年寄りの冷や水 [2018年04月11日(Wed)]
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2018年4月10日(火) 〜 深山 → 大沢山 → 影倉山 、そして・・ 〜
以前から、せめて高瀬峠まで抜けてみたいと思っていた。10年ほど前、急な思いたちで大沢山までたどり着いたが、高瀬峠に下り立つことなく引き返した。暑い日だったが、準備不足で、にぎりめしも水もなかったから。 その後、小斎峠から登ってきた人にあったり、トレラン忍者たちの活躍を目の当たりにしたりしているうちに、ふと意を決した。おにぎりよし、水よし。使い古したコンパクトカメラよし。履き古したトレッキングシューズもよしだが、大分傷んでいて、これが最後の愛用となるだろう。自分の体力を考え、車で水道タンク前まで。そして亀石コースから深山頂上へ。鎮魂の鐘を鳴らしていざ出発。10:00丁度。 鷹討山山頂到着10:12 〜 カオルの見晴し台到着10:30 〜馬船峠到着10:45 〜 (ここまでは昨年12月5日の小欄でかなり詳細に紹介済み。こちらでどうぞ) 10:45、馬船峠に下り立てば大沢山登山口の標識。疣石(いぼいし)山を経て高瀬峠へともあるが、こちらは何度も見知ったもの。 倒木や笹藪を超えて 11:12、大沢山(314.6b)到着。前述の通り、ここまでは辛うじて足を運んだことがあるが、標識はこれではなく、疣石山と書かれた質素なものだった。 さてここからが、自分にとって未知の世界。心が躍る。スギ林を抜け、笹藪を抜け 11:28、やっと視界が開けたところがここ。眼下に見える作業現場は、高瀬峠の奥、庄司産業の採石場と思われる。そして、影倉山と思しき影も行く手に見えてきた。 まもなく高瀬峠に下り立てると思いきや、そうではない。こんなところ、あんなところと越えて 文字通り足もすくむ崩落現場に至ったのは11:49。次に大雨に襲われたら、多分、この峠路そのものがなくなる。 11:53、まだこんなに高い位置にいる。さっきの採石場の一部が見え、海寄りに亘理清掃センターも確認できる。高瀬峠は過ぎたのでは・・との思いが頭をかすめるが、実際には、角田市の境界でかなり曲がりくねった峠路だった。 こんな崩落現場のような地点を横向きに滑りながら 11:58、やっと安心できる場所に下り立った。向こう側に影倉山登山口の表示があり、振り返れば当然ながら大沢山登山口とある。まぎれもなく高瀬峠の境界地点だ。東は山元町側でなんとか見通しもきくが、西の角田市側はすぐに地崩れで塞がっている。一昨日鎮魂の鐘でお会いしたばかりの郡山からのご夫妻、車を途中において、ここから入山したことになる。信じられない思いさえする。頭が下がります。 なおこの高瀬峠、山元町ふるさと地名考(山元町教育委員会発行)によれば、古くは疣石峠と呼んだようだ。平成6年に初版本が出された時点で、すでに、藪に覆われて通行できない峠と解説されている。しかし現況から推して、その後、通行可能なほど切り開かれた可能性がある。 山元町側。 角田市側。 丁度ランチタイムだが、ここは吹き抜ける風が冷たい。そのまま影倉山の登山口に足を踏み入れる。そしてほどなく、次の写真の光景。植林後のスギの幼木の様子から察するに、どうやら2009年(平成21年)3月10日の山火事はここまで及んでいたようだ。(何という偶然!9年前の今日ではないか!)この辺りで、西側の藪の中にわずかな空間を見つけて、今日を限りのくたびれ果てた靴を脱ぎ、12:07、コンビニのにぎり飯をほおばった。 |



