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2019年10月31日

令和元年10月31日木曜

海外から友人が来日、日帰りで久しぶりに都会を離れて奥入瀬の紅葉を見て来た。外国人観光客が急増しているということを実感する旅だった。東京から見るとはるかに遠い地にも「見渡す限り」ではないものの、観光客の半数に迫るかと思ってしまうような数の外国人観光客がいた。団体客もいれば、個人でやってきているらしい欧米人の姿もあった。秋田空港や青森空港への定期便は中国、韓国や台湾からしかないはずで、欧米人はたぶん東京方面から出かけた人たちなのだろう。彼らが旅しやすいようにさまざまなところで工夫がされているということなのだろう。今回、三沢空港からレンタカーで十和田市を通り、国道102号線で奥入瀬渓流の一番下流となる焼山から子ノ口まで行ってみた。十和田市の中心部を抜けると売地の看板など地方の人口減少を目の当たりにするような光景が広がっていた。高校1年生のときにワンダーフォーゲル部の合宿で一週間、焼山の近くの田代平というところをベースキャンプにして奥入瀬渓流を子ノ口まで渓流沿いに歩いたり、仙人岱から雪渓を歩きながら八甲田大岳小岳に登ったのを思い出した。もう54年前のこと、整備された奥入瀬の道路には平日なのに車があふれかえっていた。
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2019年10月29日

令和元年10月29日火曜

フィリピン人女性52歳、時間がないから薬だけでいいと受付で話したようだが、あまり混んでいないからと話すと、「じゃ、先生に会っていく」と診察室に入って来た。血圧を測定、いつもより少し高い。夜勤して家に帰る途中だから・・・と言う。何の仕事?と訊ねると「介護」と一言。ここにも介護関係に務めている人がいたかと思った。フィリピン人の「あの人」も「この人」も介護施設に勤務しているし、ペルー人の「あの人」も「この人」も介護施設に勤務している。それだけではない。いつもやってくる日系アルゼンチンの男性も来るときは夜勤をした朝だ。眠そうにしているときもある。コンビニの夜、行ってみると「外国人」がレジにいるのをよく見かける。早朝から働いているお弁当屋さんにも「外国人」は多い。夜勤など労働条件が厳しい中、働かざるをえないのだろう。いわば日本の産業の一番、人が集まりにくい部分を支えているわけだ。こういう人たちをひいきしろとか言っているわけではない。合法的に滞在しており、税金も収入に応じて治めている、こういう人たちを日本人同様に扱ってあげるべきだと常に話しているだけなのだが、僕はなにかおかしなことを言っているのだろうか? 目の前でお金を払ってくれる外国人観光客をいかにおもてなしするかという方向ばかりに進む政策ってどうなんだろう?
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2019年10月28日

令和元年10月28日月曜

インフルエンザの予防接種希望者が急増するこの時期、毎年忙しくなるのだが、いよいよそんな季節になったかと思わせる26日だった。外国人患者も多く、ペルー人とフィリピン人の新患2人を含み、21人だった。国籍はフィリピン人8人、ペルー人4人、スリランカ人3人、インド人2人、ラオス人、アメリカ人、ベトナム人、韓国人各1人。インド人女性28歳、10日ほど前に右下腹部痛と血液検査の結果から急性虫垂炎と診断して 抗生剤を1週間処方したのだが・・・痛みはほんのわずかに軽減、白血球数は6千台、CRPは0.3と正常範囲内となっていた。恋人らしいインド人男性がついてきて心配していたが、経過について詳細に話しておいた。気になることはひとつ、これだけの外国人がやってきているのにインフルエンザの予防接種を受けた人がひとりもいないこと。65歳以上で行政からの助成が出るので居住地で受けるという人もいるのかもしれないが、それにしても少ない。1時に診療を終え、2時半から地域医療センターでソーシャルワーカーの団体の県央地域の人たちに依頼され、外国人医療に関する研修、講義を行った。約40人、皆さん、熱心に聞いてくださった。
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令和元年10月26日土曜

横浜市の某区からやってきたフィリピン人男性24歳、某国立大学の大学院に留学してきてまだ2カ月だそうで、人生で初めて受けた検診の結果、再度医療機関で精密検査を受けるようにと言われて来院。差し出してくれた検診の結果を読むと、血圧が139/90、LDLコレステロールが498mg/dlと高い。朝食は食べていないということで採血、その前に血圧を測定したが正常範囲内であった。この若さでLDLが498とは高すぎる。結果を見てから大学への返信用紙に結果を書き込み、本人と治療について話し合うつもり。これで驚いていてはいけないという典型例が昼休みに明らかになった。ときどきやってくる中国人女性45歳、前日採血の結果、中性脂肪が2940mg/dl。最近、ちょくちょく帰国しては「おいしいもの」を満喫してくることは知ってはいたが・・・ここまでとは。そもそも、頭が痛いとやってきて血圧を測定したら180を超えていての採血だった。一気に生活習慣病が出たという感じ。自分では高血圧とは思わず、病気を見つけてもらったとうれしそうに言ってくれたが、この先の治療が大事そう。
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2019年10月25日

令和元年10月25日金曜

22日の今年限りの祭日には以前から診療しますと宣言しておいたのだが・・・、残念なことにさほど多くの患者数ではなかった。その分、昨日の24日は大混雑、インフルエンザの予防接種を受けにだけいらっしゃった方もいて、とくに午前中は忙しすぎた。こういう混雑でも予約を受けていた内視鏡検査が2件あり、検査を行いながら診察を進めなければならない。やってきたて外国人患者は僕が診察しただけで5人、フィリピン人2人、タイ人、ベトナム人、アメリカ人各1人ずつ。22日に診察していたことを知っているかどうか、皆さんに訊ねてみたが、だれも知らなかった。ホームページは今のところ、日本語だけだ。休診情報だけ英語でも併記しているが、ほかの言語での併記はない。実はホームページの更新作業はすべて自分で行っていて、英語まではなんとか自分で書けるのだが、ほかの言語となるとだれかに手伝ってもらわねばならず、そうなると時間に制限が加わったり、今なら瞬間的に行える更新作業も、「ほかから」出来上がってくる原稿を待たねばならないことになり、機動性が落ちてしまう。このあたりが個人での限界というか、今後の課題だろう。
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2019年10月24日

令和元年10月24日木曜

即位の式典で休日となった22日、カレンダーに赤字で印刷されていなかったため、1カ月前に気が付かずに数人の患者に「次の診察日」として22日と書いて渡してしまった。それが誰だったのか、すべての人を洗い出して連絡をすることができず、診療することにしたのだが・・・検査会社もお休みで生化学等の検査を行うことができないという状態で診療を行った。それでもインフルエンザの予防接種をはじめ、通常診療にもけっこうな数の患者がやってきてくださった。外国人患者はわずかに二人、一人はペルー人で手の指の爪の変形で来院。縦にギザギザの筋がついており、爪水虫かもしかしたらカンジダ症か?と思ったので皮膚科を受診するように指示した。市内の皮膚科にいくつか連絡してみたが、すべて休診しており、緊急ではないので23日以後に診察を受けるようにとそのいくつかの皮膚科の連絡先を渡しておいた。さらに土曜日に背部の巨大な脂肪腫を摘出したタイ人男性の包帯交換をした。この時には患者がほかに誰もいなかったので、付き添ってきた奥さんの田舎だというヤソトーン県の話を聞いたり、男性のプラクルアンを見せてもらったり・・と楽しい時間をすごした。
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2019年10月23日

令和元年10月23日水曜

新患のフィリピン人女性55歳、首の回りが痒いと来院。介護施設で「重装備」で入浴介護などしているそうで、あせもではないかと疑った。軟膏を処方しようとすると・・・「友人のフィリピン人女性がここでかゆみを抑える飲み薬をもらっているので、自分も同じ薬がほしい」と言い出した。たぶん、抗アレルギー剤の話をしているのだと思い、同じかゆみであっても病気がちがうので薬がちがうことを話したが、なかなか納得してくれない。こういう思い込みはけっこうややこしいことになる。友人のカルテを出して実際の処方を確認しようと考え、彼女に友人の名前を訊ねた。ところがその名前ではカルテが出てこない。確かにここで診てもらっていると言うのだが・・・・推察するに、たぶんその友人にはフィリピン人同士で呼び合う本名と、日本社会で使っている通称名があるのだと思う。この通称名で住民基本台帳に載っていて、それで通称名で保険証が作成され、当然ながら通称名でカルテができあがるということになる。通称名で出来上がっているカルテを本名で探しても見つかるわけはない。こういうことだろう。やはり、外国人に限り、通称名でも住民基本台帳に載せることができる現行の状態はおかしいのではないだろうか? 一人の人間が二つの名前を使い分けることが可能なのだから・・日本人にも通称名が認められたら想像できないぐらいの大きなトラブルになりかねない。差別と逆差別という観点から考えると、それなら日本に居住しているすべての人に対して、住民基本台帳には本名しか掲載できないことにするということが唯一、正しい方向と考えるしだいだ。
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2019年10月21日

令和元年10月21日月曜

タイ人男性41歳、外科医としての心がうずいてしまった結果・・・最近の中ではもっとも大きな手術になってしまった。開業以来、腹部を切るような手術はせず、いわゆる外来小手術にとどめて来た。ときたま、フィリピン人女性などで乳腺に腺腫があり、大きくなっていてどうしても摘出してほしい、でも入院はしたくないというときなど、がんばって摘出してきたのだが・・・このタイ人男性も同じ、もちろん日本の公的保険には加入しているのだが、首の後ろ側、背中と首のちょうど境界から下に大きなしこりがあって取ってほしい、でも入院はしたくないという。入院したくない理由は費用の問題のほかに、入院すると仕事を首になりかねないという事情があり、そう言われるとなんとかしたいと思ってしまう。脂肪腫にまちがいないと思われた。大きさは長径5センチ近く、背中は皮膚も厚く、摘出するのはけっこう大変なことだろうと容易に推察はできたのに・・・外科医としての心がうずいてしまい、引き受けてしまったのだ。一般的に脂肪腫は長径より少し小さめに長径方向に局所麻酔を注射し、皮膚を切開して周囲を圧迫するとぽろっと出てくるものなのだが、背部は皮膚も厚く、また周囲との癒着もあり、圧迫では出ないだろうと考えながら、開始。45分かかったが、ようやく摘出に成功。ほっとした。大きさを測定したら5センチ×3.5センチだった。疲れ切ったが、外科医でよかったと思った瞬間だった。
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2019年10月19日

令和元年10月19日土曜

フィリピン人女性83歳、戦前、フィリピンに赴任した日本人の父親と現地の女性の間に生まれ、どういう理由からかは知らないが、日本にやってきて数年前に日本国籍を回復した方。
戦前のフィリピン、とくにミンダナオ島にはラワン材の産業に従事したたくさんの日本人が住んでいたという。フィリピン人女性と結婚して家庭を持った人も多く、戦争が終わったとき、日本人の父親だけが日本に強制送還され、現地人の母親とこどもたちは現地に取り残されることになった。彼らは敵国人である日本人の家族としてひどい迫害と差別を受け、ゆえに日本人の家族とわかりうるすべての書類、写真を破り捨て、人里離れたジャングルの中に逃げ込んだり、教育が受けられないような環境で最低限の生活を送るのもやっとという状況を強いられた。そういうこどもたちの中の一人が、この83歳の女性というわけだ。日本語は全く話せない。昨日も診察の後、インフルエンザワクチン接種の話をしたが・・・居住地の近隣の医療機関には行ったことがないそうだ。こういう人たちが日本人と同じ・・というか、この方はすでに日本国籍なのだが・・・どのようにしたら適切に予防接種を受けることができるのか、行政にはよく考えてあげてほしい。
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2019年10月18日

令和元年10月18日金曜

インド人男性62歳、隣のE市から来院。同市に居住して研究所で働いている娘さんに会いに3カ月のビザをもらって来日したという。のどが痛いらしいと聞いたので、風邪かな?と思って、診察室に入ってもらうとちがった。左の顎下腺が硬く腫れ上がっており、痛みがある。インドにいるころから左の顎下腺がときどき腫れ上がり、「石」があると言われていたそうだ。今回は14日ごろから痛みが強くなり、がまんできずに15日に某耳鼻科を受診したとのこと。血液検査にCT検査まで行ったそうだ。おまけに薬が処方されていてその中には抗生剤に鎮痛剤、抗炎症剤が入っていた。うーん、もし細菌感染ならこの治療法でいいのではないか?と思い、白血球数やCRPなど血液検査の結果について医師が何と説明してくれたのかを訊ねたところ・・・何も話してくれなかったので不安になった、英語が通じる医師に再度、診てほしいのでやってきたと娘さんが話してくれた。要するにセカンド・オピニオンを聞きたかったというわけだ。受診当日。抗生剤の点滴を行ったらしい、さらにたった2日の内服の後、痛みは引いてきているとのことから、やはり細菌感染を疑うことを話した。20日の日曜にインドに帰国するが、インドまでだいじょうぶだろうか?と心配するので、このところの経過から推察してだいじょうぶだろうと返事した。帰り際、「英語で話してくれたので病気のことがよくわかったので父親がそれだけで元気になったみたい」と娘さんに感謝された。
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