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最新記事
子どもにとってなぜ「遊び」が重要なのか? 佐々木正美先生の言葉より [2015年04月28日(Tue)]
子育て情報誌「コミュニケーション」21号より抜粋
児童精神科医 佐々木正美先生の言葉



遊びとは何か

一般的に"遊び"というと、どちらかというとマイナスのイメージがあって、親はつい「遊んでばかりいないで勉強しなさい」などと言ってしまいがちですが…。

佐々木/子どもにとっての遊びとは、大人にとっての遊びとはおよそ違うものです。大人はとかく、勉強と対比したり、働くことと対比したりするわけです。よく働く人はすばらしい人と言われますが、遊び人と言うとイメージがとても悪いですよね。

子どもにとっての遊びとは、どういうものなのでしょうか。

佐々木/一言で申しますと、子どもが創造的に虚構の世界をつくるということです。例えば、お友だちとお母さんごっこをするとき、「お母さん役はわたし」「わたしは赤ちゃんになる」などと、日常的でないお母さんや自分を演じて親子遊びができるのです。動物になったり、怪獣になったり、いろいろなものになれるんですね。遊びは日常生活の場面とは違います。想像的なイメージ、現実の場面から切り離されたもので、非常に創造的な営みであるわけです。

現実から離れる虚構の世界というと、テレビ、ビデオ、ゲームなど、外遊びよりも家の中で、しかも一人でできる遊びが多くなってきていると感じるのですが。

佐々木/遊びの方法が変わってきていますね。一人でストレス解消をしている子どもは、仲間との共感的な関係をもてずに育ちますし、人間関係の中でくつろげないためにテレビゲームなどで紛らわしていると思います。

遊びの内容が質的に違うということでしょうか。「外で遊びなさい」と言うだけでは、遊ぶ場所も限られてきていますし、時間的にも余裕がなくなっていますよね。

佐々木/そうですね。言われてできるくらいなら、子どもはもうやっていますよ。テレビゲーム以外に楽しく遊べる時間や場所、仲間を周りの大人が考えてあげないと。とにかく、友達と熱中できる活動を共有しながら、子どもは人間関係をつくっていくのですから。

    

なぜ遊びが大切なのか

周りの大人が子どもの遊びについて考えたり奨励するというのは、以前だったら考えられないことでしたね。子どもにとって遊びが大切だということが、どうして今さら言われ始めたのでしょうか。

佐々木/昔は十分な自然がありましたから、だれも自然の大切さを語る必要がありませんでした。近年になって自然が不足してくると、その大切さがクローズアップされてきましたね。それと同様に、子どもにとっての遊びは当たり前のことでした。今、生活環境の変化で上手に遊べない子が増えてきて、ちょうど子どもにとっての遊びの意義が、水や空気のように大切な意味をもってきた、と思います。

子どもにとっての遊びというのは、単なるストレス解消とは違って、必要不可欠なことだと……。

佐々木/ええ。遊びというのは暇つぶしではないのです。勉強を逃げるためでもないし、仕事や家の手伝いがイヤだからやっていることではありません。

本来の遊びのどういうところが大切なのでしょうか。

佐々木/遊びというのは、子どもが単にやりたいことを好き勝手にやっているのとは違います。一定の決まりやルールをみんなで守ることが必要になってきますね。現実から切り離した虚構の世界であるということ、しかもルールをつくって守り合うということ。この二つが遊びにとっては非常に大切なことでしょう。

確かに子どもたちのごっこ遊びは、役割やルールを決めた想像の世界の中で行われていますね。

佐々木/そうです。しかしよく見れば、現実からひどく遊離しているようで、実際は現実の日常生活での体験や見聞を総合的に模倣したり、自分なりに解釈してやっている。突拍子もない世界ではなく、子どもの眼からみた大人の社会や生活を、想像的かつ創造的にやってみようとしているのですね。このことに私たちは改めて注目しなければならないと思うのです。

子どもは一見くだらないことに熱中しているような気もするのですが…。

佐々木/子どもたちは遊びの中で、いつも一番楽しいことを単純にやっているとは限りません。非常に苦労して目的を達することもある。陣取りゲームでも、かけっこでも自分の肉体的能力の限界まで使い、知的にも非常に努力しているんですよ。このことこそ、人間的な成熟にかけがえのないことです。不都合な条件を共有することは、直接の衝動をコントロールする習慣を身に付けるために、とても大事な行為なわけです。

 

遊びと社会性

最近、集団生活に適応できない子どもたちの間題が指摘されていますが、遊びというのは社会人になるための練習の場なんですね。

佐々木/ええ、子どもは順調に成熟すれば、幼年期の終わり頃にはルールを守り、役割を担い合って一定の目的を達することに満足感を感じるようになります。いつか社会の中でやることを、まず遊びの中でやってみるわけです。だから社会性というものは、十分な遊びの体験があれば、自然と身についてくるはずなんですよ。

子どもの社会性を養うというと、スポーツを思い浮かべる人も多いかと思いますが。

佐々木/最近はスポーツも、原っぱや空き地で自由に仲間が集まって、野球やサッカーをしたりというようなことではなく、どちらかというとクラブに入ってするようになりましたね。今日のクラブはほとんどコーチや監督に、知識や技術を習う場になっていると思います。大人に指導されたスポーツと、子どもたちが仲間と共感しあって楽しみ、自分たちでつくりあげる本来の遊びとは違うものなのです。

子どもが、自分たちでつくり出すということが大切なのですね。

佐々木/その通りです。精神分析家のエリクソンは、子どもたちが社会的な人格を形成するために絶対的に必要なのは、友達から多くのものを学ぶこと、そして友達にものを伝えたり与えたりすることだ、と言っています。これらは、子ども同士の遊びのなかで、いちばん達成されることではないでしょうか。

   

遊びの足りない子どもたち

そういった仲間と響き合うような遊びが足りないことによってどんな影響があるとお感じになっていますか。

佐々木/私たち児童精神科医が会うのは、圧倒的に社会性が獲得されていない子どもたちですね。たとえば、家庭内暴力、拒食・過食症、薬物乱用、自傷行動など社会的な不適応あるいは行動障害と呼ばれるような子どもたちです。一方、グループで暴走したり、非行をしたりする子どもたちがいます。どちらにも共通するのは、人とコミュニケーションするために必要な感性や情緒が育っていないということです。それは、仲間と一緒に楽しく遊んだという体験が不足しているからなのです。その体験を十分に満たしておかないと、その後、何歳になっていても、やり残したことを取り戻さなければならなくなりますね。

子どもの人格形成にとって大切な遊びが欠けた場合、どんな障害がおこるのでしょうか。

佐々木/ボーダーラインという人格障害があります。一言でいいますと、怒りの感情のコントロールができない、相手の立場になってものを考える感性が育っていない、些細なストレスで混乱し自傷的な行動に走るような症状です。ルールを守り、自分の衝動や欲求をコントロールしながら、みんなで価値を認め合う。そういった自然に身につくべきはずのことが、欠けてしまいます。

言葉を変えれば、キレる、自己中、パニックといった最近の子どもの問題行動と同じといえますね。この頃「子どもの遊びがおかしくなっている」ということをよく聞くのですが。例えば、鬼ごっこでもわざとつかまったり、すぐやめてしまったり。遊ばないというか、遊べない。遊びが成立しないといったような…。

佐々木/上手に遊べない子というのは、まず、自分のいうことをよく聞いてもらえていない子ですよ。自分の要求や願望を聞いてもらう以前に大人たちから「こうしなさい」「あれはだめ」と言われ過ぎて育っているのです。そういう子は、周囲の人に自分に目を向けてもらおうという気持ちをいっぱいもっていますから、わざと人のいやがることをしたり、大人にまとわりついたりして、愛情を確かめているわけですね。まず、自分の望みを十分かなえてもらうことによって、人を信じ自分を信じ、自立していくという最初のステップを越えなければ上手に遊べないのです。

 

私たち大人にできること

子どもたちに遊びを保証していくために、私たち大人に求められていることは何でしょうか。

佐々木/現代の子どもは、豊かな人間関係をもつ親に育てられているでしょうか。私たち大人は、自分のことをたくさん聞いてもらえる友人がいると、相手のこともよく聞いてあげられますね。それと同じで、共感的なコミュニケ一ションを日常的に豊富にもたない状態で育児に携わろうとすると、どうしても自分の思いばかりを子どもに伝える傾向が強くなるのです。

文部省では、心の育ちは家庭で、と言っているようですが。

佐々木/親だけではなく、保育者もそうですね。私はよく保母さんに「一匹狼はいけません。同僚と親しくされるのが大切ですよ」と申すんです。孤軍奮闘では、一生懸命に保育をすればするほど、自分の思いを子どもに伝える指示や命令の言葉ばかりになってしまうでしょう。いろいろと豊かな人間関係の中で、自分の思いを仲間に聞いてもらい、相手の言うこともたくさん聞く相互依存関係の中で育児をすると、子どもを十分受け入れてあげられるんです。

大人自身が孤独ではいけない。大人が多くの人とつながっていないと、子どもも友達と本当の意味で遊べるようにならないのですね。今日はありがとうございました。

                             

なるほど〜そうだそうだと思ったので、ブログにアップしました。
佐々木正美先生の書かれた本は分かりやすく、説得力があります。
よかったら1冊読んでみてくださいね(^O^)/

                           
Posted by 山本良子 at 15:57
明日の講演会・・・遊びに来てください! [2015年01月30日(Fri)]
日本の冒険遊び場に関わる人で、一番有名なのは、おそらく「天野秀昭」さんではないだろうか。世田谷にある羽根木プレーパークの初代プレーリーダーで、子どもの電話相談を長年やっているチャイルドラインにも関わり、保育園の園庭を「遊育」の観点から提唱してきている人でもある。

でも、日本冒険遊び場づくり協会の総会などに関わる中で感じてきたことは、発想の豊かな若者が私たちおばさんとは、また違った観点からいろいろな方向性を導き出そうと動き出しているということ。

時代の変化と共に、若者たちが社会を良くしたいという観点も変化している。基本の考え方は私たちと変わらなくても、やはり発想の転換の幅が広い。だからと言って先輩の学んできたことを受け入れないわけではなく、共に話し合い、その上で自分たちの思いを形にしようと動いている。

長年地域の遊び場や子どもの居場所づくりに携わってきた人もそんな若者たちと意見を交わし、良いと思われる発想は地域の住民のことも考えながら、受け入れていく。何度も何度も話し合いを繰り返し、地域の子どもたちにとっての「遊び場」の最善を考える。そんな中で育ってきた若者はやはり魅力的だと感じることが多い。

できれば、松山にもそうした流れを作っていきたい。

社会起業家であったり、NPO活動に力を入れたいと動き出す若者が、先輩の考えも聞き、でも潰されずに、壁を乗り越えて社会に変化をもたらす機動力になるとしたら、松山ももっと住みよい街に変わることは間違いないと思うのですが・・・

明日コムズでの講演に来てくれる野下さんも真剣に子どもの遊び場環境について考えているひとりです。私もいろいろと学んでいこうと思います。
参加費500円をいただいていますが、もしお時間がある方は、是非遊びに来てください!

突然来ていただいても今のところ入場可能です。
Posted by 山本良子 at 20:46
平成26年度の活動計画が決まりました! [2014年04月13日(Sun)]
平成26年4月12日(土)事務局で総会&運営委員会の話し合いを行いました。

総会では平成25年度の活動報告と平成26年度の活動予定を説明し、話し合いの結果、
下記内容で上半期は決まりました。

2013年度事業報告書A.pdf
2014年度の事業計画書.pdf

≪松山総合公園プレーパークについて≫
日時:5月3日(土)・4日(日)、5月17日(土)・18日(日)、
   6月14日(土)・15日(日)
時間:10:00〜16:00
※小雨でも開催する場合があります。当日の開催について確認したい場合は事務局まで連絡してください。
場所:松山総合公園内考古館裏の山
※松山総合公園第4駐車場から池のほとりを西に向かって歩くと考古館が見えてきます。その辺りに看板を設置いたします。
内容:今回は初チャレンジとして「ツリーハウス」に挑戦します。大人と子どもと協力して5月3日と4日で作り上げる計画です。そしていつもの遊び場として、竹や木などの自然の素材を利用し秘密基地を作ったり、ロープや滑車などを利用して子どもたちがチャレンジしてみたいことを応援します。また、現場には手作りのブランコや滑り台、竹で作ったジャングルジムも設置する予定です。(天候等により変更有)それから今回初となる遊具も計画中です。
※この事業は「子どもゆめ基金」の助成を受けて開催します。
※7月以降の事業については北条にある鹿島で開催を検討中です。

≪多様性を認め合う子どもの居場所づくり「ボールあそびできます(#^.^#) !!」≫ 
日 時: 毎月第2・第4水曜日
(スポーツ大会や雨が降る時は中止になることがあります)
場 所: 松山市別府市民運動広場
参加費: 無料(申し込み不要)
参加対象者:小学生、中学生、地域は問いません。

内容:地域の子どもたちがボールあそびを楽しみに別府市民運動広場に集まります。ゆる〜い集まりなので、厳しく指導したりすることもありません。子どもたちは来たい時に来て、帰りたい時に帰っています。また障害があったりする子どもたちも参加しています。今まではサッカー好きの子が多かったですが、最近は本格的な野球をやりたい子も集まってきます。

                           
この内容で今年度の事業がすべて決定したわけではありません。状況や希望などに応じ、随時いろいろなことにチャレンジしていこうと思っています。

今年度、今治子ども劇場さんがNPO法人あそび環境museum アフタフ・バーバンを呼んで、今治城で忍者イベントをするそうです。その情報を知った時、「やっぱり松山でもやりたい!」と最近うずうずしています。そして、昨年も行った東日本の子どもたちの支援事業もやっぱいやりたいし・・・。

でも、体は一つなので限界がある(-_-;)

それでも、いろいろな人と子どもたちが関わり、喜怒哀楽いろいろな経験を積み重ねることで確実に成長する子どもの姿を目のあたりにするとますますやりたくなるわけです。

子どもの自主性を伸ばし、才能の芽を育て、コミュニケーション能力を高め、学ぶ意欲を削り取らず、「生きる力」を育むには様々な人と切磋琢磨しながらいろいろなことを経験する以外ないのです。大人が煩わしと思うことや他人任せにしたくなること(教育・躾など)を、能率的に解決する為に機械に頼ったり、塾にいかせて大丈夫って思ってみたりするのも悪くはないですが、でも、その依存が最近はあまりにもひどいように思います。

「お金を払っているんだからここまでやってください。」と言われても、子どもの発達段階や今までの環境によって差異は生じるだろうし、どれだけお金を子どもにつぎ込んだとしても、必ずしも親の思う通りに子どもは成長してはくれない。

それなのに、その原因をその相手にぶつけてくる場合も今は増えていると聞きます。

そして支援者の方も、今はプロ意識が薄くなり、お金の為という感覚の人も多くなったと感じます。

なんだか悲しくなる話ですが、「責任」を負いたくない大人が増えたと思います。そして子どもたちまでも最近は活動してて「責任逃れ」を平気でする子が増えていると感じます。

でも、子どもは大人の背中を見て育っているワケなので自然な流れではあるのですが・・・。

冒険遊び場のモットー「自分の責任で自由に遊ぶ」についても、どれだけの子どもがそれを理解しているのか、そしてどれだけの親が子どもに説明できるのか。

「責任」を持つとか「仕事のプロになる」とかって、どんなに言葉で説明しても、本当に納得はできない気がします。

でも、子どもの遊びにはそれを理解できる要素がいろいろあるんです。

遊びの中で起きる様々な出来事にはだれかが「責任」を持たないとできない「遊び」と言うのがいろいろ発生します。それはどうしてかて言うと「自分がどうしてもやりたい」って思うからなんです。どうしてもやりたいことには「責任」が伴ってもどうしても達成したくなるもので、それでケガしてもそれは自分の「責任」って自分で理解するんです。納得するんです。だからいつもだったら失敗しておお泣きしてしまうタイプの子も、グッと涙をこらえたりするんです。

「やらされてる感」の強いイベントや遊びには、子どもは楽しそうに振る舞っていても、いざという時にそんな我慢はしません。

それから「自由」といっても何でもしていいというわけではありません。自分が「責任」をもてる範囲で自由に遊ぶということです。でも、それを理解できない子も多くいます。

活動する中で、こうした問題をことあるごとに経験で感じ取る子どもたちの姿に「未来」を見つけることができます。子どもの成長に効率化は合わないと思っています。1歩1歩、毎日毎日、毎食毎食、日々の積み重ねしかありません。

その日々の子どもたちの成長の手助けに松山冒険遊び場が少しお手伝い出たら嬉しいです。

今年も頑張りますので、どうかよろしくお願いいたします<(_ _)>♪

Posted by 山本良子 at 15:38
明日は松山総合公園プレーパークです(^O^)/ そして3月24日(月)は娘の卒業式(>_<)!! [2014年03月21日(Fri)]
早いもので一番下の娘が今年でとうとう小学校を卒業します。
かれこれ17年通い続けた小学校・・・愛知県、静岡県、高知県、そして愛媛県。
長いようで短く、大変だったけど思い出深い時間を過ごさせていただきました。

そして学校を取り巻く様々な問題も、地域によって異なり、学校を支援する保護者によっても違っていました。学校をより良い方向へ導く意欲のある保護者が多い学校は雰囲気も良く、そうでない無関心な保護者が多いと、問題はますます大きくなっているように感じました。(保護者の考え方もいろいろあり、必ずしも関わる人が多いからと言ってよい方向へ行くとは限りませんが・・・)

ただ、新聞でとり立たされている「いじめ」「不登校」などの問題の論点はどちらかというと学校側の問題として取り上げることが多いように思うのですが、果たしてそうなのか?と、いつも疑問に感じていました。

親の子育ての問題は?
親と子どもの関わりの問題は?
子どもの個性を親は理解していたのか?
地域の問題は?
地域の繋がりが薄くなっている問題は?
治安の問題は?
先生ってこういう問題にどこまで関わっていけばいいの?
先生は勉強を教えることが仕事じゃないの?・・・

それで、自分はどうすれば子どもたちが通う学校を良い雰囲気にし、子どもたちが元気に日々過ごすことができるのかを考えるようになりました。

私が高知県に来て1年経った頃、一番上の娘が中学校に通い始めたんですが、その中学がとても荒れていました。道端で普通に歩きながらたばこを吸っていたり、卒業生がバイクで中学校の回りを走り回っていたり、参観日に茶髪のピアスをした子が屋上にいたりしていたんです。

ある日、娘の忘れものを持って行く為に中学校へ行くと生徒が下駄箱の前で二人でたばこを吸っているのです。私は思わず「こんなところでたばこを吸ってはだめだよ!」っと言ってしまいました。

注意するのは間違ってないのだけれど、そのことが原因で娘がいじめられたらどうしようとか、弟にとばっちりがいったらどうしようとか、注意した後から不安な気持ちでいっぱいになってしまいました。

目の前に問題行動を起こす子どもがいても、注意ができない!注意したら自分に危害を加えられるのではないかと不安になる。そして、その注意をきく中学生はおそらく皆無(>_<)!!

なんということだ!!

こうなる前にどうすればいいのか?

そう考えた結論が、「自分の子どもたちが遊ぶ地域で、毎週見守りながら地域の子どもたちが思いっきり遊ぶことのできる「遊び場」を開催する。」ということでした。

小学校1年生から地域で関わり、本音で話し、注意もするけど、子どもの言いたいことも聞く関係が築かれれば、きっとその子たちが中学校になって地域で悪いことをしていたとしても、少しは私の注意を聞いてくれるはず!地域の大人が子どもたちを少しは良い方向へ導くことができるはず!!

そしてこの活動を始めて早7年8カ月。

娘の小学校6年生の子どもたちの顔はほとんど知っている顔ばかり!

いろいろあったけど、みんな大きくなった!!

24日の卒業式は感無量できっと涙が止まらない気がします(>_<)!!

卒業しても、私なりに地域の子どもたちを見守っていこうと思っています。
そして、悪いことをしている子を見つけたら、不安を感じず注意しますので(^O^)/
何歳になっても「よっし〜」と呼んでね!


それから、明日は久々のプレーパーク開催日です。
春の穏やかな日差しの中、鳥のさえずりと、新緑の始まりを感じる木々の芽吹きを見つけるのも良いですよ♪でもまだ桜は蕾でした(^_^)

日時:3月22日(土)と3月23日(日)
   いずれも時間は10:00〜16:00
場所:松山総合公園内、考古館裏の山
参加費:無料
   ※山の上にはトイレがありません。

≪平成26年度賛助会員募集について≫
平成26年度の賛助会員と、活動に賛同いただける方からのご寄付を募集しています。
当日は現地でも受け付けておりますので、お気軽にお声かけください。
Posted by 山本良子 at 21:22
大村虔一さんを偲んで [2014年01月10日(Fri)]
私たちが活動をしているプレーパーク(冒険遊び場)を日本で初めて開催したのが大村夫妻でした。
その日本冒険遊び場づくり協会の元代表である大村虔一さんが1月6日に亡くなられました。
謹んでご冥福をお祈りいたします。

その大村さんのことを、たくさんの方に知っていただきたいので「第5回冒険遊び場づくり全国研究集会基調講演」でお話しされた内容を当時の報告書をもとに書かせていただきました。

                             
 
 私が子どもの遊びに関わったのは、大学で教えられた「人間の幸せの為に都市や街をつくる仕事に携わっているが、当時のまちづくり関連事業では、我々の暮らしはよりよくなりそうに思えない。特に都市に育つ子どもは幸せになりそうもない。」と気付いたことに始まります。

 その頃、海外視察で、レディ・アレンの本に出会ったのです。自分が子どものころにやったような遊びの写真がいっぱい載った本でした。「子どもの遊びを守るため、世界中でいろんな所で、行政施策として取組んでいる」という事実に驚きました。いきさつがあり、女房とそれを翻訳して出版することになり、その後、2人で本に載っている遊びを視察に出かけました。当時、女房は2人目の子どもを育てながら家で仕事ができるようにしたいなんて考えていた。

 視察から戻って、「じっとしていられない。自分の子どもはすぐ大きくなってしまう。自分たちで遊び場を作る仕事を始めなきゃいけない。翻訳して普及を待つなんていう、まどろっこしいことじゃ駄目だ」ということになったのです。

 1975年に、世田谷経堂の家から300メートルの緑道予定地の空地を夏休みだけ借りて、遊び場の運営を始めた。

子どもたちの投票で「こども天国」と名付けられた遊び場で、近所の人たちや学生ボランティアと協力して始めたのが最初です。

 それがやがて「夏休みだけじゃあ子どもに申し訳ない」ということになった。最初の年、7〜9月と3カ月やって止めようとしたとき、子どもたちから「なんで止めるんだ」と反対された。

 区からは3カ月間の約束で土地を借りていたので、返さないと住民はわがままだって、行政に信用されなくなってしまう。何とか返さなきゃいけない、というのが当時の私たちの気持ちでした。

 子どもに説得するんだけど、「こんないい所ができたのに、なんで返しちゃうんだ?」というのは子どもの意見でした。すったもんだの末、自分で作った小屋に泊まったり、星空を見たり、名残を惜しんで、「来年もまたやる」約束で取り壊しに応じてもらった。夏休みが終わってから1カ月かけて、つくったものを壊し、捨てるものを捨て、燃やせるものは燃やした。それが、その後こんなに長い間続くとは、私も思っていませんでした。

最初は子どものためなんて言っていたけれど、市民が行動し、社会を変える仕事の面白さにみんな目覚めてしまった。
 
 翌年になったら、その時手伝ってくれたお父さんが「これで飯が食えるんなら俺、こっちの方やるね」なんて言ってました。でも残念ながら飯は食えないわけで、いつの間にか飯のための都市デザインの仕事と、家庭の仕事としての遊び場の両方やる羽目になったわけです。

 自分たちで我が子、或いは地域の為に行動する楽しさに、私はその時初めて気付きました。世田谷区長と交渉したり、公園課長さんの理解を得ようとする努力など煩わしい仕事を通して、考えていたことがひとつ実現した時の快感は得も言われぬものです。そんなことの連続で、少しずつ遊び場の仲間が増えました。

 そして、あっという間に30何年経ち、みなさんと子どもの遊びに関わっている。

 もう、自分の子どもばかりでなく、孫も大きくなり、遊び場に来る状況ではなくなっているが私はなかなか離れられない。今でも仙台市の「海岸公園冒険広場」の指定管理者の募集に、NPOをつくって応募して、7ヘクタールもある公園の管理をしている。造園会社とジョイントベンチャーを組んで、指定管理を受けています。(現在は震災のために休止中)

 こうした地道な地域活動が、社会の中で力を持つことの重要性は、実は都市デザインの仕事でも同じです。

 住民運動は当時からあったわけですが、主として反対運動でした。そんな所で仕事をしていて、住民が「こういうことをやりたい。こういうふうにしたい。」という意見が先ずあって、それを実現するにはどうしたらいいか。反対するんじゃなくて、市民の積極的な意見が出て、それを住民も汗かきながら実現していくような動きが起きて欲しいと思っていたのです。

「子どもの遊び場がない。次第になくなるぞ。」と言っても、「困ったなぁ」といって行政にお願いするだけじゃなくて、「自分たちで手を動かし、汗かいて何かやろう」って人たちが出てくることを、当時、飯を食う方の仕事では痛感していたんです。

 そういう意味で「他人事にせずに、自ら汗をかこう」というのが、女房たちと遊び場づくりを始めた当時の気持でした。

 ところが、やっている間に世田谷区が理解を示しだし、「羽根木プレーパークを一緒につくろう」という話になってきた。

 しかし当時は、いろんな条件が整ってないもんだから、プレーリーダーの天野さんは悪戦苦闘でした。条件がちゃんと整っているところでやるのは楽だけれど、条件の整ってない中で、それを整えつつ事業をするのが、我々のやらなければいけない仕事だと思っていました。

 そういう意味で、プレーリーダーは、いわゆる学校の先生などのような安定した給料が貰えない。そしてある年齢になると、家族を支える為に、プレーリーダーはやっていけなくなる。若い人がプレーリーダーであること自体はいいと思うんですが、そのうち何人かは歳とってもプレーリーダーとして後輩を指導するようにならないと、職域として確立しないと思うんです。

 プレーパークが社会的に位置づくために、彼らにちゃんとした給料の出る仕組みを作らないといけないと思っています。

 今あるかたちが冒険遊び場の全体像ではないと思います。

 我々がやるべきことは、生まれてくる次の世代が生き生きとした人間に育ち、人間を元気にし、世界がそれによって活性化するような、人間・社会人を育てることにあると思います。

 今日の我々の取り組んでいる「子どもを信じ、子どもが自由に主体的に行動できる環境をつくること」が重要だと思っています。

 そういう意味でこの5回目の全国集会の流れが全国に散らばって、それぞれの地域の子どもの環境をつくる運動に繋がるといいと思っています。

 当時は、まちづくりに関連して、老人の為のいろいろな施設、施策、予算が手厚くなってきた時期です。高齢化社会になり、老人の声が大きくなった一方、子どもは発言することがない。子どもは納税者ではないこともありますが、保護者の社会性にも問題があって、子どもの施策はなかなか進まない。しかも子どもは減っている。

 私は一応都市計画専攻なので、この割合でどんどん減ると、少子化社会で地域の接続が大問題になると見当は付く。間もなく子どもが少なくなって困る時期が来ると思っていました。

 羽根木プレーパークを始めた30年前、まだ高齢者の施策重視社会だったけれども、次の世代の子どもの為に、子どもの予算をもっとつけなきゃいけない時代が来ると思ってたんですが、30何年経っても未だ、子育てに対するいろいろな発言などが出るようになったから前よりましかもしれないが、まだ足りない。

 次の時代を担う人たちにどんな力を持ってもらうか。また育つ過程でどれだけ楽しい思いをし、自分で仕事をやる自信を持てるかということが重要だと思うんです。


 野球の選手などは、イチロー選手みたいに家庭でしっかり教え込むと、若くして、驚くようなお金を稼ぐ人が出てくるわけです。いろんなジャンルで子どもたちが自分のやることを見つけ、それに喜びと自信を持って取り組める仕組みを作ることが大切だと思っています。そういうもの、スポーツや音楽や最近の芸能界ばかりじゃなく、科学的な分野だとか、もっと日常的な商業の分野だとか、いろんなところで自分の能力を見つけて、生きて、社会がその人の行動によってより良くなるようなこと、人に喜ばれることをベースに生きる人たちがどれだけ出てくるかがとても重要だと思っています。

 そのために「遊び」が果たす役割が大変大きいのではないかと思っています。

 自分の好きなことを自分の好きなペースでやって、そのなかで「やった!」という思いを体験し、失敗にめげず、また新たにチャレンジしようとする姿勢は、日々やっていることのなかで快感を味わい、それを繰り返す体験がとても重要です。

 主体的に行動することによって自分の好きなことを見出し、喜んで何度も繰り返して実力をつける体験を、子どもの時にぜひ味あわせたいものです。

 特に重要なのは5歳以下の時期です。5歳以下のときに見知らぬ人と、自分の力で交渉する体験が大切だと思います。

 最近は子どもが少なくなりましたが、昔はきょうだいが3、4人いて、よく兄弟喧嘩があった。自分の意のままにならないということがいっぱい起きる。兄だけが良い目を見ていると不満な弟の思いがあり、兄弟喧嘩が起きる。外に遊びに出ても、砂場に置いてあったバケツをめぐって子どもの取り合いが起きる。そんなとき、どう対処するのかは、親がいれば「あなたは大きいんだから貸してあげなさい」なんてジャッジしてしまうわけですが、本当は引っ張ったり、引っ張られたりしながら、どう対処するのがいいかを体得するのが、多分、コミュニケーション力の発達に大事な教育方法だろうと思うんです。

 そういう体験が少なくなって、子ども時代に、親は関係なく、自分の意思で他人と遊んだり話したり、或いは喧嘩したりする体験が少なくなっています。

 そのまま大人になって、ある日突然、昔はいい子だった筈の人が、人を刺してしまったりする事件を起こす。そうなる前に、上手く話を付け、自分の意見を通し、自分の思いを実現していく方法を知ることが大切だと思います。

 ITは進むのに、コミュニケーション力のない大人が増えた社会は、文化をつくる力の弱い社会をもたらすおそれがあります。「遊び」の力を盛りだてて、子どもたちが自ら自分を育てるチャンスを、出来るだけたくさんつくっていく必要があるのではないかと思います。
〜平成22年10月30日(土)神奈川県横浜市野島青少年研修センターにて〜

                             

私が初めて大村さんにお会いしたのは、この冒険遊び場全国集会の時でした。全国からほんとうにたくさんの活動家が集まっていて、そして神奈川県の副知事や、横浜市の副市長まで応援に来ていました。

「ココまで日本全国に広がった冒険遊び場の代表ってどんな人なんだろう?」ってちょっとドキドキしながらこの基調講演を聞いた記憶があります。

「怖い人かな?」って思っていたんですが、最初のイメージとは違い、本当に気さくな人で、今すぐにでも直接いろいろな疑問や悩みを打ち明けたい!!って思うぐらい優しい口調の穏やかな人でした。

でも、四国からたった一人でやってきた私にはそんな勇気はありませんでした。

もし話すことができたなら、いっぱい聞きたいことがあったのに(>_<)!!

冒険遊び場のこともそうだけど、まちづくりのこと(まちの活性化)や、少子化問題、子どもの育ちについてなど、現実に子どもたちとそうした遊び場に関わってきて、どのように子どもが変化していったのかということを聞きたかった(>_<)!!

できれば愛媛に来てもらって、講演してもらいたかったんですが・・・今となっては叶わぬ夢となってしまいました。

ただこれから私たちができることは、冒険遊び場という可能性を愛媛の地で、そして四国の地で広めていくことだと思っています。私にどれほどのことができるのかわかりませんが、また明日から1歩1歩、頑張っていこうと思います!!



っということで、明日(1/11)と明後日(1/12)松山総合公園プレーパーク開催します。
Posted by 山本良子 at 17:38
「飯岡公園」の遊び場活動から見えてきたこと [2013年12月30日(Mon)]
毎週土曜日の「冒険遊び場活動」・・・

さまざまな思い出と共に、なぜここまで自分がやらなきゃいけないと思ったのか、それからこの遊び場が子ども社会を良い方向へ変えていくと信じてきた根拠など、言葉にすることはとても難しいことですが、それでも、言葉にしないと伝わらないことが多いから・・・

頑張って書いてみました(^_^;)

でも、まだ思いが言葉に繋がっていない・・・(-_-;)

っと思いつつアップしました!!


≪飯岡公園での冒険遊び場活動の概要≫
・平成18年8月〜平成24年6月、約6年間(合計回数241回)開催
・場所:愛媛県松山市にある「飯岡公園」
・対象者:遊びたい子どもならだれでもOK(ほとんど地域の子どもたちでした)
・いつ来て、いつ帰っても良い!
・持って行った材料:かなづち、のこぎり、端材、テープ類、ペン類、ダンボール、紐、ロープ、畳屋さんから頂いた敷物、手作りの台車2台など
・遊び場の状況:参加者は少ない時20人、多い時100人ぐらい、雨でも寒くても、遊びたい子はやってくる、暑い時、寒い時は少なく、春と秋が多い



≪遊びの種類≫
ボール遊び、おままごと、木工広場、ダンボール遊び、隠れ家作り、木登り、砂場遊び、水遊び、剣作り、竹馬、廃材遊び、鬼ごっこ、かくれんぼ、缶けり、なわとび、ロープ遊び、モラル啓発遊び、実験遊び、開発遊び、感染遊び、おえかき、らくがき、台車で競争遊び、戦いごっこ、おしゃべり、大人社会の模倣遊び、悩み相談、火で遊ぶ(期間限定)

※これら単一的な遊びと、いろいろな遊びが同時に発生する遊びがあります。例えば台車の上に隠れ家を作り、それを戦車にし、戦いごっこが起こり、そこで剣を作り始めるとか、おままごとでお店屋さんが始まり、その為の看板を木工で作り、シチュエーションは大人の居酒屋という大人社会の模倣遊びをして遊ぶ場合など、さまざまな遊びが展開されました。


≪冒険遊び場の遊び発生の動機付け≫
 子どもが「やってみたい」と自ら能動的に行動を起こし、遊びが始まっていくプロセスの第一段階として、大人がどのような動機付けを心掛けることが大切なのかという部分で、この冒険遊び場では下記の7点を心掛けてきました。
@ イベント的ではないこと
A 継続的に(毎週1回又は月2回活動)
B 大人が先頭で遊びを誘導しない
C ほしいものは子ども自ら自分で探す
D 自分がやりたいことは基本的に自分の責任で
E ちょっと危険、ちょっとワクワクがある遊び場
F 見守る大人(プレイワーカー)がいること



≪冒険遊び場の中での発達支援≫
 遊び場内での具体的な事例を元に、子どもたちにどのような支援をしてきたのか、またどうして子どもが自分の足で歩ける距離にある遊び場が必要なのかについて、書いてみました。

@心の支援
・ストレス発散
 遊び場に来ると、とにかく走り回る子、戦いごっこをつづける子など、元気に遊びまわる子どもが多かったように思います。その背景にはやはり学校、塾、スポーツクラブなど、自由に遊ぶ時間が少ないという問題が、子どもたちの何気ない会話からも感じ取れました。特に学童保育に通う3年間(3年生まで預かってくれるので)土曜日に外で遊んでいない子どもたちは、その期間が終了と同時に遊び場に多く来ていました。

<事例1>
 木工広場で木を使って剣を作る子が毎年現れるのですが、最初はゲームに出てくるような大きくてかっこよくて、色も鮮やかなものを作ろうとします。しかし、戦ってみて気づくのですが、そうした剣は使いづらいし、すぐ壊れる。そこで、シンプルで、軽く、使いやすくて、それでいてかっこいいものへと、どんどん進化していきました。

 このような感じで、作ることに興味のある子どもはどんどん難しいものを作ろうとし、中には1本の木を細工して剣を作る子どももいました。そして自分が作ったお気に入りの剣はどんなに壊れかけていても、見た目が悪くても、とても大切にしていました。

<事例2>
 夏が近づくと、毎年、水鉄砲遊びが始まります。当初は助成金を利用し、水鉄砲を購入し、子どもたちに貸していましたが、大事に扱わない子が多いのですぐ壊れてしまう。そこで3年目ぐらいからはペットボトルを用意して、各自で水鉄砲を作成して遊ぶようにしました。

 今の子はそうした廃材を利用した遊びをあまりやらないせいか、最初はだれも遊ぼうとしませんでした。でも、誰かが始めると、一気に遊びが感染し、ほとんどの子どもたちが水遊びを始めていました。

 その中でも、参加したくない子もいて、その子にも水をかけてしまうことがありました。参加したくない子がそのことで怒りだし、ちょっとケンカのようなことがあったり、水鉄砲をもっている子を追いかけまわしたりしながら、最終的には「水鉄砲をもっていない子には水をかけてはいけない」というルールが成立していました。その年から、知らない間にこのルールが子どもたちの中に浸透していきました。

 ルールというのは大人が作るものという概念が今は当たり前のようになっていますが、子どもは自分たちでその環境に応じたルールを作ることができるし、それがないとみんなで仲良く遊べないことも知っています。そして、自分たちで作ったルールは大人が何も言わなくてもちゃんと守ることができるし、守らない子には子ども同士で話し合いもします。

・おしゃべり
 話に来る子は女の子が多くて、とにかく学校のこと、家のこと、友達のこと、今ほしいもののこと、恋の話、性のことなど話はつきません。

 そんな子どもたちの中には、お昼ご飯を食べていない子や小さな兄弟を連れて遊びに来る子もいました。中には虐待を受けているのではないかと思われる子もいました。子ども自身はそのようなことは言わないですが、一緒に遊ぶ中で、行動や言動から感じ取ることができました。

 それから「いじめ」問題も子どもと一緒に遊ぶ中で見えてきたことでした。

 そしてスタッフが一番心配だと感じていたことは、親や先生、地域にも信頼できる大人がいなくて、外でも遊ばない、ずっと家の中という子どもたちです。外でストレス発散したり、言いたいことが言える子はまだ良い方だと思います。特定の子以外とは関わらないとか、誰とも関わらず部屋で一人で過ごす子どもたちが増えているということです。見えないからわからないけど、そういう子どもたちの問題も考えていかないといけないように思います。

・声なき心の叫びを受け止める
<事例3>
 その当時(平成23年)深夜のテレビで流れていた「魔法少女まどかマギカ」という物語の絵を毎週遊び場に来るたびに書いていた女の子がいました。前は明るかったのに最近ちょっと暗い表情が多くなり、毎回その絵を描くようになりました。でもどうしてなのかわからなかった。

 その当時彼女のお母さんが体調が悪い事は知っていたのですが・・・

 ある日の遊び場終了まじかに彼女が遊びに来て、「サッカーいっしょにやって」というので、それで夕日が沈むのを見ながらサッカーをしてたら彼女が・・・
「お母さんが心配するから、お母さんが眠っているときに遊び場来たんだ。」
「お母さんだいぶんよくなった?」って聞いたら
「お母さんもう死んじゃうかもしれない。」って言うわけです。
 私、もうそれ以上聞けなかった。
・・・でも大丈夫です。彼女のお母さんは必死でがんばって今元気になってるので。

 あとからこの「魔法少女まどかマギカ」のあらすじを知って、もしかしたらって思うことがあったんですが・・・

 願いを叶えた代償として「魔法少女」となり、人知れず人類の敵と戦うことになった少女たちに降りかかる過酷な運命というストーリーなんですが・・・

 もしかして、あの絵は彼女自身が魔法少女になってもいいからお母さんを助けたいって思う心の叫びだったんじゃないかって・・・

 地域で毎週子どもと関わっていると、こういうことにいろいろ出会う機会があるんです。

Aいじめ問題
 活動を始めたころは「いじめ問題」の本筋は見えていませんでした。
今、中学校2年生の子どもたちが小学校1年生の頃、遊び場を始めたんですが、その子達が小学校4年生になる頃、私たちも少ずつ子どもたちから信頼されるようになり、子どもたちの本音の部分が見えてくるようになってきたと思います。

<事例4>ストレス発散のためのいじめ
 いじめというよりケンカを吹っかけて、それに乗ってきた子どもたちに暴力をふるうことでストレスを解消するという感じでした。例えば、素敵なダンボールの家を作っている子がいるとして、その子の家をワザと壊し、相手が怒ってくるのを見て、他の子どもが足を引っ掛け、転んだところで、「馬鹿じゃないの!」など暴言を吐き、泣きながら叩きに来る子どもに暴力をふるう。どうしていじわるをするのかこちらが問いただすと、「あっちからやってきたんじゃん。」と自分たちがしてきたことに嘘をつく。傾向としては集団で行う。いつも同じ集団で行動。ギャングエイジ的ではあるが、必ずリーダーがいる。リーダーにはそむけないように見える。いじめの対象はその集団内の子どもをターゲットにする時もある。

 しかし、彼らの心の叫びを読み取るとすれば、私たちの前であえてそれを行うということは、案外さみしいということで、自分たちの存在を分かってほしいという訴えなのかもしれません。それに、こちらの対応次第では更正の可能性もあります。

 そう考えると、地域にも学校にも信頼できる大人がいなくて、自分たちのことを分かってくれるのは、そうした同じ経験をもつ年上の危ない大人(高校生〜20歳ぐらい)のみだと思いこんでしまった子どもたちにはだれも手を差し伸べることができません。

 ネット社会では、そうした大人と関わることはとても簡単なことです。

 子どもたちは危ない大人の言動に影響を受けやすく、見えないところでいじめがエスカレートする可能性が高いのではないか?また見えないから恐ろしいということが言えるかもしれません。そんな子どもたちを増やさないためにも、地域の子どもたちとの関わりを大切にする必要があると考えています。

<事例5>日常普通に起きているいじめ
 Mちゃんは低学年の頃からいじめられていました。と言ってもそれは大人から見てで、子どもたちはみんなおそらくそれがいじめであるとは思っていなかったと思います。「きもいんだよ」「死んで」など、とにかく一緒に遊んでいる女の子からも言われていました。それでもMちゃんは気丈でそんな言葉には負けずにいじめる子と一緒に遊ぶタイプでした。言われたら言い返すことができる子でもあったからです。しかし、日々そう言われ続けてくると、それはいじめではなく日常になってしまう。そのことを誰もいけないことと感じることもなくなることが恐ろしかったりもしました。

 このような日常のいじめからのがれる為に子どもたちは「普通」にしていることを心掛けます。個性的な子、同調性のない子、それから発達障害を抱えている子などはいじめの対象になりやすいのです。

 スポーツができることと成績が良いというのはあまりいじめの対象にはなりません。

 それ以外の才能を発揮すると「普通」ではないKY(空気が読めない)となるらしいのです。

 遊び場には毎週遊びを開発するk君という子がいました。k君は創造力が他の子どもよりもずば抜けているのですが、人に合わせるということが苦手で、学校では1人でいることが多い子どもでした。そのため学校ではやはりいじめにあっていました。それでも、遊び場で、すごいものを開発し続けているから、子どもたちも「すごいお兄ちゃん」というイメージで見ていて、尊敬している子もいました。k君にとって学校は決して楽しいとは言えないけど、夢があるから頑張って今、学校へ行っています。

 k君はいじめる子どもたちとは遊びません。だから同年代で仲間はなかなかできません。でもこちらが見る限りでは、そのことで彼は悩んではいないようでした。

<事例6>ターゲットが変化するいじめ
 子どもの遊びグループというのは、毎日遊んでいるから仲が良いと表面的に見えても必ずしもそうとは限りません。ある日こっそり、「実を言うと、私あの子嫌いなんだよね〜。でも毎日誘ってくるから、仕方なく遊んでるんだよね〜だってあの子○○なんだもん!だから嫌いなんだけど、今日も遊ばないといけない。」みたいな会話を打ち明けてくる子がいます。

 これは大人社会にもあります。例えば、団地内でお母さんたちが毎日仲良くおしゃべりしたり、ランチに誘われて日々一緒に行動している人たち。こちらから見ると、とっても仲が良いように思いますが、実を言うとその毎日が苦痛なのに、その本音を言えないという人がいます。そしてその苦痛を逃れた後、もう地域の誰とも仲良くならないことを選択して、地域と関わらないようにする人も増えてきています。

 信頼する仲間を作るには基本お互いが本音で語っていく必要があります。お互いが本音で話をすると、納得できない問題や、時にはケンカになることだってあります。でも、そうした経験を子どもの頃からしていない人も多いのではないでしょうか。表面的な付き合いでいい。煩わしい事は避けたい今の社会を反映しているのかもしれません。でも、そうした喜怒哀楽がないと、「本当の信頼できる仲間」というのはできないし、そうした「めんどくさい」「煩わしい」事を避ける傾向が、子ども社会にも表れているのではないでしょうか。だから表面的に仲のいいグループでもそれは「信頼関係」により築かれた仲間ではないことが多いので、崩れやすいと言えるのだと思います。

 ターゲットが変化するいじめの構造はいたって簡単です。

 例えばA子とB子はとても仲良しで、毎日2人で遊んでいます。学校では同じクラスの違うグループにも属しています。その中のC子がこっそりB子に「A子ってさ、変じゃない!体悪いから毎回体育やらないけど、毎日外で走ってるし、ぜんぜん体悪そうじゃないじゃん。この前私A子に○○貸したら壊して平気で返してくるんだよ!あの子嘘つきだから付き合わない方がいいよ!」と陰口を言うと、知らない間にそれが浸透して、グループ全員でA子を無視し始め、そして仲がいいと思われたB子も一緒に無視を始める。

 この陰口がまた違う子にターゲットが変われば、その子が無視されたりいじめられたりするわけで・・・。

 もし本当の親友だったら、その真意をA子に聞くだろうし、壊したものだって「謝った方がいいよ」って助言をするだろうけど、そうはならないからいじめに繋がるわけです。

 親がちゃんとした信頼関係を築くノウハウを身につけていて、そのことを子どもに小さい頃から伝えている家庭の子どもはそうした事は起こさない。でも反対に「ターゲット」にはされやすい。

 そして、いじめの引き金を引く子は心がさみしい子が多いように思いました。その子の家庭環境、地域の大人の関わりがそうした行動に走らせてしまっているようにも見えました。これは私の見解ではありますが、そうした子どもが少しでも少なくなっていくことが、「いじめ」問題のもしかしたら特効薬かもしれないと思っています。

いじめが大きな社会問題になる時・・・

 なぜ、「いじめ」が助長されるのか。

 それは、学校の中、学年の中、クラスの中の上下関係がはっきりして、上に立つものが「ストレス発散のためのいじめ」を正当化してしまい、他に逆らう者がいない、又は逆らうことでターゲットにされてしまう負のスパイラルがおきて、どんどん助長されていくからではないかと感じています。

 遊び場の中でもそれは起きたことがあります。そのリーダーは人をいじめることでしか遊べないように思えました。私たちもいろいろ関わってはいましたが、毎回私たちを困らせることで喜びを感じている様でした。そのリーダーには、もっと「いじめ」を喜びとする先輩が何人かいて、その人たちが子どもたちを誘発しているのではないかと感じていました。そうなると、その子に関わる全ての子が「いじめ」を喜びとするグループへと変化してしまいます。遊び場という地域では、そうした子に関わりたくない子は、もう遊び場には来ないということを選択できます。でも、学校では毎日逃れることができません。「いじめ」を喜びと捉えられなくても、そのクラスで「普通」を演じるには「いじめ」を喜びと演じきるしかない。それがどうしてもできない子は「学校へ行かない」という選択肢もあります。でも、学校へ行かないということ自体「普通」でなはないわけで、それを選択することも勇気がいることなのです。

 こうした「いじめ」が子ども社会では日々静かに起きています。先生の前、親の前では良い子を演じ、裏で誰かをいじめるという裏表をもつ子どももいます。だから、学校で調査してもなかなか見えないのも仕方がないかもしれません。それにこの問題は今に始まったことではありません。私が子どもの頃から起きていることです。

 私も毎日いじめられていました。体格が大きい事で「デブ」「ぶた」「百貫デブ」と言われない日はありませんでした。「きたない」「くさい」と言われている友人も何人かいました。私は言われたら言い返す、負けるものかと意気込んで日々男の子たちと戦っていたので、そのことで自分が強くなれた部分もあると思うタイプでした。でも、「きたない」「くさい」と言われ続け、クラスの子から無視され続けた友人は反抗することなく静かにクラスで過ごしていました。そういう子の方が多かったように思います。そしてその後の友人たちの運命はその時から決まっていたかのように、幸せには程遠い生き方を今もしています。その姿を見ていると、やはり静かないじめを見過ごすことはできないと私は感じています。

 地域によって、時代によっても「いじめ」の問題は変化しています。学校の先生の体罰と同じで、昔は問題にならなかったことが今は問題になったりもしています。せっかくこういう問題が大きくとり立たされているのであれば、根本解決をしていく方向で考えていくべきではないでしょうか。

 いじめが社会問題になる時は「自殺」や「殺人」が起きた時です。でもそうならない為の前段階の予防が何より今必要なのではないかと思っています。

B人と人をつなぐ支援
・異年齢との関わり
 遊び場に来る子は年齢や性別関係なく遊びます。

 最初は同じ年代の同じクラスの子としか遊ばない子どもたちも、毎週来ていると、いろいろな関わりが生まれ、そこから異年齢の関わりが増えてきます。以前、公園横の水路にヘビがやってきた時は、子どもたち全員で盛り上がっていました。勇気のある男の子がヘビをなんとか捕まえようと必死になって、それを他の子どもたちがじっと見つめている。

 それから子どもたちの多様性を認めることができる場でもあります。学校では目立たない子や、発達障害を持つ子でも、その子なりの遊びを見つけ、そして仲間を増やして遊ぶ姿が毎週見られました。さまざまな遊びを開発する子や、低学年に優しく接して一緒に遊んでくれる子、自分のペースで黙々と遊ぶ子など、学校では自分自身を出せないけど、遊び場では出せるという子もいました。

・地域との関わり
 地域の遊び場にはいろいろな大人やお兄ちゃんがやってきます。子どもはお兄ちゃん、お姉ちゃんが大好きです。高校生ぐらいの子がスタッフにいると、毎回走り回って遊んでいます。そして、いっぱいおしゃべりをします。ちょっと年上の先輩から聞いてみたいことが子どもたちにはいっぱいあるようです。

 その反面、大人となると警戒します。でも、相手が毎週一緒に遊んでくれることがわかると、少しずつ信頼関係を築いていきます。

 しかし、地域とのつながりが希薄になり、恐ろしい事件が増えてきたこともあり、こうした子どもと遊んでくれる地域の大人やお兄ちゃんは「不審者」と判断されることも多くなっています。私たちが遊び場で関わってきた人でもそう判断されて、不審者情報に載ったことがありました。

 「不審者」と「不審者ではない人」の判断は、いつも地域でいろいろな大人と関わっていればなんとなくわかります。

 私の自宅のお隣に80歳になるNさんというおばあちゃんがいます。そのおばあちゃんは毎日畑仕事をして、いまでも毎日地域を散歩しているのでいろいろなことを知っています。そして以前私の家の前に精神障害のおじさんが住んでいたんですが、その人は我が家の前で大きな声で怒鳴ったり、毎日自転車に乗って他の家の干し柿を盗んだり、家も汚くて我が家もどうしたものか悩んでいました。そのことをおばあちゃんに相談すると、「あの人はね40歳ぐらいまでは普通の生活してたんだけど、事故で精神的におかしくなって、奥さんいたんだけど離婚して、今は一人で暮らしとる。でも、声出したり、人の家の干し柿盗んだりはするけど、そう悪さはせんよ。あの人の兄弟の一番上の姉さんが面倒みてて、前は病院にも行ってたけどね。」というんです。

 もしかして昔の人って、みんなおばあちゃんみたいに地域の人のこといろいろ知っている人が多かったのかもな〜って思うんです。今の人はこうした変なおじさんがいると、とにかく避けようとして、その人のことを知ろうとしない。

 でも、地域で共に生きていかなきゃいけないし、世の中いろいろな人がいることが普通なわけで、「多様性を認める」ということは、おばあちゃんみたいに地域のことを知ろうとするところから始まるんじゃないかと思うんです。

 それから冒険遊び場にも毎週60歳ぐらいのおばさんが遊びに来ていたんですが、この人も精神障害がある人でした。見た目には全く分からないのですが、子どものものと自分のものの判断ができない時や、やたら子どもに注意するんだけど、その注意の仕方が少し変だったりしていました。でも、こちらがそのことに気づけば対応する方法はいろいろあり、そのおばさんが遊び場に来ることで癒されるのであれば、それも地域の人との大切な関わりだと思えるようになりました。 

・子どもの可能性を引き出す支援
 y君は毎週さまざまなものを開発していました。

 てこの原理を利用したり、自転車の動力を利用したりして物を作り、重たいものを落として何かをつぶすという物を開発したり、モンキーロープを作ってみたり。その中でも、今も子どもたちがひそかにやっている遊びがあります。空き缶を自転車の後部タイヤに挟んでバイクの音を出す遊びなんですが、タイヤは早く悪くなりますが、こうした遊びに子どもたちは感染していきます。

 そして、自分たちも何か作りたいと思うようになります。子どもの可能性を引き出すのはこうした子ども同士の感染ではないかと思っています。
 
 遊び場横の川での釣りごっこも、子どもたちの人気の遊びとなりました。

 竹と紐で各々竿を作り、毎週みんな釣りごっこをしていました。でも魚なんて釣れないんです。えさも土の中からミミズを捕まえたり、葉っぱを餌にしてみたり、それで2時間でも3時間でも遊び続けてるのが不思議だったけど、どうしたら釣れるのかとか、この川汚いからみんなでゴミ拾いしようと言い出したり、藻が釣れたのにワカメが釣れたっていって、他の子がみんなそれを必死で釣りだす。

 そこから本当の釣りにはまっていく子もいれば、竿作りからものづくりにはまっていく子もいるわけです。

 ボール遊びもそうでした。

 遊び場の中で、ボール遊びのブームっていうのが何回かあって、その時は、毎週ボール遊びがはじまって1時間でも2時間でも続くんです。やらない時は全くやらない。

 遊び場休止の1年前ぐらいから、なぜかサッカーがブームになって、みんなでその公園なりのルールを作って、ず〜とサッカーやってた時があるんです。暑いのに全く休憩せずに没頭している。すごいエネルギー感じました。でも、その後、結局みんなどこかのサッカークラブに入るんですけどね!これも時代の流れですね。

 それからすごいものを発明した子がいたんです。

 だれでも木に登れるキットなんです。

 釘で木に板を打ち付けてるだけなんですが、はしごみたいになってるんですね。私たちが気づかない間に木の前に行列ができていて、登る順番を子どもたちが待ってたんです。こんなの簡単って思うかもしれないけど、それが意外と思いつかない。子どもって、遊んでいる間に、「こんなのあったらいいな〜」と思うようになって、それである日、ひらめいちゃったりすることがあるんです。そうすると、もうその子は本当にうれしそうです。

 自分がやってみたいって思うものが、自分の力で作り上げることができて、それをみんなが「すっげ〜!」て、言ってくれたり、利用してくれることに、満足感を得るんだと思うんです。

 今の子どもたちの日常にそうしたことって少ないじゃないですか。

 すべてプログラミングされたおもちゃで遊ぶとか、安全な遊具で遊ぶとかでしょ!

 自分はできる!とか、がんばれる!という自尊心は、そういう経験の中から育つんじゃないかと思うんです。

C社会モラルを伝える支援
 今の子どもたちは学校で地球環境のことも習っているし、社会でやっていい事と悪い事もしっかり習っているので、ほとんどの子はみんなルールをちゃんと守ります。大人の私たちが見ていても、先生の言うことを絶対視しすぎていると心配になるタイプの子もいるぐらいです。

 しかし、公園でのゴミ問題を考える時、必ず子どものモラルが問題になります。

 ゴミを捨てるのは子どもという感覚の人が多いように思います。

 でも私たちが見ている限りは弁当の空やお酒の瓶、ビールの空き缶など、ほとんどのゴミの所有者は大人です。ゴミを放置する親のもとで育った子どもは同じことをしますが、ほとんどの子は公園のルール、学校のルールをちゃんと守ろうとしています。

 公園の中にたばこをポイ捨てしていることとか、ごみが田んぼに落ちていることとかに怒りを感じだす子がいます。それで、私に相談してくるんですが、私はその子どものしたいことを応援することしかしないんです。例えばゴミが拾いたいと言えば、ゴミ袋を用意して一緒に拾うとか、看板作りたいと言えば材料用意するとか・・・。

 それがまた他の子にも感染して、どうしたらいいか子ども同士で真剣に考えだしたりするんです。

 このこと自体が実を言うと子どもたちにとっては「遊び」になってるんですね。

 大人だったら地域を奇麗にすること自体、堅苦しい話と捉えがちだけど、子どもはそれを楽しく進めることができるんです。

 ある時、遊び場の水飲み場の排水溝が砂で埋まって水が流れないことがあったんですね。それで、ヒロさんが、排水溝を掃除し始めたら、子どもがよってきて、一緒にやりたいっていうから、排水溝の泥を子どもたちみんながスコップですくって捨てる作業を始めたんです。みんな必死にやるんです。それが楽しいらしいんです。遊び場終了になって溝掃除も終了にしたら、「来週もやる?」って聞いてくるわけです。

 不思議なんだけどこれも子どもにとっては「遊び」なんですよね。

「社会のモラル」、「道徳」を子どもに教えないといけないと文部科学省とかが言ってますが、大人がもっとちゃんとしないとやっても意味がないような気もします。

 教室の中で、「道徳」を子どもに教えるのも大切かも知れないけど、もっといろいろな経験の中から学びとれる活動の方が子どもの心に染み込んでいくんじゃないでしょうか。遊び場活動をやってきて思うのはこうしたモラルも子どもは「遊び」の中から感じ取り、理解することができるということでした。悪いことをした時はその場でその子に叱り、よい行いをした子にはその場でちゃんとほめ、一人一人の多様性を認めながら可能性を信じ、地域で子どもたちを育んでいけば、非常識な行動をする子どもたちというのは少なくなっていくのではないかと思っています。

※これは平成25年12月15日に私が講演した内容を元にして原稿を書いています。
第5回「発達支援について考える」
『学童期の遊びと発達支援について』
主催:NPO自立サポートネットゆう

Posted by 山本良子 at 14:20
松山総合公園プレーパークいよいよ開催・・・ [2013年11月21日(Thu)]
久々のプレーパークにわくわくどきどき・・・今いろいろな思いがめぐりめぐって来ている。

安全面のこと、
子どもが思いっきり遊んで楽しめるのか、
用意しているもので足りないものはないのか、
始めて参加する子どもたちになにか導入として用意するべきなのか、などなど・・・


今までもやってきているけど、毎回悩み考え思いを巡らしてきた。


この活動に答えはないとわかっている。


答えを見つけて安心することは一生ないともわかっている。


なぜかといえば、子どもの発想は無限大で、これで安心と大人が思うその上の行動が起きてきたし、それはそれで大変だけど、それが「子どもの可能性を引き出せている」ともいえるわけだからである。

「子どもがのびのび遊び、生き生きと育つ環境」って簡単に言うけど、なかなか思うようにはいかない。大人が子どもとどうかかわることがベストなのか、それは一人一人違うわけだけど、それでもそれぞれの大人の引き出しを生かして、子どもの可能性を引き出すことはできるわけで、またまたこれにも答えはない。


最近、ネットで”子どもの「遊ぶ」を支える大人の役割”という資料を見つけてこれかな!!って思っている。この資料によればプレイワークのポイントとして

@子どもを心から迎える
A子どもの存在を丸ごと尊重する
B子どもの主体性を尊重する
C子どものすることに関心を持ち、何故それをするのかを考える
D子どもから自由のための責任を奪わない
E子どもが自由に遊べる環境を作る
F社会環境を調整する
G危険管理をする
H子どもの遊びを触発する
I自分の実践を振り返る
J自分という主体を立てる

詳しい資料は⇒をクリック!playwork_text.pdf

この資料を読み返し、それから再度プレイワークの本を読み返し、冒険遊び場的活動が今後、愛媛で(四国でも)広まるためにはどうすることが良いのか考える日々が続いている。

ただ、机上には本当の答えはやっぱりなくて、実践があって、そして悩んで、そして学んで、話し合っての繰り返しの中にしか答えは見いだせないと思っている。

さあ!!今後の土日!!連続開催に向けて体調整えて頑張っていきます(^O^)/



Posted by 山本良子 at 21:56
「公園の利用について」のチラシが松山市の小中学校へ一斉に配られました。 [2013年03月21日(Thu)]
悲しいことですが、松山市の公園は相変わらず苦情が絶えないようで、松山市公園緑地課はやむおえず松山市の全小中学校へ下記のチラシを配ったそうです(>_<)

公園の利用について2013.3.21.jpg

でも、私としてはこれを配っても問題は解決しないと思うんです。
こうした問題を起こす子どもたちがなぜそのような行動を取ってしまうのかという根本的なところを行政も地域住民もそして保護者も真剣に考えて次なる対策をおこしていかない限り、すべてが焼け石に水となってしまうのではないかと思っています。

私が地域で子どもたちと関わっていて思うのは、子どもはみんな本当に素直です。そして悪いことを悪いとほとんどの子が認識しています。だから、公園でのボール遊びだって本当はやりたいけど、ボール遊び禁止の看板を見て、みんな真剣に悩んでいたりしています。

そして、今回のようなことをする子どもたちというのは、周りに信頼できる大人がいなくて、自分のことを信じてくれる大人がいないから、心が苦しくて反社会的行動を起こしてしまうんだと思います。

現に、飯岡公園にやってくる子どもたちの中にも以前はそうした子どもたちがいたんですが、地域の関わりが増え、周りに自分のことを少しでも分かってくれる大人が増えてくるようになると、自分のことを分かってくれる大人の前ではあえて悪いことをおこすことはあっても、その行動をちゃんと叱って、また遊びに来た時はその子の可能性を信じていけば、こんなチラシを配るほどの問題は起きないと思っています。

それでスーパーで会った時は「お〜よしこ元気!!」って声かけてくれて、「こっちは年上なんだぞ(^_^;)」って心でちょっと思うんだけど、「まぁいいか〜前より少し成長してるしな〜(^_^)」て涙なんかにじんじゃったりして・・・ちょっとづつかもしれないけど、いつかきっと立派な青年に成長していくんだと信じてゆっくり関わることがいいんじゃないかと思うんです。

地域が良くなるのはゆっくりで、子どもの成長と同じで、寛容な心で守り育てるものなんじゃないかと思うんです。不審者という問題も、その公園にそんな大人の関わりが多ければ多いほど近づきづらいのではないでしょうか。

松山というのはこうしたゆっくり地域の子どもと関わってくれる大人が多い地域だとも感じています。ただ、働き盛りの20代〜50代ぐらいの人は毎日の生活が必死でなかなか関われないのが現実なのかもしれません。

でも、ぜひ自分の地域の周りの子ども達だけでも関わってみてあげてみてください。

子どもがよちよち歩きの頃から中学生になるぐらいまでの成長を見守ってくると、その成長がなんだか我が子のようにうれしく感じられるものです。これがもしかしたら地域子育て力?て私は今感じさせてもらっています。

「公園」苦情にしろ、モンスターペアレントにしろ、とにかく行政だけでとか学校だけで考えて問題解決をしないことが先決だと思っています。

絆の大切さが叫ばれている今だから、いろいろな人とこうした問題を考える場を作っていきたいと考えています。


Posted by 山本良子 at 20:46
弁天山プレーパーク来年より始めます(^O^)/ 今日は運営委員と見学会でした。 [2012年11月03日(Sat)]
いよいよ始動開始!!

弁天山での遊び場を始めるにあたり、どんなことが問題で、どこが魅力的なのか?
自分たちだけでなく、いろいろな人の話を聞き、そのことを共有しつつ、活動をゆっくり始動しようと思っています。

そして11月2日(金)、運営委員による見学会と、遊び場休止になってからの活動状況、今後の予定について説明をし、話し合いを行いました。
◆地域の子どもたちの声
◆松山市の対応について
◆なぜ苦情が出たのか、その社会的背景、今後、苦情が出ないようにするためには
◆中国・四国冒険遊び場フォーラムに参加したこと
◆鳥取県智頭町にあるまるたんぼう森のようちえん見学のこと
◆そして今後の予定について・・・

DSCF0435sono2.jpg

長い間、人の入らなかった森の中での話し合いは、癒されながらもいつもより前向きに話が流れていき、時間を忘れて話し合っていました。

◆子どもによる遊び場運営委員を設置し、遊び場のルールを決める
◆遊び場に理解のある保護者と子どもたちによるプレーパークを何回か行う
◆大人が危ないと思う場所でも、危ないから気を付けることもあり、あえて安全にしすぎない
◆整備しすぎると面白みがなくなる。どのあたりまで草を刈ったり道を作ったりするのか、考えながら行う。
◆地域の人に活動について理解してもらう努力をする
◆こんな素敵な森が地域にあるのに使わないのはもったいない
◆山の中の探検をしたいが・・・したくなる子どももいるだろうけど、そんな時はどうするのか?
◆真夏は蚊が多く、蛇が出る危険もあるのでやめた方がいい
◆雨の日の開催は・・・できればやりたい。状況に応じて開催を決める。

こんな感じで、今度の活動方法、活動内容が決まっていきました。

改めて、活動日時等が決まった時はブログでお知らせします(^O^)/
Posted by 山本良子 at 11:23
継続は力なり・・・(>_<)!! もう少し頑張らねば!! [2012年10月23日(Tue)]
先週の10月20日(土)、21日(日)にアイテムえひめで行われたキッズフェスタ内の駄菓子屋店長にスタッフとして参加してしみじみ感じたことが「継続は力なり」である。

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四国初お披露目の愛媛県材で作った「つみきワーク」

106sono2.jpg
駄菓子の種類は100種類以上!!

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小学生の駄菓子屋店長

このイベントは「まつやま子育て支援NPO協議会」として3年連続で開催させてもらっている活動で、当初は「松山のNPOのことをもっとたくさんに人に知ってもらいたい!」という思いから、リビングえひめさんの協力で実現したものだった。

回を重ねるごとに、さまざまな反省と共に発見があり、それを改善していく中で今の形が出来上がっていった。

【子どもにとってのキャリア教育(職業体験)について・・・】
1.どうすれば子どもの可能性を引き出すことができるのか、
2.そのことにどのような意味があるのか、
3.これから行う職業体験に向けて今、私たちが子ども達に的確に指導していかなければいけないことがどんなことなのか、
4.注意して見ていかなければいけないことはどんなことなのか。
5.この活動を行う子育て支援のNPOとしての意義とは。
6.協議会としてどのような展望が期待できるのか、またどのような状況になっていくことを会員は望んでいるのか。



さまざまなノウハウを持った面々がこの活動に関わることで、自分だけでは気付かなかったさまざまな子ども達の可能性が見えてきたように思う。
そして、一緒に活動する中で、また違う可能性の扉が開かれようとしている気がする。

自分自身の活動も同じく「継続は力なり」なのだと最近感じることができるようになった。
可能性は無限大であるわけで、その方法、過程、内容、人材、関わり方など、その一つ一つを丁寧に考え、あわてず自分のペースで歩んでいく必要があるのだと感じている。

もう少し頑張れねば(>_<)!!
来年度に向け、企画書や助成金申請などあわただしい日々を送っていますが、あきらめず頑張っていきます手(チョキ)
Posted by 山本良子 at 20:13
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