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2018年06月13日

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   週刊 行ったり 来たり
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 「ボランティア、無償であるべきか?」新聞のこんな見出し。
 私のボランティア歴の中のある団体で経験したこと。渡されたプリントにこう書いてあった。「○○様 交通費を支給します。4万円」え?いいのこんなに頂いて?
 ただし、これには続きがあって4万円のすぐ下には「@これを全額寄付する」「A〇円寄付する」
 は?寄付?私はクスッと笑いが込み上げてきた。こうくれば全部いただくわけにいかないでしょ、ということで〇のなかに「1」と書いて提出した。
 後日職員が「Nさん、寄付ありがとうございます」「ははは、だってすぐ下にああ書いてあれば出さないわけにいかないでしょ!」「あれ、アメリカで教わった手法なの」って。「悪いこと覚えてきちゃったわね」と笑いあった。私はこれをユーモアと捉えて、いやな感じがしなかった。だから私は「いただけるならもらいます」である。
 無償は嫌という人の理由を読んでいくと「専門知識を安売りしたくない」と発言する人がいた。なるほど時間とお金をかけて取得した財産を無償提供することは忍びないということ。何の資格も持たない私にもわかるような気がする。アンケートの中で無償であるべきは「40%」だった。
 「私はいくらボランティアでもただではやらない。例え100円でもいいから対価は頂く」ときっぱりと言い切る友人が一人だけいる。これは長年ずっと変わりなく言い続けて、実行している。彼女のその精神に敬服す る。自分の考えをしっかり持つべき、持ったらそれに従うべきだ。
 「ボランティアをやってよかったこと?」の中には、「自分の成長につながった」というものがあった。私はこれに近い心境だが、「成長」よりも「ためになった」ぐらいにしておこう。何やかや言っても根底には、今、自分が食べていけるだけのゆとりがあることがボランティアを続けていける大前提なわけだ。今夜食べるものがない状況だったら、私はボランティアはしない。一応、衣食住が足りていることはとてもありがたいこと、何をもって足るとするかには個人差があるが、新聞のボランティアに関する記事に、ああだこうだと思いめぐらす時間があることだって幸せなのだ。(N)
posted by ボラみみ at 17:23| Comment(0) | TrackBack(0) | スタッフ日誌
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