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オテル・フランセス [2010年11月02日(Tue)]
 現在、グアダラハラ滞在中のホテルは1610年開業という老舗中の老舗である。今年でちょうど400年ということである。現在の建物の建築年代はよくわからないが、コロニアル調の落ち着いた佇まいである。私の部屋まで無線LANが届かず、中庭を見下ろす廊下まで椅子を持ち出さなければいけない点と天井のステンドグラスが落ちそうなのが恐い点(実際に一部落ちている)を除けば、とても気に入っている。
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グアダラハラの大聖堂 [2010年11月01日(Mon)]
 シティの友人に聞けば、グアダラハラまでバスで10時間ということだったが、実際には7時間しかかからず、明るいうちに到着することができた。
 明日、月曜日は休館だろうと思って、今日(日曜日)に博物館に出かけたが、あいにく日曜日は16時30分まで。自分の時計を見るとちょうどその時刻をさしていた。火曜日にシティに戻るので朝、見学できるかもと思い、聞いてみると、死者の日なので、火曜日は夕方からしか開かないという。また来いということなのだろう。
 メトロポリタン・カテドラルには、「古伊万里」が保管されていると聞いていたので、中を探してみたが、見当たらなかった。その代わりに「福地蔵人」の娘婿が埋葬されたという地下墓地を訪ねることができた。
400年前の日本人 [2010年10月31日(Sun)]
 明日、グアダラハラに向かう。400年ぐらい前に日本からメキシコに渡り、小売商で財を成した福地蔵人という日本人が生きて死んだ町である。現地には彼の商売の契約書が残り、漢字でサインされている。洗礼名を持ちながら、異国の地で漢字でサインをする気持ちが少しわかる気がする。
 その一方、陸路でグアテマラまで国境越えするか、どうか迷っている自分はやはり小さい。しかし、日本に仕事もあるし、家族もとりあえず待っているので、旅行期間を簡単に延ばすわけにはいかない。
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死者の日 [2010年10月30日(Sat)]
 昨年と同じく24時間かけてメキシコにやってきた。29日朝に発ち、24時間かかって到着しても時差の関係からまだ29日のままである。長い1日がようやく終わろうとしている。
 メキシコでは11月1日と2日は死者の日となっている。お盆のようなものなのだろうけど、雰囲気はだいぶ違うようだ。死者の日を前にドクロのお面が町中にあふれている。すでにお祭り状態である。長旅で疲れていたが、にぎやかさに誘われてソカロ(中央広場)にくりだしてしまった。
1年ぶりのメキシコ [2010年10月22日(Fri)]
 来週末からメキシコに行く。現地で合流して、旅程の前半部分、一緒に調査する予定だった人が怪我で来られなくなったので、最初から最後まで一人旅となった。
 今日、改めて自分のパスポートを見ると、残存期間は来春まで。以前、調べていたのでメキシコの方は問題はないが、経由するアメリカの方を見てみるといろいろ書いてある。空港で2時間ぐらいの待合せで乗り継ぐだけであるが、それでも形式上、入国しなければならない。
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メキシコの夏 [2009年04月30日(Thu)]
 今年の夏、メキシコのICA(国際ラテンアメリカ研究会議)で太平洋を渡った陶磁器に関するシンポジウムを開催する予定であるが、なかなか大変な状況のようである。現地の事務局からの連絡では会議の開催を楽観視しているとあるが、かなり希望的観測であろう。しかし、現地では日本国内ほど騒ぎになっていないこともよくあるので本当に楽観視しているのかもしれない。
 この2年ほどこのシンポジウムのためにいろいろ準備をしてきたが、よりによってなぜメキシコなのか、また、今年なのか。まあしかたがない。
太陽のピラミッド [2008年06月26日(Thu)]
 2年前、メキシコシティーから出土しているスペイン時代の遺物の調査を行った。休日にはテオティワカンまで地下鉄とバスを乗り継いで出かけた。その壮大さに驚かされたが、ともかく暑かった。

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東南アジアの壷 [2007年05月25日(Fri)]
 今年の夏も海底遺跡の調査のために小値賀に出かける。今年は通常の調査に加えて、海底遺跡の見学ツアーも行う予定である。小値賀の前方湾という静かな湾内の海底には中世の中国磁器が沈んでいる。そして、湾から少し沖に出た海底では東南アジアのタイで焼かれた焼締大壷の破片が散乱している。このタイの壷が世界のいろいろな場所で見つかっている。日本でも長崎や堺など中世の交易都市で見つかっている。
 東南アジアでもよく見つかる。また大西洋のセントヘレナ島沖で沈んだオランダ船Witte Leeuw号からも回収されている。オランダ本国に向かっていた船であるため、ヨーロッパに運ばれることもあったのであろう。

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