いま、流行の(^_^;)
[2006年06月13日(Tue)]
ちょい悪オヤジたち?!
チョイ悪オヤジの会は、昨年後半に結成された。
メンバーは、一世とその仲間のお父さんたち。(チョイ悪とはいうものの、とっても素敵なお父さんたちなのだ(^_-)-☆)
最年長者の髭爺で一世のオヤジ
きっかけは、お母さんたちは時には毎月のように、あるときは節目に集まって、日ごろの鬱憤を晴らさんと、集まって夜な夜な飲む機会があったし、日中はというと、療育センターの保育で毎日のように顔をあわせている仲。
次に年長者の侑果ちゃん&こうへい君のオヤジ
しかし、オヤジたちはというとなかなか、顔をあわせる機会も年に数度しかなかったために、お母さんたちからお父さんたちも集まって飲んだら!との勧めがきっかけとなって始まった。
その次に若い麗奈ちゃん&奈美ちゃんのオヤジ
スタートは5名。
年齢も20代から50代まで。
職業もそれぞれ。
最初の掛け声は、朝五時まで負けずに飲むぞぉ〜!
だったが、残念ながら今に至っても達成できていない。
今回の一次会の中で一番若い、あっ君のオヤジ
最初は、緊張の面持ちでの顔合わせからのスタートだったが、会を重ねるごとに団結力は強まり、今では飲む以外に積極的に行動を起こそうというまでにいたっている。
先日の飲み会でも、お酒を飲みながら療育のあり方について論議が交わされるなどとってもまじめで、頼もしい会のなのである。
あと一人は20代の最年少のモネちゃんのオヤジ。
今回は2次会からの参加で写真がない(>_<)
去年の酔いつぶれた時の写真でごめん(^_^;)
そして今回のメインイベント、7月8日に大阪から専門家に来てもらって、シーティング(座位保持方法)と補装具等の選び方(仮称)で勉強会を開くことを決定したのであった。
なかなか勉強したいと思っていてもその機会に恵まれることの少ない宮崎において、必要であろうということで、即決!
ねぇ、オヤジたちもなかなかやるでしょ! また、9月には大々的なイベントをしようと企画進行中でもある。(乞うご期待(^_-)-☆)
っというわけで、一世のお友達のお父さんたちの紹介でした。
あっそうだ、あと一人、二次会からのえらい酔っ払った某銀行マンと称した参加者が一人いたっけ。
アヒル隊長(^o^)丿
[2006年06月12日(Mon)]
花束とHappyBirthdayメッセージ
髭爺・感激!!
そして、一世の運動会
アヒル隊長、きれいなお花と、とても心温まるメッセージをお寄せいただき、本当にありがとうございました。初めての経験でした。
何度も何度も繰り返し読んでしまいました。 ちょっと気恥ずかしいですが、粋なはからいに改めて感謝です。
アヒル隊長と奥様にCyu〜 飛んでいけぇ〜〜!
さて、6月10日は、
アヒル隊長のお父様の誕生日
アヒル隊長はとっても親孝行なんですよ!!
「あんないい席で、いい試合の流れで、サヨナラが見れたなんて、最高だな〜」と、そして、お父様の顔を見て、『嗚呼、この人の息子で生まれてよかったな』と。
なんと素晴らしい!! 髭爺も見習わなくちゃ!
そして一世の運動会(^o^)丿
今年は赤団だぁ〜!
がんばんべぇ〜(^o^)丿
笑い転げて、とっても楽しかった。 でも前日に「オヤジの会」(詳しくは下段で)で飲みすぎたようで、最初はちょっと動きが鈍かったかな。 侑果ちゃんパパには、大変気の毒に事をしてしまいましたm(__)m 許してくださいね♪
そして翌日6月11日は、
アヒル隊長より感涙に咽ぶメッセージを頂いた日でした。
昨日は、身体が思うに任せず、ぐったりと。一日がアッという間に過ぎ去っていきました。
両日ともとっても充実日で、心からありがとうm(__)mでした。
ところで、
一世の運動会は、体育館で子供療育センター通園保育部の子供と家族、それとお隣の教室で学んでいる保育部の大先輩とその家族、そしてスタッフ、ボランティアを含め総勢100人近い人たちでとっても賑やかに行われました。
体育館には万国旗が張られ、ステージ前方には第12回大運動会と書かれた看板、運動会にはつきものの雰囲気を盛り上げて・・・・・・!。
お母さんと一緒にダンスしちゃったょ〜!
まず、はじめに準備運動。これは家族とスタッフ対象の準備運動で、ラジオ体操第??だったかな。 そして次に、一世たち保育園児と先輩たちが円陣を組んでダンスをしながらの準備運動から運動会は始まったのです。
ワッセ、ワッセ、それ引けどんどん。あ”〜
あ”〜〜、負けちった(>_<)
そして例年なんといっても運動会最大の盛り上がりは、障害物競走、パン食い競争、そして最後の締めとして行われる綱引き競技。 思わず力が入ってしまって(^_^;)。今年の戦績は2連勝で圧勝。お陰で筋肉痛に悩まされることになりましたが、心地より疲れを存分に味わうことができた運動会でした。
さて、来年は果たしてどうなるかな??
やったぁ〜(^o^)丿メダルもらったぞぉ〜!
あれぇ〜、今回は本当のメダルだ!
予算が余ったかぁ〜(^_^;)?!
おまけに、さかのぼって6月9日は、侑果ちゃん、麗奈ちゃん、あっ君、モネちゃん(途中参加)のパパたち、そして酔っ払いの西田さん(これまた途中参加)が加わって、昨年から定期的に開いている「オヤジの会」でした。この「おやじの会」の様子は次回にでも詳しく紹介をさせていただきやしょう(^_^;)。
一世は今大学病院に三種混合の注射に出かけていきました。(本当は昨年注射しなくちゃいけなかったのに、つい失念していたもの。なんとかぎりぎりセーフでした。(^o^)丿
今週もまた始まっちゃいましたね。
何はともあれEnjoyしていきましょう(^o^)丿
UMAP2006宮崎(^o^)丿
[2006年06月05日(Mon)]
6月5日 月曜日 晴天? 一部雲あり(^_^;)
最近の週間天気予報はあてにならないようです。
晴れの天気に文句を言うわけではなく、私的には晴れの天気は大歓迎なのですが、先週末のキャンプが予定通りにできなかったのみ未練が残っているだけ。
但し、ロッジでの一夜はいつ寝入ったのかも判らないくらいに、楽しかったので、文句を言うと罰があたっちゃうかな。 温泉もいいお湯だったし!
今回の温泉は、南郷村の山間にある「山霧」という美人温泉。とってもやわらかい、すべすべとした感じの温泉でした。 その後のビールがとっても最高!!
おかげさまで車中では爆睡で帰ってきました(^_^;)
ドライバーさんお疲れ様でしたm(__)m
そして次回のキャンプの予定も7月1日〜と決まったし、何にもいうことなし(^o^)丿
今週もがんばって楽しんで行きましょう(^_-)-☆
「一世」誕生物語−出産3
[2006年06月02日(Fri)]
久々の「一世」誕生物語−出産その3
久しぶりに「一世」誕生物語に加筆をしようと思います。
最近、よく医療ミスのことを耳にすることが多くなったと感じています。
果たして本当に医療ミスなのかどうかは、なかなか断定しにくいものだと理解もしているつもりなのですが、どうも「嘘ぉ〜!」といわざるを得ないことも多々ありますね。
一世の周りにいるお友達の出生に纏わる話などを聞いていても然りです。
医療従事者とて、神様ではないので完全ではないというのは大前提として承知の上でのことなのです。が、それでもなお疑念を抱いてしまうのはなぜなのでしょうか?
それは、医療者からのきちんとした説明責任がなされていないこと。
医療者側に事の真相を隠そうとする意識が働いてしまっていること。
などからではないかと思います。
さて、一世出産物語-2を書いたのは随分昔のこと。思い起こしていただくのにも一苦労でしょうが、脳の訓練と思って・・・・・・(^_^;)。
前回は、執刀医の先生に噛み付いたところでどうにかなるものでもなく、手術の成功に対してお礼を述べて家内の病棟に向った。そのとき、一世は新生児集中治療室の保育器の中で高濃度酸素投与を受けていた。 というくだりで終わっていました。 その続きは、
私は、先生からの説明に釈然としないものを感じつつ、家内の病室へと向かったのでした。
というのも、明日に出産予定日を控え、最後の検診に訪れた産婦人科での検診の結果があまりにも違いすぎたこと。そしてなぜ急遽、国立大学病院へ母子搬送されなければいけない事態になってしまったのか。
しかも、移動中に携帯電話で手術の了解をしなければならないほどの緊急手術。本当に大丈夫なんだろうかという疑念の渦が・・・・・。
チャント診察してたのかな??って。
病室も戻ると、まぁ!(家内のニックネーム)は、いまだ麻酔覚めやらぬ意識朦朧の状態で、背中に刺したままの注射針による強い痛みを訴えていた。そして、むくんだ顔が今でも忘れられない。 ちなみに帝王切開のメスは縦ではなく、横一文字にメスを入れたとのこと。
事の顛末をベッドの横で聞きながら、本当に大変な辛い思いをしたことが痛いように伝わってきた。 果たしてなんと言葉をかけていいものか・・・・、しかし、月並みにも大変やったね、痛かったろ!具合はどう?としか聞けなかった。
母体搬送→診察→胎児の心音が・・・・・ → 緊急手術 → 帝王切開にて一世の誕生。 その間耳にした看護師の「妊娠中毒症」が未処置との言葉が、強く印象に残っていたと。
やはり、仮死状態で、しかも子宮内の羊水が空っぽの状態で胎便吸引症候群という異常出産。 不吉な予感が過ぎったのも不思議ではない。
いよいよ、新生児集中治療室へむかう。
よぉ〜、やっときたかぁ〜。
おそかったのぉ〜!
随分大変だったんだぜぇ〜(>_<)
見てみろ、頭にその様子が
ありありと残ってんだろ!
つづく
Posted by
髭爺 at 15:07 |
一世 |
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あのねぇ〜(^_-)-☆
[2006年06月01日(Thu)]
ご質問にお答えして・・・・・・。
先日の「療育」について、よくわかんない!っというお便りをちょうだいちましたので、ちょっと僕なりに知っていることをかいてみまちた。
療育という言葉にはね、狭い意味とね広い意味だあるんだ。
療育という言葉はね、肢体不自由という言葉と一緒にね、高木憲次という大正時代から昭和の終わりまでね活躍していた人が造った言葉なんだよ。
そしてね、昭和初期10年頃まではね、肢体不自由児の治療と教育を医治的救護とか医治救護と表現していたらしいんだけど、戦後まもなく、療育という言葉で表現するようになったんだって!
療育をね、狭い意味合いでね、しかもものすごく難しく表現するとね、「療育とは現代の科学を総動員して不自由な肢体を出来るだけ克服し、それによって幸にも快復したら『肢体の復活能力』そのものを(残存能力ではない)出来るだけ有効に活用させ、自活の途の立つように育成することである。」んんだって。 何だか本当に難しい表現だね。
またね、最近の療育はね、生みの親の高木さんの意味合いを離れてね、心身障害時の治療と教育の統合形態を広くさすようになってきているんだって。病虚弱児や心身障害時のように常に、臨床的観察と、その間の教育を必要とすることはもちろん、精神薄弱児や情緒不安定児の家庭、学校、施設などの教育をも療育というように表現するようになってきているんだってさぁ。
ってことは、リハビリテーション(障害者が人間らしく生きる権利(基本的人権)の回復)とも軌を一つにすることだともいえるね。
なんだかなぁ〜(^_^;) 僕って、どえらい難しいことを・・・・しちゃったかぁ〜?やっぱり、何でも楽しくなくちゃいやだよねぇ〜!