【僕のモットー】
「楽しみながら社会貢献」
社会貢献、ボランティア。この言葉に対して
「自己犠牲的」
「偽善的」
「楽しんだら不謹慎」
「明確な理由を持たなければならない」
「ハードルが高い」
こんなイメージを世の中から消し去りたい。と僕は思ってます。
これは以前自転車でメッセージ集めながら宮崎行ったときの経験なんですが、
社会貢献、ボランティアに関して、上のような考えを持った人々に邪魔されることがあるんですね。
そんなこと不謹慎だ。
偽善者め。
今回の合宿を通して、さらにこういうのなくしたいと思いました。
別に自分が楽しんだっていいじゃないか。実際今回の合宿メンバーは楽しんでたはず。
でもあたりまえだけど、全部が楽しいというわけではない。もちろん肉体的、精神的に辛い場面もたくさんあった。
だからこそ、「楽しみ」がないと継続できないじゃん。
今回の合宿は本当に楽しかった。被災地の方に何か提供できたかは分からないけど、自分はたくさんのものを得た。
言わば「自分のための社会貢献」とでも言おうかね。
大体が、「自己犠牲的に相手のために何かしてやる」ってのも高飛車だと思うし。
だから「楽しみながら社会貢献」
全員が楽しむ必要はない。苦しいことも沢山ある。楽しいが全てではない。それはわかってるけど、
「それもいいよね」「そういう携わり方もあるよね」って認められたりすれば、もっと社会貢献とかボランティアしやすい環境、より良い社会ができると俺は思ってます。
【1.今回被災地に行ったきっかけ】
・会社員になって、社会との他の関わり方が欲しくなった。
・クリスマスの予定がなく、家で親と過ごすのが嫌だった。
・ただ単に楽しそうだった
今まで被災地に行けてなかったから行きたかった。これももちろんです。
でもほとんど「自分中心」な理由で被災地に行きました。
僕はそれでいい。と思っています。
【2.報告・感想】
《1日目:南三陸》
もう、言葉では伝えられないくらいの光景。
TVでは何度も見た。写真も見た。実際に足を運んだ友人から話も聞いた。
だから、別に現場に足を運んでも「あ、TVで見たとおりだ」「友達が言ったとおりだ」で終わると思ってた。
でもバスの中からふと窓を見て、涙が止まらなくなった。
普段涙なんか出ないのに。
言葉では伝えられない、ショッキングな光景。
4Fまで津波の痕跡が見られる病院、
落ちているリコーダー
風呂だけ残された住宅と思われるガレキ。
悲しくて悲しくて。
オクトパス君で有名な復興ダコの工房にも行ったのだけれど、
そこでもお母様をなくされた女性の話を聞く。
今まで他人事だった震災が、凄く身近に感じられたんだよね。
《2日目:陸前高田》
前日とは打って変わって楽しい作業。
参加者の西尾くんが言っていたけれど、前の日のボランティアが「絶望を無くす」もの、この日のものが「希望を作る」ものというイメージ。
7万本の松が植えられていた高田松原。一本だけ残った松を復興の象徴として、また松原を蘇らせる。
そのための松の植林活動のお手伝いをした。
松の復興を目指す地元住民の方々、その人達に魅せられて何度も現地に通い手伝う学生(その中に同姓同名の小林大地くんという慶應の学生も。運命的。)
みんな目が輝いていた。
高田松原の会の皆さんとお話をする機会も設けていただき、「陸前高田を第二のふるさとにしてほしい」「陸前高田に遊びに来て欲しい」と言っていた。
副会長である小山さんに「今度は観光で必ず来ます!」と伝えると「牡蠣と林檎が絶品だから食べに来て!」と明るく言っていただけた。
被災地は暗い話題ばかりではないのだということを感じた。
夜は新聞にも乗った一本松のライトアップも見ることができた。
《3日目:気仙沼》
こちらは観光ボランティアガイドさんについて、視察。ボランティア活動はなし。
震災前は観光地で、素晴らしい観光名所を案内してたであろうガイドさん達。とても明るい振る舞いに心を打たれる。というより被災地だということを忘れてしまう。
しかし、光景はやはり凄まじい。
昼食は復興屋台村でまぐろいくら丼を食べる。
メシはもちろん絶品だったけど、店主のおかあさんの笑顔、明るさが絶品だったね。
使い捨てカメラ使って、お客さんの顔を撮って、壁に貼って。
でもまぁ気仙沼もやはり景色はすごかったな。
【3.被災地に行って感想】
楽しかった。
《楽しかった理由1:実際に現場を見れたから》
南三陸のガレキに楽しいという言葉は相応しくないかもしれない。
楽しいという言葉とはちょっと違うかもしれないな。
でも自分が涙流したり感情をフルに使って感じ取ってることが楽しくて仕方なかった。
東京のオフィスで机に座ってパソコンカチャカチャやりながらじゃ、この感情得るのは難しい。
東京もどってきてからも、感情がぶっ壊れたのか、電車の中で涙が出てきたりして、苦しかったけど、
そんな風に、自分の奥底にいろんな感情があるんだってことが発見できたことが、とてもよかった。
《楽しかった理由2:素敵な人と語れるから。》
素敵な人とは現地の人、参加メンバー。
現地の人は、ご家族や親戚をなくされた方の話もたくさんいた。でもみんな明るいんだな。
そして、なんとかして自分の街を盛り上げようって、たくさんの人が考えてるんだよ。
参加メンバーにも学生、社会人、年上、年下関係なく、参加者の中には尊敬出来る人が沢山いた。
例えば僕がすごいなと思ったのは、現地の人から話を聞き出すチカラを持っている参加者が多かったこと。
夜に、参加者全員で情報共有する「授業」があるんだけど、そこで現地の人から聞いた情報をどんどん引っ張ってくる。
僕も積極的に現地の人と話をしようと心がけたけれど、僕が聞けなかったような深い次元で現地の人の意見を聞いている人が多かった。見習わなければ。って。
あ〜「授業」なんてやって、お固い合宿だな。と思われたかもしれない。
でも、この合宿の魅力は「メリハリ」
素敵な仲間は夜お酒を飲んでも素敵なんだよ。
酒は本気で飲む、本気で笑う。
でも本気で悲しむ時は本気で悲しむし、怒りや疑問だって臆せずに出す。
そんな素敵な仲間ができたことがスンゴク楽しかった。
会社にこもってたらできない仲間。
【4.まとめ】
一応まとめると、合宿で得られた物は
・素敵な仲間
・日常生活では得られない感情の起伏
偉そうに文章書いてまとめてはみたものの、実はこの合宿の価値ってもっと先にわかるんだと思う。
なんじゃそりゃ!と思われるかもしれないけど、正直、頭の中がごちゃごちゃしてることがあって。
前述の自転車旅をして、その旅から帰ったときに自分なにを考えてたのか?と思って、今ブログの「旅を終えて」みたいなの探そうと思ったんだけど…
なんとなかったんだよね。そう。書いてなかったの。
自分でもびっくりして。なんだよ。あの時の感情とか記憶ちゃんと記録しとけよ。って。もったいないじゃん。って。
でも今思い返してみると、旅を終えてすぐって、別になにも考えてなくって。その当時もういっぱいいっぱいだしポカーンとしてて。毎日自転車漕いでる夢とか見て想いは強いけど、どうしても言葉とか文章にならないの。
だけど、時間が経った今だからこそ「あの時に学んだことは、楽しみながら社会貢献を世の中に広めたい」とか言える。のだと思う。
だから、もっと頭の整理がついてから分かってくることがたっくさんあると思う。だから今は中途半端だけどこれでいいんじゃないかな。
そう自分に言い聞かせます。
今後このツアーの感想をアウトプットして、他の人と語ってる途中で本来の意味が見いだせる気がする。
【最後に】
最後に。刺激的な仲間のみなさんのおかげで、とても楽しい旅ができ、
一日一日を大切に生きていこうと思うことができました。
また、俺が「楽しみながら…」とか言ってる裏に、主催者、関係者の皆さんの多大なる苦労や葛藤があったのだと思います。
おかげさまで素敵な旅ができました。
本当にありがとうございました。