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姉妹市町交流30年・・伝統文化の一つかな。  [2024年12月25日(Wed)]
 愛媛県の野村町(合併して西予市)と、シンボルツリーの
ブナを縁として、姉妹町の締結してから30年も経ったんだ。
 当時、最前線で交流交渉の担当だった関係で、色々な苦
労話もあったはずだけれど、かなり忘れてしまった。
 当初、ブナ南限である鹿児島県の鹿屋市に、秋波をおく
ったが、標高2000mのちょぼブナ林についての認識は、
 それ何ですかみたいな返事で、無かったのだ。

 野村町は、国有林伐採反対シンポで、北限の黒松内の取組
に関心を寄せているという裏情報を、ブナフォーラムのパネ
ラ―打ち合わせで、東京の日本自然保護協会を訪れた際、主
幹の工藤父母道さんから、得ていた。

 ブナフォーラムの翌年、千葉のアカデミーに政策研修のた
め派遣されたが、同じグループで、野村町企画課長補佐の山
崎さんと、奇跡的な出会いをし、意気投合した。

 翌年、予算がついて、交渉を持ちかけた時には、国保病院
の事務長だった。駄目かなと頭をよぎったが、山崎さんは、
企画課にしっかり繋いでくれて実現にこぎつけてくれた。

 3月に、締結の段取りのため、訪問した際には、議員の皆
さん、町理事者、管理職に囲まれて、サドンレスの返杯とい
う儀式を受けた。(30代で、怖いもの知らず)
 飲めないのに、飲まされて、醜態を見せてはいけないと、
緊張しつつ、二次会から、記憶が無くなったことを覚えてい
る。
 朝食時に、定宿の一二三の女将に聞いたら、四次会まで、
引き回されたらしいとのことだった。
 送ってくれたのは、山崎さんだったらしい。涙ぽろり

 両自治体にとって、順風満帆な航海ではなかったはずだが
漕ぎ手が替わっても、往来を続けている。
 様々な交流事業に、関わったことにより、その後の人生を、
を変えた若者も少なくない。
 両自治体には、荒波が留まることなく押し寄せると思うが
直接、人と人が触れ合い、異文化に、出会わないと、自分た
ちの地域特性、潜在資源の優位性を、見失うことが多い。
学ぶこと、感じることは、年齢、経験によって異なるが、
何がしかの変化成長をもたらす。
 これからも、幾世代に渡って、続くことを祈りたい。
 
 
Posted by 若見 at 11:55
この記事のURL
https://blog.canpan.info/bunanokomorebi/archive/1465
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