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2022年06月17日

令和4年6月17日金曜

前日に書いたナイジェリア人男性47歳、12時に検査会社が持ってきた血液検査の結果、血糖値は460、HbA1Cは12.5と極めて高い数字だった。先日から訴えているふらつき感などは糖尿病のためなのだろう。フィリピン人スタッフから彼の携帯に電話をするように指示、できるだけ早く来てくれるように頼んだところ、午後には行きますという返事だった。そして午後2時過ぎ頃、相鉄線沿線の横浜市内からやってきてくれた。血液検査の結果について話し、このデーターではインシュリン注射による治療になるかもしれないので糖尿病の専門医を受診すべきと続けた。彼も理解してくれたので、僕のクリニックから4分程度の鶴間駅近くの糖尿病専門クリニックにまずお願いしてみることにした。日本語はゆっくり話せばわかる程度と話して受け入れをお願いしたところ、「これから来てもらってもいい」という返事をいただいた。周りの医療機関に感謝。アメリカ人男性54歳、いつもは喘息で隣の部屋の小児科を受診しているが・・・診察を終えたカルテが僕のところに回ってきた。前胸部にしこりがあるので、それを診てほしいとのことだった。本人に診察室に入ってもらい、シャツをめくってもらうとけっこうな大きさのアテロームだった。アテロームですと話しても表情からは全くわかっていないということがありありと見て取れたので・・・「毛穴がゴミでふさがって、皮下に毛穴から出るべき汗が塊となってたまったもので、腫瘍ではないし、怖いものではない。ただし、放置しておくと感染を繰り返すことがあるし、しだいに大きくなる、根本治療は局所麻酔下に袋ごとで摘出する手術だけ」と話したところで、「じゃ、これと同じなんだ」と背中を見せてくれた。すると肩の少し下方に手術創があった。なんだ、ちゃんとわかっているじゃんと安心し、あとはこの小手術を行う日程を本人と看護師とで話し合って決めておくようにと指示した。
 きょう6月17日でとうとう、73歳になった。感無量。一昨日、母が住んでいた世田谷の家にいつものように行き、時間があったので押し入れなど整理していたら「小林米幸 臍の緒」という小さな木箱を見つけた。なんだか懐かしいような・・・その横にあるものに驚いた。「梶原八重子臍の緒」と書いた木箱だった。母の臍の緒、母が生まれたのが昭和3年7月28日、1928年だから96年前のものだ。母りょう33歳、父重之助40歳と兵庫県加古郡尾〇村、そして取り上げたらしい産婆さんの名前が書いてあった。女学校時代に戦争になり、小樽に疎開、北海道で結婚、東京に戻り・・小説にもなりかねない波乱万丈の一生を生き抜いた母、その間、母はずっとこの自分の臍の緒を大切に持ってきたのだなと感動した。自分のアイデンティティだったのだろう。


posted by AMDAcenter at 09:14 | TrackBack(0) | (カテゴリーなし)