CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
グアム探検を応援します Touch True Guam!

« 地域活動 Commu-Suppo | Main | 特集 Special Feature »

プロフィール

BIG MAMA GUAMさんの画像
https://blog.canpan.info/blueskyofguam/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/blueskyofguam/index2_0.xml
検索
検索語句
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
グアムの歴史を観る番組[2014年10月23日(Thu)]

皆さん、こんにちは。

グアムにお住まいの方は
今年の3月から放映されている
グアム(マリアナ諸島)の歴史番組、
ご覧になった方もいらっしゃると思います。

「I Tinaotao Marianas- The Peopling of the Marianas」

■ Sundays 6:30pm on TV Channel 8
■ Mondays 7:00pm on TV Channel 12
■ Wednesdays 4:00pm on TV Channel 8
■ Saturdays 5:30pm on TV Channel 11


日本にお住まいの方、
この番組にご興味のある方へ、

ituaotaomarianas.jpg

「I Tinaotao Marianas- The Peopling of the Marianas」
(エピソード1)


ちょっぴりトレーラー動画
そしてオンラインレンタルも可能なようですので
こちらをチェックしてみてください↓
https://vimeo.com/ondemand/13353/91773396

歴史家・プロデューサーはこの方です↓
http://www.youtube.com/watch?v=tyriif5ELjs

<お問い合わせ>
Rlene Santos Steffy
Ethnographer & Oral Historian
MARC Research Associate
rlene@rlenelive.com


にほんブログ村 海外生活ブログへ ランキング参加中!
ウインク ポチッと応援お願いしま-す! & なかま募集中 四つ葉


Posted by Grass-Roots at 09:23 | 歴史文化 His+Cul | この記事のURL | コメント(0)

出稼ぎ移民、グアム島へ[2014年08月25日(Mon)]

ハッファデイ!
今日は江戸末期の日本人とグアムのお話です。


江戸幕府の海外渡航禁止令が解け、明治元年(1868年)、
海外出稼ぎ人達がまず向かったのがグアム島だったのは
ご存知ですか?

約二週間後に出航したハワイ労働移民の記述は多くありますが、
実は一番手がグアム島です。


横浜の外国商社2社の斡旋によって3年の雇用契約で
新興生活を夢見て各地より横浜に集まっていた42名
(うち2名女性)が雇われ、4月の半ば
当時スペイン領だったグアム島へと向かいます。

この時の日本は幕末の混乱期でもあり、
スペインとの和親条約は締結前で、
維新政府の許可なしの渡航でした。

契約賃金は、月額、洋銀4枚 半額預かり後払い
出航時は日本の通貨主権も整っておらず、洋銀は有利で、
洋銀4枚は天保小判3枚と同等交換できた事を考えると、
リスクを踏まえても魅力的な雇用契約だったのかもしれません。

mexican_silver_dollar.jpeg

航行期間38日を経てアガニャへ入港、
スペイン統治の長 フランシスコ モスコソ イ ララ
(任期1866-1871年)に引き渡されます。

仕事の内容は、始めの2年は移民全員で協力し
タンタノという荒野を農耕開拓。
その後、方々に分かれて
現地住民と一緒に農耕に従事したとされています。


方々に分かれてからはタロモページロ
という世話人の下、働きますが、
彼の扱いは、現地住民に対して同様に
日本人移民にも酷いものでした。

3年3カ月目、過酷な扱いに耐えきれず、
一同で、イ ララに指揮者の変更を求めましたが、
聞き入れてもらえないどころか、
契約期間が過ぎていた事と、
現地住民も仕事を憶えた事から、
契約解除を申し渡されます。


未払い賃金は支払われず、
帰国の船の用意も無視された移民達は、
自分達でアガニャに入港する船に
その都度嘆願交渉するしかありませんでした。

丁度、知事の交代時期が重なった事も、
帰国の交渉を難しくさせた要因のひとつかもしれません。


帰国の船を待つ間、移民達は食う事を原住民に
頼らざる得ない状況で、南方の二つの村に分かれて
お世話になっていた様です。
さぞありがたかった事でしょう。

およそ8カ月後、第1陣4名がやっと英国船に乗り帰国。
これにより、グアムに渡航していた日本人がいた事と
まだ取り残されている人達の存在を、
政府が知る事になります。


その後10カ月で残りの移民が帰国を果たしましたが、
維新政府のその後の移民政策や対応に
少なからず影響を与えたと言われています。

明治維新とともに始まった南方出稼ぎ史は
波乱の幕開けだったと言えます。


特記;
渡島航海中の死亡者3名
グアム従事期間中死亡者7名
病気による渡島途中の下船者(ボニナス島)夫婦2名

42名中グアム島に辿り着いた人数37名
記録によると日本へ帰国した人数26名
グアム滞在中の死亡者と他国への渡航者の数 不明

出稼ぎ移民の歴史の扉を開いた42名の先人達に敬意をこめて。

にほんブログ村 海外生活ブログへ ランキング参加中!
ウインク ポチッと応援お願いしま-す! & なかま募集中 四つ葉 

Posted by ANDRE・あんどれ at 14:45 | 歴史文化 His+Cul | この記事のURL | コメント(1)

グアムと日本【天地創世】のおはなし[2014年07月26日(Sat)]
ハファタタマヌハオ!
今日は、グアム版と日本版の天地創世を比べてみましたぴかぴか(新しい)

太平洋の島々やアジアには、
天地創世神話が多数みられるそうです。

ここで日本神話のおさらい。目

日本で一番古い書物、【古事記】に書かれた日本の創造主は、
伊邪那岐神(いざなぎのかみ)と伊邪那美神(いざなみのかみ)です。

二人が力を合わせて作りだしたのは、
18の島(大地)と、自然を司る30神と5対の神、合計40神、

その後イザナミが亡くなり、イザナギが最後に創り出したのが、

amaterasu.jpg narutoヨリ

左の眼から太陽の神、天照大御神(あまてらすおおみかみ)
右の眼から月の神、月読命(つくよのみこと)
鼻から、大海原の神、須佐之男命(すさのおのみこと)です。

阿南市見能林 賀志波比賣神社.jpg
天照大御神 生誕地、徳島県阿南市 賀志波比賣神社
Amaterasu's Birthplace; Kashiwahime shrine,
Anan-shi Tokushima


さて、ここからはグアムの天地創世のおはなし。目

グアムには古代チャモロ時代から何世代にもわたって
先祖代々語り継がれる、【フウナとプンタン】という
男女兄弟の伝説があります。

プンタンは彼自身の目から太陽と月、
胸から空、背中から地球、眉毛からは美しい虹を創りました。
(グアムでは本当に綺麗な虹をしょっちゅう見る事が出来ます。)

フウナは生命を創るために彼女自身を捧げ、
グアムの南の海に飛び込み、フーハ岩に姿を変えました。
後に、最初の人類がその岩から現れたと伝えられています。

Fouha Rock(150feet), Fouha bay in Umatac
umatac.bmp
フーハ岩(46m)、ウマタック村フーハ湾


ご先祖様を敬う心にも共通点を感じます。
グアムではタオタオモナという先祖霊を、
今でも多くの人が信じています。
魂は死んでも生き続けており、自然に宿っているのです。
特に大きなバンヤンの木には、タオタオモナが宿ると
尊重されています。

バンヤンの木に限らず、山でも海でも自然を前にする時、
グアムの人々はタオタオモナに敬意を示します。


形は違えど、日本でもそのような風習をよくみかけますね。
自然と向き合うと、そのパワーに身が引き締まりますぴかぴか(新しい)



にほんブログ村 海外生活ブログへ ランキング参加中!
ウインク ポチッと応援お願いしま-す! & なかま募集中 四つ葉

Posted by ANDRE・あんどれ at 00:54 | 歴史文化 His+Cul | この記事のURL | コメント(0)

今年もこの季節がやってきました[2014年07月19日(Sat)]

皆さん、こんにちは。
夏休み、いかがお過ごしですか?

グアムもサマーバケーション真只中。
普段はグアムを離れて暮らしていても、
この時期に故郷へ帰ってくる地元の人たちも多いですね。

我が家も、そんなお客様で一杯で、

今年は残念ながら
リバレーションデーに絡んだ
グアムのこの時期恒例のメモリアルイベントには
ちょっと行けそうにありません。。。

なので、
今日は昨年のお話をちょっぴりお伝えします。

ある村のカソリック教会で行われた
ミサへ礼拝した時の出来事です。

sandimas.gif

そのミサは
第二次大戦中の日本によるグアム占領時代末期に
この村で起きた2件の虐殺事件被害者の方々のためのものでした。

2件はグアム島で起きた戦時中の数々の痛ましい出来事の中でも
地元の人以外にも、比較的知られているもので、
被害者の方たちの名前が刻まれた慰霊碑も建てられています。

日本のNHKでもかなり昔に事件が特集され
放映されたことがあるようです。

事件を手短に説明しますと、
1944年、
まだ米軍がグアム島を奪還しに再上陸する前のこと、

日本軍占領時もほとんど重要視されなかった
南部ののどかな村メリッソで、

民間人のチャモロの方たちが
一部の旧日本軍によって連行され、
反逆防止・情報漏えい防止の名分の元に、
1件は、30名が洞窟に押し込まれ手榴弾で16名が爆殺、
もう1件は、30名が労役の後に全員銃殺されたというものです。

後に、爆殺現場から生還した14名の生存者の証言によって
この虐殺事件が明らかになったそうです。

当時メリッソへ配属され、戦後唯一日本へ復員した
細かい事情を知る元陸軍兵の
匿名インタビューを掲載した戦記によれば、

この事件は、
グアム占領統治時も続いた島民の米国忠誠の意識に加え、
ある海軍将校の情婦・情報提供役として
日本側に取り立てられた村の女性と、
その他の村人たちとの対立に起因していた可能性があり、
実行には陸・海軍双方の一部が関与した、
という証言もありますが、

事件の真相は闇の中です。。。


さて、その昨年のミサでは、
遺族の方たちも含めて多くの村人が教会に集まっていました。

座る席が全くない、というほどではありませんでしたが、

ほぼ、満席で、
牧師様の言葉を立ったまま聞いている人もいたので、
私も無理に席を探さず、
後ろの方で立っている地元の人たちに交じって
聞いていました。

牧師様は
占領中に起きた悲しい出来事について
住民の皆がどのように受け止めるべきか、
悲しみを乗り越える心の術、そして、

今日この島の「友人」としての日本の人々との関係
についても説いておられるところでした。

戦後70年という月日が経っていても
教会で被害者遺族が涙を拭っている姿を見ると、
私も日本人として辛く、赤面して目がうるんでしまうので、

当日は礼服を着つつも
大きなサングラスで顔を隠して礼拝していましたが、

(こちらではサングラスのまま礼拝する人も普通にいるので、
 私も昨年はそうさせていただきました;)

外国人があまり住んでいない小さな村では、
肌の色や風貌で目立ってしまうのでしょう、

牧師様は
「嬉しいことに、今日はその私たちの友人もここに来てくれています。。。」

とプリーチの中で触れました。

すると、礼拝者の人々の一部は、
さりげなく教会を見回し始め、

周辺の人々は、
(恐らくあれが日本人であろう)と、
私に察しを付けたのでしょう、

すぐに
「あなた、どうぞ、こっちの方に来て、腰かけて」
と、席を空けて、座るように丁寧に誘導してくれました。


村人にしてみれば、
戦争当事国でさえもない立場でありながら、
突然島を占領されて自由を奪われ、
食料を搾取され、労役を強いられ、
そして、家族を無残に殺害されたにもかかわらず、
戦後の賠償も受けられなかったのですから、

私は皆の親切がどういう意味をもっているかを噛みしめ、
ただ、ただ、平和の継続を願って
ミサが終わるまで厳粛に礼拝を続け、わずかな寸志を籠に入れ、
その後の食事会によらずに静かに立ち去りました。

「日本人がそんな場に行ってはいけない」
と、アドバイスを下さる方もいらっしゃるかもしれません。

けれども、日本人であっても(あるいは、だからこそ、)
被害者の方々への慰霊・礼拝は
ご遺族の心には伝わるものもあるようで、
ありがとう、と言ってくださる方もありました。

今後も機会がある限り、
少しでもメモリアルには立ち寄りたいと願っています。


にほんブログ村 海外生活ブログへ ランキング参加中!
ウインク ポチッと応援お願いしま-す! & ボランティア活動メンバー募集中 四つ葉

Posted by Grass-Roots at 08:00 | 歴史文化 His+Cul | この記事のURL | コメント(0)

航空機失踪事件[2014年04月12日(Sat)]

世界で話題となっている失踪マレーシア航空機の行方は
依然分からないまま、
すでに1ヶ月以上が過ぎようとしていますね。

もはや、世界の航空機事故史上に名を残す、
謎の事件の一つとなりそうです。


ところで、実は過去には、
グアムを経由した旅客機にも
行方不明のままになっているものがあるらしいですね。

Flying Tigers Lineという
アメリカの航空会社の739便失踪事件。

現在は買収されて、
フライング・タイガース航空という名は耳にしないですが、

貨物や米軍向けのサービスで
日本にも運航していたそうです。


その失踪事件は、半世紀も前の1962年のこと。
すでにあのベトナム戦争に突入していました。

カリフォルニアから南ベトナムの
サイゴンへ向かう旅客機739便は、
給油経由地グアムのアンダーセン米空軍基地飛行場から
フィリピン・マニラへ向かう飛行中に
忽然と姿を消しました。

船舶の乗組員が
空中で爆発した火の玉が海面に落下するのを
見たという証言があったことから、

何らかの原因で墜落したと思われるそうですが、

その乗客・乗員107名と機体は、今も見つかっておらず、
真相はベールに包まれたままのようです。


にほんブログ村 海外生活ブログへ ランキング参加中!
ウインク ポチッと応援お願いしま-す! & ボランティア活動メンバー募集中 四つ葉

Posted by Grass-Roots at 14:18 | 歴史文化 His+Cul | この記事のURL | コメント(0)

ジーゴ村のメモリアル[2013年10月19日(Sat)]

皆さん、こんにちは。

先日、10月13日(日)にジーコ村にある
South Pacific Memorial(グアム平和慰霊公苑)で
第7回目の日米合同慰霊祭が行われました。

オフアイランドであることが多く
私自身はここ数年参加できていないのですが、

新聞広告を見ながら、
参加者はどれくらいかな、地元の人もいるかな
。。。と、ふと考えていました。

(日米合同慰霊祭の様子はこちら↓)
http://www.guampdn.com/apps/pbcs.dll/gallery?Avis=M0&Dato=20131013&Kategori=NEWS01&Lopenr=310130808&Ref=PH

第二次大戦中の戦死者・被害者を、
勝戦国・敗戦国、軍人・地元民間人にかかわらず
宗教の壁をも越えて弔う
合同慰霊祭が実現しているということは、

実のところ、とても尊いことなのですよね。

ジーゴ村はグアムでの最終決戦の場であったと同時に、
45名の罪なき住民が旧日本軍によって斬首され
命を落とした地域でもあります。

(チャグイアン虐殺被害者のためのメモリアルの様子はこちら↓)


日本からお越しの方たちの中には、
旧日本軍戦死者のお弔いには敬意を持ち熱心なのに、
戦地被害者側の立場に立った史実については
信用できないという方もいらっしゃいました。

グアム島のそういった情報が日本にはありませんから、
仕方がないことなのかもしれません。

私たちが広島・長崎の原爆を忘れないのと同じく、
グアム島の人々もつらい体験を葬り去ることはありません。

魂に感謝とメッセージを捧げ成仏を願うことも、
悲しい出来事から多くを学びとり平和を誓うことも、
どちらもできるバランスのとれた姿勢が
私は日本人として大切ではないかと常に思っています。


にほんブログ村 海外生活ブログへ ランキング参加中!
ウインク ポチッと応援お願いしま-す! & ボランティア活動メンバー募集中 四つ葉

Posted by Grass-Roots at 11:40 | 歴史文化 His+Cul | この記事のURL | コメント(0)

グアムに住むニッケイ[2013年10月15日(Tue)]

皆さん、こんにちは。

私は先週末から昨日まで、
カソリックの守護聖人、聖フランシスコを祭る
フィエスタの祝いに参加するため、

グアムのローカルの Quitano さんというご婦人と
ご縁あって、一緒にロタ島旅行に行って参りました。

この「Quitano」さんという名は、
「キターノ」と発音します。

私は以前、最初にこの名字を聞いたとき、
もしかして、日系の祖先を持つ方ではないかと思い、

グアムで日本の血を引き継ぐ人々が組織する
Guam Nikkei Association のウェブサイトで
日系人の名字をチェックしたことがありました。

私がグアムでよく見聞きする日系チャモロ人の名字は
Onedera とか Shimizu、Yamashita、Okada、
といったところでしょうか。

ちなみに、つい先日の10月4日には、
グアム短大を会場にして日本食に親しむ
「Guam Nikkei Appreciation Night」が
この組織の主催で開催されていましたよね。

でも、このような日系人の集まりで
Quitano さんという名前がみつからなかったし、

「Qui-」で始まるチャモロの名字は結構あるし、

さらに Titano さんのように「-Tano」(チャモロ語で「地」の意味)
が語尾にある名字もあるので、

やっぱり関係ないかな?。。。
って思っていたんです。


それで、今回、
一緒にご旅行するご縁があったので、
Quitano さんご本人に、思い切って尋ねてみました。

すると、やっぱり!
彼女のひい御祖父さんにあたる方が日本人の方だそうで、

Quitano の起源は「北野さん」、あるいは「喜多野さん」で、
チャモロ語の綴りを当て字したもの
であるとのことでした。

ちなみに日系四世の彼女は、来年には喜寿を迎えるお婆さん。

最初の日本人はそのひい御祖父さんということですから、
今から1世紀以上前に遡る日本人の移民の歴史が
ここにもあるんですね。


Guam Nikkei Association
http://guamnikkeiassociation.blogspot.com/


にほんブログ村 海外生活ブログへ ランキング参加中!
ウインク ポチッと応援お願いしま-す! & ボランティア活動メンバー募集中 四つ葉

Posted by Grass-Roots at 12:25 | 歴史文化 His+Cul | この記事のURL | コメント(0)

グアム島とサイパン島比べ[2013年07月27日(Sat)]

皆さん、こんにちは。

先日、ボランティア活動のため、
CNMIのサイパン島で1週間ほど過ごしてきました。

私にとって初めてのサイパン滞在だったのですが、
とても充実した時間を過ごしました。

グアム島とサイパン島は、
マリアナ諸島にある同じチャモロ先住民の島。

どちらも300年ほどスペインに統治されていましたが
1898年に起きた米西戦争がきっかけで、
マリアナ諸島は、グアムだけがアメリカ統治に、
サイパンを含むグアム以外の島々はドイツ統治になりました。

そこから第二次大戦が終わるまで、
別々の運命をたどってきた両者は、
戦後、同じアメリカの領土となりましたが、
それぞれが違うタイプの政治的地位を選び、
GuamとCNMI(北マリアナ諸島)に分かれて、
現在も統合されてはいません。

現在、両島間の行き来には、パスポートは必要ですが、
サイパンからグアムへ到着後の入国審査がありませんでした。
(グアムからサイパンへはありました;)

グアムからサイパンへは飛行機で50分、
日本の国内移動よりも近いですね。
フリーダムエアーとユナイテッド航空が就航しています。

グアムよりもサイパンは小さいですが、
基本的にはとてもよく似ていました。
フィリピン人をはじめ、アジアの人がたくさん働いていました。

グアムから行って、サイパンで印象的だったことは、

・より多くの日本の製品が手に入る。
・チャモロ語を日常的に話す住民がグアムより多い。
・住民がより素朴で対日感情が良い。

というところです。

サイパンはグアムと違って、
戦前に30年ほどの日本統治時代があったので、
太平洋戦争博物館に収録されている戦後の現地人語録も
ちょっと日本よりのような文面が多くほっとさせられました。

30,000人近くもいたらしい
戦前の日本からの民間のサイパン島移住者の方たちは
先住民たちととてもよい関係を築いていたようです。

往々にして、小さな島ほど人々は素朴なものですが、
施設の待合室などで現地の人から話しかけられたり、
観光街以外の通りでも道端で普通に挨拶されることも、
多々ありました。

サイパンは戦後はアメリカの自治領になりましたから
アメリカの文化と英語が浸透していますが、
サイパンで出会ったある50代のチャモロ人の、
その方のご両親は、
子供に知られたくない会話は、
今でも日本語で会話するそうです。



にほんブログ村 海外生活ブログへ ランキング参加中!
ウインク ポチッと応援お願いしま-す! & ボランティア活動メンバー募集中 四つ葉

Posted by Grass-Roots at 20:55 | 歴史文化 His+Cul | この記事のURL | コメント(0)

同性婚論争に見る宗教[2013年07月06日(Sat)]
皆さん、こんにちは。

婚姻を男女間に限定する州憲法改正案が
2008年に住民投票によって可決されてから
同性婚ができない状態が続いていた
米国カリフォルニア州で、

同性婚の結婚証明書の発行業務が
6月28日から再開されたことが、
グアムでも日本でも報道されましたよね。

私は最初、ニュースを聞いて、

グアムは米国の領土で、
連邦法も適用されていますし、
カリフォルニア法の影響も強いですから、
「続いて法改正?」
と、想像したりもしましたが、

このような問題は、
グアムに付与された自治権の範疇内ということで、
自分たちの社会に適した選択が可能なんですね。


むしろ、実際のところは、
今回のように米国最高裁判所の判決で
「婚姻を男女間に限定することが違憲」と判断されても、

グアムでの同性婚を容認する法律の成立は
そう簡単なことではなさそうです。

もちろんグアムにも、
性同一性障害と思われる方たちがたくさんいます。
(決して地元の知人が多くない私でも、
すぐに何人か思い浮かびます。)

同性のパートナー同士では
結婚カップルと同じ社会保障や利権は得られませんから
「障害による社会的弱者」ということになります。

でも、2009年にベンジャミン・クルーズ議員
(ご自身もカミングアウト済みの同性愛者)
によって提出された同性婚を認める法案は
承認されていません。


そもそもアメリカ本土の社会も、世界的に比較すれば
それほど同性婚への寛容度は高くはないようですが
(私も、抵抗が全くないと言えばウソになります;)、

グアムの場合は、
行政へのカトリック教会の影響力が大きく、
大司教からの反対声明が出されているため、
グアムの同性愛者コミュニティにとって、
権利獲得にはもう少し長い道のりが続くのかもしれません。

例えば、
同じくカトリックの国民が多いフィリピンでも、
トランスジェンダーがすっかり市民権を得ていそうな
印象が強いですけれども、

教会の政治的影響力はもっと絶大で、
「同性婚の合法化」は実現していません。

それどころか、
「避妊法」の普及や「性教育」を可能にする新法さえ
最近になってやっと施行できそうか;
という段階です。
(カトリックの教義上、避妊は禁止なのです)

フィリピンの人口爆発問題や
ストリートチルドレンで溢れる光景は
そんな事情と無関係ではなさそうです。


本来は人々を救うはずの宗教。

弱者が生み出される社会を作り出してしまったのは
人間かもしれませんが、

「それらの人々を排除しないですむための
社会づくりの努力」が
宗教を理由に阻止される大きな矛盾について、

なんだか考えさせられます。


にほんブログ村 海外生活ブログへ ランキング参加中!
ウインク ポチッと応援お願いしま-す! & ボランティア活動メンバー募集中 四つ葉

Posted by Grass-Roots at 17:16 | 歴史文化 His+Cul | この記事のURL | コメント(0)

ロンドンオリンピック[2012年08月06日(Mon)]

皆さま、ロンドンオリンピック、楽しんでおられますか?
ついつい、寝不足になっちゃっている方も多いのではないでしょうか。

グアムからも、水泳3名、陸上2名、柔道1名、レスリング1名、サイクリング1名が出場していますね。

あれ?今さらですけど、
グアムって米国領であって、独立国じゃないんだけど、どうして出場できるのでしょうか?

実はオリンピックでは独立国でなくとも、地域や個人で出場できるので、
グアムは1988年ソウル大会から出場していたのですね。
そういえば、香港だって、今は中国の一部ですけどオリンピックには出場していますもんね。

さてグアムでは、今までまだメダルを獲得した選手はいませんが、
きっときっといつか、グアム出身のスター・アスリートが誕生することを願いましょう!

今回、イケメン水泳男子のクリストファー・デュエナス選手なんて、
ちょっとは日本のメディアでも話題に上ったかな?
なんて思ったのですが、

現在のところ実際にグアムの選手の中で最もメディアにクローズアップされているのは、

RBJr.jpg

柔道男子100キロ超級のリカルド・ブラスJr.選手です。
http://www.youtube.com/watch?v=8OP3lE7RZRg

その体重は218キログラム、オリンピック史上最重量?
なんてあちこちで話題になっています。
身体は大きいですが、見た目よりもずっと素早い動きのアスリートですけど、
どうしても、その体重の重さで話題にのぼってしまうようです。

グアム選手の競技の動画を探していると、
『オープニングセレモニーでチャールズ皇太子とカミラさんがグアムからの巨漢選手を笑う様子』
http://www.youtube.com/watch?v=Yy2VPCf-wk4
なんて残念な動画を見つけてしまい、・・・思わず、ムカッ!!!
(注:実際はなぜ2人が笑っているのかは定かでありません)

ああ。。。なぜかこれにちょっと腹が立つってことは、
気がつかないうちにグアムのことを
地元意識のような気持ちで見ているってことなのかなぁ。。。

リカルド・ブラス選手、
今大会では残念ながら2回戦ではキューバの選手に敗れてしまいましたが、
4年後は絶対にまた出場してくださいね!!
グアム代表として、もっともっと、グアムをアピールしてください。


<リカルド・ブラス選手の競技の模様はこちら>
http://www.youtube.com/watch?v=j-qVTodW1X8
http://www.youtube.com/watch?v=eCbJL46cEr8

<その他のグアムの選手はこちら>
Ben Shulte (swiming)
http://www.youtube.com/watch?v=GiP3scfykGA
Christopher Duenas (swiming)
http://www.youtube.com/watch?v=qefbgvAn9n0
Pilar Shimizu (swiming)
http://www.youtube.com/watch?v=pSye-uYdhQA
Derek Mandell (running)
http://www.youtube.com/watch?v=rWMaTMn0eok
Maria Dunn (wrestling)
http://www.youtube.com/watch?v=pYIYPDgiD74
Amy Atkinson (running)
http://www.youtube.com/watch?v=3s8m6ip8hUA
Derek Horton (cycling)
http://www.youtube.com/watch?v=mlc0_FA1gXQ


にほんブログ村 海外生活ブログへ ランキング参加中!
ウインク ポチッと応援お願いしま-す! & ボランティア活動メンバー募集中 四つ葉

Posted by Grass-Roots at 21:17 | 歴史文化 His+Cul | この記事のURL | コメント(0)

| 次へ

<< 2015年08月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
最新記事
最新コメント
QRコード