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2024年05月09日

2024年5月9日木曜

 10日ほど前に東京新聞の方から、電話で取材を受けた件に関してこのような記事にしたいが訂正すべきところはあるか?との連絡があったのはすでに書いた。彼の考え方についての批判などは表現や思想の自由に反すると考え、行わなかった。そもそも、このような記事に仕立てたが、どうですか?と訊ねてくれること自体、マスコミの人間として評価してあげるべきだろう。ずいぶん前だが、大阪の三大新聞本社のえらい立場の方が、当時のセンター関西に電話取材をしてきたことがあった。当時の事務スタッフが記事として出てしまう前に見せてほしいと話したら、報道の自由に圧力をかけるのかと居丈高にしかられたことがあった。事務スタッフが意図したことは記事の内容に圧力をかけるのではなく、自分たちが話した中で、制度など客観的事実がまちがいなく書かれているかを見たかっただけだった。幸いなことに、その後は私自身、そのようなことを言う方に出会ったことはない。
今回、記事にしたいという下書きの中に、客観的事実が読者に誤解されやすい部分があると判断し、理由を添えて担当記者の方に返事をした。
連休があけて7日にクリニックに来てみたら、彼からメールが届いていた。読んでみると、添付は実際に発行された新聞の記事だった。そしてメールには実際の記事について、下書きに私が提言したことについてのコメントが添えられていた。
残念なことに提言は取り入れられてなかった。これでは読者をある一定の方向に導こうとしていると言われても、ちがうとは言えないような気がして残念に思った。
彼が書いた記事のメインは「無保険者の医療費」についてだ。「無保険者」と表現すると、正確には日本の公的保険に加入していない人だけでなく、民間保険を含めた我が国において使用できる保険に加入していない人という意味になる。そうではなくて、記事を読めばすぐにわかるが、彼が書きたいことは「日本の公的保険に加入していない人の医療費」という意味だ。とくにその際の医療機関の自由診療費用について一部に問題があるのではないかと続けている。要約すると、外国人の「無保険者」については生活が困窮している人が多く、そのような人に「高い」医療費を請求して払えないケースが見受けられる、本来の保険点数10割相当額をはるかに超える医療費を請求することはケースによっては外国人差別になるのではないか、というような記事であったと思う。
彼に限らず、自由診療費用についてはマスコミ関係の人がいつのまにか勘違いをしているのではないかと思う。その原因はというと日本には公的保険という制度があり、公的保険の下では初診費用とか再診費用とか、手術費とか、すべての診療報酬点数が分厚い解説本があるほど、詳細に決められているからだ。その診療報酬点数に10を掛けると実際の医療機関の収入となる金額になる。そして3割負担とか1割負担など年齢や個人の収入により、患者が窓口で支払う金額が決まる。マスコミの方々と話をするとき、この最初の「診療報酬点数に10を掛けた」金額が自由診療費用としての適正価格であると思い込んでいるのではないかといつも彼らの言葉の端から推察している。
自由診療であるから、その文字通り、各医療機関が医療費を自由に決めればいいわけなのだが・・・なにせ医療の分野は広く、先にも述べたように分厚い解説本があるぐらい、診療報酬点数には種類がある。数えきれない薬、ひとつひとつにもあるのだから・・・ゆえに日本の医療機関は厚労省が定めた診療報酬点数に10を掛けた金額を基に、日本の公的保険を持たない者に対して、経営状況なども加味して自分の医療機関での医療費を決定している。そして診療報酬点数に10を掛けた金額を請求することを保険10割、15を掛けた金額を請求することを保険15割、20を掛けた金額を請求することを保険20割と表現している。たとえば、僕のクリニックでは自由診療は保険10割としている。これは決して「僕のクリニックが正しくて、15割の医療機関が正しくない」などということではない。自由主義社会なので、厚労省の担当者が記事の中で話しているとおり、「厚労省とは何の関係もなく、厚労省が口出しをできる」ことではなく、ただ、医療機関が自主的に決めてよいことなのだ。10割が正義でそれ以上があくどいなんてことではない。それが「あくどいことで医療機関としては不適切」などと言い出したら、巷の各レストラン、ホテルの宿泊費など、費用が同じわけはなく、高ければ不当と呼ぶかといえば、そんなことではないことは誰にでもわかる。
問題はそこにあるのではない。問題は各医療機関の自由診療費用が公的保険の診療報酬点数に換算して何割か?ということが、消費者である患者側からみて事前に情報を知りえないということであろう。知らずに自由診療費用が保険点数の15割の医療機関を受診してしまい、10割の医療機関だったら支払えるのに・・・というケースは実際にある。
さらにもう一つの問題は救急医療だ。救急車に乗ってしまえば、どこの医療機関に運ばれるかは患者の自由にはならない。そして当日の救急搬送先の病院が自由診療費用として、保険点数の10割なのか、15割なのか、20割なのか、わからないからだ。
外国人でも留学生、就学生、実習生、研修生、日本人の配偶者などの方は法的には日本人同様、日本の公的保険に加入する義務がある。義務があるにもかかわらず、罰則がない義務ゆえに、ごく少数の人が自分の意思によって加入していない現実はある。このような人たちを除けば日本の公的保険に加入できない外国人とはどういう人か考えれば、この記事の言わんとするところが見えてくる。
政府等は日本の公的保険加入の対象とはならない観光客を含む短期滞在者については、日本にやってくるときには民間保険に加入してくるように勧告している。実際、入国の際にオンライン申請として使うVisit Japanというアプリにはこの勧告が掲載されている。外国人旅行客が日本に入国する以前、すなわち母国で旅の準備をしている際に気がつくようになっている。あとは自己責任ということになるのだろう。これは決して外国人差別ではない。
これでも最終的に残るのは不法滞在者、そして難民申請中の仮釈放者の医療であろう。これはもうある意味、政治の世界の話ではあるが、誰でも病に倒れるときがあるので、医療機関としては望む望まない、ではなく、関わり合いが出てきてしまう。人道上という言葉で片づけられるほど、今や日本の医療機関には財政的余裕があるわけではなく、神奈川県内の某医療機関の医師の発言として記事の中にあった、「生活が困窮している外国人には医療費を安くすることも考えるべき」という意見はそれこそ、日本人に対する逆差別であろう。日本人の中にも困っている人はたくさんいるし、すべての生活困窮者が生活保護者で医療費が無料というわけではない。もし記事の中に紹介されていた某医療機関の医師の発言「救急時医療は保険加入者と同じ3割負担とし、残りは政府が補填するなどの仕組みが必要だ」というのが事実だとするなら、このような極論的意見を代表的に取り上げることは「何かを意図している」と勘繰られても仕方がないだろう。第三者の口を借りて、自らの言いたいことに近いことを紙面に延べることはマスコミの手法としてはごくごくありえるからだ。
最後に皆さんの生活は余裕があるだろうか? もう40年前になるだろうか、あのバブルの頃のように大盤振る舞いをする経済力は日本という国家にもないだろう。政治に係わる人には真剣に善後策を考えてもらいたい。
posted by AMDA IMIC at 09:02 | TrackBack(0) | (カテゴリーなし)
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