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犬山城 (01/22)
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神奈川台場、その後 [2011年07月27日(Wed)]
今朝の神奈川新聞に、
横浜市神奈川区にある神奈川台場遺存地のマンション建設現場で関連遺構がみつかった、
という記事がありました。

http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1107270004/

神奈川台場については、このblogでも紹介したことがあります。
幕末に開港した横浜港防衛のためにつくられた人工島としての「台場」です。
(人工島として水中遺跡の範疇にもはいります)
神奈川台場については、次のサイトにわかりやすく説明されています。
http://www.katsu-iwai.com/index.html

現在も跡地に行くと石垣の一部が露出しており、見ることができますし、
最近の発掘調査では、関連遺構が良好な状況で残っていることが明らかとなっています。
その範囲も当時の図面や残存遺構から明らかにされています。

地元では、保存・活用の計画もなされています。

この神奈川台場跡の一角に、マンション計画が持ち上がり、
計画段階から、市民が反対し、横浜市と協議が進められてきたという経緯があります。

結局、工事は市側が「台場に影響はない範囲」として、認可・着工され、今日にいたっています。
記事によれば、長さ17m、高さ約2.5mにわたり石垣がみつかったということです。

この結果は十分に予測できたことです。
ただし、そのような状況を知っていながら横浜市は工事は認可したのですから、
現実問題として保存は難しいでしょう。

ちなみに、神奈川台場は文化財保護法にいう「周知の埋蔵文化財包蔵地」には指定されていません。
これは、横浜市が「おおむね中世まで」を周知化範囲として、
それ以降(近世・近代)は、周知化していないということにも起因しています。

実際に、横浜港関連の「遺跡」は周知化されていませんし、
昨年の「開港150年祭」にともなった整備事業でも「遺跡」の発掘調査はなされませんでした。
また、外国人居留地跡では、県事業にともなった調査を㈶かながわ考古学財団がおこなったのにたいして、
道路を挟んだ工事にともなっては、調査がなされていないという埋蔵文化財行政の矛盾を目のあたりにしたことがありました。

最近になって横浜市は、保護対象とすべき近代遺跡については、
「周知の埋蔵文化財包蔵地」と位置づけるという「要綱」をつくっています。
http://www.bunka.go.jp/bunkazai/shoukai/pdf/houkoku_03.pdf

このようななかでの今回のニュースです。
市側はあくまでも「台場に影響はない範囲」と説明しているようですが、
埋蔵文化財行政のちぐはぐさは否めなません。

水中文化遺産とも関連する問題ですので、考えせさられます。
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