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犬山城 (01/22)
https://blog.canpan.info/ariua/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/ariua/index2_0.xml
お詫び,記事情報の訂正 [2020年11月25日(Wed)]
11月22日(日)に発信した「エルトゥールル号遭難事件遺跡が国史跡指定へ」の記事情報に誤りがありましたので,
ここでお詫びして,訂正をさせていただきます.


国史跡への指定が文化審議会で答申されたエルトゥールル号遭難事件遺跡について,
「指定が決まれば,国内の水中遺跡としては2例目の国史跡が誕生します」
と記載しましたが,

指定対象となった「樫野崎灯台」「船甲羅」「上陸地」「遭難者墓地」の4域のうち,
エルトゥールル号が衝突・沈没した「船甲羅」は海面上にでている箇所のみの指定との教示を受けました.
トルコの研究機関により調査がされている海底に残る遺構・遺物は指定の対象となっていませんでした.
したがって,指定が決まっても「水中遺跡としては2例目」にはなりません.
確認不足でした.


ただし,今後は地元の串本町での対象史跡の保存管理計画のなかで海底に残る文化遺産(関連水中文化遺産)の取り扱いも議論される可能性はあります.
ぜひ,議論していただきたい
と思っています.

今回の国史跡指定(答申)では、「海底に残る文化遺産」は史跡指定対象外となりましたが.
国内の文化財保護行政においてイレギュラーなかたちではじめられたエルトゥールル号関関連水中文化遺産の調査・研究をあらためて検証する良い機会で、
検証をとおして、国内の水中文化遺産(水中遺跡)調査・研究の在り方(とくに行政のかかわり方)や法的な問題提起ができるのではないかとも思っています。
とくに,学術調査がなされているにもかかわらず「海底に残る文化遺産」が史跡対象とならなかったことは,
調査にいたる経緯・背景とともに,水中文化遺産の評価や保護行政を皆で考える好機だとも思っています.

このような議論,情報整理・共有を経て,「海底に残る文化遺産」が史跡として追加指定されれば,
国内の水中文化遺産およびその研究・保護にたいして非常に意義のあることと思っています.

ぜひ,実現してほしいですね.
JR高輪ゲートウェイ駅周辺再開発事業地区から鉄道開業当時の線路敷設用に構築された築堤跡を発見 [2020年11月24日(Tue)]
JR高輪ゲートウェイ駅周辺再開発事業地区(東京都港区)から鉄道開業当時の遠浅の海上に線路敷設用に築かれたされた築堤跡が埋蔵文化財発掘調査で確認されました.
https://www.tokyo-np.co.jp/article/69843

築堤は,当時周辺陸地に海軍施設などがあることから海上ルートを取らざるを得なかったことから築かれたもので,
現田町駅から品川駅付近までの約2.7km,幅約6.4mの規模,両側面には護岸用として石垣が葺かれていたとのことです.
その状況は,開業時の写真や絵で見ることができます.
なお、現横浜駅付近でも同様の海上築堤が構築されて
いました。
その後,明治末から昭和初期にかけての周辺埋め立てにともないその姿は見られなくなりました.
品川駅開業初期_Wikipedia.jpg
開業初期の品川駅(駅の右側(南方)には遠浅の海が広がっている)

東京八ツ山下海岸蒸気車鉄道之図-歌川広重-三代_M4.jpg
三代広重筆浮世絵『東京八ツ山下海岸蒸気車鉄道之図』1871年

三代広重筆浮世絵『横浜海上蒸気車鉄道之図』1871年.jpg
三代広重筆浮世絵『横浜海上蒸気車鉄道之図』1871年

調査の詳細確認はしていませんが,新聞等の情報によれば,
築堤跡は品川駅と高輪ゲートウェイ駅の2箇所で,工事中に発見され,
今年の8月から埋蔵文化財調査をおこなっているとのことです.
調査では,四角い石を積んだ法面や船で築堤を通り抜けるための水路跡等が検出されています.

なお調査地区は,今年3月時点での港区埋蔵文化財包蔵地分布図では「遺跡」として登録はされていませんが,
最新版の東京都遺跡地図では,「港区No.208遺跡(高輪築堤跡)」[種別:鉄道築堤]として登録がなされていることから,
工事発見にともない,遺跡登録を経て調査をおこなったことがわかります.
https://www.city.minato.tokyo.jp/bunkazai/documents/minato_bunkazai_map_202003.pdf
https://tokyo-iseki.metro.tokyo.lg.jp/map.html#main

このような状況で埋蔵文化財調査をおこなったことは,行政の真摯な対応による結果だと思います.

高輪築堤跡は「海上」に築かれたもので,基礎は「海中」に構築されています.
現在は陸上にありますが,かつては海上(海中)にあった「水中文化遺産」です.


同様の例としては,高輪築堤跡の前面の東京湾に構築された海上台場としての品川台場(6基が完成し,第四・第七は未完成.現存する第三・第六台場は国史跡)があります.
築堤跡と同じく水深数メートルの海底に基礎が構築されています.
品川台場は,高輪築堤跡構築に先立つ幕末につくられたものですので,
その技術は高輪築堤跡にも生かされたことと考えられます.
さらにその技術は.明治〜大正期に築かれた東京湾海堡(第一〜三・海中砲台)にも受け継がられたことでしょう.
とくに,水深30mを超える地区につくられた第三海堡築造にともなう土木技術は,
当時世界からも注目され,日本の海洋土木技術力の高さをしめすものでした.
明治13年品川駅周辺と高輪築堤跡2_40000のコピー.jpg
品川駅周辺と高輪築堤跡・品川台場 1880年

このように高輪築堤跡からは,近代日本の土木技術力(とくに海洋土木技術力)がどのように発展していくのかを再検討できるデーターが得られる可能性があり,
今後の調査の進展・成果分析が期待されます.


また,新聞記事には「遺構の保存や工事の遅れなど,再開発への影響は避けられそうにない」ともあります.
先人の技術を次世代に語り継ぐためにも保存と開発が上手いかたちで,進むことを希望したいと思います.

海底に眠る歴史!元寇のタイムカプセル引き揚げプロジェクト 〜過去を現代に!そして未来へ残せ!〜 [2020年11月23日(Mon)]
ガバメントクラウドファンティングによる
海底に眠る歴史!
 元寇のタイムカプセル引き揚げプロジェクト
   〜過去を現代に!そして未来へ残せ!〜

が,11月20日に開始されました.

ふるさと納税を利用した松浦市がおこなうクラウドファンティグです.

この機に,皆さんも調査開始40周年を迎えた鷹島海底遺跡調査を応援してみませんか

詳細については,
https://www.furusato-tax.jp/gcf/1129
https://www.facebook.com/893212710694498/photos/a.894237120592057/4139070252775378/
を参照してください.
126203679_4139070256108711_8917544620163702528_o.jpg
エルトゥールル号遭難事件遺跡が国史跡指定へ [2020年11月22日(Sun)]
1890(明治23)年に日本からの帰路で台風に遭い,
和歌山県串本町大島沖に座礁・沈没したオスマン帝国軍艦エルトゥールル号の遭難地区をふくむ事件関係遺跡の国史跡への指定
文化審議会の審議・議決を経て文部科学大臣へ11月20日に答申されました.

指定が決まれば,国内の水中遺跡としては2例目の国史跡が誕生します.
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/92657301.html
鷹島海底遺跡調査40年 [2020年11月16日(Mon)]
鷹島海底遺跡の本格的な水中考古学調査が1980年に開始されてから,
40年をむかえました.


国内で唯一の継続調査がこなわれている水中遺跡で,
調査実験をとおして史実を確認することができるなど,
水中遺跡からわかる情報の収集・復元を実践し,
水中遺跡調査・保存・活用方法のモデルを構築してきました.

1981年には「周知の埋蔵文化財包蔵地」として登載することにより,
陸上と同様に開発事業への対応として記録保存調査を実施するなど,
水中遺跡への行政対応の実践もしてきました.

2012年3月には,関係者の尽力、そして永年の調査・研究成果が評価され遺跡の一部(鷹島神崎遺跡・たかしまこうざきいせき)が水中遺跡として国内初の国史跡に指定され,
2017年4月には,研究拠点となる松浦市立水中考古学研究センターを開設するなど,
日本の数少ない水中考古学実践の場として,情報の発信をしています..


この鷹島海底遺跡について,
11月15日付の長崎新聞に,40年をまとめた記事が掲載されました.
https://www.nagasaki-np.co.jp/kijis/?kijiid=700580210002330721

また,11月21日放送予定の「世界ふしぎ発見!」(TBS系)では,鷹島海底遺跡が紹介されます.
https://www.tbs.co.jp/f-hakken/


なお,鷹島海底遺跡に関しては調査報告書が多数刊行されていますが,
調査履歴・成果をまとめたものとして
『松浦市鷹島海底遺跡 総集編』(2011/9)
があります.
奈良文化財研究所の「全国遺跡報告総覧」からダウンロードできます.
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja
『ガイド フリゲート・エルトゥルル』 [2020年09月13日(Sun)]
和歌山県串本町大島沖に,1890(明治23)年9月座礁・沈没したオスマン帝国軍艦エルトゥルル号の調査の概要を記した
『ガイド フリゲート・エルトゥルル』が,刊行されました.

調査(エルトゥールルプロジェクト)は,2007年から串本町,テキサスA&M大学海洋考古学研究所(INA),ボドルム・カリヤ文化芸術振興財団(BOSAV)にの相互協力により始まり,現在も継続中です.
調査は長期にわたり実施され,日本でも引き揚げ遺物の展示会が数回おこなわれているのですが,
調査に日本人研究者が参加していないこともあり,詳細についてはよくわからない状況でした.

この本は,日本語で書かれており(英語併記)調査の内容を知ることができます.
日本語で調査成果を記した初めての冊子ではないでしょうか.
カラー写真を多用したビジュアル的なつくりになっていますので,研究者のみならず,どなたでも調査成果を知ることができる内容です.

興味がある方は,ご覧になってみてください.
本は,1,000円(税込)で町内のトルコ記念館,南紀串本観光協会,串本町トルコ文化センター,ホテル&リゾーツ和歌山串本で販売しているとのことです.
https://www.agara.co.jp/article/6795

書誌情報
ベルタ・リエド著(枠谷かおり訳)『ガイド フリゲート・エルトゥルル』2019
A5判,76ページ,オールカラー.
Berta Lledo.Frigate Ertugrul.The Guide(Delaware:Uluburun Publishing,2019)

IMG_7116.jpg
『大阪府水中遺跡関連文化財調査報告書T』の刊行 [2020年08月21日(Fri)]
『大阪府水中遺跡関連文化財調査報告書T』大阪府教育委員会(2020年3月)が刊行されました.
2015年度から4ヵ年にわたる大阪府内の水中・沿岸地域の遺跡および関連文化財の分布調査成果をまとめたもので,大阪府が主体となっておこなった「水中」調査に関する初の報告書です.

また,2016年に「水中遺跡」にたいする行政指針として文化庁が公表した『水中遺跡保護の在り方について』(報告)後,初の行政による「水中」調査の報告書でもあります.

内容は,
1.水中遺跡の存在の可能性について検討するための文化財担当課およびダイビングサービス,漁業協同組合,海事・潜水工事関係会社へのアンケート調査,および市町村史誌等に掲載されている海事記録についての調査
2.古代から近代まで大阪と京都を結ぶ重要な水上交通路であり物流の根幹であった淀川流域沿岸部と水中遺跡の分布調査
3.水中遺跡関連文化財として,引揚げられた近世城郭石材(石垣石材)の調査
です.

「何が,どこに,どのように」あるのかという基礎的データー収集のための調査報告書で,「水中遺跡」のみならず,現在陸上にある水中からの引き揚げ遺物や沿岸・潮間帯などの「水際の遺跡」,というような「目に見える」「水中」遺跡も対象とした「水中遺跡関連文化財」,すなわち「水中文化遺産」の調査報告書です.

「水中」調査に関しては,
「沈没船」「潜水調査」など,調査をするにしても「ハードルが高い」という先入観(偏見)が行政にあるようで,
それが「水中」調査への躊躇に繋がり,関心が広がらない要因のひとつになっています.

それを払拭するために,まとめ上げたのが『水中遺跡保護の在り方について』(報告)だったのですが,その意図の浸透は広がりを見せていないのが現状です.

そのようななか,“水の都”と呼ばれ,歴史が水と深く関わってきた大阪府が水中文化遺産の基礎的データー収集のための調査報告書を刊行したことは,意義深いことです.

「総括」では,大阪の歴史を解き明かすには「陸上の遺跡だけではなく水中にも遺跡があることを意識した調査が必要である」「関連文化財や水際,埋立地等,かかわりがある遺跡の状況を見落とさず,水と関連があったことを意識して調査することにより,・・・・・より多くの情報が得られるにちがいない」と,結んでいます.

「水中」調査に関しては,行政が地域の歴史的特性を見極めながら,できることから取り組むこと(ハードルを下げる)が必要です.それを大阪府の報告書では実践しているので,行政の「水中」調査にたいする取り組み方へのモデルともなり得る内容です.
これを契機に,より多くの行政が「水中」調査への偏見をなくして,取り組み始めることに期待したいと思います.


なお大阪府の報告書は,奈良文化財研究所が公開している「全国遺跡報告書総覧」からPDF版をダウンロードすることができます.
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja
『Safeguarding Underwater Cultural Heritage in the Pacific』 [2017年12月29日(Fri)]
『Safeguarding Underwater Cultural Heritage in the Pacific』が,
UNESCO太平洋諸国事務所から刊行されました.

本書は,太平洋域における第二次世界大戦中の関連水中文化遺産の保護と管理の現状について報告したものです.
今後,関係国間で問題となる第二次世界大戦中の関連水中文化遺産の効果的かつ持続可能な管理のためのガイドラインを作成するための資料でもあります.

UNESCOのホームページからPDF版がダウンロードできますので,
ぜひご覧になってください.
http://www.unesco.org/new/en/culture/themes/single-view/news/safeguarding_underwater_cultural_heritage_in_the_pacific/

なお,この報告書は東海大学のサポートによって出版されたものです.
『水中遺跡保護の在り方について』(報告)[水中遺跡調査検討委員会・文化庁] が公表されました [2017年12月24日(Sun)]
文化庁から『水中遺跡保護の在り方について』(報告)が,10月31日に公表されました.
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/maizo.html

この報告は,2012年3月に鷹島神崎遺跡(長崎県松浦市)が国史跡に指定されたことを契機に,
2013年3月,水中遺跡保護に取り組むために文化庁た立ち上げた水中遺跡調査検討委員会が,
行政的指針をまとめたものです.

2016年3月には,中間報告としての『日本における水中遺跡保護の在り方について』(中間まとめ)が公表されており,今回の報告は委員会としての最終報告です.
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/pdf/h28_suichuiseki_hogo.pdf

今回公表された報告は,40ページほどのものですが,
中間報告でまとめられた水中遺跡の定義と現状のほか,
埋蔵文化財行政での水中遺跡の取り扱い方についてがまとめられています.

これまで行政(地方公共団体)の担当者からは,
行政的指針がないがために生じていた水中遺跡をあつかう際の「躊躇」や「戸惑い」を実際に聞いてきました.
ですので,担当行政,そして水中遺跡保護にとっては,非常に意義のある報告だと思います.

水中遺跡保護にたいする各行政の役割を明確にしたこと,
「もうひとつの水没品」にたいする法律である水難救護法と水中遺跡との関係を整理し,文化財保護法が適用されることを明確化したとは,とくに重要なことです.

報告の内容を仔細にみれば,実際の運用にはまだ不十分な点が多くあります.
海域における行政区分,外国籍の沈没船の取り扱い,地方公共団体の体制整備,実際の調査実施機関(担当行政だけでは無理である現状)など.

ただし,繰り返しになりますが,
今までなかった指針が公表されたことは,それだけでも意義深いものです.

報告書の最後には,
「我が国における調査技術の発展や国及び地方公共団体の体制整備の進捗に応じ,本報告で示された内容が発展的に更新されていくよう,今後も関係者の真摯な取組が継続されることを願ってやまない」
と書かれています.
今後の行政の取り組みに期待したいと思います.
神奈川県三浦市三戸浜海岸の「サンコロ石」・「天神丸」の現状 [2017年11月11日(Sat)]
神奈川県三浦市三戸浜海岸の「サンコロ石」・「天神丸」の現状について,
逗子市在住の会員・長谷川典子さんから情報をいただきました.

「サンコロ石」・「天神丸」は,小田原〜伊豆半島に点在する石丁場から切り出された江戸城用の石材で,
江戸への運搬途中で海中に没したものが,海岸に流れ着いたものと考えられる6個の石材です.
このうち,波打ち際にある3個が「天神丸」,砂浜にある3個が「サンコロ石」と呼ばれています.

この石材については,日本財団助成事業として2011年1月に踏査をおこなっており,その際に,
「天神丸」については3個確認できましたが,
「サンコロ石」については1個しか確認できませんでした.
確認できなかった2個については,砂に埋もれている可能性を考えました.
https://blog.canpan.info/ariua/archive/485

いただいた情報によりますと,
「天神丸」は変わらず3個の確認でしたが,
「サンコロ石」は,2011年に確認していたものの北側に新たに1個が露出していたとのことです.

新たな1個が確認された地点は,2011年の踏査時に丁寧に探した場所でしたが,
当時は見つけ出すことができませんでした.

今回の情報から海岸砂の移動の大きさを感じるとともに,継続的な観察の重要・必要性も実感しました.

長谷川さんには,踏査の実施,情報の提供に感謝をするとともに,
今後も踏査を続けていただけるとのことですので,
未確認のもう一つについても見つかることに期待をしたいと思います.

三戸浜天神丸4.jpg
     天神丸(3個の石材が確認できる)

三戸浜天神丸5.jpg
     天神丸(人との比較で大きさがわかります)

三戸浜サンコロ石3.jpg
サンコロ石(手前が新たに確認した石材)

三戸浜サンコロ石2.jpg
 サンコロ石(新たに確認した石材)

三戸浜須恵器.jpg
  海岸では須恵器片も採集された



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