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ブナの木洩れ日の下で
 北限のブナの里で、自然菜園に取り組みながら、食と健康、農や環境の在り方を考える、vegetable,growerの気ままな思いを、綴ります。
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触らぬ神に祟りなし。[2019年06月01日(Sat)]
 命に係わる大怪我をした場合、ドクターヘリを呼んで
都市部の専門病院へ搬送します。
 地元の病院では、急性期医療の人的、物的体制が整って
おらず、高度な治療スキルの集積もありません。
 町の環境審議会が可とした新幹線掘削ズリ受け入れ土
案件は、高度な判断スキルが伴わないと、町の将来にと
って、命取りになるようなものなのです。
 環境省が、本町に対して、幾つかの認定をしてくれてい
ること、生物多様性の権威、鷲谷先生お墨付きのホットス
ポットを抱える町ということは、それを損なうようなデリ
ケートな問題が浮上したら、連絡、相談してね。
 という意味合いを持っているのです。
私も含めて、一番怖いのは、素人によるヤル気だけの大手
術です。
 特に、そこに暮らす住民の、ヤル気満々は、善意に満ち
ているだけに、厄介です。on
 餅屋は餅屋という言葉がありますが、素人は素人。
それを素直に自覚して、浅知恵で、国民的財産にヒビが入ら
ないように、行動を慎むことだと思います。
「触らぬ神に祟りなし」、朱太の川の精が怒りますよ。ちっ(怒った顔)

 札幌市のような大都市であれば、環境審議会の委員に、専
門の大学教授等を委嘱することは可能で、審議内容も最新の
知見が反映された答申になるでしょう。
 しかし、市町村では、そうはならず、事務局側の提供した
資料や意図がそのまま認められることになります。
 消しゴムで消せるような案件であれば、それで、問題は無
いと思いますが、半世紀に一度の環境案件は、対応を間違う
と、後世に負の遺産を残すことに繋がります。がく〜(落胆した顔)

 執拗に、この案件について、述べるのは、形式的に事務を
進めるべき案件では無く、本気で第三者的専門家の意見を聞
いて、判断するべきレアな案件、命に係わる大怪我だと主張
しているのです。
 蛇足ですが、罪を憎んで人を憎まず主義ですので、関係し
ている皆さんの事は、大好きですよ。もうやだ〜(悲しい顔)
 反論があれば、この案件を担当されている皆さん、コメン
トしてください。
 お待ちしております。手(チョキ)
  
病院改革は、歴史に残る。[2017年11月09日(Thu)]
 インフルエンザのワクチン接種で、一年振りに町立診療所を訪れた。午後の三時を回っていたが、患者さんも、結構いて、受付職員、看護婦さん、そして、問診したお医者さんの対応も、きびきびしていながら親切、感じがとても良い。
 医師の複数体制、看護師も配置基準を満たし、一丸となって、健康づくり事業に取り組む姿勢は、町民の評判も、すこぶる良く、指定管理者として、信頼のおける医療法人とパートナーを組んだことは、本町の医療分野の歴史において、歴史的に見ても画期的であり、評価して余りない。
 記憶に誤りがあるかもしれないが、平成16年前後の長万部町との合併推進協議の中で、本町の病院は、診療所化という方向で、整理されていたような気がする。相手方の長万部町の町立病院は、存続させるという方向であったはずだが、合併は、当時の黒松内側の議長はじめ、議会の反対もあって、土壇場でとん挫した。
 その後、紆余曲折があって、両町は、其々の道を進み、今がある訳だが、長万部町の衰退は進み、病院は、医師確保に、今もって、苦労されているようだ。
 反して、当町は、幾つかの課題を抱えながら、自立の道を歩み、平成30年から、多機能の医療検査機器を備えた診療所が、新装オープンするという。
 長万部町の理事者や議会は、黒松内町が血の出るような改革を成し遂げたことに、驚嘆、羨望の眼差しで見ているに違いない。
 今更の事だが、合併懐疑論的立場で、多少なりとも、行動したことを、つくづく、良かったと思っている。
 ツイッターやFB、インスタ等、SNSの登場で、分刻みの情報の受発信が、席巻し、若者を中心に感覚・感情的な判断力や表現力は高まっているが、反面、過去の歴史、現在の状況を理性的・科学的に判断し、未来を展望する歴史観や大局観力は、欧米や中国の若者と比較し、育っていない。
 テレビをはじめとした大衆娯楽文化は、これで良いという風潮を、相互助長しているので、国、地方問わず、官僚ともいうべき公務員の集団組織の中には、進むべき道標を探せないでいる者もいる。 
 しんどい作業だが、過去の歴史を振り返ること、そして、現在の立ち位置、未来を展望することは、足腰の強い国づくり、地域づくりの基本だと思う。そういう意味で、憲法を形骸化し、立憲主義を否定したり、問題の本質に深く切り込まない地域戦略、総合計画は、望ましくない。
 温故知新、歴史を軽んぜず、じっくり、職員自らの手で、諸計画の策定に努めて欲しい。 
昭恵さんの同行職員の旅費について[2017年03月17日(Fri)]
 総理夫人は、私人であるということで、先日、閣議決定したらしいが、岡山の加計学園の系列の保育園での講演した際にも、二人の職員(国家公務員)が同行した報道がなされていた。
 この二人の職員は、昭恵さん側で支払ったとのことだが、交通費実費分と規定に従った日当が支払われたものと推察される。
 この場合、平日であれば、出張命令を決裁権のある上司から受けることとなり、公務扱いとなるが、旅費は別途支給扱いとされているのだろう。
 万一、事故に遭遇した場合、目的地、公務内容、交通手段、要する時間等をあらかじめ明確にして、上司の決裁を受けておかなければ、公務災害の適用に、問題がでることがある。
 祝祭日は、基本的に勤務を要しない日なので、同行して事故に合った場合、自分持ち。
 ただし、公務扱いされる場合もあり、記憶が定かでないが、旅費、日当の他に超過勤務手当(?)が、出たかも・・・
 今回報道されていた講演の曜日は、分からないが、公務で同行したか、自己責任で同行したかは、定かではない。
 仮に平日だとしたら、職員は、公務で行っているはずなのである。 


 ※昭恵さんの講演や挨拶は、自民党総裁を補佐する政治活動なのか、総理を補佐する公務なのか
 その区別しても良さそうに思う。
  ご本人の了解のもとで、非常勤特別職として任用すれば、講演の講師は別として、特定の学校等の名誉校長を受けることができなかったはずで、こんな、やっかいな問題に巻き込まれなかったかもしれない。
他人ごとではない豊洲市場問題。[2016年09月13日(Tue)]

 小池都知事が吠えている。
 年明けに延期されていた豊洲市場の移転問題は、専門家会議から改善報告のあった有害物質による土壌汚染対策の「盛り土」を、主要施設下で実施していなかったということが明るみにでて、先行きが、一層、不透明になった。

 12日には、副知事以下、都の主要な幹部が招集された幹部会議で、実態解明に向けた調査が指示され、この様子が、マスコミに公開されたのだから、都の幹部諸氏も、たまらない。
 
 専門家の提言を実施の段階で、現場に入ってから、技術的に、軽微に変更することはままあることであるが、ことが生鮮食品を扱う市場の安心・安全対策の根幹なだけに、専門家会議との調整なくして、都が独断で進めた「決定プロセス」と、その後、事実を歪曲したのではと邪推したくなるような広報を続けたきたのには、事務手続きの問題と片付けられない、情報公開上の大きな問題が内在し、政治的異臭さえする。
 
 小池氏側の私的調査では、2020年東京五輪・パラリンピックに向け移転の作業を急いだ可能性もあるとみていて、事実確認が行われるようだが、都は、迅速、かつ誠実に、責任感を持って、事に当たって欲しいものだ。

 さて、ひるがえって、全国の地方自治体の例で、このような行政による公共施設の建設にあたって、似たような決定プロセス、情報公開上の問題のある事例は無いのかと問われれば、決して、レアケースと言いきれない。

 建設する建物、場所等も含め、議会とは別に、決定プロセスで、まちづくり計画の実行に関わる委員会や、個別専門会議的な諮問機関に、適宜、正確な資料が用意公開され、フラットな議論が、なされないまま、進められていくことが、ままにある。

 その背景の一つとして、国の補正予算の前倒しと、その好機を逃すまいと、地方自治体が、事業実施を繰り上げ、あるいは、構想から、一気に、実施に移す場合がある。

 この場合には、後ろが決まっている。それに合わせると、決定プロセスや住民への情報公開は、不十分、極まりないものとなるが、行政側としては、それだけに、あらゆる面で、内部の叡智を結集して、専門的に完璧に仕上げなくてはならない。
 ところが、この専門性の高い、経験豊富な職員が、運よく、大きなプロジェクトに携わることができれば良いが、人事異動によって、経験不足の職員が、担当した場合には、悲惨な結果が待ち受けている。
 特に、理事者が、特定の地域、人物に対して、近視眼的かつ政治的配慮を最大の使命と感じている場合には、よほど、頑固で、仕事に誇りを持つ自他ともに認める、変わり者の職員でない限り、一般的公務員は、その性として、敏感にそのことを感じ取って、限りなく、イエスマンになっていく。
 業務を直接担当する職員が、イエスマンになると、設計パートナーであるコンサルの担当者もそのことを瞬時に感じて、限られた予算、工期の中で、戦略性に富み、かつ、多方面に配慮された企画提案は、期待できない。
 つまり、公共施設の建設は、関わる人によって、本来あるべき、創造的事業から、悲しいかな消化・・事業化していくのである。
  まあ、どうであれ、こうであれ、箱は出来ていくわけで、それなりの目的に沿った形は残るわけだが、それが、本当に、後世への遺産になって行くのかどうかは、不確かだ。
 公共施設、とりわけ、大型の施設建設は、後世に遺産として残せるかどうかが、成功失敗の基準となる。それだけに、行政内部でしっかりとしたグランドデザインを立て、その上で、個別計画を立案実施に移していくことが理想だが、国の補正、補正の前倒と、人材の質・量の投下予算が削減されている中で、行政執行能力が脆弱化している地方に、遺産が創造されていくのか、憂う限りだ。
 遺産とは何か、どう創造していくべきかということを、折に触れて、自覚し、若い頃から、高い志とスキルを持つ職員を養成していくことが、攻めの時代を経験し、現在は、一線を退いた立場である人たちの、健全かつ正常な感覚であって欲しいと願う。

 豊洲市場建設に関わった都の幹部職員、担当職員、関連コンサル、そして、意思決定をした歴代都知事と議会関係者に、その重い命題が突きつけられている。
 どのような答えを導き出すのか。この先を注視していきたいものだ。
小樽市の副市長問題に思う。[2015年12月21日(Mon)]
 管内で唯一の市である小樽市の森井市政と議会の対立は、選挙のしこりによる感情論が優り、政策論議以前の、カオス状態で年の瀬を迎えそうです。
 カジノ誘致の反対と小樽の相乗り政治風土を批判して、大差で当選したわけで、それを、伝家の宝刀として、就任早々、市役所幹部人事や政策の見直しを、一刀両断に、ばっさりやったものですから、返り血を浴びないわけがありません。
 経済会、伏魔殿である市役所官僚機構、職員組合、議会会派を巻き込んで、リング内外において、乱闘状態が続いているのです。
 既存政党に属さず、市民目線のまちづくりの信念を持ち続け、数度の敗北をものともしないで、長老支配の小樽政治に風穴を開けましたが、それだけに、風当たりは尋常なものではありません。

 
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旭化成建材杭データ流用事件雑感[2015年11月03日(Tue)]
 旭化成建材の杭打ち流用問題が全国的に拡大している中、道内でも、昨日現在で、6件となった。
 道営住宅等、官公庁発注の建物で、傾いている等の現象は、起きていないとのことであるが、入居者にとっては、不信感は払拭できない。
 旭化成建材は、上場企業で、ホームページを見る限り、法令順守等、コンプライアンス等への対応は、ぬかりなく、社内でも、日常的に研修を深めており、よもや、このような事件が起きるとは、とうてい考えにくい。
 だが、現場では、データ流用は、日常化していたらしい。何故か。

 普通、大きさ、建物の全重量が決まると、ボーリング調査、支持力調査に基づいて、基礎を支える、杭の本数や強度、太さ、長さが設計され、製造し、打ち込みをする。
 万一、杭が、支持層に到達しない場合、本来なら、設計変更をして、適正な杭を打ちなおしたりすることとなるのだが、これが、困ったことに、新たな追加分の資金と追加工期を必要とするのだ。
 さて、昔の様に、建築や土木の工事受注会社が、全ての主要な工程を、自社職員で、賄う時代では無くなって、久しい。
 自動車産業と同じで、色々な工程が、専門子会社に、分離下請け発注され、利益の確保のため、合理的な施工管理システムを導入しているため、工事費や工期の柔軟性が、ほとんど確保されない。
 まして、民間の発注なら、なおさらの事で、多少の現場の不具合には目をつぶり、当初計画に従って、工事が進められることが、暗黙の至上命令になっている。
 
 直接、間接に、町の大型公共施設の建設に、かれこれ、10施設以上、関わったが、ある建物で、杭が必要ないということで、設計し、工事に入ってから、念のために、受注会社が地盤の支持力調査等をしたら杭打ちが必要だということになって、次の段階の工事を、遅らせ、補正予算を組んで、対応したことがあった。
 これは、設計図書にゴウサインの押印をしているし、保身や建前から言えば、あり得ないことだが、土の中のことは、目視だけではわからないし、調査しても、実際、現場に入ると、予想外の事が起きることもままある。急いで、設計させることだってある。
 最終的に、建前や、面子、保身を捨てて、議会の矢面に立つ立場の者が、責任を取り、現場の職員を守り、法令に則して、より、ベター、ベストな施工をしてもらう環境づくりが大事なのだ。
 
 おそらく、社内体質として、現場の立場に立って、現場職員を守る役員・上層部が少なくなっているか、まったくいないのかもしれない。
 そもそも、日本では、総務や営業系から役員に登用され、技術系から、役員に抜擢されることそのものがレアなことだから、問題が起きている現場の痛い・かゆいを知らないのだから、治し方もわからない。
 これは、何も、旭化成建材だけの問題だけでも無く、多くの一流企業に内在している問題だし、全部とは言わないまでも、社会福祉や医療法人にまであてはまる。
 そこに、成果主義が入り、利益の株主還元が社是となり、評価する立場とされる立場の信頼は、本質的には薄れ、失敗から学ぶ機会は、激減し、現場に近いほど、隠ぺい体質が蔓延してしまっているのではないだろうか。
 私が、特に、気になるのが、義務教育現場に、この成果主義が導入されて以来、いじめで自殺している子供が増えていることだ。この件については、後日、アップしてみようと思うが・・・
 いずれにしても、事件が明るみに出た。しかし、これは、氷山の一角。派手な政治的パーフォーマンスに拍手するのも悪くはないが、社会の隅々に、崩壊の芽が出始めていることに、より細心の注意を払い、その要因は何なのか、ここは、しっかり検証する必要があると思うのだが。  

 
 
牛乳差別化の道にしか活路は無い。[2015年10月31日(Sat)]
今朝の北海道新聞で、TPP関連の特集取材記事として、浜中町の酪農の取り組が紹介されていた。
かの有名な高級アイスクリーム、ハーゲンダッツの原料を一手に引き受けているのが、浜中町の酪農家の皆さんであり、半数以上が放牧酪農に取り組む。
 まさに、循環型酪農の先進地で、新規就業を希望する若者が絶えないと、5年前に、組合長さんから、直に聞くことがあった。
 同じ、紙面で、NZの乳業最大手のフォンテラの日本法人の社長さんが、東京で行われたシンポジウムで、米国では、放牧牛の乳製品が高値で売買されていることを紹介し、日本の酪農家に付加価値を高める努力不足を強調したと言う。
 本町は、福祉や環境・景観、移住等に関する行政の取り組みは、道内では、まあまあの線を行っているが、かって、花形だった農業、とりわけ、主力の酪農については、凋落はなはだしい。
 何が原因で、どこでどうなってしまったのか・・・・詮索しても始まらないが・・・・本当に、このままだったら、家族的経営の酪農は、この町から、静かに消えてしまうのではないかと思ったりもする。
 そんなこと言ったって、酪農家自身の問題だからと・・・しかたないと・・・諦めの声も聞こえるが・・・その時は、せっかく軌道に乗りつつある町営のチーズ工場や、民間のチーズ工場の存続に赤信号が灯ることになる。
 だからと言うわけでは無いが、観光牧場を兼ねた放牧酪農関連事業を、町が先頭に立って施設整備と人材育成を図り、振興公社に業務委託することを提案したい。
 さて、今は、当たり前となった交流施設群であるが、企画当時、横並び主義、前例踏襲主義が蔓延していた役場において、職員の大多数は、経験値が無いため、一連のプロジェクトに関わることに尻込みをした。
 民間でも難しいと言われた乳肉製品の開発と販売、酒類の製造委託、その後のパンやピザ等の製造販売、温泉の開発・運営、多様な形態の宿泊施設の建設や経営等は、元をただせば、机に座って事務しかとれないと揶揄された役場職員の手によって、手掛けられ、蓄積されたスキル等を公社等に伝授し、今日の交流観光産業があるのだ。もちろん、民間の若手リーダーの協力が後押ししたことは言うまでもない。
 福祉や医療の充実は、高齢化社会を迎え、全国、どの自治体にとっても、やって当たり前のことで、政策必須項目には違いないのだが、今更の感がないこともない。
 それでも、歴代の首長が躊躇し、体制の枠の中でしか改善できなかったった町立病院を、一気に、診療所化し指定管理制度の導入に踏み切ると言うのだから、四半世紀のまちづくりで培われた創造的改革のDNAは立派に引き継がれている。
 私は、上記の提案実現は、TPP対策としても有意だし、病院改革のパワーをもってして、可能ならしむと確信しているのである。
 このような取り組みをしている自治体が、岩手のチベットと呼ばれた某自治体で成功を収めている。・・参考にしない手は無いと強く思うのだ。

町職員による道道路肩の草刈の是非[2015年09月14日(Mon)]
 北海道の緊縮財政が続き、道道の維持管理費の削減により、地方の交通量の少ない沿道や路面に繁茂する雑草の除去は、不十分な状態が長年続いている。
 クリーン作戦と称し、我が町では、町が音頭を取り、官民一体となって、年二回、町内を縦貫する国道、道道、町道等に散乱する空き缶やゴミの回収作業を、半世紀以上も続け、日本で最も美しい村に選定されてからは、歩道、路面の除草も、行っている。
 いずれの事業も、企画する事務局の職員は、庶務規定に定める業務を行うということで、勤務扱いだが、私の記憶違いでなければ、その他の町職員や、民間団体職員等は、休日や、勤務時間終了後のボランティア活動として参加していたはずだ。
 この場合、管理者である国や北海道、さらには、交通安全上の配慮から、警察と、関係機関の承認・許可をいただいていたと思われる。
 万一、望まない事故にあった場合には、ボランティア保険が適用になり、事務局以外の職員の公務災害が適用になるかどうかは、極めて、灰色に近かったように思う。

 以前、ブログににも、書いたことがあったが、善意で参加した雪まつりの雪像づくりで大怪我をした教員が、道の公務災害の適用を受けることができなかった。
 公務として、校長の命令が書面で行われていないし、教員の本来業務では無いということであった。
 私は、数十年、続いてきている学社融合事業の地域行事で、子供達も参加するので、校長会で参加協力を要請したと書面で上申したが、北海道教育委員会は、公務として、がんとして、追認しなかった。
 
 さて、本題に戻るが、勤務時間内に、町職員が、デスクを離れて、道道の路肩の草刈をするのは、庶務規定に定められた、給料をもらうに足りる本来公務なのだろうか。 
 原則、私は、公務では無いと考える。
理由がどうであれ、給料をいただいて、町の備品や消耗品を活用し、道道の維持管理業務の一部である路肩の草刈を行うための包括的な予算措置は、過去において、なされてこなかっただろうし、これからも無いと思う。予算は、議会の議決があって、はじめて執行される。当たり前のことだが、道道の予算は、知事が提案し、道議会が議決する。
 町と町議会が、道道に関して、一般的には関わりが無いのだ。

 たまたま、今日、数人の町職員が、汗を流し、刈払い機を活用し、道道の路肩の草刈を行っていた。 彼ら自身には、職務専念義務違反に反して、外勤し、作業しているつもりは無い。むしろ、ある種の気概と目的をもって、止むにやまれず、作業していたと思う。
 しかし、町の理事者は、このことを、どこまで、詳細に把握し、腹をくくって、行なわせていたのか、私には、はなはだ、疑問である。
 道路管理者である道が、民間に委託した場合には、このような作業では、ヘルメット着用、反射タスキ、安全係りの配置等、安全管理には細心の注意が払われている。違反したら、労働基準監督署や警察から、厳しいお咎めがあるのだ。
 仮に、道から、軽微な管理作業が委託され、何がしかの委託金が入って来る等、制度が変わったのであれば、作業することは、あり得ないことではないが、それであるならば、道に準拠した安全作業上の配慮はあるべきである。
 現場では、その辺は、みじんも感じられないし、事故に遭遇した場合の公務災害適用への腹積もり、所謂、職員とその家族を守るという、理事者の責任を認識していれば、しっかり徹底させていたはずである。私は、理事者は、現場を承知していなかったのではないかと勘ぐってしまう。

  消防職員等、特殊危険業務に従事する職員は、危険と背中合わせなのだから、特別な訓練と、装備、俸給、手当、退職金を支給される。
 しかし、一般、事務・技術職員は、そうでは無い。・・・・
 勤務時間内に、庶務規定に基づかない、公務、特に軽い気持ちで外勤をさせる場合・・きっちりと、伺いを出させ、・その業務で何か発生して、職員を守れるかどうか・・・熟慮した上で、指示命令を出すべきが、任命権をも有する理事者の責任であると思う。
 
 私の在職中にも、首を下げざるを得ない服務監督責任上の問題が、続発し、自らの至らなさを悔い、断腸の思いで、解雇したこともあった。
 職員組合が弱体化し、地方公務員法を盾にとって、良い意味で彼らを守るものがいなくなった。
 ゆえに、大切な町の財産である職員の服務監督については、愛をもって、地方公務員法等を熟知した上で、白黒を明確にして、行うべきと思う。
参加できた後志元企会[2015年07月26日(Sun)]
 隣町のU泉閣で、一昨日、22回目の後志元企会が催された。平成二年前後に、企画担当係長だった管内の町職員と、支庁企画係長と係員、 小樽 開発建設部の地域振興係職員等から、会は構成されている。
 ふるさと創生一億円を皮切りに、地総債や過疎債と言った類の、美味しい借金がどんどん出来て、やる気のある自治体は、アイデア次第で、地域活性化のための施設をどんどん整備することが奨励され、その前線にいたのが、当時の企画係長連中だった。
 建設された施設は、各町村の特色を反映されたものが多く、一部、財政上の重荷になっているものもあるが、総じて、まちのシンボル施設として、今も、まちづくりの中核機能を担っている。
 当時は、インターネット等も普及しておらず、当然、自治体のホームページ等は、皆無。
 情報を得るために、道からアドバイスを受けて、徒党を組んで本州各地の先進地視察を精力的にこなした。三日も、四日も、同じ釜の飯を食べるのだから、夜の反省会と称したノミ二ケーションで、友好が深まらないはずはない。アルコール漬けで、精神的な高揚感も手伝って、町づくり談義に、彩の豊な花がたくさん咲いた。
 時は過ぎて、多くは管理職となり、特別職を経験したが者が八名を越えたが、二人が若くして他界しているし、私も含めて、大病を患い、通院療養しているものも複数人でてきた。
 今は、完全に、元気を確認し合う親睦会になっている。
 昨年は、私が幹事で、地元K旅館で開催した。しかし、開催日当日は、退院間際で欠席。それでも、15名の参加をいただき、代理幹事のS町のAさんの御計らいや、店主の料理を含めた御もてなしに、いたく感動していただき、大成功で終ることができた。そのことを伝えたくて、わざわざ、会長や事務局長らが、自宅までお見舞いにきてくれた。
 去年の様子では、私は今年も到底参加は無理だろうと踏んでいたらしく、参加者全員、驚き、再会を喜んでくれた。
 来年は、N町、幹事役が衆議院議員になっているので、開催できるかどうか危ぶまれる。しかし、アポイントメントだけは、取ることになった。
 アルコール抜きの一次会で放免していただいたが、なごやかな懐かしい雰囲気は、心底酔わせ、至福の時は、夏の夜に、心地よく流れた。


昨晩の花火・・・明日は晴れるといいね。
CIMG1582.JPG
人口減少時代の体育館改築[2015年03月28日(Sat)]
 本町は、民間社会福祉法人が経営する多様な福祉施設への債務負担や農業への財政支援だけでは、定住人口の減少を食い止められないとの判断により、四半世紀前から、ミネラルウオーターの工場誘致や、交流人口の創出、さらには、移住政策等、先駆的な複合的自治体経営を展開してきた。
 しかし、残念だが、超スピードで進む少子高齢化や、若者の流出を食い止めることができず、所謂、人口減少時代に、向かっている。 
 アベノミックスで、デフレ脱却を目指したインフレ誘導の経済政策が現在展開されているが、都市ほど、目立つようなブラス効果が波及しておらず、電気料アップと資材等の価格上昇で、農業、観光、食品等、全ての内需型地場産業で、マイナス面が先行している。 
 むしろ、長引くデフレ経済の後遺症と人口減の中で、税収は減少、地方交付税においても、評価性の導入による不確実性が増し、生産年齢人口の減少と老年人口の増加により、社会的扶養負担が増大していると言ってよい。  
 複合的自治体経営の中で、定住する町民や、交流町民の行政サービスニーズは、多様で高度化し、行政があらゆる公共的サービスを提供することには限界があることから、三セク、NPO、町内会、有償ボランティアやといった多様な主体が公共的サービスの担い手になるよう、「新しい公共」による協働を、行政が強く意識し、環境醸成に努めてきた。
 それらの成果は、地域スポーツクラブやグリーンツーリズム推進協議会の設立に引き継がれようとしている。
 いずれにしても、自治体経営は、これまで以上に、将来にわたる自立可能な財政規律の見通しをもち、定住・交流・移住と、協働の理念を持ちながら、本町の特性である景観、地球規模の課題である環境、さらには、エネルギーの地産地消などを意識して、戦略的な地域経営計画を立案しなければならない時代を迎えている。

 そのような状況の中で、新体育館をどうするか・・極めて・重要な定住分野のインフラ整備だ。

 本町の人口は、10年後には、2500人、20年後には2100人台になることが予測されている。
 65歳定年制とすれば、現在、45歳以下の皆さんが、地域社会の中核となって働き、現在ある多くの公共施設を維持管理することになるが、単純に人口減で推計すると、地方交付税等で、その頃は、今より、3億円近い減収となろう。 
 社会資本の老朽化は、体育館だけでは無い。上下水道、橋梁、農業関連、福祉・医療など多岐にわたる。 
 体育館には、解体費も含め、10億円を予定していると聞く。

 40年を超える世代間ローンで払っていく計算だから、問題ないのかもしれないが、色々な国・道の補助制度やふると納税制度の特典を工夫し財源を確保する見通しを立てるとか(福島の子供たちや姉妹市とのスポーツ交流施設に活用したいとか広域的視点も)、PFI、耐震補強改修等、自己財源を少なくする方策を、行政は、しっかり検討するべきだと思う。 体育館は、防災避難施設であるし、老朽化も進み、適地も無いので、現地での建替えとなるかもしれないが・・・基本構想を立案するそのプロセスに、もう一つ価値がある。
 体育関係者や議員のみならず、広範なまちづくりの協働パートナーと、ワークショップ等を積み重ね、そのプロセスを生涯学習の一環として、位置づけ、取り組む。
 大きなプロジェクトだからこそ、次の時代を担う青年を参画させ、行政に都合悪いことも公開し、リスクも含めて、自分たちの将来を多方面から考える、問題解決能力のある青年を育成する機会とすれば、拙い経験から言わせてもらえば、半分は、成功したようなものだ。 (私の杞憂なのか、結論先にありきで、行政が、何かにせかされるよう、突っ走っている感じがしてならない。)

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