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5,113日目 たくさんの不甲斐なさを抱いての15年目 [2025年03月10日(Mon)]
4年間待ち望んだ再来訪が叶った昨年。
限られた時間で、再会を果たせた方は、ほんのわずか。
それでも、また訪れることができたことが、
まだ、つながっている、つながっていられるという心の拠り所にもなった。

訪れることができなかった地の一つが、
ほんの数日前まで、またも大規模な災害に襲われた。
2012年以来訪問しておらず、救援本部の解散とともに、
縁が切れてしまっていたセンターの現在が知りたくなり、
こっそりとNPOポータルサイトで、近況を知る。

能登半島の現状を知る方法は、
東北をきっかけに知り合った方たちからの発信。
少しでも、知ってもらうために、話題の一つにする。

このぐらいのことしかできない不甲斐なさ。

忘れないこと、なんとか機会を作ろうともがくことを忘れずに。

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日和山から見る日和大橋と石巻かわみなと大橋
(2024年11月14日)
Posted by ayano sato at 11:00
4年ぶりの『里帰り』 [2024年11月18日(Mon)]
まいどお世話になっております。あの屋でございます。
先週の水曜日から金曜日まで、第2のふるさと・宮城県に里帰りしてきました。
前回が、2020年の10月。
コロナ禍のGOTOトラベル開始直後あたりに、予告なし訪問した時以来でした。

今回は、もちろん若君も同行。
初めての新千歳空港、初めての飛行機搭乗から始まって、
初めてづくしの旅に、私もドキドキしっぱなしでしたが、
無事に行って、帰ってこれました。ふぅ。

1日目、石巻では、おなじみ村島夫妻と夕食会。
(お疲れモードだったので、大街道のルートイン1階のレストランでさくっと)

2日目は、日和山神社でお参りしてから、
これまで行くことが出来ていなかった、みやぎ東日本大震災津波伝承館と、
門脇小学校に行ってきました。

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日和山から見る石巻南浜津波復興祈念公園と津波伝承館


2021年にオープンした津波伝承館は、スタッフの皆さんが声を掛けてくださったり、
広々、明るい館内で、若君もちょろちょろしている間に、
そこそこじっくり見ることができました。
が、門脇小学校の方は、お外をお散歩したいモードになって、施設内に入れず。
校舎を外から眺め、道路を挟んだ向かい側の公園の滑り台に付き合いつつ眺めて終了。
また行く機会を作りたいです。

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壁に映るのがおもしろいみたいで、ずっとウロウロしていました



もちろん、おなじみ移動支援Reraの事務所も訪問してきました。

石巻市民に返り咲いた伊藤克行さんと久しぶりの再会。
当たり前のようにドライバーの皆さんは出払っていて、お会いすることはできず残念。
新しいスタッフの方も、タイミングが悪く会えずでしたが、
4年前よりも環境が良くなった(ような気がする)事務所も、新鮮でした。

2泊3日の宮城滞在。
まだまだ立ち寄りたいところ、お話したい人、たくさんあるのですが、
若君の成長とともに、滞在時間を伸ばしつつ、
また”第2のふるさと”でのお仕事ができる日を楽しみにしています。

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念願の松島基地にも立ち寄りました
目前のブルーインパルスに大興奮!


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本日の緑道
雪降る中、イルミネーションの設置作業が夕方まで続いていました


Posted by ayano sato at 15:50
4750日目 大きな震災を経た年の14年目 [2024年03月11日(Mon)]
2024年1月1日。
新年の、和やかな家族との団らんの夕方に鳴り響いた緊急速報と津波警報

「新年早々、こんなことが」という言葉が交わされる反面、
1月1日だったからこそ、家族や親戚が一緒に過ごしている家庭も多く、
離れ離れになったまま、再開できない
家族を探して避難所をまわる
という『悲劇』が少しでも少なかったのではないか、ということが
私の心の中では、救いでもありました。

旭川に戻ってから、大きな災害が起きるたびに
SNSで交わされる言葉に、少しだけ胸が痛むようになり
毎年のように起こる自然災害を目にするたびに
Facebookへの投稿頻度は減り、
1月1日の震災を受けて、Facebookへの投稿はやめました。

現場に駆けつける、支援活動に参戦する、
今の生活を放り出してしまえば、可能と言えるだけの人脈はあれど
そんなことができない不甲斐なさ。

3県に3万軒作られた復興住宅。高齢化が進み、限界集落化しつつある。
今もなお、避難者として生活をしている人は3万人。この数年、数字は変わらない。
沿岸にそびえ立つ大きな壁と、一面土色の景色に
人の営みや自然の偉大さやぬくもりは感じにくい
復興という言葉の難しさを噛みしめる日々。

せめて、彼の地を思う日に

今年こそ、再来訪と再会を

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2020年3月石巻の空

Posted by ayano sato at 10:08
4,386日目。再会を待ち望む13年目 [2023年03月13日(Mon)]
北海道どころか、旭川を離れることが、難しくなってしまった12年目。
ようやく、遠方にも行けるかな?という家族の成長。

初飛行機なら、どこへ?
旭川から行きやすいのは東京だけれど、行ったところで見せたい景色は無い。
やはり、何度も何度も訪れた『2つ目の故郷』に、連れて行きたい。
見せたい景色がたくさんある。


日々のことに精一杯で、なかなか被災地に思いを馳せることができなかった1年。
今年の3月11日は、道北ネットのイベントと重なったので、
せめて、今もなお活動を続ける人たちの存在を知ってもらいたいと、
Rera報告会のチラシを配布。少しだけお話の時間ももらいました。


復興住宅での孤独死が過去最多となった。
今もなお、避難者として生活をしている人は3万人。
約7割の人が、風化していると感じる。
復興という言葉の難しさを噛みしめる日々。


再会と新しい家族を紹介できる日を、心待ちに。


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2019年3月 門脇町の橋。


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移動支援Reraの法人設立10周年報告会
3回シリーズで、あとは3/25と4/22にあります



Posted by ayano sato at 11:48
[ミニ報告]第3回 これからの災害支援を考える北海道フォーラム [2022年10月24日(Mon)]
まいどお世話になっております。あの屋でございます。
昨日から雨続きの旭川。
しかもぐぐっと寒くなって、若もご機嫌ナナメ気味です。

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21日(金)の常磐公園。気持ちの良いお天気のもと冬への準備が着々と。


今日の午前中は、休館日のCoCoDeへ。
北の国災害サポートチーム(きたサポ)北海道NPOファンド共催で開催された
第3回 これからの災害支援を考える北海道フォーラムに参加。
前回同様、道内5か所とオンラインでのハイブリット開催でした。

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CoCoDeも秋模様


今回は、第1部の午前のみ参加。
支援金を活用した活動報告ということで、支援活動に携わった団体が、
支援そのものについて、どのように考え、
支援金を活用することについて、どのように考え、
日頃の活動と、どのように調整して、
突発的かつ長期にわたる可能性の高い災害支援活動に携わることができたのか、
私自身の振り返りのためにも、関心の高いところでした。

共通している点は、
長期を前提に、一方通行な支援にならないようにという心がけ
支援する側・支援される側の上下関係を作らず、対等な関係を作っていくということ。

東日本大震災の支援活動に携わった経験を経て、
『復興』には、終わりが無い
ということを、実感しました。

道路や家屋など、物理的な修復作業と、被災地での生活は並行しています。
その中での支援活動は、そのまま地域の社会資源となり、
地域の人たちにとっての生活の一部になります。
長期的な『支援』ではなく、『日常』に向かうチームが必要です。


第1部の後半は、活動支援金について座談会形式で。
支援活動に不可欠なお金。
団体にとっても、社会にとっても『突発的』に必要となるお金を、
活動ありき、活動最優先の災害時・活動初動期に用意するのはとても大変。

家庭においては、貯蓄や保険。
でも、長期的な備えを想定していると、
心理的に突発的なことには意外と使えないかも。

出すべきときに、出す。
不平等も、不平・不満もすべて受け入れて、必要としている時に届ける。
寄付者の意向として、そう宣言して集約できるお金の価値は、
災害の多い日本には、とても貴重。
そして、災害に疎い旭川にとっては、
『いつ使われるかわからないけれど大事な資金』に対する
意識改革が必要なところなのかもしれません。

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左から、ファンドの高山さん、きたサポ篠原さん、ezorock草野さん



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しばらくお目にかかっていないファンドレイザー仲間の橋本さんをこっそりパシャリ


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しばらく遊んでいない弁護士こんちゃん(現NPOファンド代表)もこっそりパシャリ



Posted by ayano sato at 13:44
4,020日目。1年以上訪れることができないままの12年目のスタート [2022年03月12日(Sat)]
被災地という場所に訪れることができたのは、2011年9月。
それまでは、ずっと東京からの遠隔サポート。
いよいよ遠隔が無理になったのが、半年という区切り。

それから2020年3月まで、もう何度訪問したか、数えていないけれど、
何度も何度も赴くことができた『2つ目の故郷』に、
2020年10月以降、一度も行くことができなかった。

そうやって迎えた12年めのスタート。

電話・メール・画面越し。
関係が続くことに、ありがたい気持ちが残るけれど、
直接会えない寂しさは募るもの。

みんな、どうしているのかな。
気づかないうちにどうしても積み重なってしまう、不安やストレスは、
足かせになっていないかな。
復興という言葉の難しさを噛みしめる日々。
この1年は、震災が縁で知り合った人々のことばかりが気になる1年に。

3月11日の次は、3月12日。
11年たったら、12年目がはじまる。

北海道どころか、旭川を離れることが、難しくなってしまった12年目のスタート。
次はいつ、画面越しではなく会える日が来るのか。
それまでにも、できることを、できる限り。
そのスタンスは変えずに。12年目を過ごせますように。

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2016年3月18日 久慈駅にて
前回の訪問から1年経った昨年秋に『あまちゃん』をもう一度全編観ました。
Posted by ayano sato at 09:52
3,656日目。区切りではない11年目のスタート [2021年03月13日(Sat)]
『10年』という期間も、『10年』という言葉そのものが持つ力の強さを
感じざるを得なかったこの1ヶ月間。

当時を振り返る、当時の生活を振り返る。
この10年間を振り返る、そんなきっかけが、至るところに仕掛けられて、
なんともいえない、苦しい思いをした人も多かったのではないかと思ってしまう。

風化が怖い。
忘れられることが怖い。
人々が離れていくことが怖い。

この10年間にたくさん聞いてきて、
当時の資料や証言、映像、どんどん更新される数字、
そういったものに、まとめて触れることができるはずのこの時期に、
まとめて振り返り、アップデートすることは、なかなかできないでいる。

3月11日の次は、3月12日。
10年たったら、11年目がはじまる。

2012年3月12日の日記には、
「世の中の関心と、支援の手が、決して途切れませんように。」
と書いてあった。

いまは北海道を離れることが、なかなか難しくなってしまったけれど、不可能ではない。
できることを、できる限り。
そのスタンスは変えずに。11年目を過ごせますように。


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3,654日目は小樽にて。海が見えるところから汽笛を聞きながら黙祷


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快晴の3,655日目は、震災をきっかけに出会った人たちの健康を祈願


Posted by ayano sato at 12:48
2km100円でつなぐ命〜SDGsから見えない社会課題  [2020年03月21日(Sat)]
今週は宮城出張ウィーク。
訪問先は、おなじみ移動支援Reraでしたが、
元・被災地障がい者センター石巻の事務所、
現・NPO法人障がい者スペース石巻にょっきり団の事務所に、行くことができました。
おそらく、5年ぶりぐらい?

偶然が重なり、NPO法人奏海の杜と、にょっきり団双方の理事会にお邪魔。
とーってもご無沙汰していたので、皆さんにお会いできて嬉しかったです。

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この事務所は近々閉鎖が決定。2011年秋からお世話になりました。
さびしいなぁ。


この3月で、岩手・宮城・福島が、被災地と呼ばれはじめて10年目に突入しました。

Reraの主活動である、「ボランティア送迎」は、
当初より、料金や形態をほぼ変えない状態で、現在も活動しています。
2019年の1年間の送迎人数は、14,969人。
震災直後から、送迎の依頼件数は減ることはありません。

公共交通が利用できない、家族等が送迎できない、タクシー代が払えない。
移動の課題を持っている人は、経済的な問題や、社会的な孤立、
病気や障害、家族関係など、多くの困りごとを抱えて生活してます。

Reraでは、2kmあたり100円というガソリン代実費相当で、
そういった方々のニーズに応じ、送迎を行っています。
利用者の9割は通院。透析患者の方も多いです。
まさに、Reraの活動によって、命をつないでいる方々です。

震災復興に関する支援の内、公的なものも、民間のものも、
この1年で区切りをつけるものは多いと思います。

Reraでも、補助金や助成金に頼らない事業運営を目指して、福祉有償運送をはじめ、
様々な新規事業や、送迎のあり方を、ずいぶん前から検討してきました。
この1年は、トヨタ・モビリティ基金の助成を受け、
新しいしくみづくりのための調査を行いながら、
自分たちができる範囲で、長く続けられる形」を模索していきました。

今後、来年1月からの実施に向けて、新しい送迎形態の形づくりを進めていきます。

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3月のスタッフ研修。新しい送迎の形のイメージを共有。


大きな課題の1つに、利用料金というものがあります。

福祉有償運送という制度事業に入れば、Reraへの収入は増える。
石巻のタクシーは、初乗り1.5kmで680円。
概ねタクシー代の半額」という料金は、現在の2km100円よりも高いです。

その他にも、利用条件はありますし、
そもそも、制度事業のみでは、運営は立ち行かないのですが、
この金額アップには、スタッフ自身の気持ちも揺れ動きます。

Reraを利用される方々の生活状況、お金に対する意識、
命に関わる通院であっても、タクシー以外の選択肢を探さなければならないこと。

これは、被災地の問題なのか、被災地だからなのか。
少子高齢化、人口減少、税収減、公共交通の縮小、社会保障削減。
同様の課題は、北海道にも、他のどの地域にも、迫っているはずです。

近年、道内ではじわりじわりと公共交通が縮小されてきています。
そのしわ寄せは、どこに、どのように現れてくるか。
移動は生きることそのものに直結している」というRera代表の村島さんの言葉を、
もっともっと、深く考える必要があるのではないでしょうか。


SDGsについて、様々な人が語り、小学校の授業にまで登場するようになった昨今。
その学びの中に、本当は身近であるはずの地域の視点は、どれだけあるでしょうか?
『貧困』という言葉を、遠い国のものであると、捉えてしまってはいないでしょうか?

市民が取り組む社会課題は、必ずしも17の目標と169のゴールに、
すんなり当てはまるわけではない。

多くの企業や行政が、SDGsを掲げ、何かしようと右往左往し始めた昨今。
なにか基準を作ると、必ず『谷間』はできる。
17の目標をマーキングする前に、新しい取り組みを称賛する前に、
持続・継続が必要な活動を知ってもらいたいです。

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スタッフ研修では、15日に行ったお墓参り送迎の様子も共有されました。
サポートがあってやっと行けるお墓参り。
何年ぶりだろうかと涙を流す方もいらっしゃいます。


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今年も宮城県共同募金会のみやぎチャレンジプロジェクト開催中です。
残り10日。応援お願いします!


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石巻滞在中の17日10時に届いた吉報。
カズキくん、高校合格おめでとう!


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聖火セレモニー前々日、ブルーインパルスが描く五輪を見ることができた。
復興五輪と題された東京五輪。復興とは?


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1.貧困をなくそう
あらゆる場所で、あらゆる形態の貧困に終止符を打つ


ターゲット
1.1 2030年までに、現在1日1.25ドル未満で生活する人々と定義されている極度の貧困をあらゆる場所で終わらせる。
1.2 2030年までに、各国定義によるあらゆる次元の貧困状態にある、全ての年齢の男性、女性、子供の割合を半減させる。
1.3 各国において最低限の基準を含む適切な社会保護制度及び対策を実施し、2030年までに貧困層及び脆弱層に対し十分な保護を達成する。
1.4 2030年までに、貧困層及び脆弱層をはじめ、全ての男性及び女性が、基礎的サービスへのアクセス、土地及びその他の形態の財産に対する所有権と管理権限、相続財産、天然資源、適切な新技術、マイクロファイナンスを含む金融サービスに加え、経済的資源についても平等な権利を持つことができるように確保する。
1.5 2030年までに、貧困層や脆弱な状況にある人々の強靱性(レジリエンス)を構築し、気候変動に関連する極端な気象現象やその他の経済、社会、環境的ショックや災害に暴露や脆弱性を軽減する。
1.a あらゆる次元での貧困を終わらせるための計画や政策を実施するべく、後発開発途上国をはじめとする開発途上国に対して適切かつ予測可能な手段を講じるため、開発協力の強化などを通じて、さまざまな供給源からの相当量の資源の動員を確保する。
1.b 貧困撲滅のための行動への投資拡大を支援するため、国、地域及び国際レベルで、貧困層やジェンダーに配慮した開発戦略に基づいた適正な政策的枠組みを構築する。



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11.住み続けられるまちづくりを
都市と人間の居住地を包摂的、安全、強靭かつ持続可能にする


ターゲット
11.1 2030年までに、全ての人々の、適切、安全かつ安価な住宅及び基本的サービスへのアクセスを確保し、スラムを改善する。
11.2 2030年までに、脆弱な立場にある人々、女性、子供、障害者及び高齢者のニーズに特に配慮し、公共交通機関の拡大などを通じた交通の安全性改善により、全ての人々に、安全かつ安価で容易に利用できる、持続可能な輸送システムへのアクセスを提供する。
11.3 2030年までに、包摂的かつ持続可能な都市化を促進し、全ての国々の参加型、包摂的かつ持続可能な人間居住計画・管理の能力を強化する。
11.4 世界の文化遺産及び自然遺産の保護・保全の努力を強化する。
11.5 2030年までに、貧困層及び脆弱な立場にある人々の保護に焦点をあてながら、水関連災害などの災害による死者や被災者数を大幅に削減し、世界の国内総生産比で直接的経済損失を大幅に減らす。
11.6 2030年までに、大気の質及び一般並びにその他の廃棄物の管理に特別な注意を払うことによるものを含め、都市の一人当たりの環境上の悪影響を軽減する。
11.7 2030年までに、女性、子供、高齢者及び障害者を含め、人々に安全で包摂的かつ利用が容易な緑地や公共スペースへの普遍的アクセスを提供する。
11.a 各国・地域規模の開発計画の強化を通じて、経済、社会、環境面における都市部、都市周辺部及び農村部間の良好なつながりを支援する。
11.b 2020年までに、包含、資源効率、気候変動の緩和と適応、災害に対する強靱さ(レジリエンス)を目指す総合的政策及び計画を導入・実施した都市及び人間居住地の件数を大幅に増加させ、仙台防災枠組2015-2030に沿って、あらゆるレベルでの総合的な災害リスク管理の策定と実施を行う。
11.c 財政的及び技術的な支援などを通じて、後発開発途上国における現地の資材を用いた、持続可能かつ強靱(レジリエント)な建造物の整備を支援する。
Posted by ayano sato at 21:35
3,285日目。10年目で終わりにしないために [2020年03月07日(Sat)]
3,289日目になると、まる9年。

この1年の内に、3,285日前に来ていた服を処分した。
初めて被災地を訪れた時に、陸前高田で買ったパーカーに穴が空いた。
次の1年の内に、処分するかもしれない。

『節目』や『キリの良い数字』になにかと意味付けをしたがる日本。
この10年目のスタートを迎えるにあたって、
不安、畏怖嫌厭などがまったく無いと言ったら嘘だと思う。

政府は、復興庁の設置期限を2031年3月末まで10年間延長を決めた。
福島の原発事故への対応の長期化。
表に出される理由はそれだけで良いのだろうか。
そして、その前に、打ち切りが決まってしまった様々な支援施策はどうなるのだろう。

今もなお、応急仮設住宅に住む人は、
2020年1月31日の数字で、
宮城県 18人
福島県 72人
岩手県 609人

『避難者』とカウントされる人は、48,000人。
このうち、福島県からの避難者とカウントされるのは41,000人。

48,000人という数字は、旭川に隣接する8町の人口をまとめた数とほぼ同数。

4年前の3月にも、5年という節目を迎えて、被災地に目を向けることをやめたものがあった。
私がたずさわっていた活動も、その1つ。
10年目の節目の年を迎える心境は、あまり穏やかなものではない。

2012年3月12日の日記には、
「世の中の関心と、支援の手が、決して途切れませんように。
途切れないように、私もがんばる。」
と書いてあった。

できることを、できる限り。
そのスタンスは変えずに。11年目に向けて。

10年目の初訪問は10日後。
いま日本だけでなく、世界中を覆っている不安な空気が、
少しでも落ち着いていますように。

そして、せめて、3,289日目のその日が、穏やかな1日となりますように。


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2019年3月に撮影した石巻の日和大橋
黄土色の壁と、工事車両。


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復興庁ホームページより
東日本大震災からの復興に向けた道のりと見通し[令和2年3月版]
Posted by ayano sato at 11:00
増え続ける被災地、終わらない“被災”状態 [2019年09月21日(Sat)]
9月8日、台風15号により、被害に遭われた皆様に心よりお見舞い申し上げます。
そして、ライフラインの復旧を心待ちに不安な時を過ごされている方々、
復旧作業に従事されている皆様のご安全を心よりお祈り申し上げます。

テレビ報道などでは、ほんの一部の様子しか伝えられませんが、
昨日付けの政府発表によると、人的被害・建物被害ともに千葉県に集中。
千葉県内の住宅被害は、10,000棟を超えているようです。
未だに停電が続いているのは、18,900戸。
停電による断水は2,653戸となっていました。

昨年10月、北海道NPOファンドとしてヒアリングに伺った
(公財)ちばのWA地域づくり基金では、支援金の募集を14日より開始されました。
[お知らせページ]
http://chibanowafund.org/?news=1999

chibanowa.PNG

特設サイトはこちら


毎年毎年、大規模な災害が起きている日本。
被災”状態の場所が、どんどん増えているような気がしてなりません。

支援のかたち、方法は様々。
なんとももどかしい「なにかしたい」という気持ちを、
信頼して預けられる先が、全国各地にあること、
その繋がりに、本当に感謝しています。

一人ひとりができることを、できるだけ息長く、
その地域とのご縁を紡ぐような形で、関係を作っていけたら良いなと思っています。

昨日は、CAN netのキャンパス旭川でお話させていただきました。
テーマは、昨年11月同様『災害・防災について〜個人の備え・社会の備え〜』です。
FBイベントページはコチラ

キャンパスは、社会人の「生きる」を学ぶ場
月1回、旭川・札幌・東京に今年から帯広も加わり、4ヶ所で開催されています。
テーマは様々で、持ち寄り企画。

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おもてなしの気持ちたっぷり。おなじみのウェルカムボード。


私へのお題は、「社会としての備え」。
被災状態にある人たちは、どんな生活を、どのぐらい強いられるのか。
どんな困難な状況が考えられるか。
長期的な支援の必要性などに気づいてもらいたいなぁ、という思いを持って、
様々なお題を提示していくような形でお話しました。

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救援本部での経験を、こうして旭川でも共有できる機会は、本当に嬉しいです。


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DMAT(災害派遣医療チーム)として東日本や胆振東部へ派遣された経験を持つ
薬剤師の田原克寿さんのお話も。
避難所での医療活動など、実際に現場に行かれていた方から聞く話は、やっぱり違う。


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自分がこんな状況で避難所に行ったら?と、
なかなか困難なケース、でも十分ありえる”要支援者状態”をグループワークにて。


一朝一夕はもちろん、何年経っても終わらない“被災”状態。

避難所・仮設住宅・災害公営住宅と、
数日・数ヶ月・数年間で、何度も何度もコミュニティの形成と崩壊が繰り返される生活。
そのストレスはいかほどか。不安は、経済的な負担はどんなものか。

8年半経っても、5,000人がプレハブ仮設に住んでいる東北被災地。

取り残される人を出さないために、一人ひとりができることはなにか。

いろいろ詰め込み過ぎて、時間が足りなくなってしまったのですが、
なんだかんだと平和な旭川に住んでいるからこそ、
様々な状況をイメージして、思いを馳せる時間を作る必要があると思っています。

また機会があるといいなぁ。


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本日の緑道。
急に寒くなったけれど、日中は綺麗な秋の空
Posted by ayano sato at 17:22
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あの屋のこと

NPO運営サポート・あの屋さんの画像
〒070-0037 
北海道旭川市7条通8丁目39-16
スペースハルニレ2階
office@anoya.info
070-5610-9208
10時〜16時
土・日・祝日おやすみ
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