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2020年10月17日

令和2年10月17日土曜

県内遠方より帰国のためのPCR検査と英文診断書を求めてやってきたネパール人の家族4人、帰国するのは3人だという。ご夫婦と女のお子さん二人と思ったが、まちがいで父親と娘2人、そしてもう一人、奥様だと思った女性は父親の姉ということだった。母親は怪我をして来ることができなかったそうだ。英文書類に名前や誕生日、パスポートナンバーなど書き始めて気がついた。下のお嬢さんの誕生日が僕の孫と全く同じ。1歳9か月で遠くに旅するわけだ。ネパールのどこへ帰るの?カトマンズ?と尋ねると、「カトマンズじゃない、ずっと遠く」と答える。じゃ、カトマンズからどうやって帰るの、バス?と尋ねると、「まだ決めてないけど飛行機かもしれない」と言う。どっちの方向へ?と尋ねると「東」とのこと。なんていう地名のところ?とさらに尋ねると「・・・・」と答えるが、聞き取れない。すると先方から「先生、ネパール、行ったことある?」と質問された。行ったことはないけど、僕が副代表を務めているグループがダマクというところで病院を運営していると答えた。すると「ああ、AMDA ホスピタル」と言うではないか、びっくりした。「あそこ、安いんだよね、先生がお金出してるの?ありがとう」と続ける。僕がお金を出しているわけじゃないが、この際、小難しい話をしてもややこしくなると思い、訂正はしなかった。ここで今まで黙っていた父親の姉が、「私の家からのほうが近い、20キロぐらい。最初はブータン難民のための病院だったけど、今は地域のみんなを診てくれるから助かっている、ありがとう」と言ってくれた。父親が40歳、姉はたぶん1歳か2歳年上程度だろう。するとAMDAホスピタルができたころは10歳程度だったはず、きっと地元では病院ができたと大きな話題だったのだろう。嬉しかった。
posted by AMDAcenter at 09:50 | TrackBack(0) | (カテゴリーなし)
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