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(3/30) 南スーダン便りvol.88 クレ難民キャンプでのトイレの作り方 [2021年03月30日(Tue)]


こんにちは。エチオピア駐在員の羽鳥です。

ADRA Japanはエチオピアに住む南スーダン難民への支援を行っています。

南スーダンとの国境にあるガンベラ州のクレ難民キャンプで、各世帯用のトイレの建設と衛生啓発活動を行っています。

2014年から続けているこの事業ですが、2020年度はエチオピア政府やUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)からの活動許可の取得に時間がかかり、年明けから本格的な活動を開始しています。

ガンベラ州には7つの難民キャンプがありますが、難民キャンプでは下水道が整備されていません。

そのため、もちろんトイレは水洗式ではなく、ピットラトリンと呼ばれる簡易式トイレを作っています。




写真@クレ難民キャンプ.JPG

[クレ難民キャンプの風景]




今回は、事業の進捗とトイレのつくり方を紹介します。



まず、トイレの穴を掘ります。直径は80p、深さは2.5mのサイズが基準になります。

この作業は、トイレを使用する難民自身で行ってもらいます。

作業に参加し、自分で使うトイレを自分で作ることで、完成後のトイレをより大切に使うようになるからです。

実際に、過去にはトイレを引き渡したあとにトイレを解体して資材を売ったり、ほかの用途に使ったりする人がいました。

自ら建設に携わったトイレに愛着を持ってもらい、長く大切に使ってもらえるように工夫をしています。




写真A穴掘り.jpg

[穴掘りの様子。ここから2.5mの深さまで掘ります]



次に、完成したトイレ穴にスラブ(穴の開いたコンクリート製の円形の板)を置きます。

これがトイレの土台となります。

この土台に合わせてトイレを囲う壁を作ります。さらに屋根とドアを設置して完成します。

これまで、事業で設置する世帯別トイレの壁には鉄製のトタンを使用していましたが、今回の事業ではコンクリートブロックと竹を使用することになりました。

鉄製のトタンは市場価値が高く、転売や窃盗されてしまうリスクがありました。

また、竹を使用することで、トイレが損傷したときに自分たちで壁の一部を取り換えたり、修理することができる利点もあります。

完成のタイミングで、施錠のための南京錠、清掃用のブラシ、手洗い用の水をためるポリタンクと石鹸も配布しています。

こういった道具を配布することも、安全に、清潔に、できるだけ長く使われるようにする取り組みのひとつです。




写真BスラブJPF8.JPG

[コンクリート製のスラブを乾かしています(写真は前事業のもの)
これで掘削した穴を覆います。]




スラブの製作や壁・屋根の建設は難民を雇用して行います。

難民としてエチオピアに移住する前に、南スーダンで建設業などの経験がある人を雇います。

建設作業の経験をさらに積むことができ、収入にもなります。



ガンベラの難民キャンプではこのように、援助団体からの仕事を請け負っている難民が多数います。

医療や教育といった知識や経験を生かしている人、警備員や荷下ろしなどの労働をする人、事務作業を行う人もいます。

また、難民キャンプの近くに住むエチオピア人で、難民キャンプ内の援助団体の職員として働く人もいます。

ADRAの事業で働いている難民の人たちは、建設作業員のほかに、衛生啓発員、コミュニティ動員者、清掃員、警備員などがいます。

ADRA はこうした人々に対し、定期的に研修を行い、基本的な知識の確認やアップデートを行っています。



2月から、現地ではトイレの穴掘りとスラブの製造を本格的に開始しました。

受益者の人々は、研修を受けたコミュニティ動員者の指導・サポートのもとで、安全に配慮しながら作業を進めています。

トイレ穴の大きさの指導はもちろん、掘削中の穴に人や家畜が落ちないように対策をしたり、児童労働が起こらないように確認したりと様々な面からサポートしています。



このトイレ穴を掘る作業は1週間から2週間かかります。

ガンベラの気温は年間を通して高く、35度から40度になります。

その中で作業することは大変ですが、受益者やスタッフの体調にも気を遣いながら活動していきます。




写真4完成予想.jpg

[完成予定のトイレの外観です。(写真はガンベラ州内の他キャンプのもの)]


これから、スラブの設置、そして壁や天井の設置を行っていきます。

安全に、受益者と協力して、スタッフ一同活動してまいります。

引き続き、皆さまの温かい応援をよろしくお願いいたします。

*本事業は皆様からのご支援とジャパン・プラットフォームの助成金で実施しています。

(執筆:エチオピア事業担当 羽鳥憲伍)



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Posted by ADRA Japan at 17:43 | 南スーダン便り | この記事のURL | コメント(0)
(3/26) 令和2年7月豪雨被災者支援活動のご報告vol.2 [2021年03月26日(Fri)]


令和2年7月豪雨が発生してから約8か月が経過しました。

コロナ禍で思うように復旧が進まない中、ADRA Japanは熊本県人吉市で、連携団体とともに被災者支援を行ってきました。

現地で被災住宅の様々な相談を受け付ける地元団体の「アーキレスキュー人吉球磨」の後方支援に入り、住民の方を対象にした家屋の応急処置に関する講習会や家屋修繕を中心に支援活動を進めています。

今回はまず活動の一つである、公民館の応急処置についてご紹介します。



令和2年7月豪雨では、住宅家屋だけではなく、日ごろ地域住民の方々の憩いの場となっている公民館も大きな被害を受けました。




人吉市1.jpg

[被災した公民館の写真]




地域住民の方々が集まることのできる場所を取り戻すため、昨年11月に相談があった駒井田地区の「ニコニシ支え合いセンター」の応急処置に取り組みました。

その後も、地元で活動している団体と一緒に複数箇所の公民館の応急処置を実施しました。




人吉市2.jpg

[公民館応急処置作業の写真]



このコロナ禍で、熊本県では独自の緊急事態宣言が出されていましたが、宣言解除後に公民館を中心とした地域住民の皆さんの活動にまた利用していただけるよう、現在準備を進めています。



一方、現地では取り組まなければいけない深刻な課題もまだ多く残されています。

実際に被災住宅全体のうち、まだ数百件は現在どのような生活をされているのか、また今後どのような支援が必要なのかなどについて十分に把握できていません。

その中で、長期に渡る復旧作業からくる疲れやコロナ禍における外出自粛等から、多くの被災住民の方々が自ら助けの声を上げにくい状況に陥っていることがわかりました。

アーキレスキュー人吉球磨では、そうした住民の方々が気軽に相談に来られるよう、昨年12月からスタッフが常駐する相談室を設置しています。




人吉市3.jpg

[仮公民館兼アーキレスキューよろず茶屋(相談所)の写真]




そこで聞かれた住民の方々の声をお届けします。

「(立ち寄ってくださった女性)洪水でみんな流されてしまって、人が集まる場所もなくなってしまって。

こうした(気軽に集まれる場所があると)助かます。今度、近所の人と来たいわ」



「(別の町内会の会長さんがいらして)町内会のいろいろな連絡(市からの広報や回覧板)をしなければならないが、半分くらいのお宅は町外に出てしまっていて、誰がどこにいるのかがなかなか把握できない。

町内の班の名簿なども全部流されてしまって、イチから作り直しているところです」



「(立ち寄ってお茶を飲んでいってくださった高齢の女性)今、仮設住宅に住んでいるんだけど、(2年後に)仮設住宅を出た後のことが何もきまっていなくて、不安でいつも夜中に目が覚めてしまうの」



発災から半年以上が経過し、全国規模のニュースではほとんど報道されなくなりましたが、被災地にはまだ苦しい生活を強いられている方々が多くいらっしゃいます。

引き続き、皆さまの温かいご支援をどうぞよろしくお願い致します。



※令和2年7月豪雨被災者支援事業(人吉)は、皆さまからのご寄付のほか、ジャパン・プラットフォームの助成と、赤い羽根「災害ボランティア・NPO活動サポート募金」ボラサポの助成も受けて実施しています。

(執筆:国内事業課担当 高橋睦美)



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Posted by ADRA Japan at 10:56 | 国内災害被災者支援 | この記事のURL | コメント(0)
(3/24) 2021年3月号 ADRA News公開のお知らせ [2021年03月24日(Wed)]


2021年3月号のADRA Newsを公開いたしました。


<内容>

2、3ページ目
・ADRA Japan事業マップ

     
4、5ページ目
・ネパール:新生児・小児の保健環境改善支援事業


6ページ目
・アドラのチカラ ADRA Japanを支えてくださる方をご紹介します!
・アフガニスタン:教育環境改善事業(ICT環境整備)を開始


7ページ目
・世界のADRAから
  (130カ国以上の国と地域に支部を持つADRAの事業から一部をご紹介します)
  >【フィリピン】 フィリピンにおける洪水被災者支援
  >【ベトナム】  ベトナムにおける台風被災者支援
  >【レバノン】  レバノンにおける医療物資支援

・通常総会開催のお知らせ
・古本などによるご寄付の受け入れを再開しました!


8ページ目
・あなたの力で救うことのできる命があります。ADRAフレンドへのご協力をお願いいたします(毎月継続寄付ADRAフレンドをご紹介)




↓↓写真をクリック↓↓




ADRA News 2021.3表紙写真.PNG


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Posted by ADRA Japan at 18:00 | ADRA News | この記事のURL | コメント(0)
(3/19) 【募集】事業部スタッフ募集 [2021年03月19日(Fri)]


ADRA(アドラ)はキリスト教精神を基盤とし、「人間としての尊厳の回復と維持」を目的として緊急・開発支援を行う国際NGOです。世界の約120か国に支部を持ち、活動しています。

ADRAの日本支部であるADRA Japanでは現在、事業部スタッフを募集しています。



【募集告知日】
2021年3月19日(金)


【募集職種】
事業部スタッフ


【業務内容】
事業部スタッフとして、下記の海外事業地及び日本国内の業務の両方に従事する。


【海外事業地】
・ 事業地における事業運営(活動の進捗管理、事業会計管理、現地スタッフの人事管理、セキュリティ管理、報告書作成など)
⇒ 現地の事業責任者として、現地スタッフをまとめ、プロジェクト全体の運営管理を行う。

・ 現地諸機関(国際機関、NGO等)との交渉、調整
⇒ 事業責任者として現地のパートナー団体や現地政府などと調整を行い、事業を進める。


【日本国内】
・ 現地に駐在する事業責任者の業務のサポート
⇒ 事業の進捗確認(現地でのモニタリングを含む)、報告書作成、事業会計作業など

・ ドナーや他団体との連絡調整
⇒ 担当事業に関するドナーへの逐次報告やNGOネットワークを通しての他団体との連携

・ 資金調達
⇒ 案件作成及びドナーへの案件申請作業、また団体や担当事業の広報やファンドレイジングのサポートなど

・ その他の事業に関わる業務
⇒ 国内緊急事業のサポートや事業部全体に関わる作業(事業評価やナレッジマネジメントに関する取り組み)など



*事業部スタッフの条件や応募方法などについての詳細はこちらから



【募集人数】
 若干名


【応募締切】
 2021年4月11日(日)


【応募受付・問い合わせ】
(特活)ADRA Japan
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前1-11-1
TEL: 03-5410-0045
FAX: 03-5474-2042
E-mail: recruit@adrajpn.org
※メールの件名には必ず「事業部スタッフ希望」と記入してください。




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Posted by ADRA Japan at 11:57 | 人材募集 | この記事のURL | コメント(0)
(3/17) ADRA JapanとADRA Network [2021年03月17日(Wed)]


皆さん、こんにちは。

本日は私たちADRA Japanと世界のADRA支部との関係(ネットワーク)についてご紹介します。



ADRAは、“Adventist Development and Relief Agency”という英語の頭文字をとった略称で、その名の通り開発支援と救援(緊急支援)を中心に活動しています。

ADRAの支部は、現在世界約120の国と地域にあり人種・宗教・政治の区別なく支援活動をしています。

本部は、アメリカの東海岸メリーランド州にあります。

この本部(ADRA International)を中心とし、ADRAネットワークと呼ばれる世界に広がるADRA支部同士の相互協力の組織体を形成しています。




世界ADRA1.jpg




そして、各国の支部は、Supporting Office(支援国支部)とImplementing Office(実施国支部)に分かれてそれぞれの役割を担っており、支援国内で災害が発生した際には実施国支部として活動することもあります。




世界ADRA2.png




ADRAネットワーク内には9つの地域事務所があり、ADRA JapanはADRA Asia Regional Office(ARO:アジア地域事務所)の統括下にあるSupporting Office(支援国)です。

AROはタイの首都バンコクに所在しています。

アジア地域には17の支部があり、そのうち支援を行う側であるSupporting Officeは日本と韓国、中国(香港)の3支部です。

各ADRA支部は、他支部との連携を大切にしています。

ADRAネットワーク会議に出席して支援の方向性を検討したり、他の支部を訪問して事業に関する協議を行ったりします。

ADRA Lao(ラオス支部)やADRA Mongolia(モンゴル支部)のスタッフがADRA Japanの事務所を訪問したこともあります。




世界ADRA3.jpg

[ADRA ネットワーク会議の様子]




ADRAネットワークの特徴を活かして、各支部間の緊密な連携のもとで、迅速に多くの情報を世界中から得ることができます。

特に災害発生時は、被災国の支部から情報が届くので、直ちに正確な状況を把握し、現地への支援の必要性を検討することができます。

また支部同士の協力の中で、より大きな支援を届けることもできます。



そして何よりも、いざ支援活動を実施する際には、事業地に根付き、現場のことを知り尽くした支部の存在が大きな力となります。

例えば、過去のブログでもご紹介したように、イエメンでの支援においては日本人スタッフが渡航することができませんでしたが、イエメン支部の働きによって事業を継続させることができました。

現地に住み、現地の言葉を話す現地スタッフの存在は(場合によっては自らも避難民や被災者となることもありますが)事業の成功に大きく寄与します。

国際協力においては、事業を行う際のパートナー選びは非常に重要であり、事業全体の命運が懸かっていると言っても過言ではありません。

ADRAは各国に信頼できる支部を持つことで、この重要なポイントにおいて大きなアドバンテージを持っていると言えます。



ADRA Japanは、ADRAグループの一員としてADRAネットワークにおける各支部との連携を強化し、より良い事業が実施できるよう尽力していきたいと考えています。

皆さまからのご支援に対する感謝の気持ちを忘れず、今後もより多くの方々に支援を届けることができるよう活動してまいります。


(執筆:事業部マネージャー 杉本亜季)



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Posted by ADRA Japan at 11:00 | スタッフのつぶやき | この記事のURL | コメント(0)
(3/11) 東日本大震災から10年〜現地の方々の今の想いとは《後編》 [2021年03月11日(Thu)]


2011年3月11日14:46に発生した東日本大震災から、今日で10年です。

ADRA Japanでは、住民の方々が“今何を思われているのか”をご紹介することで、皆さんと一緒に改めて震災について考え、知り、これから一人ひとりに何ができるのかを考えるきっかけとしたいと思いました。



私たちが当時現地で一緒に活動し、今でもお付き合いをさせていただいている方々からいただいた言葉を、3日に渡ってご紹介しています。

3日目の今日は再び福島県からのお言葉をご紹介します。





【福島県立岩瀬農業高等学校 常勤講師(元福島県立双葉翔陽高等学校長) 渡辺 譲治様より】

―震災から10年―


2019年11月に高体連馬術競技部会長として南相馬で大会を主催しました。

避難解除された南相馬市小高区や浪江町の周辺、そして帰還困難区域である浪江町津島地区を走って隣町にある自宅に戻りました。



その時の率直な感想、「震災は終わっていない」と、いうことです。

2011年に「1000年に一度の巨大地震」に遭い、2019年10月に「50年に一度の大雨被害(台風19号)」に遭い、そして今年は、「100年に一度のパンデミック」を経験している中で福島県はいまだに余震に晒され、福島県の農産物は、震災前の価格に戻っていない現状があります。



しかしながら、3.11を契機に多くの方々のご支援をいただき、普段の生活では考えられないような経験をさせていただいたり、いろいろな人たちとのめぐり逢いがあり、自分も含めこの10年で携わった生徒たちも同じような貴重な経験をしたことと思います。

特に、アドラ様など支援団体などから受けた支援は、人に寄り添った本当の支援だったと思っています。

現在コロナ禍で人と人の繋がりは難しいですが、人の温もりや人の醸し出す雰囲気をネットではない五感で感じることがこれからもより重要になってくると思います。



今、日本のみならず世界の多くの地域で災害が頻発しています。

これからこの地球を守るために田舎からできることから始めていきたいと思います。
 


ADRA_双葉翔陽高校.JPG


(双葉翔陽高校の生徒さんと仮設住宅に住む住民の方々。生徒さんが自ら企画をして足湯やすいとんを提供して交流した当時の様子)





【福島県相馬郡飯舘村住民の大澤和巳様より】

―震災後、10年目の覚悟―


私は飯舘村に生まれ、50数年飯舘村住民として過ごしてきた。

2011年3月11日に発生した東日本大震災と、それに伴う福島第一原子力発電所の爆発事故。

震災後、福島市に避難し、現在は市内に新たな住居を構えた。

あれから10年の歳月が流れた。

震災から10年、この10年で村の景観は変わった。

私はいまでも住民票は移さないでいる。

それはまだ飯舘村に元々の自宅があり、畑もあり、ご先祖様のお墓があるからである。

時々、様子を見に行くけど、当時、住んでいた部落に人はいない。

まぎれもなく地域コミュニティーの崩壊である。

同時に耕作地の壊滅でもある。

自宅の周りには放射能で汚染された土や除去物を入れたフレコンバッグが山積みのままになっている。

鳥のさえずりや風の音は震災前と変わらないような気がするのに人の声が聞こえなくなった土地は無性に寂しい。

この10年間のあいだに両親、そして妻を立て続けに亡くした。

心が折れそうになった時に支えになってくれたのは残された4人の子供たちである。

今では、孫が3人になったが、亡くなっていった両親や妻は知る由もない。

毎朝、仏前に向かって線香を挙げ手を合わせて祈る。



失われた地域のコミュニティーは元に戻ることはないだろう。

むしろ、今後は故郷に戻る人、戻らない人との共存と連携をどのように維持、発展させていくかが課題である。

そして、もうひとつ。

新しい動きがある。

それは、2017年3月に一部の部落を除き避難解除後、村に県内外からの移住者が増えていることである。

年齢層やキャリアなど幅広い分野の人々が入村し、新たな起業を興している。

こうした人たちと帰還した元住民との交流を介して、新しい共存、共栄への扉が開きそうな予感がする。

「新しい風」が吹き、「新しい村」が生まれることを期待しつつ、私もこの春、村に帰還することを決めた。

震災後10年目にしての覚悟である・・・。
R3.2.21




ADRA_いいたて村.JPG


(アメリカの学生が福島県を訪問した際の当時の様子)





3日間をかけて、6人の方からのお言葉をお伝えしました。

住民として震災を経験した皆さんにしか語れない言葉、皆さんだからこそ語れる言葉だと思います。

ADRAからのお願いを受けてくださったことを心から感謝します。



私たち一人ひとりに何ができるのか、改めて考えてみませんか。



(執筆:国内事業課 三原千佳)



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Posted by ADRA Japan at 09:43 | 東日本大震災 | この記事のURL | コメント(0)
(3/10) 東日本大震災から間もなく10年〜現地の方々の今の想いとは《中編》 [2021年03月10日(Wed)]


2011年3月11日14:46に発生した東日本大震災から間もなく10年です。

ADRA Japanでは、住民の方々が“今どのようなことを思われているのか”をご紹介することで、皆さんと一緒に改めて震災について考え、知り、これから一人ひとりに何ができるのかを考えるきっかけとしたいと考えました。



私たちが当時現地で一緒に活動し、今でもお付き合いをさせていただいている方々からいただいた言葉を、3回に分けてご紹介します。

昨日の福島県に続いて、今回は宮城県の方々からの言葉をご紹介します。



【当時、生活支援相談員をされていた宮城県山元町民の方】

いつおさまるかわからない大きな揺れ。繰り返し起こる余震。

本当に怖くて怖くてたまらない体験でした。

その後に起こった大津波。海沿いの風景は一変しました。

あまりの変わりように、何が起こったか理解出来ない日が続きました。



縁あって復興支援の仕事をする事になり、ADRAの存在を知りました。

震災当初から山元町を全面的に支えて下さり、自分達の事のように山元町を想って下さる皆さんの姿に、感謝の気持ちでいっぱいでした。(今でも感謝感謝ですよ)

辛い震災でしたが、ADRAの方々や、被災地を応援して下さる皆さんとの出会いは、私のかけがえの無い財産になりました。



私は今、小学校で仕事をしています。

低学年で防災の勉強をしましたが、震災後に生まれた子供達には、震災はまったく他所ごとです。

10年経って、私達被災地に住む者の記憶も薄らいでいるのですから、当然の事かもしれません。

が、私はそれではいけないと強く感じました。

この震災で体験した事は、語り繋がなければいけません。

もう一度家族で、友達で、みんなで震災の時の話しをして、どうすれば命を守る事が出来るか、改めて考える節目の日にしたいと思っています。




震災1.JPG

[2021年3月3日現在の沿岸部。
震災前には住宅が立ち並んでいた所も、現在は防災緑地や農地となっている。]





震災2.JPG

[内陸に移設し、高架化された新坂元駅]




【当時、仮設住宅の副行政連絡員をされていた宮城県山元町民の方】

2021年2月13日(土)23時07分、地鳴もなく突然地獄に引きずり込まれるような大地震が!

福島県沖震源、私が住んでいる宮城県山元町では、震度6弱でした。

緊急避難速報アラームがなる前の出来事でした。

10年前の東日本大震災で大津波に遭った私たちは、とっさに、大津波がくると思いました。

家族4人は身支度をして、日頃から用意していた非常持ち出しリュックを手元に避難の体制に。

ラジオが、潮位は少し高くなるが津波の心配なしとの情報に、本当にほっとしました。

家具は倒れませんでしたが、棚の上の物はほとんど倒れ落ちました。

家具は転倒防止装置をしていたので大丈夫でした。



3.11被災後しばらくは大地震はないだろうと、気の緩みがでていたのかもしれません。

今度の地震で、私たちの町では犠牲者は出ませんでしたが、住宅の被害、断水など多くの被害が出ました。

私も住まいに被害があります。

余震が度々あり、コロナ禍と重なって、精神的にも不安定なところです。

3.11被災後は、避難所生活2か月半、仮設住宅生活2年半を経験しました。

震災前に住んでいた自宅は幸い流失しなかったので、大修理をして住んでいますが、地震がくる度に津波は大丈夫かといつも恐怖心が消えません。

自宅にもどったことを後悔しています。

これまで、行政の方々や多くのボランティアの皆さんに支えられて生活を取り戻し、前を向いて進むことができました。

人と人とのつながり「絆」がいかに大切かを身に染みて感じたひとりです。

スーパーなどで仮設住宅で共に暮らした人に会うと、懐かしくなり今でも声をかけあっています。

大切な命を守るために、これまでの経験を忘れず、日々の暮らしに活かしていきたいと思っています。




震災3.JPG

[2012年に町民グラウンド仮設住宅で行ったお花見の様子。]





震災4.JPG

[現在の町民グラウンド]




明日は再び福島県からの言葉をお届けいたします。

(執筆:国内事業課 三原千佳)



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Posted by ADRA Japan at 18:00 | 東日本大震災 | この記事のURL | コメント(0)
(3/9) 東日本大震災から間もなく10年〜現地の方々の今の想いとは《前編》 [2021年03月09日(Tue)]


2011年3月11日14:46に発生した東日本大震災から間もなく10年です。

ADRA Japanは、発災直後から情報収集を行うとともに、東京事務所では帰宅困難者のための一時避難場所を開設、翌日に福島県と宮城県へスタッフを派遣しました。

そこから現地とのお付き合いが始まりました。

(当時の活動についてはコチラ)



被災をされた住民の方々にとって、この「間もなく10年」という日は通過点に過ぎないかもしれません。

10年という歳月に関わらず、この時期になると毎年震災のことを思い出し辛くなる、という声も聞かれます。

ADRA Japanでは、住民の方々が“今何を想われているのか”をご紹介することで、皆さんと一緒に改めて震災について考え、知り、これから一人ひとりに何ができるのかを考えるきっかけとしたいと思いました。



私たちが当時現地で一緒に活動した皆さまからいただいた言葉を、3回に分けてご紹介します。

今回は、福島県の方々からです。




【浪江高校の元教諭、朝田由美子様より】


東日本大震災がアドラとの接点となりました。

あれから十年です。

余震がまたやってきて、まだ、過去のことにするのには十分な時間でなかったのだと感じています。



私は当時、双葉郡の県立高校に勤務していました。

突然のことで何も持たずに各地に避難した生徒達も、学校の再開に伴いアドラからの制服支援を受け、その支援を契機にたくさんの後押しをもらって、少しずつ、また、ほんとうの日常とはひとあじ違った日常を取り戻していきました。

価値観が大きく変化するなかで、生徒達の笑顔を見ながら、私自身も精神のリハビリをするように目の前のことに取り組み、仕事をしていました。



県内のどの学校も放射線量という難題で苦しい時期でした。

双葉郡八町村の、北から浪江高校・浪江高津島校・双葉高校・双葉翔陽高校・富岡高校もサテライト校での活動となり、この五つの高校を引き継ぐ形で、ふたば未来学園高等学校が双葉郡広野町に開校しました。

私が担任をした浪江高校の最後の卒業生と一緒に、平成二十九年に本宮市で休校式を行い、アドラをはじめお世話になった皆様とお別れしたこと、今も忘れることはできません。

皆様にいただいた御厚情を、いつか恩返ししたいと思っています。

元気でいます、まずはそこから、恩返しです。



ADRA_浪江高校での写真.JPG


(人材育成プログラムの一つで、株式会社ユニクロ様の協力で仮設住宅で移動販売を企画・実施した時の様子。浪江高校の生徒の皆さんとユニクロ社員の方々)





【富岡高校サテライト校卒業生の佐藤優樹様より】


震災と原発事故から10年-今思うこと-


“3653日”皆さんはこの数字を見て、何を思い浮かべるだろか。

これは、2011年3月11日の「東日本大震災」と「原発事故」から、2021年3月11日までの日数である。



 「あぁ、そういえば」「もう、あれから10年か……」「そんなことがあったんだ、知らなかった」など、住む地域、年代によって捉え方はそれぞれだろう。

当事者の私は、「もう、あれから10年か……」である。

言葉ではそう表現するが、体感的には未だに“昨日の出来事”である。

時が経てば記憶は徐々に薄れるものだが、鮮明過ぎるほど覚えている。



もちろん、事細かに詳細を話すこともできる。

しかし今は、

「あの時、震災も原発事故も起こらず、このまま故郷で生活していたら、どんな人生だったかな」

「もしあの時、避難しても2,3日で戻れていたとしたら、今頃何事も無かったように生活してただろうな」

「もしあの時、友だちとしばらく会えなくなると分かっていたら何と声をかけたかな」

というように、“起きてしまった過去よりも想像でしかない未来” を考えることが多くなった。



これは決して現実を否定しているのでは無い。

この10年かけてこれらの出来事を"運命"として受入れる覚悟ができたからこそである。



皆さんはこの10年、どのように過ごしてきましたか。



ADRA_福島_富岡高校佐藤さん.JPG


(人材育成プログラムの一つで、福島県立富岡高等学校いわき明星大学サテライト校と米カリフォルニア大学サンディエゴ校国際関係・環太平洋研究大学院の学生とのスカイプを通じた交流の様子)





明日は宮城県からの声をお届けします。


(執筆:国内事業課 三原千佳)


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Posted by ADRA Japan at 18:00 | 東日本大震災 | この記事のURL | コメント(0)
(3/4) 【スタッフのつぶやき】アラビア語のことわざ [2021年03月04日(Thu)]


皆さん、こんにちは!僕はM.R.K Shin です。

現在ADRA Japanでインターンをしています。

僕はアラビア圏出身で、アラビア語を母国語としていますけど、英語も日本語も話すことができます。

現在、東京都で大学に通いながらさまざまな面白い日本語の言葉や表現を学びましたので、アラビア語の言葉や表現も共有したいな〜と思いました。

それで、日本人の方も楽しみながらアラビア語が学べないかと思い、皆さんにアラビア語の楽しさをお伝えしたいと思います。



恐らく、皆さんは「アラビア語は難しい」と思っていませんか?

「読めない」または「アルファベットとは全く違う」という戸惑いはかなりありませんか?

見慣れない文字なので少し難しいかもしれません。

アラビア語の読み方に関して皆さんご存知でしょうか。

日本語とは逆ですね。右から左に読みます。

こんなアラビア語ですが、このブログを読むとアラビア語を学びたくなる気持ちになると思います。

アラビア語の部分はカタカナで発音を書きましたので安心して楽しみながら学んでくださいね〜。



アラビア語の中にもあることわざで、実は日本でも似たようなことわざや成句が結構使われています! 

僕は日本語のことわざが好きです。

実は、ことわざを読むと文化的なことを理解し、人間関係も明るくなるそうです。

本日は楽しみながらアラビア語の言葉や表現を学ぶことを目標に、日本語とアラビア語にあることわざを見てみましょう!



@ اذا كان صاحبك عسل فلا تلحسه كله

アラビア語表現「イザ・カン・サヒブカ・アーサル・ファラ・タルハスフ・クラーフ(甘い友達があれば、全てを舐めないでください)

英語翻訳: If your friend is honey, don't lick him all

日本語での近いことわざ「親しき仲にも礼儀あり」


つまり、自分の友達または相手が優しいなら、その人の優しさを悪用しないでください、という意味です。

たとえば優しい友達に出会うと、その人に色々許してもらえるから段々と優しさを悪用するような人がいます。

優しいからと、いろいろと甘えてしまう人がいます。

しかし、相手を頼り過ぎれば結果として、相手に迷惑をかけてしまいます。

いろいろしてもらえるからといって、自分勝手に甘え続けるのは良くありません。



A عرج الجمل من شفته

アラビア語表現「アラジャ・アルジャマル・ミン・シフト(ラクダの足が止まった理由は唇からです)」

英語の翻訳: A bad workman always blames the tools.

日本語での近いことわざ「弘法筆を選ばず」


つまり、「働けない理由は歩けない」または「仕方ない」という意味もありますが、それは働けない理由とは全く関係ないです。

わがままな人や下手な人ほど、これは自分の問題ではなく、環境や状況の問題であると言います。

そして、自分が悪いとは認めません。自分以外のことのせいにします。



B الجار قبل الدار

アラビア語表現「アルジャッル・カブラ・アッダル(自分より近所の方が大切です)

英語の翻訳:One can live without friends, but not without neighbors.

日本語で近い成句「汝の隣人を愛せよ」

つまり、自分のことを考える前にお隣さんのことを考えるべきです。

アラブ文化で近所や周りの人は大切です。

お互いの関係を良くするためには、わがままな考え方はできません。

あまり好まない手伝いであっても、できるだけするべきです。



C اسأل مجرب و لا تسأل حكيم

アラビア語表現「イスアル・ムジャッレブ・ワラ・テスアル・ハキム(経験者は賢者より意識があるはずです)

英語の翻訳:Experience without learning is better than learning without experience.

日本語で近いことわざ「習うより慣れよ」


つまり、経験することは重要なことです。

もし、何か仕事をするときに頭が良いけど経験無しの人だったら、あんまり仕事をすることができません。

それよりも、昔その状況を経験した人が仕事を手伝ってくれた方が仕事は進みますし、自分自身もその人の経験から学ぶことができます。

やはり、知識より経験が大変役に立ちます。

他人の経験から何か学んだ方が良いです。



いかがでしたか? 言葉の意味を想像することができましたか?

日本語とアラビア語の似たようなことわざを見ると、親近感がわきませんか?

確かに、ことわざはその国の文化・伝統・人間関係の中から作られており、アラビア語にはアラビア語の言葉の美しさがあり、日本語には日本語の言葉美しさがあると思います。

その国にしかない言葉の美しさというのは、恐らく全世界共通でしょう。

アラビア語のことわざにはラクダがでてきたり、日本語では弘法がでてきたり、面白いですよね。

ぜひ、皆さんもアラビア語に興味を持って、そして楽しんで学んでみてください。


(執筆:ADRA Japanインターン M.R.K Shin)



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