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2011年09月23日

松本城

楽しく散歩」の風来坊です。
本日は「松本城」の紹介です。

松本は、中世に信濃国府が置かれ、戦国時代から近世にかけて松本盆地の政治・文化・経済の中心地として発展してきた城下町です。
松本城は戦国時代の永正時代(1504年〜1521年)始めに造られた深志城が始まりです。



その後、甲斐の武田信玄が小笠原長時を追い、この地を占領して信濃支配の拠点としました。
天正10年(1582年)に小笠原貞慶が、本能寺の変による動乱の虚に乗じて深志城を回復し、名前を松本城と改めました。



豊臣秀吉は天正18年(1590年)に小田原城に北条氏直を下して天下を統一すると、徳川家康を関東に移封しました。
この時松本城主小笠原秀正が家康に従って下総に移ると、秀吉は石川数正を松本城に封じました。



石川数正。康長父子は、城と城下町の経営に力を尽くし、康長の代には天守三棟(天守・乾小天守、渡櫓)をはじめ、御殿、太鼓門、黒門、櫓、堀などを造り、本丸・二の丸を固め、三の丸に武士を集め、また城下町の整備を進め、近世城郭としての松本城の基礎を固めました。
天守の築造年代は、康長の文禄2年から3年(1593年〜94年)と考えられています。



松本城は、戦闘に有利な山城が多く築かれた戦国時代にあって、異色の平城です。
天守は、5重6階の大天守を中心に、大天守北面に乾小天守を渡櫓で連結し、東面に辰巳付櫓、月見櫓を複合した複合連結式天守です。
戦うための黒い堅守な天守と、平和な時代になって造られた優雅な辰巳附櫓、月見櫓。
数々の優れた建築技術を今日に伝えています。
姫路城、彦根城、犬山城とともに4つの国宝城郭の一つです。



詳しいレポートは、ホームページ「楽しく散歩」の「新着情報」でご覧いただけます。

  風来坊


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posted by ぽこ at 00:03| Comment(0) | 楽しく散歩で絆つなぎ
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