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犬山城 (01/22)
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今年度最初の日本財団助成事業促進全体会議が開催されました [2011年04月24日(Sun)]
今年度の「海の文化遺産総合調査プロジェクト」(日本財団助成事業)が始まりました。
3カ年計画で始めた事業の最終年度です。

今年度には事業成果のまとめとなる
 ・水中文化遺産調査報告書
 ・水中文化遺産地図
 ・水中文化遺産データーベース

刊行・公開がなされます。

刊行・公開される成果は、
多くの方に水中文化遺産を知ってもうための基礎資料になるとともに、
研究者も活用できる資料ですので、
水中考古学の推進のためにも重要資料となるものと思います。

今年度第1回日本財団助成事業促進全体会議が、
昨日・今日の2日間にわたり、福岡市でおこなわれました。

会議には、水中文化遺産委員会の先生方、各海域の担当者、研究所の理事が出席し、
今年度事業の内容・予定を確認しました。




2010年度水中文化遺産委員会および第4回日本財団助成事業全体会議が開催されました [2011年03月20日(Sun)]
3月19(土)・20日(日)の2日間にわたり、
2010年度水中文化遺産委員会および第4回日本財団助成事業会議が福岡市で開催されました。

各海域の担当者から今年度の調査報告
事業最終年度になる来年度の事業予定
および事業の総括となる水中文化遺産データーベース・水中文化遺産地図・水中文化遺産調査報告書
の取りまとめ方等の確認がなされ,
委員の先生方には、調査成果の評価やご意見をいただきました。
小田原市石橋沖で潜水調査をおこないました [2011年02月28日(Mon)]
26日(土)・27日(日)の2日間にわたり、小田原市石橋沖で潜水調査をおこないました。
今回の調査地区は昨年末にシュノーケルによる確認調査を実施しています。

調査地区付近の丘陵上には、江戸城用の石垣石材を切り出した「石丁場」(いしちょうば)が点在しており、
今回の調査地区は、その打ちのひとつの石橋石丁場から切り出された石材を江戸城へ向けて積み出す湊があった場所と推定されています。

今回の調査は、積み出し湊の痕跡の確認および調査地区の評価をするために、
前回の調査で確認された石材の精査(詳細な観察と計測)をおこなうことを主眼としました。

調査の結果、湊の痕跡は確認できませんでしたが、
確実に江戸城の石垣用石材と考えられる石や当時の矢穴(石を切り出すために開けた穴)が残る石を確認することができ、
石橋沖が石橋石丁場を密接な関係にあることが明確になりました。

                 ミーティングのようす

また、江戸城の石垣用石材ではない、小型の石材が複数確認されました。
この石材については、湊・町屋・神社用のものとも考えられるものです。
評価については,今後の検討が必要なものです。

午後には、小田原市教育委員会と石丁場が多く確認されている伊東市教育委員会(静岡県)の文化財担当者に現地まで足を運んでいただき、
今回の成果をみてもらうとともに、コメントもいただきました。

昨日は海況不良のため、潜水ができず、
陸上での作業となりましたが、
事後やけが人もなく、無事に終えることができました。

今日もうねりが入った状態でしたので、
全体にタイト調査となりました。
調査に参加された皆さま、お疲れさまでした。

                   調査のようす




小田原・石橋 [2011年02月11日(Fri)]
今月末(26〜27日)に潜水調査を予定している小田原市石橋へ調査の打ち合わせのために、
調査でお世話になる石橋ダイビングセンター(http://ishibashi.fan.coocan.jp/)へ行ってきました。

今日は、朝から雪が降る、あいにくの天気。
石橋ダイビングセンターに着いた13時ごろの現地は雨にかわっていましたが、
寒いことにかわりはありませんした。

こんな天気(失礼!!)でもゲストの方はいました。
寒く、しかも暗い中.....皆さん、海が好きなんですね。

もちろん、打ち合わせは室内でおこないましたが。

             今日の石橋の海のようす

今回の調査は、昨年末のシュノーケリング調査の成果を精査するためのものです。
石橋の海岸には、
背後の丘陵中にある江戸城用の石垣用材の石切り場(石橋石丁場跡)から切り出された石材の加工場および積み出し港の存在が想定されています。

先日、石橋ダイビングセンターの隣の
かまぼこの鈴廣の駐車場の一角に、
道路工事に先立っておこなわれた石橋石丁場跡の調査時に発見された江戸城用の石垣用材のひとつが置かれました
大きいものなので、設置は大変だったようです。
(当日のようすは、スタッフブログで紹介されています)
 http://ameblo.jp/ishibashi-moguri

今は、大きな石が置かれているだけですが、
今後、説明板なども設置するとのことです。
お近くにお出での際は、ぜひ見てください。

              設置された石垣用材

今回の調査が、多くの方への水中文化遺産の周知をはかるとともに、
ダイビング業界にも良い刺激をあたえ、ダイバーが水中文化遺産の存在に気付くきっかけになれば、
とも思っています。


打ち合わせ終了後は、ふたたび雪が降っていました。
その空を見ながら、
調査当日は天気が良いことを祈るように、帰路につきました。


徳島県で情報収集のための調査がおこなわれました [2011年02月09日(Wed)]
2010年度「海の文化遺産総合調査プロジェクト」にともなう調査が、
徳島県東〜南部でおこなわれました。


ARIUAとの共同調査機関として瀬戸内海を担当している
NPO法人水中考古学研究所1月22日(土)〜23日(日)にかけて、
情報収集のために海岸踏査をおこないました。
(写真は、水中考古学研究所提供)

南部の太平洋沿岸域では、
高知県同様に古来より地震が多い地域であることを反映するように
集落などの沈降伝説が複数あるようです。
それをしめす資料として、海揚がりの五輪塔もあります(牟岐町)。

              海揚がりの五輪塔(牟岐町)

また、南部の美波町沖は、
日本史上初の洋式軍艦による近代的海戦となった阿波沖海戦時(戊辰戦争の戦闘のひとつ.1868年)に
薩摩藩の輸送船「翔鳳丸」が自沈した場所だそうです。
このときに、「翔鳳丸」を追いつめた幕府軍艦は「開陽丸」でした。

     「翔鳳丸」が自沈した美波町由岐沖ぬの島(奥の島)付近
2010年度・第3回日本財団助成事業全体会議が開催されました [2011年02月06日(Sun)]
2月5日(土)・6日(日)の2日間にわたり、
福岡市内で、今年度の第3回日本財団助成事業全体会議が開催されました。

会議には、ARIUAの理事、担当海域の担当者
および共同調査をおこなっている他海域の担当者など、
17名が参加しました。

各海域の調査内容・進捗状況の報告とともに、
本事業のテーマのひとつである「水中文化遺産データーベース」作成に関する共通認識の再確認
水中遺跡・水中文化遺産周知のための戦略などについて、
活発な議論がなされました。

三浦半島で海岸踏査をおこないました [2011年01月29日(Sat)]
今日(1月29日)、三浦半島で海岸踏査をおこないました.
三浦半島では、3回目の調査となります。
今回もJR逗子駅からレンタサイクルでの移動でした。

今回は、横須賀市域の相模湾沿岸域
佐島港周辺、天神島、芦名海岸、秋谷・立石海岸、久留和海岸
を巡りました。

              佐島港付近での踏査風景


 芦名海岸(後方の丘陵上には、相模国分寺への瓦供給遺跡の乗越遺跡がある)

いずれの海岸でも採集遺物料は、多くはありませんでしたが、
沈没船にかかわるような遺物採集情報を得ることができました。
また、現地を巡ることで、海岸のようすとともに,
「海の難所」の理由でもある、遠浅で暗礁の多い海域を再確認できました。

          秋谷・立石海岸(中央に見えるのが立石)


           秋谷・立石海岸での採集陶磁器類

天気予報では、寒い,ということでしたが、
日中は天気も良く、それほど寒さは感じませんでした。

移動距離もあり、アップダウンもある行程でしたので、
筋肉痛がでるかもしれませんが、
参加者の皆さん、お疲れさまでした。


三浦半島で海岸踏査と関連遺物の調査をおこないました [2011年01月17日(Mon)]
今日(1月16日)に、三浦半島(神奈川県)で海岸踏査と関連遺物調査をおこないました.

三浦半島の踏査は、昨年末におこなったものに引き続き、2回目の調査となります。
今回も相模湾側で、三浦市と横須賀市を巡りました。

今回まわった場所等は、以下のとおりです。
1.白髭神社(三浦市小網代)
2.三戸浜海岸(三浦市初声町)
3.和田長浜海岸(わだなはまかいがん.三浦市初声町・横須賀市長井)

白髭神社境内には、かんかん石と呼ばれる江戸時代の和船タイプの碇石が置かれています。
長さ約155cm,幅・高さ約25cmのものとその半分くらいのもの(折れているようです)、2点が置かれています。
九州・沖縄以外で、碇石と認識されている数少ない碇石です。
由来は、はっきりとしませんが、三崎港の避難港とされていた小網代湾に停泊した西国の船が置いていった(奉納した)ものと伝えられています。
名前のかんかん石の由来は、敲くと金属的な高い音が「かんかん」と鳴ることだそうです。
石材は、サヌカイト(讃岐岩)で「西国の船が置いていったもの」との言い伝えを裏付けてもいます。

         白髭神社境内に置かれたかんかん石・2点

三戸浜海岸には、サンコロ石と天神丸と呼ばれる大きな石が、波打ち際と海岸に見ることができます。
サンコロ石天神丸ともに、3個体の石があったとのことですが、
今回の踏査では、天神丸は3個体を確認しましたが、サンコロ石は1個体しか確認できませんでした。
確認できたものもいずれも砂下に半分以上が埋まった状態でしたので、
確認できなかったものも砂に埋もれてしまっているのでしょう。

この石ですが、1996(平成8年)に調査がおこなわれいます。
その際に計測できたものは、規模は長さ3m以上、幅・高さ130〜150cm前後で、形状は直方体をなすものです。
これらの石も由来ははっきりとはしませんが、
石質やその規模・形状から江戸時代に江戸城築城用の石材(石垣用)として、伊豆方面から切り出されたものが、
何らかの要因(運搬船の沈没あるいは座礁等)で放棄され
海岸に流れ着いたのではないかと、考えられています。

      天神丸と呼ばれる直方体の石(半分以上が埋まっています)

白髭神社のかんかん石と三戸浜海岸のサンコロ石・天神丸ともに、
江戸時代の相模湾での船舶の往来をしめす数少ない実物資料です。


このほか、三戸浜海岸とその南側の和田長浜海岸でのその他の漂着遺物の確認をしましたが、
土器・陶磁器片が少量採取できたのみでした。

                和田長浜海岸

今日は、天気は良かったものの、風も強く非常に寒い一日でした(とくに午後)。
寒いなか、調査に参加された皆さま、お疲れさまでした。

小田原市石橋で潜水調査をおこないました [2010年12月26日(Sun)]
昨日(25日)に、神奈川県小田原市の石橋でシュノーケリングによる潜水調査をおこないました。

当日、南西の風が強く吹き、また,この冬一番の寒さという気象条件でしたが、
石橋地区は、真鶴半島が風をさえぎり、
海況に大きな影響はなく、予定通りの調査をすることができました。
(午後には、風の影響がでてきましたが)

                  海岸ようす

調査対象地となった石橋の海岸は、
11月に情報収集のための踏査をおこなった地区で、
石橋・早川地区の山中にある石丁場(石材採石場)から切り出された石材用材が石橋地区の海岸より、
江戸城に向けて積み出された可能性がある地区で、
また、海岸も磯丁場として採石されていました。
実際に海岸および潮間帯には石材を切り出す際に開けられた「矢穴」が残る石(岩)数多く見ることができます。

           潮間帯に見られる「矢穴」が残る石(岩)

今回の調査は、積み出した痕跡(湊跡)と海中に没した石垣用材を確認することを目的として実施したもです。

調査の結果、湊跡を確認することはできませんでしたが、
複数の石垣用材を海底に確認することができました。

         海底に残る石材用材(小口は約90cm四方の大きさです)

今後は、確認した用材の評価をするために、
その由来、
石橋・早川地区の山中にある石丁場から切り出されたものなのか、
あるいは海岸から切り出されたものなのか、
などの詳細を調べる必要があります。

また、陸上の遺跡間(生産地としての丁場から消費地としての江戸城)を結ぶ遺跡となる可能性もありますので、
今後の調査への期待も大きなものがあります。

今回のように考古学的に海中を調査することは、
神奈川県および相模湾岸では初めてです。

ですので、今後はうまいかたちで次の調査につなげ、
当地域に水中考古学と水中文化遺産を周知させる契機にしたいと考えています。

年末の忙しい中、調査に参加された皆さま、お疲れさまでした。
そして、ご協力いただいた石橋ダイビングセンターのスタッフの方々や関係者の皆さま、
ありがとうございました。

              調査のようす(寒い一日でした)


三浦半島(神奈川県)で海岸の踏査をおこないました [2010年12月23日(Thu)]
今日(23日)、三浦半島の葉山町の海岸の踏査をおこないした。

JR逗子駅に集合し、そこから自転車で、
森戸海岸一色海岸大浜海岸長者ケ崎海岸を巡りました。

                 森戸海岸

先日の鎌倉市域の海岸とくらべると、
土器・陶磁器類などの散布は少ない状況で、
海岸により、多少の差はあるものの
古墳時代後期から近世末くらいの土器・陶磁器片の散布を確認しまた

         一色海岸(三ヶ岡遺跡の前の海岸)


        一色海岸で採集した土師器・陶磁器の破片

途中、神奈川県内では希少な古代の製塩遺跡が調査された
三ヶ岡遺跡(さんがおかいせき・現県立近代美術館)と
葉山しおさい博物館に寄り、
博物館では、館長さんにお話を伺いました。

葉山しおさい博物館では、長くビーチコーミングをおこなっており、
(現在はおこなっていないようです)
海岸に漂着したあらゆるものを拾っています。
展示室には、それらも展示されています。
陶磁器の破片もビンに詰められた状態で展示してありました。
(新しいものが多いようでしたが)

本来は甲殻類がご専門の館長さんですが、
地元のご出身ということもあり、
海のこと、海岸のこと、漂着物のこと、
そのほか、館長さんの専門のことなど、
いろいろなことをお聞きするlことができました。
その中には、水中文化遺産関連の情報もありました

今日は、風もなく、天気も良く、
年末にしては暖かい一日で、
最高のサイクリング日和でした。

        富士山がきれいに見えました(森戸海岸から)