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新年のご挨拶 (01/03) 山元・あしたの響き
梅雨の晴れ間に (07/10) サイトウ
梅雨の晴れ間に (07/09) 山元・あしたの響き
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山元・あしたの響きさんの画像
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3.11月命日 [2020年04月16日(Thu)]
2020年4月11日(土) 〜 3.11月命日に祈る 〜

 午後2時46分に合わせて鐘を鳴らそうと待機し、その間に「ああ深山の鐘」のCDを流した。この時間になるとあまり訪問者の姿はない。時間ちょっと前に到着のカップルが祈りを捧げた。
 
2020-04-11 (28)若いカップルok.jpg

 鎮魂の鐘の全景もたまにはいいかも知れない。
2020-04-11 (14)ok.jpg

 哀れ、天狗巣病にさいなまれたさくら平のサクラはまるで最後の呼吸をしているかのようで見るに忍びない。
2020-04-11 (8)さくら平のサクラok.jpg

 山元町の震災遺構となった旧中浜小学校も今日ははっきりと確認できる。多くの命が助かったという意味で、非常にポジティブな震災遺構として誇れる。
2020-04-11 (25)震災遺構の中浜小学校ok.jpg

 イノシシも追悼に現れたか、今朝早々の物と思われる大きな置き土産を残していった。相当な大物で100`は優に超えていたと思われる。鎮魂の鐘テラスのすぐ北隣、斜面の縁に当たる一角だ。幸い誰も踏んだ様子はないが、こうも堂々と存在を主張されたのは初めてのことで少々驚いた。勿論きれいに処理を終えた。
2020-04-11 (15)イノシシの置き土産.jpg

 ちなみに昨日、小生長岡深山登頂はちょうど2000回に達した。記念に、上の写真の男性にお願いして妻と一緒の写真を撮っていただいた。遠慮しながらご紹介。
2020-04-11 (10)2001回登頂記念ok.jpg




あれから9年 [2020年03月12日(Thu)]
2020年3月11日(水) 〜 あれから9年 / 祈り / 虹 / 深山ノート / 花芽 〜

 もう9年なのだ。あるいは、まだ9年なのだ。今年も、それぞれの思いを込めたその日が来た。9年前のあの時刻に合わせて、鎮魂の鐘を鳴らそう。多くは午前中に済ませてくれたようで、この時刻の先着は見知らぬ方ばかり4名。合計6名。時刻前にさとう宗幸さんの歌「ああ深山の鐘」を3回ほど流し、14時46分、下から響く防災無線のサイレンに合わせて鎮魂の鐘を鳴らし、黙祷を捧げる。「涙が出た」と妻。それぞれ鐘を鳴らし終えてから撮らせていただいた記念写真がこれ。唯一分かったのは、ハンチング帽の男性が柴田町の方であること。皆さんありがとうございました。
 「ああ深山の鐘」こちらから
2020-03-11 (14)合成OK.jpg

 集合写真が終わって間もなく、鎮魂の鐘から下界に向けたカメラのファインダーにが現れた。皆さんに知らせた。歓声が上がった。寸前に細かな涙雨が降ったのが功を奏した模様。15年ほど通い詰めた深山頂上から、地元の町に架かった虹を見るのは初めて。吉兆であれと願う。この写真の左端に山元町の合同慰霊碑が含まれる。ここで予定された公式慰霊祭は、世界中に恐怖をまき散らしている新型コロナウイルスのせいで中止となり、各自献花となった。下界で見る虹は海にかかっていたろうか。
2020-03-11 (43)OK.jpg

 四人が姿を消すころ、若い男性が現れて鎮魂の鐘に立った。後ろから撮ったシルエットの向こうに、未だ虹はあって、鐘の音と調和した。
2020-03-11 (45)OK.jpg

 
 頂上のあずまやの寒暖計は9度を指す。午前町の強風も止んで、時季外れにあったかい。「深山ノート」をめくれば、午前中に鐘を鳴らしてくれた人のメッセージが二つ並ぶ。一つは地元山寺区樋口区長の筆跡。長岡への優しい気遣いが記されている。ありがとうございます。
2020-03-11 (57)OK.jpg


キクザキイチゲユリワサビカタクリヒメカンスゲ、そしてショウジョウバカマさえ、一斉に花芽を吹き始めた。どんな一年になるのだろう。
2020-03-11 (1)ok.jpg

2020-03-11 (2)ユリワサビok.jpg

2020-03-11 (4)カタクリ合成OK.jpg

2020-03-11 (5)ヒメカンスゲok.jpg

2020-03-11 (61)ショウジョウバカマOK.jpg



あれから8年 [2019年03月13日(Wed)]
2019年3月11日(月) 〜 あれから8年・追憶の日 〜

 あの忌まわしい大震災から早くも8年の歳月が流れた。全国の犠牲者数は、死者・行方不明・関連死を含め、総数22,000名を超えるという。なんという大きな悲しい数字となったことか。きょう、全国各地で大々的な追悼式が営まれ、その悲しみを新たにした。ここ深山鎮魂の鐘における臨時の集いも、悪天候による参加中止が20数名に及んだが、都合5名の追悼者が訪れて、大地震の発生時刻の午後2時46分、鐘の音に合わせて祈りを捧げた。下界からは黙祷合図のサイレンが響いてくる。動画はこちらから。
追悼を終えて、折角悪天候を突いて登って来てくれた方の記念写真。画面右から角田の岡崎さん長岡歳子さん日下教雄さん亘理の安住さん
2019-03-11 (6)右端・角田の岡崎さん、左・亘理の安住さん-2-.jpg

個々に鐘を鳴らす。
2019-03-11 (15)-2-.jpg

 小雨にそぼ濡れる山元町の様子はこちらの動画から。


あれから5年 [2016年03月14日(Mon)]
2016年(平成28年)3月11日(金)
あの忌まわしい3・11からちょうど5年の今日、朝から結構大勢の人々が深山鎮魂の鐘を訪れたと聞く。当NPOから山本・橋両理事と小生・長岡とその妻、計4人が、午後2時46分の大地震発生時間に合わせて、はからずも頂上で一緒になり、他の来訪者と一緒に鐘の音をバックに黙祷を捧げた。直後においでの女性ハイカーも鐘を鳴らしたが、すぐに石の支柱にもたれて嗚咽をこらえる様子がうかがえた。知り合いを亡くされたと聞く。
2016-03-11 (11)ブログ用.jpg

動画はこちらから