CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«梅雨明け | Main | 山歴»
紫川の水面(5) [2008年07月08日(Tue)]
 小倉のCに勤める前は、いかの塩辛や味噌の行商を行っていた。M商店という行商専門の店であった。ワゴンに乗せられ、降ろされた先で発砲スチロールの箱に入れた海産物や味噌を一軒一軒売り歩くのである。20000円のパーフェクト賞は一度ももらえなかったが、10000円のトップ賞は一度だけもらった。北九州市から筑豊あたりを中心に売り歩いたが、新興住宅地はまず玄関のドアすら開けてもらえない。そして、炭住が一番売れた。特に酒の肴となるいかの塩辛は飛ぶように売れた。あとは味噌だけを持って売り歩くことになってしまう。時には高校生の私には目のやり場に困るような下着姿の女性が開け放たれた玄関先にけだるそうに現れ、買ってくれた。私はお金を受け取り、うつむきながらいかの塩辛を置いて足早に玄関を出た。
 当時、高校の学食のおばちゃんに頼んで商品のうにくらげを冷蔵庫に入れてもらっていた。自分のおかず用である。それで昼飯は白飯だけを注文していた。心なしか、おばちゃんがよそってくれる自分の白飯だけが多めに見えた。そして、時々、おばちゃんがおかずをおまけしてくれた。あの頃はさほど思わなかったが、今思えば、周りは優しい人で満ちあふれていたと思う。大人になり、人の親になって、初めてそう思う。
 ある時、私服に着替える間がなく、高校の学生服のまま売りに行ったことがあった。どの家でも何かしら買ってくれた。同情にほかならない。これでは物乞いと変わらない。嘘ではないが、詐欺の臭いがする。そんな自分に嫌気がさしたが、慣れるのに時間はかからなかった。
トラックバック
※トラックバックの受付は終了しました

コメントする
コメント