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倒木処理の助っ人 [2021年09月21日(Tue)]
2021年9月19日(日) 〜 倒木処理びと/他 〜

 いい日和の日曜日、先日行った駒返しコースの木橋の滑り止めが少し物足りなく見えて、打付け金具を倍にしてみた。これで当分大丈夫だろ。
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 下りてくる常連女性ハイカーからの知らせで、コースの奥に、潜り抜けが必要な倒木があることが分かり先を急いだ。到着したのは駒返しの少し手前。ちょうど佐藤昌一ご夫妻が処理してくれたばかりのところだった。長岡のスマホによる写真は手振れで思わしくなかったが、残念、のちほど奥様から写メールしていただいた処理前の写真もやはりぼけていた。でも状況は判別できるので、折角ですので公表します。 ご協力、いつもありがとうございます。
 佐藤夫人による倒木処理前の写真。奥に別のハイカーの姿が見えている。
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 処理を終わったご夫妻と処理後の倒木。
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カオルの見晴し台看板設置 [2021年09月16日(Thu)]
2021年9月15日(水) 〜 番外コース・カオルの見晴し台に看板設置 〜
  
 深山頂上から南進し、鷹討山を超えることおよそ10分で、カオルの見晴し台に至る。地権者をようやく探し当てて許可をもらい、長年の懸案だった標示板を設置した。知らない人の多いのは当然。かつて長岡が名づけ、先輩格に当たり、山とも関りのある二つのNPO法人とハイカーの何人かに了承していただいたもので、決して公の呼び名という訳ではない。いわれは後述する。
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 直ぐ近くで倒木処理中という佐藤昌一氏から要請があり、助勢する。
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 さてこのポイント、10数年前に大規模伐採が行われた一帯の一番高みに当たり、山元町を見渡す絶景スポットだ。位置を変えれば、北は遥かに仙台港を、南は南相馬市まで一望できるが、深山経由の峰道でここにたどり着けるようになったが、この名の示すカオルさんこと富沢薫氏のお陰だった。当時は鷹討山以南は大変な笹薮だったが、富沢氏が剪定鋏一丁で切り開いてくれた。アズマネザサとクモの巣のからんだブッシュとの戦いだった。長岡はその姿を何度か見ていて、最終的にご本人に案内していただくことができた。写真大嫌いなお方でしたから、内緒で撮った写真もうしろ姿だけ。当時個人ブログ「深山ファンタジー」で紹介したが、プロバイダーの都合でブログは廃止となったので、ダウンロードしておいたものでご紹介しようと思う。2008年11月の映像
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 翌2009年9月11日、富沢氏北アルプス登山中に病に倒れ亡くなった。享年64歳。長岡が最後に言葉を交わしたのはその二日ほど前、鷹討山の急坂を一緒に登った時だった。この写真はその後間もない9月24日のもの。残された奥様が、この写真にある切り株に、よくミカンなどをお供えして供養しておられた。そして長岡はここをカオルの見晴し台と呼ぼうと考えた。いまではここを経由して馬船峠を超え、小斎峠まで踏破するハイカーが増えている。中にはお隣の福島県新地町鹿狼山まで足を延ばす人もいると聞く。
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 カオルの見晴し台の位置図
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鎮魂の鐘、閉鎖解除 [2021年09月14日(Tue)]
2021年9月13日(月) 晴れ 深山鎮魂の鐘 閉鎖解除 晴れ

 コロナ感染拡大に伴う緊急事態宣言を受けて閉鎖中だった深山鎮魂の鐘ですが、本日閉鎖解除し、再開しました。鐘の引き紐を新たにし、皆さまのお出でをお待ちしています。
 写真は日下教雄氏によるものです。おっと、まだ貼り紙がそのままでした。
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深山頂上の立枯れ木、伐採なる [2021年09月14日(Tue)]
2021年9月11日(土) 〜 深山頂上のナラ枯れクヌギの伐採 〜

 大震災から10年6カ月の今日、町ではようやく頂上北側のナラ枯れクヌギ2本を伐採した。伐採の目印になる青テープを張ってからもう3年になる。クローラーと呼ばれる運搬具で、方向定めのための牽引ワイヤーなどを運んでの作業となった。主な枝の数々はすでに折れて落ちていたが、ハイカーに怪我がなかったのが何より。当方からも2名立合い、1名は他の立枯れ木の伐採にも手を貸し、正午までのお付合いとなった。
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木橋の滑り止め [2021年09月14日(Tue)]
2021年9月9日(木) 〜 木橋に滑り止めを施す 〜

 雨の後などではかなりこわかったのがこの駒返しコースの木橋。下山時、実際にここで滑って後ろ向きに転んだ女性ハイカーがいたと聞く。沢に落ち込んだら大変なことになるだろう。きょう、建築金物のカスガイを打ち込んで簡単なすべり止めを施した。通り掛かりのハイカーから既に感謝の言葉も頂戴した。もう少し数を増やそうかな・・・
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亀石の看板設置と亀石のいわれ [2021年09月07日(Tue)]
2021年9月7日(火) 〜 亀石の看板設置、そして亀石のいわれ 〜

 約束の亀石の看板設置終了。ただし、ちょっとだけ位置変更が必要かもしれない。
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 深山亀石コースのいわれとなった亀石は、2001(平成13)年3月発行の「旭さんの昔がたり」の第一話に出てくる。伊藤旭(のぼる)さんは当法人理事の伊藤貞悦氏のおじさんで、当時「やまもと民話の会」の会長でしたが、数年前に逝去された。深山鎮魂の鐘の建立に当たって長岡もお目にかかったが、お年(1921年生まれ・91歳)とも思えぬエネルギッシュなお方で、その声の強さに感じ入った記憶がある。当初鎮魂の鐘の建立には反対のお立場でしたが、伊藤貞悦理事森博子理事と共に説得に当たり、なんとか笑顔で納得していただいたという経緯がある。
 さてその亀石とは・・・。詳しくは「旭さんの昔がたり」をご一読いただくとして、大筋は以下の通り。

 〜 昔、深山頂上に深山大権現が祀られていたが、多くの人の参拝を容易にするため里におろすことになった(現在の深山神社)。近隣で一番力持ちの牛を選んで木ぞりを引かせて権現様を運ぶ途中、悪路の上、権現様があまりに重いので、さすがの牛もすっかりへこたれてしまい、いくら綱を引っ張っても動かなくなり、最後に「ンモーウ」と唸って姿を消してしまい、気づいた時は丸い大きな石になっていた。石が亀の形に似ていたので亀石と呼ばれるようになった 〜
 
伊藤貞悦氏によれば、現在深山頂上に祀られている「蚕神(かいこがみ)」が、当時の「深山大権現」の跡の由。

 伊藤旭さん(当時91歳)
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 伊藤旭さんの説得に当たった際の森博子理事
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 深山大権現跡に建つ蚕神。明治四十四年 「蚕神」 八十八夜講中 と記されている。
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  現在の深山神社。大震災にも、2月の大地震にも土台石から落ちなかった。参拝すればきっといいことがある。それ証拠に、深山入山時にいつも参拝する長岡にはいつもいいことだらけ。深山鎮魂の鐘の建立が叶ったのも深山神社のお陰と信じている。
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明通峠登山口刈払い [2021年09月06日(Mon)]
2021年9月5日(日) 〜 明通峠登山口刈払い 〜

 明通峠(あきどおしとうげ)の深山方面登山口は、みちのく潮風トレイル山元町ルートの重要拠点。ルート制定前から何度も整備を重ねてきているが、本年5月27日の刈払いに次いで、本日も砂金理事により刈払いが実行され、きれいになった写真がメール送信された。また写真から、ここの道標にも「深山鎮魂の鐘⇒」のシールが張られ、仮修正されたことが確かめられる。
 刈払い前
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 刈払い後
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深山頂上西側の眺望改善 [2021年09月06日(Mon)]
2021年9月3日(金) 〜 深山頂上西側の眺望改善 〜

今年2月に刈払いを済ませた深山頂上西側だが、ブッシュの成長は早い。もう眺望を塞ぎ始めている。とりあえず最も目障りな部分だけ本日刈込バサミで刈払いする。
 刈払い前
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 刈払い後
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頂上・クリーン作戦の後で [2021年09月01日(Wed)]
2021年8月31日(火) 〜 頂上・クリーン作戦の後で、他 〜

 一昨日の作業の後で頂上は一見綺麗に片付いていたが、一ヶ所、最重要地点の倒木処理が22日に続いて再び延期となったのが残念。装備不足による。ピクニックテーブルを直撃しないよう、牽引ロープによる方向定めが必要と、プロが判断した。
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 写真の2本の枯れ大木のうち、画面左側のものは、根元に名物のマユミアブラチャンがあって毎年写真の好材料となっている。伐採の際は少しでも損傷を少なくする手立てが必要。参考までに写真をご紹介。最初は昨年10月のマユミから。なおここのマユミは広報やまもとの表紙を飾ったこともあるので思い出す人も多いと思う。
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 処理予定の大木の根元に咲いたノダケ
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 草刈りの済んだ頂上で寛ぐ深山登山の常連。
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 さくら平南端のクヌギの倒木処理の後。今後当方で片づけ作業を行う予定。
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 ここは一寸持山(いっすもちやま)と呼ばれる頂上直近のコースの中ほどで、当方で何度か刈払いを行った見晴しスポット。一昨日の作業のエンジン音の発出はここが最初で、一部視界を塞いでいた大木(多分クマノミズキ)が処理されて見通しが良くなった。山寺区樋口区長の要請によると、今日知った。ここにもスポット名とその看板が欲しい。さて「一寸見坂(ちょっとみざか)」なんてどうかな?樋口区長、いかがですか?
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 白内障手術により2か月半のお休みだった長岡歳子(としこ/81歳)さんと記念写真。砂金氏による。
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 一昨日、町議であり山寺愛林会の会長そして当法人の理事でもある伊藤貞悦氏が言及したのは亀石コース亀石のこと。いわれのある石で町のパンフにも載っているが、登山者にほとんど気づかれることのない存在なので、もう少し目立つようにしたいというのが趣旨。町の担当職員に向けられたものだが、反応したのは小生・長岡。「私がやります」と。その手前、本日の帰途、妻歳子の希望もあって早速整備にかかった。なんと落枝落木の多いこと。二人で小一時間かかって、とりあえず綺麗になった。そして亀石の奥にさらに子供4匹ほどいて、子連れ亀石であることもわかった。10数年前に置かれた看板は壊れて苔むしているので、遠からず作り直して目立つ位置に設置しよう。
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深山頂上、倒木処理と刈払い [2021年09月01日(Wed)]
2021年8月29日(日) 〜 頂上、倒木処理と刈払い 〜

 好天に恵まれた今日、町による倒木処理と刈払い作業(山寺愛林会)が行われ、当法人でも立合った。折しも日曜日。結構大勢のハイカーで賑わう中での作業。エンジン音が響き渡り、ハイカーには気の毒な一日となった。
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 実りの秋を迎え、今年の角田市の田園風景はまた豊かな彩にあふれた。蔵王も久しぶりに姿を見せた。
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修正が認められた道標 [2021年09月01日(Wed)]
2021年8月24日(火) 〜 修正が認められた道標 〜

 鎮魂の鐘のロープが切れていると連絡を受けて補修作業をしている時、偶然来合わせたという環境省のユニフォーム姿の男性から声がかかった。過日(6/22)みちのく潮風トレイル草刈りの折にお目にかかった自然保護官のお二人だ。あの折に当方で要請した道標の修正について、仮の処置を施したので一見あれとのこと。あれから既に2ヶ月ほど経過、いかなる判断がなされたのか、そろそろ問合せをと考えていた矢先のことであった。まずはすぐそこのお太鼓峠の道標へ。たったいま施した処置というのが写真の通り。明通峠(あきどおしとうげ)の一体にも同様に「深山鎮魂の鐘→」のプレートを貼り付けたというもの。これは仮のプレートで、年内には完成品と取り換える。道標の形状に変更を加えることはできないが、なんとかこれで譲歩してほしいというもの。完全に無視されることも念頭にあった当方としては、これ以上の不満を言う筋もない。加えてあの折に当方で指摘した「ルートに習熟した地元の案内なしに道標設置を行った」点についても、その至らなさを肯定する言葉があった(と感じた)。「言い分を聞き入れてくださってありがとうございます」と素直にお礼を申し上げた。ひとまず、心の深奥にこびりついて離れることのなかったカサブタから解放された。
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 たかうちコースを下山中、随分お久しぶりにお目にかかったのは富谷の寅さんこと齋藤寅雄さん。わが法人の大切な支持者のお一人。フェースシールド着用で汗まみれ。2月に脳梗塞にかかったがリハビリを終え、深山登山は既に数回との由。以前と変わらぬご様子に安堵する。
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