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森のようちえん最終日・・・ 代表の思いも綴ってみました(^_^;) [2013年07月03日(Wed)]
今回初めて企画した「森のようちえん/森のおさんぽ会」も本日で最終回となった。

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※本日捕まえたクワガタだよ〜ん(^_-)-☆

広報が行き届いていなかったのか、それとも私たちのことがまだ理解されていないのか集客は今一つという結果でしたが、私たちにとっては大収穫の事業となった。

森のようちえんというイメージが先行し、現実の厳しさをなかなか理解できなかった私たちにとって、いろいろなものが見えてきたことは大きかったと思う。

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カニとヤゴとヤモリの共存は不可能?でもこれ全部捕まえてしまったので・・・(~_~メ)

今回参加してくれた子どもたちの感性の鋭さ、柔軟さ、そしてその一言一言、行動の一つ一つが大人にさまざまなことを気づかせてくれていた。

自分の頭の固さを再認識しながらも、「この子どもたちの可能性をどう伸ばすべきなのか?」ということを思いつつ、「この可能性をどのようにして今の大人に伝えていけばいいのか?」ということを、切実なテーマとして感じ続けながらの活動となった。

瞳を輝かせて虫を追いかける彼らのこの姿・・・「生きるエネルギー」をこのまま大切に育みたい!と思っているのに、歳月を重ねるごとに変わることを強制される社会のシステム、親のエゴそして学校教育の在り方に難しさを日々感じてきた私にとってこれは最大のテーマなのかもしれないと思っている。

小学校高学年、中学校、そして大人の階段を昇り始める彼らの成長を見続ける中で「なぜ」「どうして」という悔しい・・・憤りにも近い思いを抱かずにはいられない出来事に遭遇し続け、今の日本社会の子育てに疑問を感じ続けた中での結論が「森の中でのいろいろな人々との関わりの重要性」であり、「子どもにとっての遊びの重要性」なのだと思う。

子どもに大人の知識をとにかく教え込もうとする今の教育制度に苦しさを感じている子どもたちを見ていると、その教育方針の限界を感じずにはいられないのだけれど、それをどう変えていけばいいのか明確のものはまだ見えてこない。

ただ知りたければ知識はすぐに手に入る時代にはなっているわけで・・・勉強したければやる方法だっていっぱいある。専門学校や大学に行かなくても「知りたい」という好奇心と「あきらめない」という強固な決心が必要だけれど、誰にでも可能性が持てる時代になってきていることは確かである。

教えるよりも今の社会では「可能性を引き出す」が正当な教育ではないのか!?

そんな教育にシフトする時期に来ているのではないか?

まだまだ模索の日々が続く・・・

次回・・・またまた森のようちえん検討中です!!
決まり次第ブログにアップします!!


【本日の毛虫たち・・・↓】
なんかすごい毛虫がいるもんですね(^_^;)
名前は今調べ中です!

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Posted by 山本良子 at 20:49
"森のようちえん”をやりたい理由C  [2013年06月12日(Wed)]
私がこの疑問を感じ始めたのはいつ頃だろうか?

確かに一人目を生んだ時は、とにかく子どもと離れて自分だけのゆっくりとした時間がほしかったし、オムツも布より簡単な紙おむつが便利で助かったし、保育園だってもっと長く預かってほしいと思っていた。

とにかく「便利」で「楽」で「お金をかけず」に「何も起きない」事が良いと思っていた。

しかしそんな簡単に子どもは育たないことにある時期から気づき始めた。

上の子は熱が出るとすぐ引き付けをおこし、病院に連れていく。そして言われるがままに薬を飲むんだけど、熱が引くと極端に熱が下がってしまう。そして事あるごとに風邪をひき、せきが止まらない。スーパーでは私から離れず、何かあると何時間でも泣き続ける。泣き始めるとなにをしても泣きやまない。相談する人は誰もいなくて、いつも子どもと2人で泣きながら夜を過ごしていた。
保育園に入っても毎日泣いていて、お友達にも自分がほしいおもちゃを取られてなにも言わずに静かに遊ぶ子どもだった。

悩むごとに毎日育児書とのにらめっこ、でも育児書に答えのないことの方が多かった。

そして子どもはお人形じゃなくて動物で、自然界で生きる生き物なんだと少しずつ理解するようになった。私の子育てのなにが悪いんだろうと悩み続けた日々だった。

しかし、二人目を出産。今度は全く泣かないし、自分からさっさとどっかに遊びに行っちゃうし、40度の熱が出ても一人で寝て、次の日にはけろっと遊び出すタイプに私はビックリした。

子どもは本当にみんな違うんだな〜って(^_^)!!

たぶん、二人目を生む頃に何となく気付き、その後いろいろな専門家の先生の本を読んだり、先輩の話を聞いたり、講演会に行ったりしながら気づいて行ったんだと思う。

熱が出たからってすぐに薬を与えれば良いわけでもないこと。人間には自然治癒力があるから、それを子どもの頃に高めるためには、自分の力で病気を治す経験も大切だっていうこと。

そんな経験のおかげなのか、それとも元気な子だったのか今となってはわからないけど、3人目、4人目はほとんど病院のお世話になることなく育てることができた。

もちろん食生活にも気をつけるようになった。朝ご飯はみそ汁とご飯とおかずが基本。お菓子はあまり買わない。そして朝と晩は家族でご飯をいただく。無農薬で自家栽培での野菜づくり、お米はアイガモ農法米の安心なお米をいただいていたり・・・。

それから子どもが欲しがるものを与える時の考え方も変わった。

ほしいものを何でも与えるのではなく、ほしいものを自分の力で手に入れる経験をさせることも大切だっていうこと。ほしい時に買ってあげれば親は楽なんだけど、それをしてはいけない時もあるっていうこと・・・。

そうした一つ一つの経験は親だけでは絶対できないことも知ることができた。

子どもたちの周りの環境がとてつもなく影響してくる。

コンビニのお弁当やファーストフードで食事を済ますことに疑問を感じない子どもたちの中にいると、自分だけ食べれないと、とてつもなく辛いだろうけど、なるべく食べないように気をつける家庭との関わりが、子どもの心の中で、「食べ物は自分の体を作る」という考え方の基礎を自ずと作ってくれる。親が毎日がみがみ言っても「うるさい」で終わるんだけど、仲間の間で交わされたそうした会話の中に、もの凄い威力があるように思う。

「教育問題」「仲間との不和」「いじめ問題」「思春期のアイデンティティーの確立」「世の中の矛盾」など、小学校の高学年から中学校頃の子どもたちには、様々な悩みが覆いかぶさってくる。

そんな時、子どもの頃から自然の中や地域の中で共に遊びつくし、泣いて笑ってケンカした仲間が周りにいることは子どもにとってものすごい力となる。

仲間の問題を自分自身の問題としてとらえることができる仲間や地域との関わりはとてつもなく重要になってくる。希薄化した地域社会だからこそ、なおのことそうした関係を幼少期にどれだけ築けるかは子どもの成長に大きな影響を及ぼしてくるのではないだろうか。

人間は人間の中で育てられる。コンピューターがどんどん進化して、人間の娯楽や仕事をより効率化するアイテムとして根付いてきたとしても、やはり人間を育てることをコンピューターができるわけではないし、機械のように効率化を求めることは難しい。

また、宇宙のサイクル、自然を無視した子育てをしてきたから、今のような子育ての問題が噴き出してしまったようにも思う。

人の中で、自然の中で育てること。

ちょっとめんどくさい人間関係も確かにあるんだけど、それをどうクリアして、良い関わりを一つ一つ増やしていくのか!これには、マニュアルも参考書もないので自分で考えないといけないから大学受験よりも、もしかしたら難しいかもしれない。それでも、その積み重ねが子育てや人生には大切なのではないだろうか。




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平成25年6月12日、サンショウウオ発見!!、野外活動センター
Posted by 山本良子 at 20:30
"森のようちえん”をやりたい理由B [2013年05月26日(Sun)]
あなたは室内で子どもと関わることに限界を感じたことはないだろうか?

小学校、低学年が20人も集まれば、収拾がつかないほど暴れて走って跳ねて、隠れて、寝っ転がる・・・(>_<)それは子ども会の集まり、地域の子どもたちが我が家に遊びに来た時、親戚の子どもたちが集まった時など、子どもは大喜びだけど、大人はどうしても怒ることになってしまう。

しかしそれを抑えるために大人は子どもに携帯ゲームを与え、ビデオを見せ、そしてお菓子とジュースで落ち着かせるという手段を取る傾向にある。

ココに疑問を感じてきた。

ゲーム保有率.gif
Benesse教育研究開発センターアンケート 子どものゲーム保有率と利用時間 期間:2007/7/31〜2007/8/2 回答者数:486人

子どもたちのエネルギーを抑える手段がとられることが時々ならまだいい。しかし、今は学校へ行けば毎日室内で勉強をし、塾とスポーツクラブに行き、外で遊ぶ時間が少なくなっている。その上小学校1年生から5時間授業。2年生には6時間授業が始まる。その上、道路では遊べないし、田んぼも畑も山も遊べなくて、公園だけが唯一の遊び場だけど、そこですら子どもが遊ぶことに苦情がでる時代である。

幼稚園や保育園だって私からすればのびのび遊んでいるとは言い難い。安全の為の抗菌の砂場を用意している幼稚園、園舎はきれいだけど、子どもたちはだれも泥だらけでは遊んでいない幼稚園。園外に出るのが遠足の時だけという保育園もある。外でのびのび遊ぶという必要性をどこまで感じているかはその園によって違うわけで、一概には言えないが、それでも室内で静かにビデオを見せる園が増えているのは事実である。

私が一番上の子どもを保育園に入れた時はそんなことはありえなかった。園にテレビなんておいてなかった。時代と共に変化してきた保育の姿に疑問を感じている大人は多いはずである。

基本的に保育園でも幼稚園でも子どもたちが元気に日々を過ごす場として「室内」はあり得ないと思っている。あの元気なパワーを発散する場が室内に作れるとは到底考えられない。



一人目の子どもを育てる時、私は室内で子どもと1日中二人っきりで過ごす精神的辛さを感じてきた。だから毎日10時には近くの公園へ子どもを連れて遊びに行った。(いわゆる公園デビュー)仲の良いママ友ができたわけでもないけれど、ただ外に行くだけで心が晴れるのを感じていた。子どもも外で毎日遊び込むうちに、遊びの楽しさに目覚め自分から遊び出すようになる。地域の子どもたちと遊ぶほうが室内で母親といるようもずっと楽しいことも感じてくる。
保育園、幼稚園に行くと子どもたちの友達層がまたまた広がる。母親もそれと同時に広がっていく。そうした子どもたちと園が終了後も近所で母親は井戸端会議をし子どもたちはその姿を見ながら夕方近くまで遊ぶ。

子どもの外遊び時代別.jpg

私たち年代よりもっと上の人たちの遊び込みはもっとすごいものがあったんじゃないかと思う。保育園や幼稚園に通う子どもも少なくて、親は畑仕事で忙しくて、だからお兄ちゃんお姉ちゃんに連れられて毎日朝から晩まで山や川や海で夕日が沈むまで遊んでいたんじゃないかと思う。だから体は毎日当然のように泥だらけ、泣いて怒ってケンカして・・・それでも毎日仲間と遊びに出掛ける。人生にはいやなことがいっぱいあっても、その分楽しいこともいっぱいあることを経験で感じ取っていたんじゃないかと思う。もしかして一人で家の中で遊んでいる子どもってその時代はいなかったのかも?

子どものそうした「エネルギー」をどう発散させて、「未来につなげていく」べきなのかが問われている時代なのかもしれない。子どもはすぐに大人になる。次の時代の人材を真剣に考え育てていく為にも「森の幼稚園」的保育の実践は今求められているのだと思っている。

Posted by 山本良子 at 16:40
“森のようちえん”をやりたい理由A [2013年05月20日(Mon)]
どう説明すればいいのだろうか(>_<)・・・

目に見える成果がその場で得られるわけでもないし、お得なこともない、必ずしも親がくつろげる時間が得られるとも限らない。

それが、親子での「森のおさんぽ会」である。

でも、このゆっくりとした子どもと自然との関わり、子どものペースで遊ぶ時間の大切さを私は長年ひしひしと“大切である”と感じてきた。

おそらくそうした関わりを多く持つ親子、又は子ども達の成長段階での変化を親が感じることができるとすれば、それは中学生ぐらいになってからだろうと思う。

それは自分自身の子育てと、それからプレーパークでの子どもたちとの関わりで感じさせてもらっている。

すぐに見えない成果の為に行動する必要性を感じない大人はますます多くなっているが、だからこそ今「森のようちえん」の必要性を訴えていかなければいけないと感じている。

今の時代、子どもの遊びや保育や学びに常に成果を求める親は多い。しかしそんな成果の為に頑張っている子どもたちは親が喜んだり、ほめてくれるから頑張るという枠の中で自分自身のアイデンティティーを成立させてしまうことにより、世の中に出た時にも「成果」的対価の為に行動することしかできなくなてしまう。自分から「やりたい」「気になる」「面白そう」「やってみたい」という内発的動機付けから湧き出る好奇心を子どもの頃にいかに育むことができるかにより、誰かの為ではなく自分自身の内から常に好奇心を出し続けることのできる大人へと成長できるのではないかと思う。

言葉ではなかなか理解されないことかもしれないが、これからも「森のようちえん」の必要性を伝え続けていこうと思っている。





Posted by 山本良子 at 20:29
“森のようちえん”をやりたい理由・・・ 森のようちえん参加者募集!! [2013年05月11日(Sat)]

認可外保育所”どろんこKID'S”を休園してから早5年!!
小学校1年生だった一番下の娘も今年6年生となった。

時は刻々と過ぎていく。

しかし子どもたちの社会環境は未だ改善されている兆しがない。

アベノミクスにより、景気が上向いたとしても、根本的な問題が国会でも取り上げられていないのだから、解決するはずがない。

豊かな社会になり、楽な子育てが推奨され、親たちは子どもにおしゃれをさせ、早期教育によりレベルの高い中学、高校、大学、そして有名な企業への就職を願う。

そんな大人が引いたレールに乗って子どもたちは育っていく。

地域・学校・行政は安心・安全な子育てを求め、「苦情」「問題」が起きないことをよしとする。

高度経済成長と共に築きあげられてきた日本の子育て観。

いったいこれでいいのだろうか?

                            

私が疑問を抱いたのは小学生の頃だった。

戦争をくぐりぬけ、ろくに食べるものもない子ども時代を生き抜いた両親に育てられ、私がわがままを言うと両親はいつも、「ご飯が食べられて、学校行けて、着るものにも困らない。だからあんたたちは幸せだがね!(名古屋弁です)なにわがままいっとりゃ〜す!」と返事が返ってきた。

学校でも地域でもいじめ的な問題や、納得できない大人上位社会に対する憤り、不平等な子ども社会に対する疑問などなど・・・それらを自分の中で消化しようとすればするほど「この世の中に生まれてきた意味」が分からなくなって苦しかった。

おそらくこんなこと考えずに生きている子どもたちもいるのだろうけど、私は子どもを産むまでずっと苦しかった。

子どもは生まれた時から世の中にあるものすべてに好奇心を持ち、元気いっぱい泣く。「やった〜!!とうとうこの世の中に来ることができた!!思いっきり生きるぞ~!!」とでも言わんばかりのエネルギーに喚起され、自分自身の考えも変化してきたのだと思う。

時代は流れ、子育て観も伝承されていく。

せめて次の時代に繋がる「子育て観」をもう少し子どもたちが苦しまないものに出来ないだろうか?

それが、私が活動を始めた原点だと思う。

“森のようちえん”はそのために絶対これからの世の中に伝承させなくてはいけないことだから、やっぱりやらずにはいられない。

人は古来から自然に育まれ育ってきた。それがこの100年で人間は自然の恵みを無視し、破壊してきた。そのことが、様々な病気を生み、心を病む人が増え、生きる意欲を失った若者を増やしているように思う。

このことは、私が子育てを始めて22年の歳月の間にもますます悪い状況になっている。

                                   


”森のようちえん”的保育をなぜやりたいかというと、子どもは自然の中で遊び、いろいろな仲間と関わる中で、虫や花や木や土や石ころ、葉っぱ、それから雲や雨、寒さや暑さを五感で感じ、「この世の中でいきていくぞ〜!!」という子どもが本来持っている「生きる力」を引き出すことができると経験から感じてきたからだ。そしてそんな自然のありがたさに感謝する心が育つと、おのずと思いやりや地域を愛する心が育つのだ。

学校の道徳の時間や、「こころのノート」の中でいくら「いじめをしてはいけない」とは「思いやりが大切」とか教えられても、子どもの心にそうした気持ちは育たない。表面的には大人顔負けの「思いやり」を演じるが、心は裏腹というのではいけない。

                              

このブログを読み、怒りを感じる人もいるかもしれない。
「小さなNPOの分際でなにを言ってるんですか!いろいろな保育園や幼稚園が松山市内にもあり、みんな子どもたちの健全な育ちを願い頑張っているではないか!」という声が聞こえそうである。

その通りである。だから悩んでいる。どうして自分がここまでやらなければいけないのか?
立派な園舎と保育士を構えた保育園や幼稚園がちゃんとあるんだからそこに任せておけばいいというのは、正解である。

しかし、ここに大きな問題がでてきているから、やらないといけないと思ったわけで・・・。

まず、保育士や幼稚園教諭の給料の低さと、正規職員の少なさが問題のなですが・・・子どもの命と、日本の未来を育てる重要な仕事にも関わらず、過酷な労働の上に給料が少ない。

それから、幼稚園が企業化しているということ。幼稚園も人気がないとつぶれる時代。今の親が求める幼稚園とは「安くて、給食があって、バスで送り迎えしてくれて、長く預かってくれて、園舎がきれい そして安心して預けることができて、安全であること」
それを叶える幼稚園は確かに需要はあるが、”森のようちえん”的保育はまず不可能ということになる。きっと保育士や幼稚園教諭の中には「子どもたちを自然の中でいっぱい遊ばせてあげたい!!」と思っている人もいるのだけれど、その実権を握るのは経営者である。経営者は「収益」を挙げることが一番大切なわけで、子ども第一というわけにはなかなかいかないのが現実なのである。

保育園にしても、民営化が進み、幼稚園と状況は変わらない。

それでも、経営者の考え一つで、保育環境は変えることができる。全国にはそうした保育園や幼稚園の事例がたくさんある。

松山にもそうした保育園や幼稚園が増えてくれることを願っているが、現実はまだまだ厳しいようである。

だとすれば、私たちができることはそうした”森のようちえん”的保育を求めるウエーブをいろいろな形でおこすことなのではないだろうか。
-
今回の”森のようちえん”もそうしたウエーブの一つになることを私は願っている。

興味のある方はぜひ参加ください。まだまだ間に合います(*^_^*)!!
一日だけ参加でもOKです!

                                  

森のようちえん/森のおさんぽ会参加者募集について

 参加対象者:親子(未就園児と親)又は、祖父母と未就園児
 募集人数:18組
 日時:5月15日、22日、29日、 6月12日、19日、26日
      (予備日6月5日、7月3日)
 時間:9:30〜13:30(小雨決行)
 参加費:親子一組1回 500円
 場所:松山市野外活動センター(アドベンチャーゾーン内、林間教室集合)

【参加申し込み方法】メール又は郵送又はFAXにて、参加者の名前と年齢、電話番号、
メールアドレス、住所、参加日をお知らせください。後日詳細をお知らせいたします。

【問合せ先&申込先】
〒791-8056 松山市別府町734-9
NPO松山冒険遊び場事務局
メール:tomo_taku2009@yahoo.co.jp
 電話1(プッシュホン) :090-1575-6275(山本)

A4巻3つ折り森のおさんぽ会表.pdf
aA4巻3つ折り森のおさんぽ会裏.pdf
Posted by 山本良子 at 15:56
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