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松井 二郎
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なかにし礼はなぜ助かった〈後編〉 [2020年11月10日(Tue)]




 なかにし礼さんは
食道がんになり、
医師から手術を
すすめられるのですが、
まずそれを疑った。

 なかにしさんは自分で調べ、
"陽子線治療"
という方法があるのを発見。
これを受けたところ
食道がんは消えたのです。
その体験をテレビで語る
なかにしさんは
どうみても健康な人でした。


 こんにちは。松井二郎です。

 なぜ
なかにしさんは、医者にまかせず、
自分で調べたのでしょう?

 幼少時代、こんな体験をしたからだといいます。


       ◇


 旧・満州で生まれた
なかにしさんは、
終戦間際の1945年、
ソ連の攻撃から逃れるため
母と列車で
満州の牡丹江(ぼたんこう)から
ハルビンに向かっていました。

 そのとき突然、ソ連軍の空襲に遭遇。
乗客はみんな外へ逃げ出し、森へ走る。

 しかし母は
「おまえは小さいから、
イスの下に隠れていなさい。
そうすれば大丈夫だから」

 幼い息子が森まで逃げるのは困難と考え
息子を列車に残し、
母だけが外へ出たのでした。


 空襲が終わって母が戻ると、
列車はめちゃめちゃになり、
なかにしさんは生きていましたが
まわりの乗客はほとんど
死んでいました。

 「許しておくれ。わたしがまちがっていたわ。
これからは、おまえは
お母さんの言うことでも信じてはいけない。
自分で、逃げるのよ。自分で、生きるのよ」


 このとき、なかにしさんは
「母のいいわけめいた
この言葉を聞いた瞬間、
『そうか』
と思って、私は突如目覚めた」
といいます。
「このとき以来、
私は物事をすべて自分で考え、
自分で決断してきた」。


 それが、いまのぼくは、
ただ医者の話を聞いて
ぼんやり呆然としている
だけではないか。
ぼく自身、頭を何も使っていない。
これはいけない。
少しはおまえも頭を使え。
自分の体なんだから、自分で考えろ。
もっと全知全能を傾けて戦うんだ!


 なかにしさんは自分で徹底的に調べはじめ、
そしてたどりついたのが陽子線治療だった
のです。


       ◇


 食道がんといえば、
思い出さずにおれないのが、
同じとき同じ食道がんを発表し
突然世を去った、
中村勘三郎さんです。

お二人の結末は、あまりにも対照的です。


 勘三郎さんは、いい人でした。
きっと医者を心から信じ、
心から任せたのでしょう。

のちの追悼番組で
入院直前の勘三郎さんの映像が
紹介されましたが、
気のおけない仲間とゴルフをしたあと
ニコニコ笑って
「お医者さんにお任せ」みたいな
言葉を仲間に言っていました。

その結果は残酷でした。


 対して、なかにしさんは、すね者だ(失礼)。
批判精神は医者の言葉にも向けられた。
信じなかった。
信じない、のでもなかった。考えた。


 そして運命が分かれたのでした。

 (つづく)





 ◆ まだコロナが不安なら
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ↓ ↓ ↓


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 ◆ 編集後記
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 信じない。疑わない。確かめる。




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