CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

2015年01月09日

コミットメント


以前自分が書いたのは、こんな記事

“自分がせっかくそんな立場にいながら
ただ何となく勤め上げて、老後は誰かが
何とかしてくれるだろうなんて
そんなのはイヤだ。
自分が望む未来の画を描きながら
今の立場を最大限に活かして
現役の時間を生きていきたい”


自分が何かをしなくても、多分、世の中はなるようになるのだろう。
それでも自分が関わり続けたいと願うのは、究極のところ、自分自身の満足のためなのだ。

普段顔を合わせても特にこんな話をするわけじゃない。
彼が自分の記事のことを知っているのかどうかも知らない。
それでも、彼の言ってることと、自分の想いは、実はとっても似通っていたのだな‥と。

2013年03月28日

市街地道路整備に関する一考察

朝日市街地道路整備をテーマに
「まちづくりを考える会」を作りましょう〜という提案に関する一考察
 〜3月23日・25日の両日
「道道士別の上線朝日市街地道路整備工事に係る説明会」に出席して〜


人は、自分自身に関わることを
    理解して、納得して、判断したいと思っている。

私個人的には、賛成も反対もない(今のところは)
だって、わからないのだから。
だから、まず知りたい。どういうことになっているのか?
(だから、これだけの人が説明会に自主的に集まった)
反対意見は何故で
賛成意見は何故か
まず、開示することから始めよう。
地権者だけの問題じゃない。
これはまちの「今」と「将来」に関わる自分たち自身のことである。
無関心のわけがない → 何故か?
みんな、自分たちの地域が、良いところであって欲しいと思うからだ。
誇りを持って住んでいたいし、良いまちとして後世に遺したい。
誰ひとり(地権者も市も道も地域の住民も)
このまちを悪くしようと思って進めている人などいない。
ただ、そのやり方や考え方がそれぞれに違っていて
うまく機能しなかったために、批判や対立を招いてしまったに過ぎない。
目指すゴールは同じ。
それが分かったからには、やることはひとつだ。
さぁ、もう一度話し合いのテーブルに着こう。
反対意見は何故で
賛成意見は何故か。
まず、開示することから始めよう。
「この期に及んで、何を今更?!」と憤りを感じてしまう人は
どうか、間違えないでわかって欲しい。
今まで、声に出さないでいた人は
何も考えなかった人なわけじゃない。
意見を出せと言われても発言しなかった人は
声の大きな人に同意した人なわけじゃない。
ただ、分からないから判断しなかっただけなんだ。
「悪いようにはしないから、黙って俺に付いてこい」
なんて言うやり方は、通用しない時代になっている。
誰だって
自分自身に関わることは
自分自身で理解して、納得して、判断したいんだ。
例え、判断した結果が、最初に示された答えと同じものであったとしても。
「だから最初から、俺の言うとおりにしておけば良かったんだ」とはならない。
「やはり、あの人の言うとおりにしておけば良かった」という結論ですら
その人固有の判断だ。

‥もっと、住民ひとり一人の固有の判断ってやつを、信じてみてもいいと思う。
「こんな判断、自分には荷が重い。どうぞそっちで勝手にやってくれ」
っていうのだって、充分、立派な判断だ。
人間、充分考えた上で、自分で出した結論だと自覚できることに関しては
不思議と他者に対して、不満や批判は沸いてこないような気がする。
それに、考えてみて。
住民ひとり一人、全員の意見を丁寧に聞いてみたって
たかだか1500人ほどの数なんだよ?
何万人、何十万人全員の意見を聞いて回れ、なんて言っている訳じゃない。
やってやれない数じゃない、と思って挑めば不可能なことじゃないし
実際には一人残らず意見を聞く前に、自ずと結論は固まってくると思う。
そういうプロセスを経て、何かを導いた1500人の地域は
自分のまちに対する納得感や、生活している幸せ感が全然違うと想像できる。

小さくても、田舎でも、不便でも
自分たち自身のことは自分たち自身で決められる地域は幸せだと、私は思う。

私はそんな「幸せな地域」で暮らす住人でいたい。             
                          文責:塚田 郁子

2013年03月24日

ペルソナ(02/03/2006 加筆再掲)


私が故郷を離れ
進学し、結婚し、見知らぬ土地で
生活したからこそ
感じるようになったことの一つです。

それまでは、特に意識したこともなかったから
気がつかなかっただけなのだということに
初めて気がついた、というような類のものです。

私は、夫となる人の転勤に伴って
見知らぬ土地で結婚し出産し
専業主婦として生活していました。
近親者も友達もなく、子どもと夫が
私を取り巻く世界の全てでした。
(もちろん、ラブラブ全開の新婚時代なら
 よけいな雑音もしがらみもない、そんな世界の方が
 むしろ望ましいのでしょうが、ソンナモノは
 だいたい半年で飽きます 笑)

その世界で気がついたのは
私は
誰々さんの奥さんと、誰々ちゃんのママという
二つの顔しか持っていない、という
考えてみたら当たり前のような
気がついたら愕然とするような、状態でした。
もちろん、そこそこ親しい人間関係ができ
名前で呼び合える友達もできていく中で
それはそれなりに満足していたつもりでしたが
それでも心のどこかでは
私はあくまでも誰々さんの奥さん、
誰々ちゃんのママとして知ってもらった私
という意識はついて回っていました。

私は、生まれ故郷に戻ってきて
誰々ちゃんのママですね、として
人に認識されるのではなく
誰々ちゃんが、ママになったんだ!
あの誰々ちゃんが、こんなに大人になって‥
みたいな扱いを受けるに至って初めて
あぁ、「誰々の奥さん」や「誰々のママ」は
本来の私の後ろにくっついていた「肩書き」
にすぎなかったのだと気がつきました。
特に、自分がもういい大人になっているのに
変わらずに小さいときからの呼び方で呼ばれる
という心理的影響は大きかったですね。
私は「大人」の私、ではなく
「私」が、たまたま
大人になっただけだったんだと
発想転換することができました。

もちろん、最初のうちは
こっちは相手を知っているわけでもないのに
「あんた、誰々さんトコの誰々だろ?」とか
「こないだ、○○で見かけたよ」みたいな
濃厚すぎる「世間の目」に
「う”わぁ〜!!  カンベンふらふら
と思ったことも、正直ありました。

でも、ちょっと考えてみて。
人が大勢いる見知らぬ土地で
誰が私をかまってくれただろう?
このまま私が消えちゃっても
いったい誰が気づくんだろう?
そう感じたことが、一度や二度では
なかったことを覚えてる?
その対比を思うとき
黙っていても
自分のことを知っている人間が居る
と言う世界は、かなり新鮮な驚きでした。

人は、意識的にも無意識的にも
その場、その状況によって
その役割としての自分を演じています。
それがいいとか、悪いと言うことではなく
社会的に生きている以上、自然に使い分けているのが
人間の本能なのだと思います。
大人になるにつれて、社会人としての顔
母親の顔、妻(主婦)の顔‥と
いろいろな場面が増えてくるのですが
時として、その顔(ペルソナ)が
自分の本質的な顔と錯覚して
その顔以外の顔ができなくなってしまう場合が
あるような気がします。

お母さんの顔と、奥さんの顔しかしていなかった私が
さしずめ口呼吸と鼻呼吸しかしていなかったとするなら
名前で呼ばれるようになった私は
徐々に全身で皮膚呼吸ができるようになったような
そんな感じがしました。
口・鼻呼吸だけでも生きてはいけるのですが
今、改めてその状態にされたとしたら
私は多分、息苦しくて
呼吸困難になってしまうだろうな、という気がします。

  皮膚呼吸ができるようになってみると
  むしろ逆に、その役割の顔
  「母」や「社会人」として振る舞うことを
  楽しむことができるようになりました。
  今振り返れば私は、人生の中で
  「母親」の役や「主婦」の役も
  やらせてもらえたんだなぁ‥と
  神様からの贈り物のようにありがたく思います。

  
‥長々と書いてしまいましたが、要は
人はできるだけ多くの顔を持っている方が
幸せなんじゃないかな、ということです。
だから、子どもたちにはできるだけ
多くの関係に出会う機会をあげたいと思うのです。
親と子としてだけじゃなく
教師と生徒としてだけではなく
同年代の仲間だけのつながりではなく
誰かの先輩・後輩になって下さい。
誰かの友人・知人になって下さい。
誰かの師匠・弟子になってください。
誰かの面倒を見る人・見られる人になって下さい。
誰かの尊敬する人・される人になって下さい。
いろんな関係の中で生きている自分を
どうか感じる人間になって下さい。

都会はダメで、田舎が良くて
だから、みんな戻ってこぉ〜い!などと
言うつもりはないです。
多くの子どもが(大人もお年寄りも)
この土地を離れ、それぞれの場所で
それぞれの拠点が出来上がっていきます。
ただ、少なくともこのまちで育った子どもたちには
このまちでの「遺伝子」は
受け継いでいって欲しいな、とは思っています。
もしも、ここでの世界が幻想のように感じるとしたら
今度はその思いを、それぞれの拠点で
広めていってくれたらいいな、と思います。
遺伝子レベルで組み込まれてしまえば
あとは、どこへ行っても大丈夫 手(グー)

そんな風に思うのは
甘ったるい理想でしょうかね 


2013年03月22日

幸せな地域(09/21/2005/加筆再掲)


「何考えてんの?」と問われれば
「あさひのしあわせ」としか言いようがない。
どっかの立候補者の街頭演説みたいなこと言って
どうすんのよ、って感じだけど、
何を思って行動しているのかと言うと
そういうトコに行き着くことになる。

私は地元の出身で
小さい時から、特別ふるさとに思い入れや愛着を持って
育ったわけでもなく、高校を卒業すれば
当たり前のように地元を離れて進学し
どっかに就職して、どっかで結婚して
きっとどっかで暮らすことになるんだろうな
くらいにしか考えていない、のほほぉ〜んな子どもだった。

過疎化激しい田舎なのは知っていたけど
自分の実家が、良くも悪くもそこにあるというだけで
それがいいとか、悪いとか、どうということもなく
つまりは、特に自分と結びつけて考えることもない
単なるひとごとの現象でしかなかったものだ。

そんな私が
なんの因果か、地元に出戻ってくることになり
神様の思し召し(?)で社協に就職することになり
「地域福祉」とはなんぞや?と右往左往することになる‥
 
あさひとしべつが合併して
ひとつのマチにひとつが原則の社協も
同じく合併して、あさひ町はあさひ地区に
なってしまったわけだけど
だからこそ余計に
その感を強くしたというところもある。

社協の仕事をするうえで
私はあさひをエコヒイキするために存在する、と
自分では思っている。
いや、その言い方は適切ではないね。
何が何でもあさひに利得を持ってきたい訳じゃない。
自分が住んでいるこの地域を
自分が住んでいて、しあわせだと感じる地域にしたいのだ。

私はたぶん
このマチで老いて、死んでゆく。
たまたま社協という職に就いたことによって
私は地域をしあわせにしていこうと
働きかけることそのものが仕事になった。
せっかくそんな立場にいながら
ただ何となく勤め上げて、老後は誰かが
何とかしてくれるだろうなんて
そんなのはイヤだ。
自分が望む未来の画を描きながら
今の立場を最大限に活かして
現役の時間を生きていきたい。

   もちろん私だってきれい事をいうつもりはない。
   過疎化著しいこのマチで(合併しちゃったし)
   いくら自然や人情や、暮らしやすさがあったって
   自分が食べていけなきゃ何にもならない。
   自分の生活が成り立ってこその話なのは言うまでもない。
   その点自分は、絶対的にパイの少ないこの地域で
   生活の保障された職に就けたことは幸運であって
   自分の基盤は棚上げしておいて、
   もっとみんな、地域のことを考えようよ
   などという気はさらさらない。
   でも、だからこそ
   地域で食べさしてもらっているんだから
   地域をしあわせにすることを
   四六時中考えるのがスジというもの。

今年もお祭りに出店を出した。
年々過疎化が進んで淋しくなり、
お祭りとはいっても、
ついには1件の出店も来てくれなくなったのは
今から5、6年くらい前からだっただろうか。
そんな状況が寂しいと、
まちの若い衆が、
テキ屋さんをやりませんか?と呼びかけた。
お祭りなのに。
御神輿かつぐのに。
まちのお祭りで学校はお休みなのに。
まちにはお小遣いを使う場所もないなんて寂しすぎる。
にわか仕立てのテキ屋さんは
よく知っている近所の兄ちゃん、姉ちゃん。
誰々ちゃんちのオジさん、オバさん‥
子どもたちは安心してお金を使い、
孫の手を引いてやってきたじぃちゃん、ばぁちゃんが
顔馴染みの売り子さんと声を掛け合う‥
住人全体でやってる「ごっこ遊び」のようなそれは
外部の出店が来ていたときよりも、かえってずっと
なごやかで、あったかくて、ざわめきに満ちていた。

07 013.jpg

07 038.jpg 

  そしてそんな体験を
  当たり前のように内に取り込んで
  たんぽぽの綿毛のように
  あちこちへ飛びたっていく子どもたちにとって
  大きくなって、外から地域を見たときに
  帰る故郷がしあわせな顔をしていることは
  とても重要なことだと思う。  

あさひが
出店も来なくなるくらいまで追い込まれちゃって
かえって良かったなって、実はちょっと思ってる。
これじゃ寂しすぎる、って思って初めて
何とかしなきゃ、って自分たちで考えるようになれた。
お祭りに出店をやりましょうと、有志を募るのは
基本的にはボランティアではない。
だけど、地域のために何かをしたいと思う気持ちは
ボランティアだ。
ボランティアなんだけどやっている人は
ボランティアのつもりではない。
お祭りを構成する地域の人たちは
役場のひとであったり農協のひとであったり、
学校のひと、農家のひと、営林署のひと、工場のひと
郵便局のひと、商店のひとだったりするけれど
それと同時に、誰々さんちの息子さんだったり
誰々ちゃんのお父さん、お母さんだったりする。

お祭りに出店を自分たちで始めるようになってから
年々盛り上がりとにぎやかさが増してきている。
今年は、出店の通りに若い衆が行灯を灯した。
太鼓保存会が太鼓を披露してお祭りムードを盛り上げた。
みんなが自分たちの持ち分を使って
お祭りという一つの目的を盛り上げようとしている。
これができるようになった地域って悪くないなって思う。
出店通りの賑わいを眺めながら
私は宮沢賢治の『虔十(けんじゅう)』のように
ただもう嬉しくって、はあはあ微笑ってしまう。
これができている地域であれば
わざわざ「地域福祉の推進を」なんていう
無粋なお役所コトバはいらないな、と
個人的には思っている。
地域福祉とまちづくりを別々に考えるなんてナンセンス。
地域をなんとかしたい、その気持ちを持ち寄って
それぞれの持ち場を活かして
地域で力を合わせるネットワークの集大成が
ここにある。
何かがあったら
声を掛け合って力を発揮できる関係づくり。
そんなことに関わっている自負がある。
去年から「よって館」がお祭りに参画することで、
お祭りそのものが私の仕事になった。(しめしめ‥)
社協はお年寄りやボランティアのことばっかり
考えていればいいとは思えない。
それよりも、何とかしたいという気持ちを
行動化して、組織化して、実行できる力をつけること。
それができれば
福祉もノーマライゼーションも、ボランティア活動も
自ずとくっついて、できちゃうことになる気がする。

今の私のやっていることは
社協の事業の範疇ではないのかもしれない。
今でも社協で何してるの?と聞かれれば
具体的にはうまく答えられる自信がない。
でもそれは、何をやっているのかわからないからではなくて
一つのことをやっていればそれで完結することではないと
思っているからだ。
これからもっと考えていきたいことは
地域が必要として、地域が供給して
地域が潤う、そんなコミュニティサイクルを
作り出していくことはできないんだろうか…
ということ。
もちろん、自分ひとりが、
何かができるなんて思っちゃいない。
でも、考え続けることはやめないでいようと思うんだ。

社協は合併して、
今までより多くの決済が必要になってくるんだろうけど
私が地域の中で走り回ることに変わりはない。
‥というか、
やっと走り回っていられるようになったこの環境を
許してもらえるかどうかだけが願い。

続きを読む・・・

2013年03月21日

ノーマライゼーション(01/30/2006/加筆再掲)


新春カルタ大会

大人から子どもまで一緒に楽しめる
世代間交流の風物詩です。
(合併に伴い配置換えになる前の年まで
朝日町社協独自で行っていた世代間交流事業です)


06karuta.jpg

カルタの楽しみどころは
人それぞれなのでしょうが
私は、かつて百人一首全暗記を
強要された壮絶(?)なトラウマから(笑)
知っている和歌、好きな和歌に触れることに
楽しみを覚えます。
そして、競技カルタのスポーツ性。
‥練習段階から数えれば、
私が一番、カルタに親しんでいるハズなのですが
それでもやっぱり
ぶっつけ本番の上級者の
俊敏性にはかないません 
まさに、昔取った杵柄ですね。
あの、一瞬の間も呼吸も逃さない
瞬間にかける集中力と緊張感は、
スポーツに相通じるものがあると
私はいつも、感嘆しながら眺めてしまいます。

それから
まだ、右も左もわからないながら
それでもカルタに慣れ親しもうと思い始めた子どもたち。
そんな子どもに
時には厳しく、読み方や作法を教えている若いお母さんは
同じように大人に教えられ、成長したかつて子どもの姿です。
そんな子どもたちが、教えられ、成長し、上級者になり
やがて、子どもを教える親になり‥
そんな連鎖を想像するのは
とても楽しいものです。

孫の応援にやって来たおばあちゃんは
ついでにどの子にも変わらず
読み方を教えて応援しています。
そうして、自分の親や先生以外の大人に
「取れたよ〜!」と
自然に話しかけるようになってる
子ども達の姿があります。
とり方なんて忘れた、といいながら
夢中になって動き、失敗し、
笑いあっている大人たちがいます。
私はこうやって
大人も子供も、若い人も年配の方も
みんなが一緒くたになって
楽しんでいる光景を見るのが
異常に大好きなのだと思います。
思うに
いろんな大人が一緒になって
夢中で楽しんでいる姿を見ながら育った子どもは
それだけで、放っておいても
ちゃんとした大人に育っていくのではないかと
思っています。

だから
お母さんと子どもだけに分けないで。
乳幼児と学童で、きっちり線引きをしてしまわないで。
若い者は若い者どうしの方が、と排除しないで。
何歳以上のお年寄り、と括らないで。

ノーマライゼーションは
「老若男女のみならず、障害者も健常者も
 一緒に居てこそノーマルな社会」と唱っていますが
私はもう一つ
関係性のノーマライぜーションがあると思っています。
一人の人間にしても
その人は、誰かの親であると同時に誰かの子どもであり
誰かの前では昔ながらの○○ちゃんであり
何かの場面では、厳然と君臨する大先輩かもしれない。

そんな人間が持つ多面性が
当たり前に受け入れられていて、
自然に振舞っていられる社会が
居心地いい社会なのではないでしょうか。

そして
ちいさな地域にはそれが出来ると
私は信じているのです。


2013年03月20日

社会福祉という世界

長いです‥
自分が今の活動に関わるようになった経緯の中で
社会福祉福祉協議会に所属していた(いる?)
生い立ちが、今の自分の血肉となって
いるのは間違いありません。

平成17年の市町合併当時に
別の場所で書いた自分の記事ですが、
根本的な想いを確認する作業として
当時の想いをここに再掲します。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

こんなことも社協でやってくれるの?
もしくは(やらなきゃならないの?)という声を
最近少し、聞くようになりました。
私はこういう反応を、内心「やった!」と思いながら聞いています。
社協というのは、基本的に「何でもあり」だと思っていますから。
こんなことも社協がやるの?といわれれば、
胸を張って、そうなんだよ、こんなこともできちゃうんだよ、と答えます。
そう、地域の人間が「やりたい」と思ったことは、
全て社協の仕事になりうるんだよ、と言いたいのです。
社協は何のために存在しているのかというと
地域の住民が心地よく暮らしていくための方策を
住民と一緒になって具体化していくためです。
みんな、もっともっと
社協という「機能」を、自分たち自身のものとして
使っていってくれたらいいのにな、と思います。
それこそが
【「社協」は住民の参加を得て
福祉活動を推進する民間の社会福祉団体です】
と、お題目のように唱えているメッセージの意味なのです。
ごく一部の人にやっと、
そう思って貰えるところまできたのですが
そこに至るまでにも、本当に
随分と時間がかかったものだなと思います。
よく言われることですが、社協は
自身のPRがつくづくヘタなんだろうな、と思います。
存在していながら、住民にあまり理解してもらえないのは
わかって貰うためのアピールが足りなかったからにほかなりません。
それだけのことをする人的な余裕がなかったと
言い訳してしまえばそれまでですが、
わかって貰えない、と泣く前に
わかって貰えるように工夫することを、
してこなかったということだけは
確かなことだと思います。
それでも、これはやっとほんの入り口に立った、というだけです。
さてさてこれからが本番、という感じです。

社協は「機能」です。
社協の機能が上手く働くかどうかも
ハサミと一緒で、すべては住民の「使いよう」だと思います。

まだ社協に入りたての頃
「社協なんて、他人のふんどしで相撲をとってるだけだから」
と言われました。
ある意味、それは正しい一面でもあるかもしれません。

補助金なしでは生きてはいられず
専門的な人材を擁しているわけでもなく
事業をやるにしても
人の手を借りなければ何一つ立ち行かず
「社協」を不必要な存在と思えば
単なる厄介ものにしか映らないことでしょう。

また、幸か不幸か、
私のまちのような小さなちいさな地域では
まち役場の窓口が、困ったお年よりの相談相手であったり、
電話一本で駆けつけてくれる頼れる近所の若い衆であったり、
地域の中で、ニーズを充足する機能を充分果たしていたのでした。
それを、いくら「お上(笑)」のお達しだからといって
それらの機能を担う「社協」を全国各市町村
必ず1コは設置しなさい、なんて
当初は迷惑もいいとこだったんだろうな、という気がします。

それでも、そこに身を置く者にとっては、
そんな位置づけに納得し、甘んじていることは
とても苦痛なことでした。
いったい誰が、
本当は要らないんだけど
しようがないから置いてあげてるんだよ、
と思われることに平気でいられるでしょうか。
バカげたことを、と思うかもしれませんが、
その時の私にとっては、
社協の存在意義=私の存在意義 そのものでした。

「社協なんて…」の言葉に、
漠然とした反発や、屈辱を感じながらも
明確に異を唱えることのできなかった現実が、
「社協」の存在意義について
常に考えるきっかけになったのだと思います。

何のために
全国都道府県、各市区町村全てに設置が義務づけられ
全ての社会福祉協議会の法人化が
進められてきたというのでしょう…?

何のために
地域福祉を推進する中核的存在として位置づけ
事業を企画・実施・調整する組織として
社会福祉法に明記されたのでしょう‥?

「社会福祉協議会」というものを自分なりに解釈し
そこで担われるべき役割について答えを求め続けることは
自分のアイデンティティに関わる
狂おしいほどに必要な行為でした。

今でこそ社協の認知度も上がり
福祉系の大学を卒業したバリバリの若い人材が
誇りと希望を持って就職して来ることが
珍しくない世界になってきました。
スタート地点が違えば、考え方も自ずと違って、
あぁ世代が変わってしまったんだなぁ‥などと
心の隅で、ちょっぴり思ってしまいます。
昔の苦労を知っている自分は良くて、
今はダメとか、あなたたちにはわからない、とか、
ひがむ気持ちからではなく
今はいい時代になって良かったね…と
純粋に祝福します、という感じですけどね。

幸か不幸か、公共機関というモノは
全国一律、どこへ行っても
最低限同じ機能と役割分担を
求められる時代になってきたように思います。
お役所のチェーン店化。
(はっきりとは言えませんが、
介護保険制度の施行以来、
それが一層顕著になってきたように思います。)

幸か不幸か、
朝日町は今年、士別市と合併します。
「町」はなくなり、一つの区域となります。

状態そのものは
「幸」でも「不幸」でもありません。
受け止める側がどう捉えるか、というだけです。

「悪いようにはしないから。
 だから黙って任せておきなさい。」
といわれて、それでまぁ
そこそこ幸せに暮らしていられたから
だんだん自分で考えなくなっただけで
自分が辛くなってきたからといって
「ちょっと、ちょっと、
 何でもおんぶに抱っこじゃなくて、
 少しは自分のことは自分で考えてよね〜」と
言われているようなものです。

自分のことは棚に上げた、手のひらの返し方に
反論する場所もないまま、ちょっと唖然としてしまう、
というだけで、
現象自体は「幸」でも「不幸」でもありません。

黙って従う安穏の代わりに
自分で考える自由を手に入れる、というだけです。
どんどん自分で考えてくれちゃっていいんだよ、と
言われているのです。
ビンラディンや金正日の支配する国の住人でないことを
つくづく幸せに思います。

ちょっとばかり話は逸れましたが、
さて「社協」です。
社協そのものは、
「他人のふんどし」時代から
何一つ性格を変えたわけではありません。
捉え方が変われば、その存在意義が
大きく変わっていくというだけです。
かつての
「漠然とした」反発や屈辱は
今なら
「はっきりとした」反発や屈辱となって
私は反論を試みることができるようになりました。
それでも、冒頭に言ったように
社協の存在についてはまだまだ誤解され
大部分の人に理解もされていないのが現実です。
これからが本番、というのは私自身が、
反論を試みるスタート地点に、
やっと立つことができた、ということでもあります。
そして同時に、今までも、そしてこれからも
理解され、機能させようと試み続けることを
許されているという、この状態を
ただただありがたく、幸せなことだと思っています。
合併に伴い、これからの社協の行く末を
素直に心配して下さる方も種々おりますが、
組織機構や処遇の変化などは、本質的に全然別のことであり、
地域における社協を機能させるために
働きかけ続けると言うことについては
基本的に、少しも変わるものではないと思っています。

続きを読む・・・

2012年12月09日

みんなでわくわく考えるプロジェクト

考えただけで、ワクワクする‥そう感じることって、ありませんか?
実現可能かどうかは、この際別問題として、このワクワク感がなければ何ごとも始まらない、とすら思います。
平成20年の6月より、旧佐藤医院のお掃除から始めて丸5年。訪れて下さる方々の口から「やぁ、なんだかワクワクしてきますね」
この言葉を何度も聞きましたし、自分たちでも、何度も発した気がします。
掃除をすることの、何がワクワクなものかとお思いの方もいるかもしれませんが、掃除そのものがワクワクではなくて、
それまでは思いもよらなかった、でもお掃除していくうちに、自分の中に生まれる発想や、アイディアに、将来への希望に、
未来への予感にワクワクしていっちゃうんですよね。 けれど一方で、ワクワク楽しくなっちゃっていると決まって
「そう単純にはいかないよ」
「そりゃ大変なことだよ。ちゃんとわかってるの?」

‥なぁんて反応で、水を差す人が必ず居るんですよね。

もっと、楽しんでやることを、もっと、ワクワクすることの効能を、信じられる仕組みを作りませんか?

「言い出しっぺは責任を持たなきゃいけない」
それは、常識人なら普通に持っている不文律なんですね。
だから「誰かがやってくれるんだったら、協力はするけど‥」
そんな風に声には出さずに思っているだけ、消極的な立ち位置になってしまうのも
ムリのないことなのです‥
だったら、その部分のプレッシャーを軽くしてあげることってできないものでしょうか?
じゃあ、事務局はこっちでやるから、やってみたいこと、やってほしいこと、できればいいこと、言ってみて。

ただそれだけで、言い出しっぺのプレッシャーから解放されて、いろんな想いに翼をつけることができるのです。   
まだこの段階では、本当に実行できるかどうかなんて、この際考えなくても良いのです。
いいなぁ‥、やりたいなぁ‥、ステキだなぁ‥
この想いを、どんどん膨らませて、発酵させて、いっぱい、めいっぱい、「想い」を暖めまくって良いと思います。
人間、自分のやりたいことは、ほおっておいても自然に四六時中考えてしまいます。

そのうち、今はこれはムリだけど、これならできそうじゃない?
なんて言う意見が出てきたら、このプロジェクトの第一弾はクリア、です。
「じゃあ、その部分は私がやるわ」と動き出したら、アナタはもう、このプロジェクットチームの一員です。

でも、この発想でやっていくと、いつまでたっても「仕事」か「ボランティア」か。「職務」か「趣味」か。
この二者択一しかなくなってしまいます。

これではいつまで経っても、「地域力の向上」とか「地域コミュニティの形成」なんて望めません。
だって、地域のためになることをしようとすれば「手弁当」を覚悟しなくてはならなくなるし
一所懸命「手弁当」覚悟で活動していれば、生計が成り立たなくなってしまいかねません。

「楽しいこと」「報酬があること」「人のためになること」
この三つを、誰にとっても無理なく融合することって、できないものでしょうか?(私は、できる、と思っています)

仕事でやっている人も、ボランティアでやっている人も、趣味でやっている人も、それで地域の役に立つならと、
それぞれの立場でちょっとづつ貢献でき、それでいて誰もが犠牲になるのではなく、ちょっとだけ自分にとっても「報酬(歓び)」が
あるような、そんな「三方一両得」のような仕組みって、作れないものでしょうか?
こんなことをわいわい、楽しく、でも真剣に、頼まれもしないのに(笑)
考えちゃう人たちが集まって、話して、考えて、行動する「場」を作りたい。


それが「あさひ 郷土の資源を活かす会」を立ち上げた理由です。

その第一歩が、旧佐藤医院を再生し、拠点とすることでした。
今年も冬期間は旧佐藤医院は閉鎖します。残念ながら、冬期間の暖房や除雪などの課題にはまだ取り組めないからです。
しかし、活動自体は冬眠しているわけではありません。
活動拠点を別に用意しつつ、この「みんなでわくわく考えるプロジェクト」を地道に一歩一歩、実行していく予定です。

あなたの「わくわく」は何ですか? 一緒に考えていきませんか?

文責:あさひ 郷土の資源を活かす会 塚田 郁子


右斜め上

このブログを開設した当初
全く同じような文章をこの場に投稿しました。

今回、新聞折り込みチラシという紙媒体で
今度はもっと身近な地元の皆さんに語りかけるため
再度記事を 書き直してみましたが、改めて思うことは
自分の想いは、当初とほとんど変わってない、と言うことでした。

拙い伝え方のせいで
想いはなかなか広まりません。

やっとやっと、地元に伝えられるようになるのに
5年もかかっています。

それでも、想いを諦めずに 伝え続けていきたいと思います。


2008年10月23日

夢を形に

【「夢」は、動き出した瞬間から「目標」に変わる】

ボランティア団体、実践者たちが一堂に会する
年に一度の全道大会
「ボランティア愛ランド」へ行ってきました。
内容は、こちらでご参照下さいネ ラブ )

ボランティア愛ランド 前夜

ボランティア愛ランド 分科会 その1

ボランティア愛ランド 分科会 その2

ボランティア愛ランド 分科会 その3

ボランティア愛ランド 交流会編

大会二日目の全体会では
車椅子バスケットボール日本代表で
北京パラリンピック日本選手団主将の
京谷和幸(きょうや かずゆき)さんの
記念講演が行われました。

講演の内容については
とってもうまくまとめてある
こちらをご参照して下さったほうが良いかと‥w

夢の実現のためには

「夢を持つこと」
「行動すること」
「出会いに感謝すること」

まさにその通りですね〜

口では簡単に言えても、
いざ実践するとなると
なかなか難しいのもまた人間ですが
それでも、この当たり前のことこそを
実行あるのみ!と
前に進む元気をもらった講演でした。

ときには、視野を外に広げて
勇気とパワーをもらって、地域に帰ってきましょう‥

2008年09月05日

みんなでわくわく考えるプロジェクト

『みんなでワクワク考えるプロジェクト音符』 第1弾


「さぁ、みんな。自由に思っていることをどんどん話し合おうよ。」

そう言ってみても、なかなかぽんぽん出てくるものではありません。

なので、それを目的として、プロジェクト化しちゃうんです。

「自由に思っていることを話す環境にするにはどうしたらいいか?」

まずは、関心のある人に来てもらいます。

来てもらうためにはどうすればいいか。

関心のある人の、関心事に的を絞って
相談を持ちかけ、それについての意見を聞きます。

その意見を話しているうちに、相手がわくわくしてきたらしめたもの。ラブ

実現可能かどうかを、ケンケンゴウゴウ、話し合います。

「言い出しっぺは責任を持たなきゃいけない」

それは、常識人なら普通に持っている不文律ですね。

だから、「誰かがやってくれるんだったら、協力はするけど‥」
そんな風に、声には出さずに思っているだけ、になってしまうのも
ムリのないことなのです‥

だから、その部分のプレッシャーを軽くしてあげるのが
この、「みんなでわくわく考えるプロジェクト音符」なんです。

じゃあ、事務局はこっちでやるから
やらなきゃならないこと、言ってみて。

ただそれだけで、言い出しっぺのプレッシャーから解放されて
いろんな想いに、翼をつけることができるのです。

まだこの段階では
本当に実行するのかどうかなんて、この際考えなくても良いのです。

いいなぁ‥、やりたいなぁ‥、ステキだなぁ‥
この想いを、どんどん膨らませて、発酵させて、
いっぱい、めいっぱい、「想い」を暖めまくって良いと思います。

人間、自分のやりたいことは、ほおっておいても自然に
四六時中考えてしまいますw

そのうち、今はこれはムリだけど、これならできそうじゃない?
なんて言う意見が出てきたら、このプロジェクトの第一弾はクリア、です。

「じゃあ、その部分は私がやるわ」と動き出したら
アナタはもう、このプロジェクットチームの一員です w

「あさひ 郷土の資源を活かす会」は
きゅうりが美味しくつかるぬか床のような
こうじが発酵するもろみのような
キノコ栽培に適した菌床のような
そんな役割を担う場所にしたいのです。

そんな場所にするためにはどうしたらいいか。

その第一弾が
「みんなでわくわく考えるプロジェクト音符」です。



2008年09月04日

キーワードは「わくわく」U

キーワードは「わくわく」

どうして
ワクワク楽しくなっちゃっていると
決まって

「そう単純にはいかないよ」
「そりゃ大変なことだよ。ちゃんとわかってるの?」

‥なぁんて反応で、水を差す人が必ず居るんでしょうねw

少なくとも、今の活動をやっている段階で
そう水を差す人が居ないのが、この活動最大の自慢です。笑顔
(注意深く、それを排除した‥とも言えますw)

なぜだか
「ボランティア」は報酬を受け取ってはならない。
「職務」でやることは、楽しんではならない。
そんな思想でもあるんですか?
と聞きたくなるような場面が多々くあります。

特にボランティアなど、
「ボランティアだからっていい加減な気持ちじゃ困るんだよ。」
「ちゃんと責任持ってよ。それが嫌ならやめてよ。」
短絡的に、こうやって相手をなじるのはどうかと思います。

楽しんで取り組むかどうか、と言うことと
責任を持つか持たないか、ということは
本来、別の次元の問題です。

少なくとも
私たちがワクワクして仕事をしていて(お掃除していて)
誰かに迷惑をかけたでしょうか?
迷惑をかけるなら自粛もするけど、そうでないなら
「自分が楽しいかどうか」を判断の基準にして
何か悪いことでもあるのでしょうか?

もっと、楽しんでやることを、
もっと、ワクワクすることの効能を
信じられる仕組みを作りませんか?

楽しんでやること=ボランティアではない
      ↓
ボランティアではないこと=人のためではない
      ↓
人のためではないこと=自分の楽しみ
      ↓
自分の楽しみ=仕事ではない
      ↓     
仕事ではないこと=報酬はない
      ↓
報酬はないこと=楽しくはない



‥‥ なんか、おかしくないですか?



この発想を逆にしていくと、見えてくるものがあります。

楽しんでやっている=報酬があるに違いない
      ↓
報酬があるに違いない=営利目的
      ↓
営利目的=人のためではない
      ↓
人のためではない=ボランティアではない
      ↓
ボランティアではない=賛同すべきではない

こんな図式ができあがってしまいます。

少なくとも何らかの関心のある人は、
「賛同すべきかどうか」の判断の拠り所にしたくて
「つまり、何をやるの?」と質問するのだと思います。

「営利目的」なのか、「ボランティア」なのか
それによって多分、関わり方が全然違ってくるのでしょう。

でも、この発想でやっていくと、いつまでたっても
仕事かボランティアか。仕事か遊びか。
この二者択一しかなくなってしまいます。

これではいつまで経っても、
「地域力の向上」とか
「地域コミュニティの形成」なんて望めません。

だって、地域のためになることをしようとすれば
「手弁当」を覚悟しなくてはならなくなるし
一所懸命「手弁当」覚悟で協力していれば
生計が成り立たなくなってしまいかねません。

「楽しいこと」「報酬があること」「人のためになること」

この三つを、誰にとっても無理なく融合することって
できないのでしょうか?

仕事でやっている人も、ボランティアでやっている人も
趣味でやっている人も、それで地域の役に立つならと、
それぞれの立場でちょっとづつ貢献でき、
それでいて誰もが犠牲になるのではなく
ちょっとだけ、自分にとっての「報酬」もあるような

そんな「三方一両得」のような仕組みって
作れないものでしょうか?

こんなことを
わいわい、楽しく、でも真剣に、
頼まれもしないのにw
考えちゃう人たちが集まって
話して、考えて、行動する場所を作りたい。



それが、佐藤医院を拠点にしたいと願った動機です。