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2011年07月14日

小田原城のあじさい

楽しく散歩」の風来坊です。
本日は「小田原城のあじさい」の紹介です。

小田原城は、戦国時代から江戸時代にかけての平山城で、北条氏の本拠地として有名です。1500年頃に戦国大名小田原北条氏居城となってから、関東支配の中心拠点として次第に拡張整備されました。
小田原城の最大の特徴は、豊臣軍に対抗するために作られた広大な外郭です。
八幡山から海側に至るまで城下町全体を総延長9kmの土塁と空堀で取り囲んだものであり、この総構え完成により城の規模は最大に達し、日本最大の中世城郭に発展しました。



江戸時代になると小田原城は徳川家康の支配するところとなり、その家臣大久保氏を城主として迎え、城の規模は三の丸以内に縮小されました。
慶長19年(1614年)に、徳川家康は自ら数万の大軍を率いて、この総構えを撤去させていますが、これは地方の城郭にこのような大規模な総構えがあることを警戒したためと伝えられています。



元禄16年(1703年)に発生した地震により天守をはじめ城内の各施設はほぼ倒壊焼失してしまいます。
その後、本丸御殿等を除き再建され、箱根を控えた関東地方防御の要衝として、また幕藩体制を支える譜代大名の居城として、幕末まで重要な役割を担います。
しかし、明治3年(1870年)小田原城は廃城となりました。



小田原市では、貴重な文化的遺産である小田原城跡を長く後世に伝えていくことを目的として、本格的な史跡整備に取り組んでおり、本丸を中心に「城址公園」として整備されています。
小田原城址公園のでは、毎年6月には約8000株の花菖蒲と約2100株のあじさいとがほぼ同じ時期に見頃を迎え、多くの観光客で賑わいます。



花菖蒲は東堀の花菖蒲園に植えられています。
あじさいは城内のいたるところにありますが、メインは花菖蒲園の本丸側斜面に植えられているあじさいです。
色とりどりのあじさいが咲き誇り観光客の目を楽しませてくれます。
あじさいはちょうど見頃でしたが、花菖蒲は残念ながら見頃を過ぎていました。



詳しいレポートは、ホームページ「楽しく散歩」の「新着情報」でご覧いただけます。

  風来坊
posted by ぽこ at 00:25| Comment(0) | 楽しく散歩で絆つなぎ
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