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脳科学ブログ(教育への架橋)

脳科学の知見を生かし、実践現場との架橋・融合をめざす。仮説・実践・検証により、教育のエビデンスを生みだし、揺るぎなき教育の一端を担いたい。“教育は愛、愛こそ教育” 願いは子どもの幸せである。


故郷の村、五十沢渓谷の写真 [2021年02月27日(Sat)]
 故郷の村、五十沢渓谷の写真です。ご覧ください。
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 谷底の水のたまりは夢のようにきれいでした。
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金城山の姿
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 山頂付近の岩場
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 鬼のつらの滝 きれいな水でした。
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 不動滝です。
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 渓谷の山々です。とにかくきれいでした。
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  谷底には 深い水たまりがありました。
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脳は「自然と環境 働きかけ」の中で造られていく  [2021年02月26日(Fri)]
脳は「自然と環境 働きかけ」の中で造られていく。
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 ヒトは生理的欲求を基盤に、安全欲求、所属・愛情の欲求・尊敬の欲求・自己実現の欲求、更にその上に利他的な欲求である自己超越欲求をもっているのです。
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脳の「しくみとはたらき」です。
 @ 動物・生命体として「生きている」を支配しています。
 A 大脳辺縁系です。「たくましく生きていく」をコントロールしています。
 B 大脳新皮質です。「うまく生きていく」ために働きます。
 C 前頭前野です。
人間らしく「良く生きていくためのチョイス」をしながら働きます。
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丈夫な脳は木のように、「どっしり・しっかり・たくましく」育っていきます。
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脳に悪い働きを続けると、脳の発達を阻害し、脳の神経細胞を壊し、ついには死滅させます。
人間らしさを失い道徳性や道徳的判断力に支障をきたらせます。
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心を生み出す3要素です。
ドーバミン・・・行動の動機づけや快楽を生み出す。
セロトニン・・・安定や落ち着きを生み出す。
ノルアドレナリン・・・注意・判断力、覚醒を生み出す。
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ワクチン・免疫療法の歩み [2021年02月26日(Fri)]
ワクチン開発の歩みは長い。
エドワードジェンナーによるワクチンの発見から始まる。
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ベーリングと北里柴三郎により血清(抗体)療法が開発された、
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抗体の構造である。
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クラススイッチ組み換え(CSR)
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バクテリア集団に異常が起こり病気になる場合もある。
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一つの治療薬が生まれるまでには多くの無作為化対照試験が行われる。
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五十沢村の名木 [2021年02月25日(Thu)]
五十沢村には名木が数多くありました。豊かな自然と風土に育まれた木々でした。
風雪に耐えつつ生き残り、村人に愛されるようになったのです。

私たちのこころに与えた影響は大きかったのでしょう。

同級生の広田君は裁判官になり、
長君と大津茂君は新幹線の運転手になり、
小宮山君は消防官になり、忠雄君は板前さんに、私は先生になりました。

それぞれが自分に合った真っ直ぐな職業についていきました。
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 我が家の玄関から八海山が見えました。本当に懐かしい山です。
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五十沢村の現今 [2021年02月24日(Wed)]
 五十沢村 三国川ダム 蕨野・清水瀬などの集落は湖の下に沈んだ。寂しい限りであった。
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 記念碑「三国川ダム」
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八海山ロープウェーから南魚沼郡が一望できる。
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冬になるとどの山麓もスキー場に様変わりする。東京近辺から多くのスキー客がやってくる。農家は民宿宿になりお客様を迎える。IMG_9820.jpgIMG_9820.jpg
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五十沢温泉は湯質が良く人気があるようだ。
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部屋は広く、ゆったりとつろげる。
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雪国の生活・幼少期の思い出 [2021年02月21日(Sun)]
雪に埋もれた村でも、子供たちは元気に育っていきました。

 私は、昭和20年(終・敗戦の年)の生まれです。
日本中が、「食うや食わずの生活」をしていました。みんなが貧しかったのです。  

 しかし、我が家は農家であり、田んぼも少ないながらもありました。山も畑もありました。食い物に困ることはありませんでした。麦の入ったご飯を食べた記憶はありません。

 物貰いさんが来ると母はお米を与えていました。盲目の瞽女ごぜ)さんがきても親切にあげていました。

 私の家は托鉢のお坊さんが宿泊する家でもありました。葉書が来るとその日を楽しみに待ちました。村の外れまで出迎えるのが私の仕事でもありました。楽しみでもありました。

 お湯を沸かし、たらいに入れ、玄関先で足を洗ってから家に入ってもらいました。家に入ると仏壇の前に座りお経をあげて下さいました。

 夕食が終わると囲炉裏を囲んで色々なお話をしてくださいました。地方地方の地理や歴史、風土や習慣の違いなど、それはそれは楽しい話ばかりでした。

 お坊様の名前は「藤井 健蜂(けんぼう)さん」でした。60年たっても70年たっても忘れられません。

雪国・五十沢村の農家 [2021年02月20日(Sat)]
雪国・五十沢村の農家です。豪雪にも耐えられるように頑丈に作られています。100年も150年も持つ造りになっています。どこの家も同じような造りでした。屋根はかやぶきでした。大量の茅が必要でした。「ふき替え」は村総出の大仕事でした。
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雪国の生活 [2021年02月19日(Fri)]
雪国の生活は並大抵ではありませんでした。一階の屋根と通路が同じ高さになります。家は雪に埋もれてしまいます。最近ではこんなに積もることはありません。温暖化のせいでしょうか。
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すっぽり雪に埋まってしまいます。雪の下に家がある状態です。
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そのままでは玄関に入れません。雪道・雪穴をほって玄関につなげます。
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電柱も大方埋まり、電線をよけたり避けたりしながら通ります。
危険極まりないことです。
雪の重みで電線が切れることもあり、村中が停電になります。 
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頑張っている親・教師・学校・教育委員会・文科省 [2021年02月17日(Wed)]
          学力向上について

 コロナでみんな困っています。コロナ対策が一番ですが子どもの学習、学力の停滞も心配です。そこで今回は 子供の学力と私の取り組みについて述べてみます。
 都会の 便利なところだけが好成績のわけではありません。
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 田舎でも、小さな学校が頑張っているのです。親も教師も学校も、教育委員会も頑張っているのです。教育の大事さを知っているのです。その心は国の隅々まで沁みとおっているのです。日本はそういう国柄なのです。

 他方 「脳科学の知見」も貢献しています。
河浦中学校は学校ぐるみで、鳩山町のA小学校は単独で、浦安市は市を挙げての実践でした。それだけに効果は多大でした。

 さいたま市は市長と教育長が熱心でした。何回もお会いしました。埼玉テレビで何回も対談しました。しかし、現場までは浸透しませんでした。脳科学については無知でした。

 日本の公立学校は関心がなかったのです。国立大学の付属小学校ならできるのですが、そこまではできませんでした。一般の学校では余程のことがない限りできません。
文科省の指導要領に一言書かれていなければ動けないのです。国立大学教育学部の付属小学校ならできるのですが、一般の学校では余程のことがない限りできません。

 埼玉縣でも名門といわれているさいたま市立高砂小学校の校長は、大学時代のサークルの後輩でした。しかし、「脳科学なんて知らなかった」と言っていました。残念ながらそれが現場の実態なのです。

 日本では、文科省、それも初中教育局が本気にならなければ何もできません。現場には届きません。文科省の幹部には脳科学の重要性はわかっています。しかし。一部の補佐官が本気になっても調査官がやる気にならなければ現場は動きません。

 A補佐官は「ぜひ桑原先生の学校を訪問し、脳科学教育の実際を見学したい」と言って検討し始めましたが実現できませんでした。行政には行政に秩序があって、秩序を無視することはできなかったのです。残念なことでした。

 現状では、気が付いた先生が、現場から実践の火の手を挙げ、「結果を出す」 これ以外に突破口はないようです。私のささやかな実践がお役に立てれば嬉しいです。

 
貧困と学力・我慢と辛抱 [2021年02月15日(Mon)]
 厳しい自然条件の中」と「我慢と辛抱」を求められる地方が好成績を上げています。
しかし、大学進学率は高くありません。全国学力テスト日本一の秋田県でも大学進学率は高くありません。お金がないからです。貧困のためなのです。奨学金の制度もあるのですが、結局は追いつきません。残念です。

 私も雪国・豪雪地帯と呼ばれる新潟県・南魚沼郡六日町(旧五十沢村)出身なので「貧困」から抜け出すことがどんなに大変かわかっています。今ではみんなが高校に行きますが、60年前ではそうはいきませんでした。

 私は、中学を出て長岡市にあった国立新潟総合職業訓練所 機械科に入りました。倍率12倍、六日町高校よりはるかに難関でした。「2年間で しかも「会社は高校卒業と同程度の扱いをする」との触れ込みでした。優秀な人が沢山いました。長岡工業や新潟明訓高校などに引け目を感じることはありませんでした。
 日立や日本電気や富士通信など大会社にどんどん就職していきました。現場のリーダー養成だったようです。

 私は大会社には行きませんでした。もっともっと勉強したかったのです。中卒からやり直しを選びました。大学に行きたかったのです。ただただ学問をしたかったのです。

 鋳物の街:川口市「キューポラのある街」に就職しました。定時制高校に行くためでした。住み込みの旋盤工となりました。
 8時から5時まで働き、5時半から9時まで授業、終わると帰ってから夕食でした。帰宅が10時を過ぎることもありました。社長の奥様には本当にお世話になりました。

 それからが私の勉強でした。終わると夜中の1時ごろになっていました。睡魔に襲われ、机にうつ伏したまま朝になっていたこともありました。
 工場の裏手には荒川が流れていました。荒川の土手は「身体の休憩・こころの保養・魂の安息」に絶好の場所でした。吉永小百合の「キューポラのある街」の舞台でもありました。

 浪人を経て早稲田大二文に合格しました。そこでは吉永小百合さんもいました。目立つこともなく一般の学生の一人としてふるまっていました。偉いものです。本当に感心しました。

 その年、埼玉大学にも合格しました。特別奨学金があったので、大学は何の苦労もなく卒業できました。本当に有難かったです。助かりました。

 木造部分が工場の寮 両隣は民家

 工場の入り口
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 埼玉大学蒼玄寮
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 50年経つと、新築だった寮もボロボロになっていた。、
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 5棟4号室 ここが私の生活の場、活動の拠点だった。 
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