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vol.40 伊藤 美代子さん (後編) [2015年09月10日(Thu)]
*現在は地域の活動に尽力されているとうかがいました。

戦時中に助かった命への恩返しという気持ちで、子どもに命の大切さを伝え、子どもの命を守る活動を仁保幼稚園でしています。自称「おしかけサポーター」だった肩書も、今では「仁保幼稚園サポーターズ」というチーム名になり協力してもらえる仲間も増えました。

幼稚園の近隣環境の整備や、「大人も子どもも育つ」をモットーに、絵本の読み聞かせ運動をしています。これは、おじいちゃんもおばあちゃんも家族全員が同じ時間に本を読み、小さい子どもには本を読み聞かせて、家族団らんで本に親しみ、家族みんなで楽しく学ぼうという活動です。

また、地域を挙げて子どもたちの成長を見守るために、現在は幼稚園に限らず、仁保の子どもは地域で育てるという共通認識のもと、小・中学校それぞれの校長先生を中心に、地域の人や学校や外部(県立大の生徒など)も巻き込んだ、コミュニティスクールが運営されています。学校・家庭・地域のそれぞれの役割を再確認し、連携を強化する取り組みを目指しています。
ただ、私はもう歳なので、いつ足を抜けようかと機会をうかがっています(笑)

*86歳で世界一周の船旅に出られたそうですね。

CIMG8388.JPG

昨年秋から今年の春まで、ピースボートに初めて乗り、南半球の世界一周の旅をしました。アフリカ、南アメリカ、南極などを訪れ、世界各地の人々と交流することができました。

思えば、最初の船旅は九州への旅で1週間くらい、大内中学校の教え子が船長を務める船に乗りました。彼は、5年制の大島商船に入社して、最初はノルウェーに行き叩き上げで経験を積み副船長になった後、帰国して飛鳥の初代外国航路の船長になったのです。中学3年の頃には、将来の夢を描き、非常に計画的に将来を考え、真っ直ぐに進んでいった生徒です。彼は今も日本郵船に勤務しています。
また、オーストラリアに1か月くらい行ったのが初めての長旅です。道中、オーストラリアの地図が逆さまになっているのを見て面白かったです。教えられるところがたくさんあります。一つの視点から物事を見ずに、いろんな視点から見たり考えたりすることが大切です。船旅をするようになってから、地球儀を自宅に置いています、何かの参考になるだろうと、小さい子どもたちが遊びに来たら見せています。

今回は、104日間と長旅でしたが行って良かったです。山口から参加というと、首相批判をされることもありましたが、とてもいい勉強になりました。参加者の中には戦争遺族の方もいて、私も海へ塩を撒いたりしました。私の父は、海軍の軍人でしたが70歳過ぎまで生きました。体が丈夫ではなく呉の鎮守府に勤務していたので戦死していません。しかし、宇部の叔父は、商船の関係で輸送船に乗り、ガダルカナルで戦死しました。すべて海に沈み遺骨も残らなかったそうです。私が船好きなのは、父親譲りの体質かもしれませんね。

それに、毎回参加者同士が意気投合して結婚するケースがあるらしく、私ももっと早く乗っておけば良かった!惜しいことをしたと悔やんでいます(笑)。

*現在の子ども達を、どのようにご覧になりますか。

今の子どもは、子どもらしくないと思います。昔は、大人社会の中で子どもも成長できましたが、今は大人と同じように暮らしている現状が非常に心配です。自分で考え悩み、いろんなことを体験して失敗したり、喜んだり、そういうことが子どもの世界からだんだん無くなっています。その原因は、社会が豊かなになり、物がすぐ手に入るようになったこともありますが、やはりスマホの登場も一因だと思います。

今までは、長い休みには課題を与えられて図書館が子どもでいっぱいでしたが、今ではガラガラで閑古鳥が鳴いています。スマホではすぐ大抵何でも出てきますが、図書館に行く過程を調べるだけでも生きていくのに必要な知識が育っていきます。まず行くのにバスで行くか何で行くか。親の自家用車でもいいけど、私がもし親ならバスの時間や料金を調べてごらんと言うことで、親子の会話の時間にもつながります。今はそんな親子の会話の時間が減ってきている上に、スマホの登場でますます減っています。

生きる力を育むための、こどものための生活が急速に減ってきているのです。かくれんぼ一つするにも、どこに隠れようかとキョロキョロして考えることができますが、今はかくれんぼもしない。スマホを出してゲームをしたり、家族の会話も減って、言葉の力も減って、機械的な人間になってしまうのではと懸念しています。

*子どもが起こす事件も続いています。

子どものときは体ごと自然の中で、そして仲間の中で育っていくのが、人間としての子どもの姿です。情緒的なこと、きれいな景色を見て感動するのが心の中の肥やしになります。命を大事にするなんて、何も言葉で言わなくても、お互いに自然に大事にできるのです。

しかし現在は、思いやりや内面の広さが培われず、無くなっていくのが、命を粗末にすることにつながっていると思います。死んでいる姿を見たいなどと事件を起こす子どもたちの背景と同じです。何かにつけて日常の中での子供らしさが取り上げられている現状に、大人はもっと気づく必要があります。

*子育て中のお母さん、お父さんへのメッセージをお願いします。

まず、夫婦が仲良くして下さい。そして、子どもの変化を見過ごさないこと。
監視するのではなく、それとなく何げなく、いろんな角度から子どもの話を一生懸命聞いてあげてください。夫婦の会話も、時には子どもがいるときにした方がいいです。子どもの本音はどこかに必ず出てきます。親子の会話をすることで、子どもたちは家族のつながりや心の通いを感じます。そうやって、お互いの思いをそれとなく知っておくことが大切です。

子どもは、どうしても何かにつけて悪い方にとって、敏感に想像を膨らませてしまい、反抗する時があります。中学時代は特に。親子でも欠点などを軽はずみに口にするべきではありません。子どもの年齢とともに、いろいろあると思いますが、本当に一人の大事な人間ととらえていたら、難しくても、親の姿勢は必ず伝わります。親子の心を通わせる瞬間はあえて作っていいのです。子どもがそっぽを向いていると感じた時には、後ろから抱きしめて「あんたが大好き」と伝えること、照れも乗り越えて、体を張ることが大切です。親子にもドラマがあるほうがいい、あんまりやると見抜かれますが(笑)。

*取材を終えて

中国四国地方で初の女性校長を務められた方と聞き、ものすごく緊張してお話を伺いました。しかし、ご本人は、なんとも柔らかい笑顔で茶目っ気たっぷりに、これまでの人生についてお話して下さいました。教え子が皆我が子であると、生涯を独身で通してこられた背景には、きっと様々なことがあったと思いますが、海外への船旅に出れば参加者との出会いに期待されるなど、乙女の可愛らしさは今なお健在!伊藤先生が、本当にたくさんの教え子の皆さんから慕われてやまない理由が分かる気がしました。

また、これまで講演会などを通してご自身が10代の頃に体験された悲惨な戦争の姿を話してこられました。伊藤先生は、学徒動員として派遣先の富山から山口に帰校命令を受けた際、昭和20年8月7日に広島市内で電車が不通となり下車を余儀なくされました。
原爆投下の翌日の広島の街は、ことごとく破壊され、あちこちから聞こえるうめき声と生死不明の人々で足の踏み場もないほどの修羅場を前に、照り付ける太陽の下、火傷するほどの灼熱地獄の中を這うように山口へと進んだ苦しさがトラウマになり、今でも体調が悪く熱が出たりすると、その時のことが思い出されてうなされるそうです。しかし、人間の強欲が生んだ原爆や戦争のむごさを伝えなければ、死んでも死にきれない、その強い思いが止むことはないそうです。

温和かつチャーミングな表情の奥には、多感な世代と正面から向き合って生きてこられた誠実さと優しさ、そして悲惨な戦争への強い憤りと伝え続けることへの責任感を感じずにはいられませんでした。

私は主人の転勤に伴い、山口に越してきましたが、このような貴重なお話を伺うことができた幸運に心から感謝したいと思います。



*今回は、ご本人へのインタビューに加え、著書「チョークの口紅」また「心人〜それぞれの人生行路」(株式会社ミヤザキ発行、健康人Vol.6)からも引用させていただきました。


Posted by あっとほーむ at 12:12 | この記事のURL