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2022年02月07日

令和4年2月7日月曜

5日の土曜日は4時間の診察にもかかわらず、30人のPCR検査と4人の抗原検査を施行。抗原検査の4人は3人が陽性、6日の日曜になって結果が判明したPCR検査は18人(60%)が陽性だった。外国人は6人中4人が陽性だった。外国人の母集団が少なすぎて比較できない。この一週間、気がついたことは・・・先々週の初めごろからPCR検査を受けるお子さんが多く、陽性者もかなり多かったのに・・・先週の後半になるとPCR検査を待っている人たちの中にこどもさんの姿がかなり減ってきた。こどもさんにとっては新型コロナもただの風邪なのか、医療機関に来るのも怖くてためらっているのか。現状を見ていると家庭内のお子さんの感染から始まって、感染したという高齢者が目につくようになってきた。やってきたナイジェリア人男性に「大変だねえ、ドクター、気をつけてね」と言われた。こんな忙しい時にも海外渡航の人たちがやってくる。手書きでいい国は簡単なのだが、すべてプリントアウトとしなければならないカンボジアに帰国する青年が来院。陰性であることを前提にこのパソコンで作成、卓上プリンターでプリントアウト、そしてPCR検査、陰性なら今日渡すことになる。そういえば、米国渡航のために4日にやってきてPCR検査を行った日本人男性は陽性だった。検査結果が判明した早朝から何度か彼の携帯に電話をしたが、夕方の便で旅立つためなのか、電話がつながらない。9時過ぎにクリニックの外に現れた彼にスタッフが気がつき、まずはクリニックの外で待機してもらうことに成功、結果は僕が外で話した。その際、航空券の払い戻しあるいは変更が無料で行えるようにPCR検査陽性の証明書を手渡した。実はフィリピン人スタッフの娘さんが発熱と軽いのどの痛みが前日からあり、PCR検査を受けていた。陽性ならフィリピン人スタッフは濃厚接触者として1週間は戦線離脱となるし、高校受験生を抱えた二人のスタッフにとっても「脅威」となってしまう。だめかと思いながらも一抹の期待を抱いていたが・・結果は陰性だった。よかった。
 外国人の子どもの人権に関する本の中の医療についての分担執筆を数年前に依頼されて書いたことがある。この出版社から第二版の分担執筆を依頼されたのが9月ごろ、新型コロナの第五波でまったく時間がとれない状況なので断った。すると、電話がかかってきて関係の方から「訂正しないで前とまったく同じでもいい、そういう執筆者がたくさんいますから」と言われた。そんなもんかと渋々引き受けだが、それでは読者を欺くような行為であり、そもそもお金を出して買う人に失礼だろうと深く思った。結局、内容に修正とこの数年分の加筆を加えて提出した。その本が今日出版社から送られてきたが、驚いたことに僕だけではなく、すべての項目に担当した執筆者の名前が見当たらない。分担執筆者と編集者の名前は本の後ろに掲載されているが、分担執筆者の名前には肩書があるものの、本文のどこを担当したのかが全く記載されていない。これでは僕が分担執筆したところを読んだ人は、誰が書いたのか、それがわからない。こんな話は依頼されたときに聞いてはいないし、書いた執筆者に失礼ではないか。今まで分担執筆は何度か経験があるが、すべてタイトルのところに分担執筆者の名前が明記されている。この出版社は外国人の子どもの人権には関心があっても、分担執筆者の人権には興味がないらしい。さらに言えば「このように分担執筆の部分にはお名前は表記しません」とか「誰がどこを書いたのかわからないですがいいですか?」と尋ねられたこともない。インフォームド・コンセントにまったく欠ける行為だ。こういうのって、一言でいえば担当者や出版社あるいは編集者までもが人権とかインフォームド・コンセントとかについて本気に考えてはいないということだろう。
posted by AMDAcenter at 09:09 | TrackBack(0) | (カテゴリーなし)