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三浦半島で海岸踏査と関連遺物の調査をおこないました [2011年01月17日(Mon)]
今日(1月16日)に、三浦半島(神奈川県)で海岸踏査と関連遺物調査をおこないました.

三浦半島の踏査は、昨年末におこなったものに引き続き、2回目の調査となります。
今回も相模湾側で、三浦市と横須賀市を巡りました。

今回まわった場所等は、以下のとおりです。
1.白髭神社(三浦市小網代)
2.三戸浜海岸(三浦市初声町)
3.和田長浜海岸(わだなはまかいがん.三浦市初声町・横須賀市長井)

白髭神社境内には、かんかん石と呼ばれる江戸時代の和船タイプの碇石が置かれています。
長さ約155cm,幅・高さ約25cmのものとその半分くらいのもの(折れているようです)、2点が置かれています。
九州・沖縄以外で、碇石と認識されている数少ない碇石です。
由来は、はっきりとしませんが、三崎港の避難港とされていた小網代湾に停泊した西国の船が置いていった(奉納した)ものと伝えられています。
名前のかんかん石の由来は、敲くと金属的な高い音が「かんかん」と鳴ることだそうです。
石材は、サヌカイト(讃岐岩)で「西国の船が置いていったもの」との言い伝えを裏付けてもいます。

         白髭神社境内に置かれたかんかん石・2点

三戸浜海岸には、サンコロ石と天神丸と呼ばれる大きな石が、波打ち際と海岸に見ることができます。
サンコロ石天神丸ともに、3個体の石があったとのことですが、
今回の踏査では、天神丸は3個体を確認しましたが、サンコロ石は1個体しか確認できませんでした。
確認できたものもいずれも砂下に半分以上が埋まった状態でしたので、
確認できなかったものも砂に埋もれてしまっているのでしょう。

この石ですが、1996(平成8年)に調査がおこなわれいます。
その際に計測できたものは、規模は長さ3m以上、幅・高さ130〜150cm前後で、形状は直方体をなすものです。
これらの石も由来ははっきりとはしませんが、
石質やその規模・形状から江戸時代に江戸城築城用の石材(石垣用)として、伊豆方面から切り出されたものが、
何らかの要因(運搬船の沈没あるいは座礁等)で放棄され
海岸に流れ着いたのではないかと、考えられています。

      天神丸と呼ばれる直方体の石(半分以上が埋まっています)

白髭神社のかんかん石と三戸浜海岸のサンコロ石・天神丸ともに、
江戸時代の相模湾での船舶の往来をしめす数少ない実物資料です。


このほか、三戸浜海岸とその南側の和田長浜海岸でのその他の漂着遺物の確認をしましたが、
土器・陶磁器片が少量採取できたのみでした。

                和田長浜海岸

今日は、天気は良かったものの、風も強く非常に寒い一日でした(とくに午後)。
寒いなか、調査に参加された皆さま、お疲れさまでした。

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