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砂漠と海 [2011年07月16日(Sat)]


 初めての海外の発掘調査がアラビア半島の港町の遺跡だった。息子が生まれたばかりで、後ろ髪をひかれながらの出国だった。あれから17年、砂漠と海はそのままで我が身だけが時を経た。
アラブの港町 [2010年10月27日(Wed)]
 2年前の年末はアラブの発掘現場で過ごした。イスラム圏なので町はクリスマスも正月もなかったが、恩師がこっそり持ち込んだウィスキーを日本人だけで空けて、新年を祝った。瓶はラベルをはがし、今、思い出の品として戸棚に入れてある。

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オマーン湾の初日の出 [2009年01月16日(Fri)]
 今年の初日の出はオマーン湾から。太陽の下を漁船が一艘、海面をすべっている。大晦日に日本にいる妻からもらったメールでは息子が嘔吐下痢症にかかったとのこと。名前そのままのその病気は相当に辛いらしい。20代の頃、正月は冬山で迎えるものと決まっていたが、パラグライダーで骨を折ってからは、いつも自宅で家族と迎えていた。今年はいろいろな意味でいつもと違う正月である。

ホルムズ海峡 [2008年12月24日(Wed)]
 大学の恩師の知人であるディバの文化(考古学)責任者がドバイ首長の子息と知り合いとのことで、昨日は急遽、昼から首長の子息のスピードクルーザーに乗り、釣に出かけることとなった。スクリューを3基搭載した船で、GARMINのGPSレシーバーでは時速70kmを計測した。べた凪のオマーン湾をディバから一路北へ向かった。

夜明け前のディバ [2008年12月22日(Mon)]
 夜明け前の薄暗いうちから発掘調査は始まる。作業員はパキスタン人とスリランカ人である。みんなイスラーム教徒である。現場にもコーランが響きわたる。

ディバ [2008年12月20日(Sat)]
 アラビア半島のディバという小さな港町に来てから、数日が経った。海に面した海岸遺跡の調査はまだ20世紀か21世紀の遺構を掘り出しているところである。少しだけ19世紀以前の陶磁器が出土している。そのうちの1点は16世紀後半〜17世紀前半に福建省で焼かれた染付皿である。17〜18世紀の有田焼も少しは期待できるかもしれない。
 アラビア半島は16年ぶりである。16年前と同様に大学の恩師の現場に参加させて頂いているが、前回は息子が生まれたばかりの頃で後ろ髪を引かれるような思いで家を出た記憶がある。その息子もすでに高校生、改めて時間の流れは早いものだと思う。

アラビア半島の港町 [2008年06月03日(Tue)]
 かれこれ16年ほど前に調査に参加したジュルファール遺跡。アラビア半島にある中世の港町の遺跡である。しばらく家をあけるので自宅を出る時、生後3ヶ月だった息子を名残惜しく抱き上げた。そして、正月をペルシア湾と砂漠に挟まれた町で迎えた。それまでヨーロッパアルプスやヒマラヤなど海外の登山には出かけていたが、海外の発掘調査はこのジュルファール遺跡が初めてだった。