17日朝9時に空軍病院からピックアップの迎えの車がやってきて、仲間と乗りこみ、
ドンムアン空港の近くのプミポン空軍病院へ。
着いてから旧知のタイの友人たちと再会し、奨学金セレモニーの会場へ移動。故森ヒロ様から僕らが託された600万円を元にした医学部女子学生対象のヒロモリ奨学金も今年で15年目、そしてタイ好きの歯科医師やほかの仲間と創設した空軍看護大学の学生向けの奨学金も今年で13年目を迎えた。前者は毎年二人、後者は毎年三人に授与している。とくに後者は国立の看護大学の授業料が比較的安いせいか、あまり裕福ではない田舎の優秀な学生が多い。親が農業に従事していたり、屋台を引いていたり・・親が離婚したり、怪我をして働けなくなるとたちまち、学費も支払えなくなってしまう。このような学生を大学側に選んでもらい、授与式を開催してもらい、毎年の授業料として3万バーツを直接、手渡してきた。
今年で30人の医学生、39人の看護学生に授与してきたことになる。彼らが地方の病院や故郷の病院で活躍しているのを教えてもらったり、中には海外留学している人もいて、感慨深い。コロナの騒ぎの前、授与式から帰ろうと車の乗りこもうとしたら、息を切らせて看護大学の制服を着た若い女性が走って来た。先生、私を覚えていますか?と。以前に奨学金をあげた人だと顔を見てわかった。奨学金で大学を卒業、その後、看護師として働いて、今は母校の看護教員になりましたと教えてくれた。嬉しかった。そして、今年、授与式の終わりの頃に看護大学の制服を着た若い女性が会場に入って来て、僕のところまでやってきた。先生、私を覚えていますか?最初のころに奨学金をもらい、今は看護大学の教員をしていますと・・・見覚えのある顔だった。こうして僕らの奨学金がタイの医療に役立っている。いや、医療だけでなく、個人の生活をも、いやいや田舎の家族の生活をも助けてきたのかもしれない。75歳、まだまだすることがありそうだ。
【(カテゴリーなし)の最新記事】