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(4/22) ジンバブエ便りvol.54 ジンバブエ経済の、今 〜再び起きているインフレーションとコロナ禍の中、人々はどう暮らしているのだろうか〜 [2021年04月22日(Thu)]


こんにちは。ジンバブエに現地事業責任者として駐在している小松です。

今回は現在のジンバブエ経済の話をしたいと思います。



この記事を読む前に、ジンバブエ経済の歴史を知りたい方は以下のブログを参考にしてください。↓

(4/7) ジンバブエ便りVol.46.〜ジンバブエの経済政策に翻弄される人々〜-ひとつの命から世界を変える



米ドルとジンバブエドルの為替レートのインフレーション

私は新型コロナの世界的流行でADRA Japan本部の指示により、2020年3月に一度日本に帰国しました。

私が帰国したすぐ3月末から、ジンバブエ政府はアメリカ・ドル(US$)と現地通貨であるジンバブエ・ドル(ZW$)の銀行為替レートを固定し、US$1に対してZW$25にしました(ただし、為替レートは取引先によって変動します)。

同時に、2019年6月から禁止されていたUS$の使用が認められ、法的に問題なくUS$とZW$の両方が使えるようになりました。

US$の使用が認められたことで、業者がUS$で海外からガソリンや資材などを購入できるようになったので、ガソリンの購入を待つ長い行列なども見られなくなりました。

また、首都では電気も安定して供給されるようになりました。



しかし、3月末からロックダウン規制が始まり、多くの人が店を閉め、人々の行き来が街から無くなりました。

銀行為替レートは上述の通りUS$1に対してZW$25の固定でしたが、マーケットの為替レートはZW$25を超えるインフレーションが起きていました。

政府は、インフレーションに歯止めをかけるために、為替レートのオークション制を2020年6月から導入しました(参考ページ(rbz.co.zw))。

初めて耳にする政策です。



オークションは毎週火曜日に行われます。

US$1に対してZW$25で固定されていた銀行為替レートはオークション制度が始まった6月末は約ZW$57、7月末には約ZW$68、8月には約ZW$80のアメリカ・ドル高、ジンバブエ・ドル安に跳ね上がりました。

インフレーションの歯止めのために導入した為替レートのオークション制度で、かえってインフレーションが進んだかのように見えましたが、2020年8月以降は落ち着き、2021年3月現在でもUS$1に対して約ZW$80で安定するようになりました。

理由は定かではありませんが、ロックダウンにより経済がほとんど動かなかったので、市場(US$の現金の流れ)が安定したのではないかと推測されています。



食料品・生活用品のインフレーション

以下の図は、2019年1月〜2021年2月までの、食糧、生活用品、それぞれの平均物価上昇率を表したものです。(参考、ジンバブエ中央銀行のHP)。

グラフを見て分かるように、この2年の間でも大きく物価が変動しています。

これは単に物の価格が変動しただけではなく、使用通貨やUS$とZW$の交換レートに係る政策が大きく影響しています。

例えば、2019年6月の大幅な物価の上昇はUS$の使用が禁止されたためであり、2020年3月の物価上昇は銀行為替レートがUS$1に対してZW$25に固定されたためです。




1.png

[図1.食糧、生活用品、それぞれの平均物価上昇率]




インフレーションに対応できるように数字を増やす

インフレーションはZW$の紙幣にも影響しました。

2020年1月には約ZW$37で購入できた食パン1斤が、8月には約ZW$80になりました。

今まで利用されていた2ボンドや5ボンドの紙幣では枚数が多くなりすぎるので、5月に10ボンドや6月に20ボンドの紙幣が新たに発行されました。




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[使い込まれ、すでに汚くなっている新紙幣]




また、インフレーションは携帯リチャージカード(日本でいう携帯電話用のプリペイドカード)にも影響しました。

為替レートがUS$1対ZW$1のときは、US$5のリチャージカードの購入でしばらくの間、データ通信料や通話料をカバーすることができました。

しかし、インフレーションにより携帯会社もデータ通信料や通話料を値上げしたので、US$5のカードではそこまで通信料と通話料をカバーできなくなりました。

そのため、リチャージカードの販売額は10倍のZW$50とUS$50なみの価値になりました(一方で、なぜかカード自体は約5分の1のサイズに縮小されました)。




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更に、政府は、US$とZW$が1対1でなくなり、その差が大きくなったことを受け、US$を表す$の表記を使わないZWLという通貨表記も新たに導入しました。

ZWLとZW$の実態は全く同じですが、本来「ZW$(ジンバブエ:ドル)」は2009年のインフレーションで経済破綻が起きるまで使っていた表記で、そのあと再度自国の通貨を作ったときに表記を「ZWL$(ジンバブエ・ドル)」とし過去と差別化を図ったのですが、実際のところあまり使い分けはされていないので、それぞれの記載が入り混じって存在しています。



インフレーションが故に支払い方も多種多様

ZWLとZW$、ZWL$はどれも同じ意味で、ジンバブエの通貨であるジンバブエ・ドルになります。

しかし、ジンバブエ・ドルという言葉はほぼ耳にすることが無い一方で、次の写真はUS$現金で支払った時の領収書ですが、US$での支払い、ボンドノートでの支払い(ZW$)、Ecocash(エコキャッシュ)など携帯電話のシムカードを使っての支払い(Mobile)、銀行からの振り込み(T/FER)、プリペイドカードやデビットカードによる支払い(SWIPE) など様々な支払い方法があり、支払い方法に応じて、みんな金額とレートを確認し合っています。




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少額のUS$1またはZW$1以下の通貨がない・少ないことによる障壁(キャッシュクライシス)

US$の使用は認められたものの、そもそもUS$の紙幣自体がこの国にはほとんどありません。

特に、ZW$1以下の通貨がほぼないことやUS$1などの少額紙幣が余り流通していないことなどで、おつりが特定のマーケットで使用可能な商品券やコインになることもあります。

たまに、US$とZW$が混ざったおつりになることもあります。




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[あるファーマーズマーケットで利用可能な1つUS$1分のコイン]





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[あるフードコートで使える商品券]




食材やガソリンはある

インフレーションが落ち着いた現在は、買い付け騒ぎは起きず、為替レートがUS$1に対してZW$80のアメリカ・ドル高、ジンバブエ・ドル安であってもお店に品物はそろっています。




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US$価格で日本の物価と比較した場合、品物にもよりますが、日本の相場と大して変わりません。




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ディーゼルガソリンが1リットル US$1.31で、レギュラーガソリンがUS$1.30です。




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フィッシュアンドチップスがUS$8で、ハーフチキンがUS$7です。




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地元の飲食店なら主食のサザとチキンシチューで、US$1.50です。

ちなみに、このときUS$2を支払ったら50セントのおつりが無いので、ZW$50のおつりが返ってきました。(為替レートはUS$1対ZW$100で計算されていました)



ここまでジンバブエ経済の流れをできる限り分かりやすく伝えてきましたが、ご理解していただけたでしょうか。

最後に、インフレーションはまたいつ起きるか分かりません。

また、銀行にある自分のお金がどうなってしまうのかも信用ができないので、多くの国民が銀行に預けず、家にお金を置いています。

銀行にお金を預けても利息はなく、もし現金を引き出せたとして、銀行によっては引き出し額の合計に対して、2.5%の手数料がかかります。

物価が高くなっても、給料が物価のように上がるわけでもなく、2020年3月にロックダウン規制が始まっても、政府は何一つ保証もしてくれない中で多くの国民が生き延びてきました。



私は、いつも「どうやって生きているんだろうか」と、ジンバブエ人のことを心配しています。

それでも、こうやって私がジンバブエに戻ってきて多くの人の笑顔を見る限り、国民一人一人が見えないところで手をつないで苦境を乗り越えているんだろうなと思うと、ジンバブエ人の強さに心を打たれます。

そのような苦境の中で頑張っているジンバブエの人達に、感染対策をきちんとしつつ、これからも必要な支援を届けられるように活動していきます。

引き続き、ご支援、ご協力をお願いします。



※ADRAJapanスタッフのTwitter
ADRA Japan(アドラ・ジャパン)スタッフさん (@ADRAJapan_Staff) / Twitter

私も1週間に1回程度ツイートしていますので、フォロー・いいね・コメントをぜひ、宜しくお願い致します。楽しみにしております。


(ジンバブエ事業 現地事業責任者 小松 洋)



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Posted by ADRA Japan at 18:00 | ジンバブエ便り | この記事のURL | コメント(0)
(2/10) ジンバブエ便りvol.53 現地スタッフが教えるおすすめZimbabweスポット! [2021年02月10日(Wed)]


今回のジンバブエ便りでは、ADRAジンバブエで働くアンセラム・グワァラティ(Anslem Ngwarati)とジョセフ ジョーン(Joseph John)がジンバブエのおすすめスポットを紹介してくれます。

まず初めは紹介してくれるのはロジスティクス担当のアンセラム・グワァラティ(Anslem Ngwarati)です。

(過去のブログでもアンセラムがADRAで働く想いについて述べています。興味がある方はこちらをクリック!)




Anslem_Ngwarati_.jpg

[アンセラム・グワァラティ(Anslem Ngwarati)]




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私のおすすめのスポットは、ニャンガ国立公園にあるニャンゴンベ滝です。

ニャンガ国立公園の西側に位置するニャンゴンベ滝は、世界三大瀑布のような激しい滝ではなく、穏やかな滝ですので、滝の近くまで行き、流れる水の音に耳を傾けて心を癒したり、写真を撮ったりすることができます。

ニャンガ国立公園を流れる水は、国内で最もきれいな水と言われており、浄化の必要なしに直接飲むことができます。

滝へは毎日9時30分から11時30分の間に訪問することができます。



次に紹介してくれるのはアシスタント・フィールド・オフィサーのジョセフ ジョーン(Joseph John)です。

(ジョセフもADRAで働く想いについて過去のブログで話してくれています。興味がある方はこちらをクリック!)




Joseph_John.jpg

[ジョセフ ジョーン(Joseph John)]




スタジアム.jpg

[ルファロスタジアム(Rufaro Stadium)]
 




ルファロスタジアムは、ジンバブエの首都ハラレのムバレ郊外にあります。ジンバブエで2番目に大きいスタジアムで、収容人数は6万人です。

ジンバブエの文化にサッカーは深く根付いています。人々はサッカーを愛し、地元チームを情熱と愛を持って応援しています。

ダイナモス(Dynamos)はハラレで最も人気があるチームであり、ルファロスタジアムをホームグラウンドとして使用しています。

キャップス・ユナイテッド(Caps united)もまたハラレに拠点を置くチームで人気があります。

ハイランダーズ(Highlanders)はブラワヨ(Bulawayo:南西部の第二の都市)に本拠地を置き、その地域では莫大な数のサポーターがついてます。

ダイナモス(Dynamos)とハイランダーズ(Highlanders)の試合はいつも熱戦が繰り広げられ、「The battle of Zimbabwe」と呼ばれています。




試合前のお祈りのようす.jpg

[ 試合前のお祈りの様子 ]




ジンバブエの1部リーグには18のチームがあり、過去のシーズンでは、小さな鉱山の町ジシャワネ(Zvishavane)に拠点を置き、資金力があるFCプラチナ(FC Platinum)が優勝しました。

ルファロスタジアムはジンバブエ独立以来、多くのサッカーの試合が繰り広げられており、ジンバブエサッカーにとっての聖地となっています。



以上、ADRAスタッフがおすすめするジンバブエスポットでした。

現地人だからこそ知っている情報を紹介しましたが、如何でしたでしょうか。

また、機会があれば他の現地スタッフにもおすすめスポット聞いて紹介したいと思います。


(日本語訳、編集者:ジンバブエ事業担当 上田 耕二)



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Posted by ADRA Japan at 11:00 | ジンバブエ便り | この記事のURL | コメント(0)
(12/22)ジンバブエ便りVol.52 ADRA Zimbabwe(ジンバブエ支部)で働くスタッフたちの想い(後編) [2020年12月22日(Tue)]


7月の前編に続き、ジンバブエで教育環境の包括改善事業に携わる残り3名の職員をご紹介します。



ジョイス・ムビリリ(Joyce W. Mbiriri)

アシスタント・フィールド・オフィサー:フィールド・オフィサーを補佐し、関係者との連絡、調整を行う。また、各活動のモニタリングも行う。



ジョイス@_.jpg


※後列右端の女性




ジョイスA_.jpg




「私がADRAで働く理由は幾つかあります。

先ず、ADRAは教育者としての私が興味を持っている教育分野の支援をしていること、また私が大学で専攻した建築の知識を活用する面でも挑戦しがいのある魅力的な仕事があることです。

更に、ADRAの仕事は、様々な職業、地位、立場の人達と関わる機会を与えてくれます。

特に、貧困に苦しむコミュニティの人達と働くことは、彼らに変化をもたらし、彼らの生活が一歩一歩改善されていくのを見ることが出来るので、やりがいがあります。

事業地のゴクウェ・ノース地区のコミュニティで、男女の区別なく、建設に携わる人達に必要な技術を身に着けてもらうためのオン・ザ・ジョブ・トレーニングを実施することにも誇りに感じています。

同地区カブユニコミュニティでは、ADRAの事業で建設作業に携わった11人の男性が高等教育省の技能検定試験(建設)を受験し、その内、10人がクラス3の職人資格を、1人がクラス4の職人資格を取得しました。

この実績により、私は国が認定する職業試験の試験官になるチャンスも得ました。

そして、最後に、ADRAには、様々なことをシェア出来るスタッフ間の素晴らしいチームワークがあるからです。」



アンスレム・グワァラティ(Anslem Ngwarati)

ロジスティック担当:事業のロジスティックスを担当し、主に物資購入、運搬手配、スタッフの移動手配などを行う。



Anslem_Ngwarati_.jpg




「私は2011年にゴクウェ・ノース地区のWASH-OFDA事業のドライバーとしてADRAに入りました。

ADRAに入職した理由は、生きていくために、どうしても仕事に就く必要があり、ADRAだけが残された道だったからです。

しかし、ADRAに入るとすぐに、ADRAは私にとって生活の糧以上の存在になりました。

というのは、ゴクウェ・ノース地区全体の担当チームの一員となり、多くの社会的不平等があることを知って、私の人生観が大きく変わったからです。

日々十分な食事が出来ない多くの人々、劣悪な環境で勉強したり、そもそも学校に通えなかったりする多くの子どもたち、身体を洗う場所すらない多くの家など。

この時、自分がいかに恵まれているか、そしてADRAがいかに素晴らしい仕事をしているかを知りました。

私は、ADRAで、他の人への思いやりと愛を学びました。

そして、このことが今もADRAで働いている理由です。それ以外にも、スタッフ間の強い結びつきと、キャンプミーティングや教会などいつでも礼拝に行くことができることもADRAで働いている理由です。」



ファリライ・メリッサ・カパソ(Farirayi Melissa Kapaso)

経理担当:現地事務所にて事業の経理を担当する。

事業に関わる口座の管理、会計報告の作成なども行う。



Farirayi_Kapaso_経理担当.jpg




「私は、2015年に大卒研修生としてADRA Zimbabweに入職しました。

ADRAに入った主な理由は、経理分野で多くの経験を積みたいと考えたからです。

その考え通り、私は、NGOの簿記について、知識を増やし、スキルを磨くと共に、経理部で多くの仕事に取り組んできました。

一方で、ADRA Zimbabweで働くことで、資金管理だけではなく、無力でひどい惨状の世界に救いの手を差し伸べる喜びが得られます。

ADRAで、会計の知識やスキルを向上させたことに加えて、我々の援助を必要とする人々の生活を理解することの大切さを学びました。」





2回にわたって現地スタッフの紹介をしてきましたが、如何でしたでしょうか。

次回は、現地スタッフおすすめスポットを紹介しますので、楽しみにしていて下さい。



(執筆:ジンバブエ事業担当 堀 真希子、松田 俊夫)



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Posted by ADRA Japan at 11:57 | ジンバブエ便り | この記事のURL | コメント(0)
(11/13) ジンバブエ便りVol.51 〜ジンバブエの食文化〜 [2020年11月13日(Fri)]


アフリカ南部の中央に位置するジンバブエは海に面していない内陸国です。

人口は約1,460万人、多用な文化を持っており、その中でも食文化は、紛れもなく多様な人種や文化を特徴付けるものの一つです。

今回はジンバブエの食事についてご紹介したいと思います。



ジンバブエの主食である、メイズ(とうもろこしの一種)の粉をお湯と一緒に練り合わせた料理はサザ(ショナ語表記でSadza)と呼ばれ、国民食であり、野菜の煮物や、余裕のある家庭では牛肉や鶏肉などの付け合わせと一緒に食べます。

サザは通常夕食に食べますが、経済的理由、もしくはその家の好みにより、家庭によっては昼食にも食べます。

熱々のサザを何食わぬ顔で平然と手で掴み食べている様子を見ると驚きますが、サザの淡泊な味がどの付け合わせとも良く合います。



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[サザと野菜、乾燥小魚(マテンバ)、ソーセージ、豆の付け合わせ]




ピーナッツ、豆、バターナッツ、ムボラと呼ばれるカボチャの葉をピーナッツバターと和えたもの等もジンバブエの伝統的な食べ物です。

また、サンプと呼ばれるひき割りトウモロコシを茹でてピーナッツバターと和えたマヌチュという料理も、そのまま食べたり、肉や野菜の付け合わせと食べたりと好まれています。



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[ひき割りトウモロコシサンプをピーナッツバターと和えたマヌチュ]




カボチャをよく茹でて潰し、ピーナッツバターと和えたノピもカボチャが出回る季節には多くの人が昼食や夕食時に好んで食します。



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[カボチャをピーナッツバターと和えたノピ]




お粥もまた、若者からお年寄りまでみなが好む食べ物で、朝食の食卓に良く上ります。

ミリミール(メイズという種類のとうもろこしを挽いた粉)をお湯で練り、砂糖、塩、マーガリンやピーナッツバターを加えて作ります。

また、特に幼児にはここにアボカドやヨーグルトなど栄養のあるものを入れて食べさせたりもします。



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[ミリミールのお粥]




焼きトウモロコシもまた多くの人が好む食べ物で、集会があったりすると、直火でメイズをローストし、この焼きトウモロコシを食べながら議論やおしゃべりを楽しみます。

車に乗って道で信号待ちをしていると、焼きトウモロコシを抱えた子どもが売りに来るということも良くあります。



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[焼きトウモロコシ(チバゲ)]




調理したお米にピーナッツバターを加えて和えたご飯も美味しく、チキンやその他付け合わせと一緒に食べます。



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[ピーナッツバターと和えたご飯]



夏は、青空市場で乾燥したモパネワームや羽アリ(イシュワ)を売っています。

これらはフライにして食べます。

食べたことがあるスタッフによると、イシュワの味はエビに似ていて美味しく、おつまみとして止まらなくなるとのこと。



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[モパネワーム(クリックするとご覧いただけます)]




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[朝、街灯の下に集まった羽アリ。雨季の始めに飛んできたもので、食べるにはまだ小さい。(クリックするとご覧いただけます)]



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[集めた羽アリが調理され、イシュワとしてビールのお供になるまで。(クリックするとご覧いただけます)]




またオレンジ、リンゴ、ブドウ、バナナ、モモ、グアバ、マンゴーなどのフルーツは多くの家庭で日常的に食べられています。

マジャンジェ、バオバブの木に生る実(マウユ)などの伝統的なフルーツも10月〜4月の雨季になると手に入ります。



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[マジャンジェ]




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[マウユ]




ジンバブエ人は炭酸飲料も好物で、ストーニーと呼ばれるジンジャエールの一種はどこでも手に入ります。

一方で、発酵させたミリミールに砂糖を少し加えて作るマヘウはジンバブエの伝統的な飲み物です。

訪問した家庭で飲ませてもらいましたが、白濁したマヘウは酸っぱく、どこか自家製酒のようなアルコール臭さもあり独特の味でした。

ジンバブエ人のアルコールの摂取量も多く、地域で醸造されたものから、輸入されたビールまで、幅広く飲みます。



炭酸飲料やお菓子など、輸入品も多く口にする一方で、地域や国で取れる野菜や果物を工夫して調理し、独特の食文化を持つジンバブエ。

特にメイズは主食のサザをはじめ、ジンバブエの食を支えている中心的な食材で、甘味から飲み物まで、様々な料理に使われていることが印象的でした。


(執筆:Joseph John(ジョセフ ジョーン)、日本語訳・編集:ジンバブエ事業担当 堀 真希子)



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Posted by ADRA Japan at 15:53 | ジンバブエ便り | この記事のURL | コメント(0)
(8/28) ジンバブエ便りVol.50 〜ゴクウェの村の暮らし〜 [2020年08月28日(Fri)]


今回はADRA Japanが教育支援事業を行っているゴクウェノース(Gokwe North)地区の暮らしについて、現地スタッフのJoseph John(ジョセフ ジョーン)が紹介してくれます。



0._Joseph_John.jpg


「Joseph John」:アシスタント フィールドオフィサー
*彼がADRAで働く思いを知りたい方は、バックナンバーのブログ『ADRA Zimbabweで働くスタッフたちの想い』をご覧ください。



<ゴクウェの村の暮らし>



1._一般的な住居.JPG


[一般的な住居]




ゴクウェノース地区は、ジンバブエのミッドランド州ゴクウェ地域の北部にある2つの行政区です。



地元の人々は主食のサザ(メイズというトウモロコシの粉とお湯を混ぜてこねたもの)を自ら育てた限られた野菜と一緒に食べますが、たまに飼育している鶏やヤギなどの家畜を食料とすることもあります。



2._台所で食事の準備をする女性.jpg


[台所で食事の準備をする女性]




3._サザと野菜と肉.jpg


[サザと野菜と鶏肉]
※ゴクウェの家庭で肉が食卓に出てくることはめったにない。



また、日本でもよく知られているバオバブの木は、雨季になると葉を茂らせます。

その葉、樹皮、実の中にある種はマラリアや風邪などの症状に対して伝統的な薬として用いられています。

また、子どもたちはバオバブの実の硬い殻を割り、種の周りに付いた白い果肉部分を水に溶かしてジュースを作ったりもします。



4._バオバブの木.JPG


[バオバブの木]




5._バオバブの実の内部.jpg


[バオバブの実の果肉]




6._バオバブの実からジュースを作る子どもたち.jpg


[バオバブの実の中の白い粉状の果肉部分を水に溶かして
ジュースとして飲む子どもたち]




この地域では住民のほとんどが農家で、主に綿花を栽培して生計を立てています。また、雨季には大きくて甘いスイカを育てます。

村の生活は厳しい時もありますが、住民は頑張って元気に生きています。



7._綿花畑で綿を収穫している住民.jpg


[綿花畑で綿を収穫している住民]




あいにく近年は、この地区になかなか雨が降らず干ばつが長期に渡って継続しています。

その結果、綿花が十分に育たず、村の住民は十分な収穫を上げることができていません。

そのため、主産業の綿花による収入が著しく減少し、村の住民はこれまで経験した事がない苦労を強いられています。

食料を確保するため、雨が降った際に家族総出でトウモロコシやキビを植え、育てています。



8._干上がった綿花畑.jpg


[干上がった綿花畑]




親は一日の大半を農場や家庭菜園で過ごし、家庭を支えるために一生懸命働いています。

子どもたちは普段学校に行っていますが、雨季になると両親の農作業を手伝うために学校を休みがちになってしまいます。



この村では児童婚の文化もまだ残っていますが、現在、この違法的な慣習を止めるために、村のリーダーが中心となって啓発活動を行っています。


(筆者:Joseph John(ジョセフ ジョーン))



以上、Josephからの紹介でした。

ゴクウェの村の暮らし、いかがでしたでしょうか?

新型コロナウイルスの影響で活動に限りはあるものの、ADRA JapanとADRA Zimbabwe(ジンバブエ支部)はいま、子どもたちが継続的に学校へ通うことができるように住民に対して教育の重要性を伝える活動も行っています。



引き続き、皆さまの温かいご支援をよろしくお願いいたします。


※この事業は、皆様からのご寄付のほか、日本NGO連携無償資金協力の助成も受けて実施しています。


(日本語訳、編集者:ジンバブエ事業担当 上田 耕二)



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Posted by ADRA Japan at 10:57 | ジンバブエ便り | この記事のURL
(7/22) ジンバブエ便りVol.49 ADRA Zimbabwe(ジンバブエ支部)で働くスタッフたちの想い [2020年07月22日(Wed)]


今回は、教育環境の包括改善事業で働く3名のスタッフを紹介したいと思います。



Malvern.jpg

マルビン・マドゥク(Malvern Maduku)

フィールド・オフィサー:事業地に駐在し、日本人事業責任者の指示のもと事業の運営にあたる。また、事業地で行政や他団体との連絡・調整なども行う。



「ジンバブエの地方にある村を訪問した時、都市との生活スタイルの違いに気が付きました。

ほとんどの地域において、水や適切な公衆衛生、質の高い教育、住居、医療など、社会サービスへのアクセスはほとんどありませんでした。

私はいつもこれらの不平等を解消していきたいと思っていますし、恵まれない人々のために彼らの夢の土台を提供し、応援したいと考えています。

私は2010年の7月にADRAに入りました。ADRAで働く中で、私は、ここでの働きが、実際にコミュニティが抱える課題を解決していくことに繋がるということを学びました。

私たちが支援する、彼らの瞳に宿る希望を見ることは、かけがえのないことです。」



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ジョセフ・ジョーン(Joseph John)

アシスタント・フィールド・オフィサー:フィールド・オフィサーを補佐し、関係者との連絡、調整を行なう。また、各活動のモニタリングも行う。



「私は2012年ごろADRAに入職し、不毛な土地で暮らす人々への生活支援事業やベースライン調査のデータ収集等に関わってきました。

取り残された地域に住む人々への生活改善のために働きたいと思い、それが私のモチベーションになって、ADRAに入りました。

コミュニティが良い方向に変わり、彼らの生活が良くなったとき、私はいつも満足感を得ます。

ADRAで働けることは誇りであり、私たちがともに働く全ての受益者に示すべき愛や思いやり、配慮によって、私個人としての人生も良い方向に変わりました。

今、私は、水や食料、家など基本的なものすら持てない人たちがいるということ、また行きたくないからではなく学校に支払うお金がないために一度も学校に行ったことがない子どもたちがいるということを知っています。

ADRAでの働きを通して、人々の生活を変えていけることに、喜びを感じています。」



Duncan.jpeg

ダンキャン・ムププニ(Duncan Mpupuni)

ドライバー:事業地で車の運転とメンテナンスを行う。



「私は2007年半ばにADRAに入りました。私はドライバーとしてこの事業に関わっていますが、実は農業技術も持っており、また家禽の飼育経験も豊富にあります。

そのため、ドライバーをしながら、ときどき事業地において養鶏等の手伝いやアドバイスをしています。

私が持っているドライバーの技術や農業と養鶏の知識を用いて、一度しかない人生を、人道支援に使い、ADRAのように、キリスト教精神を持つ環境で働けること、また、プロフェッショナルなスタッフと共に働くことで、自分のスキルがより磨かれることが嬉しいです。

そして、人道支援組織に貢献したいという想いを持ち、私は今もADRAで働いています。」



次回のジンバブエ便りでは、ゴクウェ・ノース地区の村の暮らしを紹介する予定です。

また、第2回の職員紹介では他2名のスタッフについてもご紹介いたします。

ぜひお楽しみにしていてください。


(執筆:ジンバブエ事業担当 堀 真希子)



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Posted by ADRA Japan at 14:44 | ジンバブエ便り | この記事のURL
(5/15) ジンバブエ便りVol. 48 〜世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るう今、ジンバブエはどうなっているのか〜 [2020年05月15日(Fri)]


ジンバブエの大統領は、2020年3月30日から4月19日までの21日間のロックダウンを宣言しました。

そして、まず5月3日まで、その後さらに5月17日まで延長されました。

基本的に外出は禁止で、自宅から半径5キロメートル以内であれば食糧や燃料、医療品などの必需品の購入はできますが、それ以外の外出は禁止で、違反者には罰則が科せられます。



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[語学を勉強する場所、レストランなど多くの店が無期限で営業停止]



ジンバブエでの初めての新型コロナウイルス感染者は、3月20日に保健育児省大臣から発表された38歳のビクトリアフォールズ在住のジンバブエ人です。

感染者には、英国への渡航歴がありました。

そして、2人目の感染者は翌日21日に報告された、ハラレ在住のジンバブエ人で、南アフリカ経由でアメリカ(ニューヨーク)から帰ってきた方でした。



同月24日、2人目の感染者であった著名ジャーナリストが30歳という若さで亡くなったというニュースが報道されたことでジンバブエ全土に衝撃が走りました。



死亡の背景には、本人に慢性的な疾患があり肺の腫瘍摘出手術を昨年に受けていたことに加え、当時指定病院に人工呼吸器の在庫が無かったなど、ジンバブエの医療キャパシティの限界もありました。

彼の死以降、寄付を受けるなどして、人工呼吸器は病院に設置されました。



5月13日現在での感染者累計確認数が37人、うち死者数は4人と、数字のうえでは少なく見えますが、国民の多くが見えない恐怖におびえながら生活しています。
(情報元:世界保健機関の情報報告書“Situation Report – 114”)



失業率80%以上のジンバブエで、その日を生き延びるために路上でバナナなどの食材を販売していた人たちの姿は見られなくなりました。

国から提供される保証もなく、外出禁止令で収入が得られない中、彼ら・彼女らはどのように生きているのでしょうか。



移動証明書を持っていれば、NGO関係者などは国内を移動することができます。 

以下は、スタッフが移動した時に撮影してもらった写真です(4月中旬)。



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[外出が禁止されている中で物乞いをする人たち。
横の看板には「BETTER THAN STEALING(人から盗むよりましだ)」とあります。]



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[移動している車両には、「自宅から5キロ範囲内で必要な買い物をしている車両」と「政府から発行された移動証明書を持っている車両」があるので、警察が一定区間で取り締まりを行っています。移動証明書を持たずに車両が走っていることもあるそうです。]



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[ショッピングセンター(TM)では、身体的距離を保つために入場制限が課せられ、入り口で待つ人が行列を成しています。]




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[営業停止になった首都ハラレ中心部近くの青空市場]



国からの保証がないと、貧しい人はさらに厳しい生活を強いられます。

上記の写真にあった「人から盗むよりましだ」の言葉には、ジンバブエの国民性がよく表れていると思います。

ジンバブエ人は、温厚で、優しく、真面目に仕事をする人たちが多いです。

挨拶では、ショナ語でマムカセイ(今日は元気?) という質問にタララセイ (私たちは元気だよ) と答え、お互いの家族の健康を確認し合い、固い握手を交わします。

ただ、新型コロナウイルスの影響で、人々は握手をやめ、挨拶代わりに靴と靴を合わせるようになりました。

そのような中で、人から盗むよりも、物乞いしてでも生き延びようとする姿は、ジンバブエ人の相手を大切にする生き方そのものだと思います。



ADRA Japanの教育事業は、2度目の延長時に規制が少し緩められたので、スタッフがフィールドに行くなど少しずつ活動を始めることができました。

新型コロナウイルスの影響が、できる限り早く収束し、みんなの不安が解消され、事業を通して、少しでも多くの人たちに教育を提供できる環境を構築していきたいです。

きっと校舎が完成した暁には、教員が子どもたちに、新型コロナウイルスへの対策を教えていくでしょう。





★新型コロナウイルス感染予防のために★

・石鹸を使いこまめに手洗いをしましょう。また、アルコール消毒液を持ち歩いて水が無いところでも手を清潔に保てるようにしましょう。
・洗っていない手で目、鼻、口を触らないようにしましょう。無意識に触っていることがあります。
・具合が悪い場合は、家の外に出歩かないようにしましょう。そして、すぐに病院で診察を受けましょう。
・毎日体温測定と自分の症状を確認し記録を残しましょう。
・咳やくしゃみをするときは、咳エチケット(マスクやティッシュ・ハンカチ、袖を使って口や鼻を抑えること)を守りましょう。
・不要不急の外出を避けましょう。
・外出する場合や自宅においても3密(@換気の悪い密閉空間A多数が集まる密集場所B間近で会話や発生をする密接場所)を避けましょう。



■COVID-19に関するウェブサイトの紹介

◆厚生労働省:新型コロナウイルス感染症について
◆外務省:海外安全ホームページ
◆日本国立感染症研究所:新型コロナウイルス(2019-nCoV)関連情報について
◆参考:ジンバブエ日本国大使館のHP「領事情報」 





(執筆:ジンバブエ現地駐在員 小松 洋


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Posted by ADRA Japan at 13:55 | ジンバブエ便り | この記事のURL
(4/30) ジンバブエ便りVol. 47 〜教育環境改善支援 1期事業完了のお知らせ〜 [2020年04月30日(Thu)]


ADRA Japanは2019年3月から3年計画で、ジンバブエのミッドランド州ゴクウェ・ノース地区にて、教育環境の改善を目的とした事業を行っています。

2020年3月に1年目が終了したため、進捗を報告します。

今回は、@事業で建設した校舎、Aチームビルディング研修、B特別開設クラス、の順にご紹介します。



@ 事業で建設した校舎

事業を始める前は、対象となる小学校には校舎が無かったり、足りなかったりという理由から木陰の下で授業をしていました。

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ADRA Japanの事業の1年目として教室と倉庫をそれぞれ2室備えた校舎を、計3校に建設しました。下の写真は住民と共に建設したネニュンカ小学校の校舎です。

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こちらはクシンガ小学校の校舎です。

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教室内部の様子です。1教室で50人前後の生徒が、それぞれ机と椅子を使い、天候に左右されずに授業を受けることができます。

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2年目は、もう1棟の校舎に加え、教員住宅の建設も行う計画です。



A チームビルディング研修

次にチームビルディング研修の様子をご紹介します。

教育環境を改善するには学校と地域社会の協力が大切になります。

そのため、外部のファシリテーター(進行役)が、教員や学校開発委員会のメンバー(日本でいうPTA)、地域住民、行政職員の立場と役割を明確にし、住民参加型の学校運営になるように研修を実施しました。

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チームビルディング研修後、研修に参加した学校開発委員会のメンバーが中心になり、事業の内容と住民の役割を子ども達の両親や地域住民に伝え、建築に必要な砂や砂利、水を住民自らの手で集めてもらいました。

手で運ぶ人もいれば、ロバや牛等の家畜を使い、二輪車を引いて運ぶ人もいます。

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一方で、ボランティアの家庭訪問を通して、教育の重要性をメッセージとして伝えました。

児童労働や早期婚などの問題がある地域だからです。

家庭訪問をするなかで学校に通っていない子ども達を見つけ、家庭環境や学習の進捗状況を踏まえて、子ども達の一部を特別開設クラスに登録しました。

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また、スポーツイベントをきっかけにして集まった人たちに対して、地域の子どもや大人が寸劇や歌、詩を披露し、教育の重要性を伝えました。

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参加者には、教育の重要性を謳うメッセージが入ったノートやナップサックが配布されました。

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B 特別開設クラス

学校が校舎などの教育施設を維持管理していくためには、学費以外の収入を増やしていく必要があります。

そこで、この事業では学校開発委員会のメンバーと特別開設クラスの子ども達を対象に、養鶏を通した生計向上活動を取り入れました。

写真は、畜産の専門家が養鶏に関する基礎知識を教えているところです。

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完成した養鶏小屋に鶏が入っています。

学校開発委員会のメンバー向けと特別開設クラス向けに、2つの養鶏小屋を建てました。

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毎日日替わりで住民が鶏の管理をしています。

この品種は卵を多く生むため、毎日数十個の卵を回収することができます。

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卵の販売だけでなく、更なる収入向上を目指し、有精卵を孵化させ、雛鳥または食用肉として販売する活動も始めました。

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養鶏の研修は、特別開設クラスの子ども達にも行いました。

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孵化した一部の雛鳥を特別開設クラスの生徒に配布し、家庭で育てる取り組みも始めました。

子どもたちは自分たちの力で鶏を育てることにより、飼育方法だけでなく食や命の大切さについて学ぶことができます。

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下の写真は特別開設クラスの様子です。

年齢に関係なく、それぞれの子が自分のレベルに合った授業を受けられます。

※特別クラスの詳細に関してはブログのバックナンバー「(11/20)ジンバブエ便りVol.43 今日は「世界子どもの日」 」を参照にしてください。

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ここで、皆さまから支援を受けた現地の人たちの声をお伝えします。



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チリサ小学校の学校開発委員会の会長、シラス・ムウェンバさん

「木陰で授業を受けていた子ども達が、完成した校舎できれいな机や椅子を使い、安心して授業を受けられるようになりました。

また、校舎の建築に必要な砂や砂利や水を住民同士協力して集めることで、同じ目標に向かって隣人と働きながら、お互いの関係性を更に深めることができました。

マイタバーサ(ショナ語で「ありがとうございます」の意味)」



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チリサ小学校の校舎建設のアシスタント作業員、ヴィンバイ・マチドさん(写真左)

「私は6人の子どもを育てる母親です。

この校舎建設を通して専門的な技術を学ぶことができました。

この仕事がきっかけとなり、建築に興味を持ち、勉強を続けて3月末に建築の専門試験も受験しました。

試験には合格できると考えています。

私たちの文化では仕事に対する女性への制限がまだ存在しているので、私の建設作業への参加は他の女性へのモチベーションにもなりました。」



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【左下の黄色い〇がヴィンバイ・マチドさん、右上の黄色い〇がシラス・ムウェンバさん】



2年目には引き続き教育の重要性を伝えるワークショップに加え、特別開設クラスの運営、養鶏のモニタリングを行っていきます。



この事業は120人以上のスタッフを持つパートナーNGO、ADRA Zimbabweと協働で実施しています。2年目も共に知恵を出し合いながら活動を進めていきたいと思います。

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今後とも皆さまのご支援・ご協力のほど、どうぞよろしくお願い致します。

※この事業は、皆様からのご寄付のほか、日本NGO連携無償資金協力の助成も受けて実施しています。



(執筆:ジンバブエ現地駐在員 小松 洋



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Posted by ADRA Japan at 10:14 | ジンバブエ便り | この記事のURL
(4/7) ジンバブエ便りVol.46.〜ジンバブエの経済政策に翻弄される人々〜 [2020年04月07日(Tue)]


国に現金がない。

日本にいるとなかなか想像がつきませんが、その現実は深刻です。

街中では当然のことながら、空港においても、両替はどの通貨からもできません。

ジンバブエで流通している現金であるボンドノートが手に入らないとなると、一般的に支払いに利用されている電子マネー、Eco cashなどを購入する必要がありますが、そのためには携帯電話のシムの購入が必要です。

シムの購入に使える通貨はボンドまたは暫定通貨RTGSドルのみ。

シムを購入するための通貨が手に入れられません。

ツテや知り合いがいない人は、見知らぬ誰かにシムを購入してもらうなり、ボンドノートを恵んでもらうなりしない限り、ジンバブエでの生活をスタートできません。

2009年には100兆ジンバブエ・ドルが発行されるほどのハイパーインフレーションに陥り、その後、米ドルが流通して落ち着いていたジンバブエで何が起こっているのでしょうか。



複数基軸通貨制(複数外貨制)



2009年、ハイパーインフレーションが起こったジンバブエ・ドルの発行が停止され、米ドルと南アフリカ・ランドが法定通貨として導入されました。



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[かつて使用されていたジンバブエ・ドル札]



その後、2015年、ジンバブエ・ドルが公式に廃止され、米ドル、南アフリカ・ランドに加え、新たに日本円、中国元、豪ドル、インド・ルピーが法定通貨として導入されました。

翌2016年、さらにユーロ、英ポンド、ボツワナ・プラを加えた9通貨が法定通貨として採用されました。

一時、かつてのハイパーインフレーションは解消されましたが、2004年以降続いていた貿易赤字や米ドル高と相まって、米ドル現金不足の原因の一つとなっています。



ボンドノートとRTGSドルの導入



2016年11月、米ドルの現金不足を補うため、米ドルと等価交換されるボンドノートが導入されました。

ボンドノートは2ドル紙幣と5ドル紙幣の2種類で、ジンバブエ国内でのみ使用可能、国際取引には利用できません。



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[ボンドノートの2ドル紙幣と5ドル紙幣]



2019年2月には、十分な外貨準備がない中、ジンバブエ中央銀行が暫定通貨RTGSドルを導入し、さらに同年6月には暫定通貨RTGSドルを唯一の法定通貨に指定し、米ドルなど外国通貨の法定通貨としての利用を禁止しました。

RTGSは即時グロス決済(Real time gross settlement)の略で、現在、支払いの多くはRTGSドルで行われています。

RTGSドルは2ドルと5ドルの紙幣(ボンドノート)があり、それ以外は電子マネーの運用となっています。

電子マネーは会社によりEco cash、Tele cash、OneMoneyなどありますが、90%以上の国民がEco cashを利用しています。

今の日本に置き換えてみると分かりやすいかもしれません。


↓↓クリックで画像が大きくなります↓↓
現金_電子マネーの図.png

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[買い物はEco cashが最も一般的。レジ前に振込先の携帯電話番号が記載されており、携帯電話を使ってEco cashを通してその場で送金する。]



米ドルの利用は法的に禁止されましたが、大使館やNGOの利用は、現在のところ例外的に許可されています。

つまり、現在実際に使われている通貨は、RTGSドル、米ドルになり、支払い方法としては、現金(ボンドノート)や電子マネーの他、銀行送金やデビットカード等が可能です。



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[米ドルの取引は一般的には違法のため、米ドルが使えない店も多い]



ボンドノート(Bond)、RTGSドル(RTGS)、米ドル(USD)



2016年11月にボンドノートが導入されたときには米ドルと等価、1 USD = 1 bondでした。

また、RTGSドルが導入された2019年2月には、1 USD = 2.5 RTGSと設定されました。

それが、2020年4月2日現在、おおよそ1 USD = 28 bond= 37 RTGSにまでボンドノート、RTGSドルの価値が下落し、通貨の序列はUSD > bond > RTGSとなっています。

多くの支払いがRTGSドルで行われている一方、商品の価格の多くは米ドル建ての価格設定となっています。

中央銀行の公式レートは発表されていますが、実際のレート設定は店舗によって様々であり、物品やサービスを購入する客は、あくまで店の言い値を支払うのみです。

通常、現金での支払いは電子マネーでの支払いよりお得です。

電子マネーでの支払いも、どの会社の電子マネーで支払うのかにより、レートは変わってきます。

また、米ドル現金での支払いが通常一番安いですが、法的には米ドルの利用は禁止されているため、店舗によってはRTGSドルでの支払いよりもレートを高く設定してくる場合もあります。



銀行と現金



一般的に、銀行口座のボンドノートの引き出し、銀行口座への入金をすることはできますが、ボンドノートの引き出しは一人当たり1日100ボンドまで、1週間で300ボンドまでと制限があります。

一方で、銀行口座から米ドル現金を引き出せるのは大使館、国連機関、NGOおよびそのスタッフのみであり、例えばADRA Zimbabweでは約10事業が稼働しているにも関わらず、引き出し額は合計で1日10,000 USDまでと制限があります。

また、スタッフの1日あたりの引き出し可能額は、1,000 USDのみとなります。

事業内のみならず、事業間でも業者への支払い等を調整しないと、業者への支払いが滞ったり、支払いができないという事態が容易に起きてしまいます。

ADRA Japanのフィールド事務所があるチテケテには銀行がないため、銀行から現金の引き出し等を行いたいときは、車で約4時間かかる別の都市まで行く必要があります。

このように、銀行に、物理的にアクセスが容易でないことに加え、一日に引き出せる額に限度がある、銀行の信用度の下落により、多くの人が銀行にお金を預けなくなっています。



庶民の経済状況



大使館やNGO職員の給与は米ドルで支払われている場合も多いですが、国の行政職員をはじめ、多くの国民は給与をRTGSドルで受け取っています。

この1年間で40倍近く価値が下落したRTGSドルですが、国民が受け取るRTGSドル給与額はこの1年でせいぜい2倍か、ほとんど変わりません。

例えば2019年2月に500 RTGS (=200 USD)もらっていた人の給与は、1年後の現在でもせいぜい1,000 RTGS (=27 USD)です。


↓↓クリックで画像が大きくなります↓↓
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紙幣の数は2倍になっているように見えますが、価値は1割程度になってしまっています。

一方で、物の値段はレートの変動によりRTGS額で値上がりしています。

例えばパン1斤の値段はRTGSドル額で見ると、2019年1月の2.5 RTGS (=1 USD)から1年後には37 RTGS (=1 USD)に跳ね上がっているのです。

RTGSドルでは給料は減り、物価は急激に上がっています。

米ドルベースでは変わらないのですが、米ドルにアクセスできない庶民の経済状況は非常に厳しいものとなっています。


↓↓クリックで画像が大きくなります↓↓
インフレの例02.png


別の例を挙げると、2019年11月7日に私が購入した1 GBのData bundle(インターネット通信費)は20 RTGSでした。

翌朝、価格をチェックすると、たった1日で、1.2 GBが50 RTGS、600 MBが30 RTGSと大幅にRTGS価格が変更されていました。

RTGSドルへのアクセスのみしか持たない国民にはとても残酷な状況です。

日中は電気が一切来ないゴクウェ・ノース地区。

夜、電気が来るのは10:00pm以降のため、日の入り後はどこのお店も真っ暗です。

そんな中、どんなに小さなお店でも、お菓子一つを買うのにも、携帯電話による電子マネーシステムでの送金が行われていました。

この一年で価値が暴落した電子マネーに翻弄される庶民。

そのままの形で手元に置いておいても、いつその価値がなくなるかわからないため、人々はなるべく貨幣・紙幣や電子マネーではない形、例えばヤギ等に変えて、保持するようになっています。

事業地では多くの買い物が物々交換で行われていました。

このようなインフレを引き起こしている現在の現金不足は、独立以降の脆弱なガバナンスや数々の経済政策の失敗に加え、政府役人による賄賂や汚職も大きな要因の一つです。

元々教育水準は高いジンバブエの人々が、インフレに翻弄されることなく、またしっかりと自国の産業で収入を得て生活していくことができるようになることを願わずにはいられません。



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[ゴクウェ・ノース地区の綿花畑]



(執筆:ジンバブエ事業担当 堀真希子)



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Posted by ADRA Japan at 13:49 | ジンバブエ便り | この記事のURL
(1/21) ジンバブエ便りVol.45 〜人々の生活を圧迫するインフレと水・電力・食料の不足〜 [2020年01月21日(Tue)]


皆さん、こんにちは。
ジンバブエ事業担当の堀です。



私は普段、東京本部にて
ジンバブエ事業をサポートしていますが、
2019年11月に事業視察のため、
ADRA Japanが教育支援を行っている
ジンバブエのゴクウェ・ノース(Gokwe North)地区を訪問しました。



ゴクウェ・ノース地区は首都ハラレから車で7時間ほどの場所に位置します。



昨今のインフレと現金不足により
国内での両替は一切できないと聞いてはいたものの、
いざハラレの空港に降り立ち、両替所を覗いてみると、
掲示版には主要通貨のレートが示されているにもかかわらず、
USDをはじめ一切の通貨の両替ができませんでした。



国内に現金がないという事実を突きつけられました。



2019年に入り急速に進んだインフレは深刻であり、
一般市民は外国通貨が使えなくなり、
国民は2000年代に経験した超ハイパーインフレの再来を恐れています。



2019年2月に導入された暫定通過RTGSドルは、
当初米ドルと1 USD = 2.5 RTGSドルとされていましたが、
11月にはもう1 USD = 約20 RTGSドルにまで跳ね上がり、
米国通貨を取得できない人々の生活は非常に厳しくなっています。



国全体としての問題であるインフレに加え、
7-8時間車を走らせて向かった事業地、
ゴクウェ・ノース地区では、水不足、電力不足、食料不足が深刻でした。



学校建設を行っている小学校では、
資材のコンクリートに使用する水を、
近くの井戸からバケツに汲み、
徒歩で往復して運んでいました。



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[バケツで近くの井戸から水を運ぶ]



チリサ小学校近くのダムからは水がなくなり、
干上がった大地が横たわっています。



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[干上がったダム]



クシンガ小学校近くの川も干上がり、
延々と、水のない川底が見えるだけです。

住民はその川底を掘り、
わずかに染み出してくる水を
バケツで汲み上げて生活用水として使用しています。



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[干上がった川]



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[川底を掘り、染み出す水を汲む]



川が近くにないチリサでは、
村で唯一の井戸が、
約1,000世帯の住民の生活を支えていました。



半径にして約15km。



一番混んでいる夜8時頃、
井戸に水を汲みに行ったら、
水を汲んで家に帰ってこられるのは朝4時頃とのこと。



徒歩で往復3時間かかる道を、
水の入ったバケツを持って歩くか、
ロバにひいてもらわなければなりません。



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[井戸に群がる住民]



井戸は手動のポンプ式で、
住民が絶え間なく水を汲み続けていました。



ジンバブエの大地の下には
石炭が多く含まれているため、
井戸水にも硫黄成分が溶け出し、
また塩分も含まれます。



それでも貴重な、唯一頼れる水源。



人々の生活がまさにこの一つの井戸にかかっていました。



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[住民がポンプで絶え間なく水を汲み続けていた]



この水不足の原因の一つには、
例年では雨季が始まるこの時期にも雨が降らず、
源流であるジンバブエとザンビアの国境に流れる
ザンベジ川から水が供給されないということがあります。



電力が供給されるのは
基本的に夜10:00pmから朝4:00amまで。



その時間でも、
日によっては来ないことも多く、
日中は電力供給が一切ありません。



学校では小さなソーラーパネルを置いて
携帯電話を充電するなど
電力不足を賄っていますが、
決して十分ではありません。



学校へ向かう途中、
立ち寄らせてもらったスタッフの実家では、
家まで電線が引かれているにも関わらず、



「去年(2018年)の12月から電気は一度も来ていない。」



と同僚はあきらめ顔でした。



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[電線が通っているが、電気は約1年来ていない]



ジンバブエは電力の約70%を水力発電に頼っていますが、
ここ最近の渇水により、
水力発電による電力供給量が大幅に不足している現状があります。



ジンバブエの主食は
メイズ(トウモロコシ)の粉をひいて調理したサザ
(粉をお湯で練って作ったお餅のような、固いおかゆのような食べ物)。



それを鶏肉やヤギ肉の煮込みと一緒にいただきます。
ヤギ肉は臭みがなく、淡泊なサザの味と合い、とても美味しいです。



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[食事の支度]



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[サザとヤギ肉の昼食]



このサザも、以前は学校給食として
政府から各学校に支給があったものの、
食料不足により、
現在その配給は止まっており、
家から食事を持ってこられない子どもたちは
昼食が食べられません。



ADRA Zimbabweでは、
一部の学校で学校給食の提供をしています。



ランチを学校で食べられることで、
子どもたちはようやく朝と昼、
一日二食の食事が確保できます。



学校に向かう途中、
病院らしきものは一つも見当たりませんでしたが、
小さなクリニックの脇を通りました。



一般的な出産もこのクリニックで行われています。



交通手段がない地域なので、
最も遠方に住んでいる妊婦は10-15km先のクリニックまで、
臨月にもかかわらず出産のために歩く必要があります。



そのため、当然皆がクリニックまで歩いて行けるわけでもなく、
自宅で出産しようとする人も多くなってしまいますが、
政府はその危険性から家での出産は違法としています。



クリニックでできる診察は
胎児の心音チェックと血圧測定の2つのみ。



ほとんどの妊婦が出産のタイミングまで受診しません。



緊急の場合は地区の病院で
輸血等を受けることができますが、
私たちの事業地であるゴクウェ・ノース地区の面積は
7,268 ㎢と広大です。



東京都の3倍以上の面積があるこの地区で
病院は一つしかありません。



ゴクウェ・ノース地区を網羅する救急車も
この病院の1台のみ。



つまりこの1台が出払ってしまったら、
病院には自力で向かうしかありません。



緊急時に、車もない中、
それほど遠方の病院にどのように向かうのか。



想像をしただけで、
この地での出産がどれほどリスクを伴い、
命がけで行うものなのか、
と考えさせられました。



果たしてこのような環境で
自分は出産しようと思えるだろうか…。



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[ネニュンカ小学校の生徒たち]



生きていくために必要な
最低限の水、食料等も手に入らず、
また、経済破綻によるインフレが
人々の生活を脅かしている様を目の当たりにしました。



彼らの生活を支えるために、
今後私たちに何ができるのか、
改めて考えていきたいです。



※この事業は外務省の日本NGO連携無償資金協力と
 皆さまからの寄付金で実施しています。


(執筆:ジンバブエ事業担当 堀 真希子)※写真はすべて筆者撮影



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Posted by ADRA Japan at 11:07 | ジンバブエ便り | この記事のURL
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