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2023年01月12日

令和5年1月12日木曜

11月の中旬だったか、カンボジア人の青年がカンボジアからやってきた母親が胸にしこりがあると言っていると連れてきた。この件は何回か、このブログに書いたが続報ということで・・・外科医として勤務していたころは乳がんの手術も行っていたので、触診してみるとかなりの大きさのしこりがあり、形状や可動性がないことからも進行乳がんと診断した。
 この息子と母親はポルポトの共産カンボジアを苦れてきたカンボジア難民として我が国に受け入れられた人たちだが、母親はいつまでたっても日本語が上達せず、故郷が恋しくなってカンボジアに帰国し、息子は日本に残った。母親の在留資格はすでに失効、ときどき観光というか、親族訪問で日本にやってくるらしい。というわけで、住民基本台帳には掲載されず、したがって日本の公的保険にも加入できない。息子の公的保険に家族として加入することもできない。
 息子には日本で自費で治療をすると支払いきれない金額になりうるので、カンボジアに帰国し、カンボジア国内か隣国タイの病院で診察を受けるように話した。いまではカンボジア国内にバンコク病院の関連病院さえある。しかし、息子はどんな金額になっても自分が支払うので日本で治療してほしいと言い張る。過去にもこういうやりとりをしたケースを思い出し、頭が痛くなった。
@ まず、近くの公立病院の乳腺外科で診察をしてもらおうと電話してみると、初診の予約は一か月以上先になるという。これでは乳がんの診察を希望する人の対応はできないだろうとあきらめた。
 ➁ 次に県内のがん専門の公立病院ではどうか?と考えた。この医療機関は家族か本人が電話して予約を取ることになっているので情報提供書を書いて渡した。翌日、息子から電話があり、無保険の外国人は診察できないと断られたとのことだった。
 ➂ しばらくして思いもかけないところから連絡があった。県内の済生会某病院の乳腺外科の医師から、息子が僕が書いた診療情報提供書を持って母親を連れてきた。カンボジアに帰って治療を受けるように説得したが、どうしても日本で治療してほしいと言うので、できるかどうかはわからないが、なんとかしてあげたいとの内容だった。とっさにこの良心的な医療機関に未収金が発生するような事態にならないことを祈った。
 ここまでが経過だが、このケース、医師の応召義務として大きな問題をはらんでいる。
@ の医療機関はシステムとして拒否をしているわけではなく、一か月以上かかりますよと話しているので応召義務違反にはあたるまい。
A の医療機関はシステムとして無保険の外国人は診ない、それが医療機関のルールと話しているので、医師の応召義務違反にあたる可能性が極めて高い。わが国の公的保険に加入していない外国人だからといって診療しないというのはたぶん、未収金の発生を恐れての処置だろうが、このような人たちが絶対に未収金を積み重ねるとは限らない。さらに外国人で日本の公的保険に加入していない人は観光客か不法滞在の可能性が高いので、難民保護法で定めた「医療・福祉は内外平等原則」を踏みにじることにならないと考えたのだとしたら、これも浅はかな判断だろう。日本に中長期の在留資格のある人でも義務付けられている日本の公的保険への加入を行わない人たちがいる。母国の家族にお金を送るために毎月のかけ金を支払いたくないからという人や欧米人に多いのは母国で民間保険に加入しているために日本の公的保険への加入は必要ないと考えた結果、加入していない人たちだ。この加入義務には違反した場合の罰則がないのでこういうことになってしまう。さらに在留米軍軍人やその家族、外交官などは住民機本台帳に掲載されないゆえに我が国の公的保険への加入資格がない。こういう人たちも「診ない」ということだろうか?
➂の医療機関の医師の判断は極めて正しい。まずは診察し、正しい診断にたどり着くまでには未収金を出すところまで高額にはならないだろう。その診察の結果、我が国では診療しないほうがいいと説得するのであれば、それはそれでだれに非難されることではあるまい。
A の医療機関の方針について、医療訴訟に詳しい弁護士グループに意見を求めたところ、明らかに応召義務違反だろうと指摘された。訴えられたらややこしいことになるだろう。問題は法律上の問題を含む可能性が高いにもかかわらず、自前のルールを作り、運用していることである。法律の専門家の意見を聴くという過程がなかったのだろうか? 再び、外国から人の流入が急増するにあたり、日本医師会は各医療機関にこの応召義務について説明し、医療機関が訴訟されるかもしれないリスクを減らすような指導をすべきと思う。
B の医療機関の担当医から数日前に封書が届いた。診断のためにいくつか検査を行ったところ、すでに複数の骨転移があり、息子に治療が困難だと話すと帰国の道を選んだとのことだった。この医師の好意に心から感謝した。
posted by AMDAcenter at 09:03 | TrackBack(0) | (カテゴリーなし)