な生態系サービスを提供し続けることになります。海産物で人気のふるさと納税の一部を、我町のこの分野の協力農家さんに、還元しても良いと思います。
 里山文化、里川文化、里海文化は、それぞれ、連続したものです。
 今回の朗報を、単なる出来事で終わらせることなく、ふるさと納税のメニューに加える等、里地里山の保存・再生につながる多様な政策の充実、財政支援の仕組みが、関係自治体間で、創造されるよう期待してやみません。
ソマチッドと千島学説[2016年01月05日(Tue)]
 私が、有機無農薬農法に関心を持ち始めのは、三十代の後半でした。今から30年前です。同僚の佐々木理君とまちづくりの夢を語り始めた頃で、農文協から出版されている現代農業の購読を始め、EM農法や韓国の農法等、随分と、関連図書を購入して読み漁りました。
 仕事の関係で実践することはできませんでしたが、環境保全型農業としての農法は、まちづくりのコンセプトとして、避けては通れないという思いは強まり、50代になってから、自然栽培を提唱する軌跡のリンゴの木村先生や循環農法を提唱する赤峰勝人先生の講演を、直接、拝聴することができました。
 循環型酪農の提唱者、カリスマ酪農家の三友先生とは、四年前から、今でも、奥様とご同伴で、お付き合いを頂いています。 
 果樹、畑作、酪農の違いはありますが、御三方の先生は、自然への洞察力と畏敬の念にあふれ、循環を、少しだけ、お手伝いすることを大切にされています。
 極限状態からの悟りに近い農法の要点は、心に響き、愛すべき人柄と、聖職者のような、神秘的で、真実の言葉、不思議なオーラには、魅了されます。

 赤峰先生の講演の時に、千島学説という言葉を耳にして、年明けから、ググっていますが、とても、面白いブログに出会いました。

 それは、「るいネットブログ」ですが、以下、無断で、引用しましたので、ご覧になって下さい。長いので・・先の方は、片っ端から、忘れてしまいますが、とんでも学説としても、楽しいですよ。

松浦博士はAWGというガン治療の電子波動照射機を開発した人物。 
特定の波動を照射することでさまざまな病気を治してしまう
彼によればソマチッドを解く鍵の一つは電子だという。
================================= 
以下ZERANIUM のブログより引用リンク
松浦博士は高性能顕微鏡で動物の精子を覗きながら、丹念に1〜10000ヘルツの周波数をかけていくという、根気のいる実験を繰り返した。そして動物の精子などの生命体にどの周波数が有用であり、有害であるかを突き止め、さらに結核菌や大腸菌などを使って、周波数と生命活動の関係を研究し続けた。そしてその後25年にわたる実験の結果、10000種の周波数の中から69種の、生命体に有用で画期的な周波数を特定することができたのである。
そのようにして電子波動照射機は開発された
そして気がついてみると、松浦博士が開発した電子照射機は、なんと5000人以上ものがん患者や難病患者たちを救っていたのである。しかししばらくして問題が起きるようになった。電子照射機の効果に自信を得た松浦博士は、厚生労働省に申請をし、世界138ヶ国に特許申請をしたのであるが、その後、医師法違反と薬事法違反の容疑をかけられてしまったのである。
松浦博士自身も警察に連行され、2ヶ月近くにわたって取り調べを受けた。
しかも押収された300台近い電子照射機と大量の資料は、いつのまにか廃棄処分にされており、再び彼の元に戻って来ることはなかった。かつてレイモンド・ライフ博士やガストン・ネサン、シモンチーニ医師に起きたことが、そのまま松浦博士にも起きたのである。長い歳月を費やして開発された電子照射機は、多くの人々に行き渡る普及の寸前で、政府によってブレーキがかけられてしまったわけである。

しかしその後、富山大学や韓国のハンソ大学などで追実験が行なわれ、その結果有効性が立証されたことで、やがて厚生労働省認可の医療機器として承認されることになった。138ヶ国の特許申請に加えて、アメリカ、カナダ、ロシア、中国、EU、メキシコ、韓国、香港など、12ヶ国でも特許を取得した。また松浦博士は韓国のハンソ大学から、「国際名誉教授」第1号の称号を与えられている。

しかし日本のがん治療は相変わらず何も変わってはおらず、従来の西洋医学そのままに、「切る・殺す・焼く」、そして石油からつくられた猛毒の抗がん剤の使用に終始している。一方で、最先端の量子理論とソマチッド理論に基づいて開発された、松浦博士の治療技術が存在しているにもかかわらず、それが私たちの前に現れてこない理由は、その新しい技術が従来の西洋医療を否定するものであることを彼らは知っているからである。
松浦博士は、実は千島学説の学徒でもあった。
  
千島喜久雄が亡くなるまでの十数年、彼は「千島学説」の「腸造血説」などに深く共感していた。その後、千島学説の「ウイルスやバクテリアの自然発生説」を裏付けるソマチッド理論が、ガストン・ネサンによって発表された。ソマチッドは、人体環境に異変が起きるとさまざまな形に変化していくが、松浦博士が開発した電子照射機を作用させると、すべてのソマチッドが健康状態に戻ってしまうのである。つまり早い話が、ソマチッドのエサはある特定の電子であり、電子がソマチッドを充電させることがわかってきたのである。
 
なぜがんが消えてしまったか?
その理由を松浦博士は次のように説明する。

「ガンなどの病的細胞組織の表面はプラスイオン帯電物質なので、そこにある特定の周波数を持つマイナスイオン電子波動を照射すると、がん細胞が破壊的な共振作用を引き起こして自滅してしまう。マイナスイオン電子の大きさは原子核の1兆分の1センチ(10−12cm)の超微粒子で、これは自然界で最も小さな粒子です。マイナスイオン電子波動によって病的細胞が次々破壊されていくと、免疫力が一気に高くなり、そこから自然治癒力が働き出す。
 だから病的な症状を治癒してくれるのは、あくまでもその人自身が持つ本来の治癒力であって、電子照射機はその治癒の威力が発揮されるための条件を作り出すに過ぎない。その意味でこれは「治療器」というよりは、人体を「自然治癒」へと導くための最有力装置と言ったほうがいいかもしれない」と。(引用終わり)
=================================補足としてネサンを紹介したブログよりリンク

ネサンが発見したソマチッドは、とにかく不思議な生命体だった。摂氏200度以上の高温でも死なず、どんな生物も殺す威力を持つ5万レムの放射能にも耐え、どんなに強い酸の影響も全く受けず、遠心分離機にかけてもびくともしない。それはまさに不死身の生命体だったが、そのソマチッドがすべての生命体、そしてわれわれ人間の血の中で活動していたのである。それを知ったネサンは、その後も夢中でソマチッドの研究に没頭していった。

 そしてその後の研究で、動物や人間の免疫機構が弱まったり不安定になったりしたときに、ソマチッドの正常な形態が異常領域の形態に次々と変化していくことが分かった。つまり免疫機構の弱体化が、正常な3段階から次の13ステップへの形態変化を踏み出させる。その引き金を引くのはどうやらトラウマ(衝撃的体験)のようで、例えば放射線や化学汚染、事故、ショック、鬱状態等々が免疫機構の弱体化をもたらす原因になっているらしい。

 しかもソマチッドの形態と疾患との間には明らかに関連性があり、ソマチッドの形を見ればその人にどんな疾患があるのかも分かるようになった。ガン患者のソマチッドは常にある特定の形をしているのだ。こうしてネサンは、ソマチッドを検査することによってガンやリウマチなどの疾患判定ができるようになり、かつソマチッドの形を観ることで、ガンなどの変性疾患の発生を18ヶ月前に予知・予測することができるようになった。

 ところでこの不思議なソマチッドは、いったいどこからどんなふうに誕生するのだろうか。それについては「分からない」とネサンは言うが、とにかく赤血球の中にどんどんソマチッドが出現してくるのだ。そして「分からない」とは言いながらも、ネサンは「ソマチッドがDNAの前駆物質ではないか」と推測し、ソマチッドが生物と無生物の間の「失われた環」であることをほのめかす。このことについて、ネサンの妻であり良き研究パートナーでもあるフランソワーズは、さらに次のように突っ込んだ発言をしている。

 私たちは、ソマチッドは「エネルギーの具現」であるという結論に達しました。
ソマチッドは生命が最初に分化した具体的な形態であり、動植物の生きた生体に伝達できる遺伝的特質を持っています。ソマチッドは、基本的に電気を帯びています。したがって互いに近づくと、自動的に反発し合います。ソマチッドは、史上最小の生きた「エネルギーのコンデンサー」と言えるでしょう。(引用終わり)
寝床で蛍が・・・実は携帯の着信[2015年08月12日(Wed)]
真夜中に目が覚めた。小用を足しに、トイレにも行きたい・・・けど、起きたくないしと、寝ぼけながら、ベットの手すりに手をやると、枕もとで、蛍が光っている。・・・・確かに、一定のリズムで、お尻が光っているのだ。
畑で作業してて、服に付いて来たのだろうか?それとも、 日中、何度も、窓を開けて、ゴルフスイングの動画を自撮りしていたので、その時に、侵入してきたのだろうかと、蛍が存在している原因を、脳の回路の一部だけが、興奮して、必死に探そうとしている。
 恐る恐る、手を差し伸べても、発光は止まない。あれ、変だな。蛍なら、身の危険を察すると、発光を止めて、逃げるのに、発光し続けている。
 顔を近づけてみると、そこには、なんと、蛍は、居ない。居たのは、黒のガラケー。
 そう、着信を知らせていたのだ。
 送信先は、東京から・・・・六時間前に来ていたのだが・・・外出する時にだけ手元にあるので、最近は、携帯本来の役目を果たしていない。
 一度しかかかっていないし、日中にかけよう・・・・一息ついて・・トイレを済ませ、苦笑しながら、不思議な安堵感に包まれて、二度目の眠りについた。
激写・・・アマガエル[2015年07月29日(Wed)]
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 ブナリン自然菜園の仲間たちに、アマガエル君が加わった。
 アブラナ科の野菜に、以前は、見かけなかったテントウムシに似たカメムシが多発しているので、捕食してくれると助かる。
 キャベツは、青虫とナメクジ被害が目立ってきたので、木酢でも散布してみようかな。
それにしても、蒸し暑い夜が続くなあ。
夏グミ[2015年07月17日(Fri)]
 かれこれ、30年ぐらい前だと思うが、 家を建てた頃は、私の家で、道は、行き止まりだった。
その後、真向いに、戸建ての建売住宅が数軒建って、さらに、旧営林署官舎跡地を町が宅地分譲して、十数軒の住宅が建ち、行き止まりだった私道は、町道として、昇格し、幹線と結ばれ、通学路になった。
地域の子供達が、小鳥の様に、啄むことのできる小果樹を、庭木として、育てることは、実現可能な、ささやかな夢であったので、庭造り二年目で、夏グミの木を植えた。
 酸性土壌であったが、逞しく成長し、五年目ぐらいから、実をつけはじめた。
 通学路になってから、実の大きいドイツグミの木も、植えた。いずれの木も、二メートルを超す樹高になり、十五年ほど前から、たわわに、実をつけ、学校帰りの小学生が数人で、おやつ代わりに、撮んでいく。その光景は、まことに微笑ましい。
 人工甘味料で味覚が麻痺していると言われている飽食の時代に育つ現代の子供達だが、どうしてどうして、酸味の強い野生の果実もいけちゃうのだ。

 幼いころ、夏休みになると、道にはみ出た近所のウスラウメを失敬した。
当時ありふれた原風景も、今は、めっきり少なくなっている。
 ブナが注目され、久しいが、身近なところに育つ小果樹類は、子供達に、好奇心や自然の恵みに感謝する感性を育てる。 夏グミが終わると、お盆が訪れる。時の流れは早いなあ。

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トンボも勘違い[2015年07月16日(Thu)]
 昨日から今朝にかけて、初秋のような涼しさになった。
 長そでシャツを着て、菜園作業をしても、汗ばむことはないので、午前・午後を通して、枝豆周辺の草刈や、イチゴのトンネルの整理をした。
 午後から、北風が吹いたと思ったら、トンボが数匹、飛来した。
 秋と勘違いしたにちがいないが、確実に自然界の何かが狂っている。

 大きくなった、スイセンノウに、羽を休めているトンボがいたので、近づいてシャッターを切ったが、逃げる様子も無い。
 モンシロチョウも飛来したので、コラボできないかと、チャンスを待っていたが、それは叶わなかった。
 そういえば、クワガタムシも、先日、庭の楡の大木に、お目見えしたし、菜園周辺の生物の多様性は、子どもの頃に遊んだ野山や里地そのものだ。
 農薬や化学肥料を使わない自然菜園ならではの豊かさが、少しの知恵と、汗で、静かに、優しく、育まれていく。
 

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