11月7日の患者総数は80人、うち外国人は13人、全体の16.3%だった。
国籍別ではフィリピン7人、ペルー2人、ベトナム、パキスタン、USA、中国各1人。
保険別では社保9人、国保3人、自費1人であった。自費の1人は米軍軍属のお子さん、0歳児。呼吸器系疾患で受診。中国人女性65歳、お孫さんが前日、発熱で受診してインフルエンザA型だった。発熱してから8時間を経過して受診したとのことだったが、インフルエンザも新型コロナも陰性だった。娘さんがそこそこ日本語が話せるが、ご本人は全く話せず。娘さんに説明すると、娘さんが本人に北京語で説明してくれる。途中で、僕がわずかに知っている北京語で口を挟むと、急にぱっと表情が明るくなった。医療とはこういうものなのだろう。実は、以前はもっと北京語が話せたのだが、タイ語を学んでいくうちに反比例して話せなくなってしまったのだ。話そうとしても頭で考えないと言葉が出てこない。そんな状態。不思議に思ったのはお孫さんも中国名なので、娘さんが日本人と結婚したというわけではないらしい。なのに、本人が社保に加入できているということは、社保家族、すなわち中長期滞在ビザを持っているということになるからだ。
最近、差別と逆差別について、以前にも増して考えるようになってきた。たとえば、日本の公的保険だが、公的保険加入資格を持つ日本人も外国人も加入すれば、その日から同様の医療サービスが受けられる。そして、日本の公的保険の性格は互助会的システムであり、病の時には医療費に関する経済的恩恵を受ける代わりに、病でないときには掛け金を支払って公的保険制度を支えることになっている。それは日本という国から出て海外に移住してしまうか、不幸にして亡くなるまで続く。日本では海外移住するというのはまだまだ例外的事象だろう。ところが、外国人の場合は、定住、永住でない場合はいつ帰国してしまうかわからない。それは一年後かもしれないし、5年後かもしれない。あるいは10年後かも。そして帰国をしてしまえば、日本の公的保険の掛け金を支払って公的保険制度を支えるなどということはありえない。そういう人ががんや心臓血管系の疾患の治療で高額医療費助成制度で使い、数百万の医療費の支払いを公的保険で済ませていずれ帰国してしまうこと、これって本当に平等なのだろうか?逆差別ではないのだろうか?
打ち出の小づちのように湯水のようにお金を使っても維持できる制度は存在しないのだ。以前から定住、永住という在留資格を持っていない中長期滞在者の公的保険について、金額の上限を定めることも必要なのかとぼんやり思っていたが、皆さんはどう考えるのだろう?いま、日本の公的保険制度は財政的には瀕死の状態なのだが。
2025年11月08日
2025年11月8日土曜
posted by AMDA IMIC at 17:08
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