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2021年11月18日

令和3年11月18日木曜

きのう書いた脳梗塞(ラクナ梗塞)のフィリピン人の話の続き・・・僕のクリニックにやってきたときに彼が話したのは「右手に力が入らない」だった。僕の両手の指を各々、彼の両手で全力で握ってもらい、僕が指を引き抜こうと力を込める、すると右だけ僕の指がするりと抜ける。これはもう梗塞にちがいないと考えて近くの公立病院に行ってもらった。結果はCTでラクナ梗塞との診断。同病院の医師は念のために入院をするよう、勧めたそうだが、拒否して帰宅したとの報告をいただいた。昨日、彼の弟が高血圧の治療のためにやってきた。彼もそこそこの日本語を話せるのだが、念のためにフィリピン人スタッフを入れて彼女に通訳してもらいながら、兄が脳梗塞であることを告げたところ・・・仰天していた。兄からの話は薬を飲めば治るとのことで、そんな病気とは思わなかったようだ。この弟があわてて本人に連絡をしたところ、本人が電話に出てきた。そこで正確な病名を告げたところ、本人も仰天、これはえらいことになったと話しているという。要するに日本語もあやふや、英語もあやふや、公立病院での医師の話は通じていなかった、理解されてはいなかったということなのだろう。これはよくあることで、フィリピン人といえば英語が通じると思いがちだが、話せない、あるいは簡単な日常会話しかできないという人もかなりいる。おまけに英語のむずかしい医学用語などはわかるはずもない。では日本語で話したらどうかというと、スーパーの買い物ぐらいはできるだろうし、仕事上の単語はわかるだろうが、難解な日本語はわからない。ましてや「なぜ、こういう治療が必要なのか?」などは理解されようがない。フィリピン人のスタッフにタガログ語で話してもらってようやく正しい理解が得られたということが、過去にも山ほどある。今、毎日診ている熱傷の女性もそうだ。こんなところから行き違いが発生、説明したはず、説明は受けていないとか、トラブルの種となる。母国語で説明することの意義はこういうところにある。
posted by AMDAcenter at 08:21 | TrackBack(0) | (カテゴリーなし)