『室津・大浦海岸海揚がり調査報告書』(大手前大学史学研究所研究報告第20号)が大手前大学史学研究所から刊行されました.
本書は,大手前大学史学研究所プロジェクトNo.2「神戸を核とする兵庫の海外交流歴史文化遺産の総合的研究」として実施された,
兵庫県たつの市大浦海岸周辺で地元の方が2002〜2016年に採集された11〜20世紀代の土器・陶磁器約3万点のうち,17世紀以降の近世陶磁器を対象とした調査の報告書です.
陶磁器の産地・器種組成,物流実態の検討,西日本の海揚がり資料との比較からその性格への言及等,海揚がり資料から得ることのできる情報を総合的に検討しています.
成果の一端は,『中近世考古学の陶磁器 第7巻』(2018.雄山閣)ですでに報告がなされています.
今回報告以外の古代・中世(11〜16世紀末)の資料については,次号で報告されるとのことです.
海岸採集資料については,これまでも報告書にまとめられた例はあります.
共通することは「室津・大浦海岸」調査資料にように,地元の方々の地道な採集活動の積み重ねと研究者の熱意があってこその結果だということです.
海岸では,ビーチコーミング活動により多種多様なものが採集されています.
その中には,古い土器や陶磁器がみられる例もあります.
ただし,採集者がそれらに関心をしめさないかぎり,その情報が研究者へ伝わることはことはありません.
事実,海岸近くの展示施設に海岸で拾われた「ゴミ」として土器・陶磁器が展示されている例もあります.
それはそれで「海や海岸をきれいにする」という情報発信の一資料となるでしょうが,
それではそれら遺物のもつ歴史的情報は発信されることはありません.
採集者が,採集物のなかに文化遺産として歴史的情報をもつものがあることを認識し,
それを研究者とともに考え,記録として残すことで,それが地域の歴史を物語る資料(文化遺産)となります.
今回報告された採集資料も,採集者と研究者の協働により文化遺産となり,地域史研究の資料となった事例です.
このような事例が増え,採集者と研究者とをつなぐ道筋ができ,
海揚がり遺物(土器・陶磁器をふくむすべての歴史的遺物)の文化遺産としての周知が進めば,
研究者の目も海岸のみならず海中(水中)へも向くようになり,水中文化遺産への認識にも変化がみられるのではないのかと,期待します.
報告書は,全国の大学の考古学研究室や官民の調査・研究機関に配布しているとのことです.
部数はかぎられているのでしょうが,海岸採集資料の実態・内容を広く知ってもらうためにも,
研究者だけではなく,より多くの方の目に触れる公立図書館等への配布をしてもらえれば,
なお良かったのではないかと思っています.
【書誌情報】書 名:『室津・大浦海岸海揚がり調査報告書』大手前大学史学研究所研究報告書第20号
体 裁:A4版・本文64ページ・カラー図版あり
編集/発行:大手前大学史学研究所
発行日:2021年3月31日
