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2013年06月10日

【新著連載】Q23. 自分ひとりでがんばってもムダですか?

Q23. 自分ひとりでがんばってもムダですか?

A.よそ者・わか者・ばか者の活躍が変化を起こす

 起業家は、自分ひとりでは何もできないことを知っています。同時に、自分ひとりのがんばりが、大きなキッカケと貴重なご縁を呼び込むことも良く知っています。
 ひとりでがんばる時のキーワードは「よそ者・わか者・ばか者」感覚です。この言葉を編み出したのは、西友での新規事業の体験をもとに、社会起業家として活躍する先輩、柳田公市さんです。柳田さんは、保守的な組織を内側から改革するのは難しいので「よそ者・わか者・ばか者」の活躍が大切だと看破されたのです。
 私も、若くして、地元墨田区の街おこしに関わることができました。柳田さんの至言を常に意識して、孤軍奮闘を続けてきたからこそ、今の私と生き甲斐があるのです。

●インターネットから「街おこし」

 私の「よそ者」感覚は、その経歴によるところが大きいでしょう。墨田区で生まれ育った三代目経営者ですが、20代の私は、ファミコンゲームソフトメーカーや、証券会社で、ITやソフトの仕事をしていて、地元の活動など何もしていませんでした。
 ところが、街おこしに関わるご縁は、予想もしないところから訪れました。私のネット仲間で、建築関係の教育や出版をしていた鈴木明先生が、菊川工業の経営者・宇津野和俊さんを引き連れて、弊社に見学にいらっしゃったのです。宇津野さんは、鈴木先生の協力で世界の名建築ガイドを出版した文化人経営者で、現在は世界中のアップルストアの金属建材を提供しています。私は、意気に感じて、中小企業にとってインターネットがいかに役立つツールであるか熱弁をふるったのです。
 すると後日、思いがけないことに、宇津野さんから、東京商工会議所墨田支部の役員になってほしいと請われたのです。当初は、情報サービス分科会の副会長を務め、ほどなくして新設されたIT分科会長を拝命しました。IT業界とは無縁のTシャツメーカーの経営者が、まさに「よそ者」として招かれたのです。なにせ分科会には、NTTや地元ケーブルテレビの幹部が、メンバーとして名前を連ねています。文系出身でITの専門教育を受けたことがない私ですから、もちろんビビリました。
 しかし、私は、どうすれば中小企業がお金をかけずにインターネットを活用できるかを日々考え実践していましたし、同じように使いこなせる企業が増えることが、墨田区全体を盛り上げることを理解していました。そこで地元経営者向けに実践的なセミナーを重ねて十年。墨田区では、区内の要となる経営者、後継者から、自治体、団体幹部まで、みなさんがソーシャルメディアを使いこなすところまで進化したのです。

●40歳そこそこでもまだまだ「わか者」

 そして、私は「わか者」として、墨田区を代表する経営者が十数名集まる役員会に毎月出席することになりました。何しろ、出席する先輩の多くは70代〜60代、若くても50代でした。通常ならば、40歳そこそこの私は、借りてきたネコのように静かにしているべきでしょう。しかし、東商墨田支部会長の高橋久雄さんは、「よそ者・わか者・ばか者」の重要性を心から理解していました。さらに、私が思い切った発言をするほど、他の先輩役員も喜んで賛同してくださることもわかりました。
 例えば、東京スカイツリーの構想が持ち上がった時に、墨田区長の山崎昇さんが、役員会に参加されました。その時に、「すみだ北斎美術館」と「メディアアート」についてお話をされたのです。その時、私は、世界中の美術館を見て回った「バカモノ」の一人として生意気な発言をしました。「中途半端なメディアアートは一度見ただけで飽きてしまう。それより北斎賞を作って、受賞作で地域ブランド商品を作り、イベントを開いた方が、地元が繁盛する」この私見に、区長も先輩方も賛成してくれました。
 それがきっかけとなって、私は、すみだ北斎美術館の名称やロゴを決める委員や、さらに、新設された墨田区観光協会の発起人理事に選ばれました。年齢は「わか者」経歴はアートや観光について「よそ者」で、私はふさわしくないかもしれません。しかし、私は、墨田区に異常な愛情を持つ「ばか者」です。これまでも「勝手に観光協会」として、久米繊維のお客様に、墨田区の文化の深さや、路地裏の面白さを案内し続けてきました。それが実を結んで、大きな仕事ができるようになったのです。

A.よそ者・わか者・ばか者の活躍が変化を起こす
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