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神々の座 [2007年05月18日(Fri)]
 10代の後半、シルクロードへの憧憬がいつのまにか山へのそれに変わっていた。正確に言えば変わったわけではなく、私にとってシルクロードの構成要素の一つに過ぎなかった高山の存在がアンバランスなほど大きくなっただけであった。

 しかし、ヒマラヤに行ったのは後にも先にも一度だけである。パルチャモという山をシェルパと二人で登りに行ったのだが、大雪でベースキャンプの設営もできなかった。そこで天候回復を待つ間、カラパタール(5545m)まで高度順応を兼ねて行くことにした。ヨーロッパアルプスでは全く高度障害が出たことがなかったが、ヒマラヤでは5000mを超えたあたりから、体に異変を感じた。心臓の鼓動が大きく感じられ、外に聞こえているのではないかと思えたし、足を一歩一歩挙げる度に頭痛がした。同行したガネッシュ(シェルパの名前)も頭が痛い、頭が痛いとしきりに言っていた。
 ようやく辿り着いたカラパタールで、エベレストを背景にガネッシュが撮ってくれた写真を見ると、目はうつろだ。でも私の場合、動かなければ頭も痛くないので、ヒマラヤの展望をもっと楽しみたかったが、ガネッシュは頭痛がするので早く下ろうと言う。当たり前のことだが、シェルパ族でもやっぱり高山病にかかる。
 さて肝心のパルチャモであるが、カラパタールから戻ってきた時には燃料も食料も、そして、ポーターやコックを雇う金も残り少なくなっていた。日本で貧しい者はヒマラヤでも貧しかった。
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