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紫川の水面(7) [2008年07月25日(Fri)]
 高校を退学した夜、幼なじみに公衆電話から電話をかけた。退学したことを伝えると、そのまま沈黙が続いた。電話が切れるまでの1、2分。時間をこれほど長く感じたことはなかった。退学したことを初めて後悔した。
 小倉の暮らしでは、よく深夜に徘徊した。遠くの自販機まで煙草を買いに出ては、紫川にかかる常盤橋に欄干に寄りかかり、暗い水面を見つめていた。心のどこかでここは僕の世界でないと思いながら、煙草の吸いさしを心が吸い込まれそうな水面のゆらめきに投げつけていた。
 それでも夜を重ねるごとにだんだんとこの夜の町になじんできた。暮らしてみると居心地も悪くない。けばけばしたネオンが物悲しくも優しく見えるようになる。人間、染まるのは早いと思う。そんな暮らしの中での幼なじみへの電話は心の糸だった。その日の出来事など話せるわけもなく、相も変わらず沈黙が続いた。時折、沈黙を破るのは幼なじみのため息だった。でも、どれほど沈黙が続いてもその糸を切ることができなかった。親にも連絡先を知らせずに暮らしていた自分にとって、その糸が陽のあたる世界との唯一のつながりのような気がしていた。事実、夜に染まりきらずに今の自分があるのはその糸があったからだと思う。とても嫌な思いをさせてしまったけれど、とても感謝している。
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