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夢は叶う―新井会長講演記K [2010年10月25日(Mon)]

こんにちはびっくり
少し遅くなりましたが、「25の小さな夢基金」講演会の続きをお届けします音符
夢とは、本当の豊かさとは―はてな
春蕾の女の子たちと一緒になって考えていきましょうキラキラ




第12回 中国の夢、日本の夢 -その1-


「貧乏とは変化を求めることができることだ。立ち遅れとは白紙のようなもので、これから良い絵が書けるという楽しみな面もある」(ケ小平元国家主席)

「一人当たりGDPが1万5000ドルを超える国では豊かさと幸福度はほとんど関係がない。1万5000ドルまでは豊かさは幸福感の因子として働いている」(米国のジャーナリスト、W・バーンスタイン)


 正直にいって私自身、中国の人々の夢はよくは知りません。しかし、中国はいま、高度成長を驀進中である。日本の高度成長時代は、人々の夢はGDPに象徴される豊かさと絡むものでした。中国の人々の夢が、成長と一体になっていることは十分、理解できます。賃金が上がる、よい家に住める、家電製品がどんどん家に入ってくる、旅行ができる・・・昨日より今日、今日より明日が良くなるという世界なのでしょう。

 雲南省はいま猛烈な勢いで経済が拡大していると思います。手元に統計がありませんから正確な数字は分かりませんが、沿岸部より内陸部の発展の早さが最近の特色ですから、二桁成長というところでしょう。また、当地昆明をベトナム、インド、カンボジアなど東南アジアの国に近い雲南省の中心ということから東南アジアのへそという声も聞かれます。日本の1960年代、70年代のような成長を伴う夢の実現が可能な社会になりつつあると思います。

 日本はいま、残念ながら成長の夢が薄れています。特に若い年齢の日本人かは、成長に伴う夢の実現を希望する声はほとんどなくなっています。現状にほぼ満足ということかもしれません。今日より明日が良くなるかどうかにはさほど関心を示していないようにも見えます。各種の世論調査などでも、日本の先行きに警鐘を鳴らすのは年寄り世代です。若者はのんびりしているという結果が出ています。いつの世でもおかしいのは若者、言葉、天気の3つとはよくいわれることですから、のんびりした日本の若者が将来、変身しないとは限りませんが、のんびり若者の背景には、バーンスタイン氏のいう1万5000ドル仮説が影響しているかもしれません。
≪続く…≫





新井淳一さん略歴
1940年、仙台市生まれ。東大経済学部を卒業後、日本経済新聞社に入社。金融担に始まり通商政策、外交、景気、財政などを担当、1975年にNY特派員。帰国後は雑誌編集・編集局経済部長・東京本社編集局長を歴任、2008年、代表取締役で日経を退社。現在は社団法人日本経済研究センターの会長を務める。2010年10月より日本雲南聯誼協会顧問。
耳寄り情報!2010東京・中国映画週間! [2010年10月21日(Thu)]

皆さんこんにちはびっくり情報通の城戸さんからまたまた耳寄り情報が届きました笑顔

今週土曜から始まる第23回東京国際映画祭の提携イベントとして、土曜から11月5日(金)まで2010東京・中国映画週間が開催されます音符
期間中、日本未公開の中国映画がたくさん上映されますが、注目は「チベット恋物語」。チベットのカップルの60年に渡る恋模様が描かれるんですラブ
民族伝統の歌と踊りに彩られた、独特の世界をお楽しみくださいドキドキ小
また、昨年11月にNHKスペシャル「チャイナパワー」で製作過程が紹介された二大大作映画「十月囲城」と「孔子」も上映されますまる
こちらも日本未公開。気になっていた方はこの機会に是非ダッシュ

こんな時期だからこそ、冷静にお互いを見つめなおしてみませんかびっくりはてな
(東京本部:王子様電車
夢は叶う―新井会長講演記J [2010年10月17日(Sun)]
こんにちはびっくり
金曜日の「中国神秘紀行」怒江はご覧になりましたかはてな
ヌー族の若いカップルが紹介されていましたが、10周年記念式典の際来日した春蕾クラスの劉慧娟さんもヌー族でしたねラブ
劉さんもちろん怒江出身ですドキドキ小

さて、劉さんも参加した少数民族の女の子のための講演会、引き続きご覧ください拍手



第11回

 企業経営では協力がキーワードになります。
 日本のトップ経営者のひとりで企業の再建や買収で成功をおさめた日本電産の永守重信さんという社長さんがいます。経営手法はトップ・ダウンのワンマン経営者でもあります。永守さんの言葉に「法螺を吹きなさい。そして努力しなさい。法螺がいつか夢になる。そうしたらもう一段、努力しましよう。すると、いつのまにか夢が現実になる」というものがあります。ところがこの永守さんでさえ、信条は経営はチームワークだというものなのです。末端の従業員まで、トップの考えていることが浸透する企業が、自分の夢を実現する企業であると、彼自身が思っているということだと思います。

 「100匹目の猿」という話があります。1匹が芋を洗う知恵を身につけ、仲間にも伝わった。どんどん芋を洗う猿が増え、100匹目にも伝わったあたりで、突然、違う群れにも同じ行動が見られるようになる。こうなると本物です。これは生物学上、進化ということだと思います。企業経営というのは100匹までいって始めて成功ということです。90匹では失敗なのです。必要なのは協力の精神です。私も1990年代後半から10数年は新聞記者というより、新聞の経営者でした。経営者としてはみんなの気持ちをひとつにすること、それができないと経営者の夢は絶対に叶うことはないと思いました。

 日本画家で千住博さんというひとがいます。千住さんと私はたまたま100匹の猿の話をしたことがありました。そうしたら、千住さんは「新井さん、それは美しい町をつくることと同じですね」と言いました。一人がゴミを拾う。2人から3人、それが10人や20人では何の変化もないが、100人になれば町が変わるということと猿の話は同じだというのです。大切なのは暮らしたいと思うひとがそこにいること、そして自分たち町を大切にする意識を持つこと、一人ひとりの美を求める力が必要だということ、これが千住さんの結論です。結局はチームワークであり、他人の協力が欠かせないということでしょう。

≪続く…≫





新井淳一さん略歴
1940年、仙台市生まれ。東大経済学部を卒業後、日本経済新聞社に入社。金融担に始まり通商政策、外交、景気、財政などを担当、1975年にNY特派員。帰国後は雑誌編集・編集局経済部長・東京本社編集局長を歴任、2008年、代表取締役で日経を退社。現在は社団法人日本経済研究センターの会長を務める。2010年10月より日本雲南聯誼協会顧問。
またまた必見!今度は怒江!! [2010年10月14日(Thu)]

皆さんこんにちは笑顔
先週の「世界ふれあい街歩き」大理はご覧になりましたかはてな
さすが雲南が世界に誇る古都、きれいでしたねーハート

さてさて、今週もまたまた雲南を特集する番組が放映されますびっくり
今回はなんと怒江びっくりびっくり
そうです、100万回の手洗いプロジェクト実施地区にして、
わたくしYが先月出張に行ったばかりの、あの秘境・怒江です笑顔

皆さん、是非是非ご覧くださいませ〜ダッシュダッシュダッシュ





は明日夜9時からですびっくりびっくり

怒江州福貢の子どもたちラブ  


(東京本部Yブタ
夢は叶う―新井会長講演記I [2010年10月09日(Sat)]
 皆様こんにちは!
 先週末はキラキラグローバルフェスタ2010キラキラでした。土・日ともお天気に恵まれクローバー 素晴らしいイベントとなりました笑顔 当日お越しくださった方、ありがとうございました。お越しになれなかった方も、協会ホームページに記事がございますので、そちらから雰囲気だけでも味わってくださいねラブ 
 さてさて、毎週金曜日恒例、新井さん「25の小さな夢基金」昆明女子高校での講演連載、更新です♪第10回目をお届けします。ウサギ





第10回 


 みなさんが、どんな夢の実現を考えるにせよ、ひとりの力だけでそれが叶うとは思えません。周りの人の協力がいつの場面でも重要だということです。もっとも私自身、入社直後から、周りの協力が本当に重要だと思っていたかというと、そうでもありません。いまから思えば、若気のいたりということで、反省しきりですが、結構、「オレがオレが」というわがままな記者でした。新人のときから先輩に負けるものかと思っていましたし、事実、負けていなかったと思います。書けば1面トップが続きました。入社5年目には、情報産業の将来に関して書いた論文が日本で当時、最も高い評価を受けていた雑誌中央公論の大賞を取り、世間でチヤホヤされました。有頂天になっていたのでしょう。その直後に絶対、してはならないミスをおかしたのです。三菱銀行と第一銀行の大銀行の合併という大きなニュースをライバル紙に抜かれてしまうのです。これについて最初、きっかけの小さなニュースをつかんだのは私でした。だが、周りの誰にも相談せず、自分の力だけで、ものにしようと考えたからです。ライバル社の総力戦に対して私はひとりで。それが失敗でした。

 みなさんはなぜ、そんなことに私が40数年たっても、こだわるかと不思議に思うかも知れません。しかし、大きなニュースを抜きたい、他社より先に新聞で報道したいというのは、新聞記者の最大の夢なのです。もちろん、日常でもニュースの抜いた抜かれたの競争はよくあることです。私もよく抜かれました。だが、金融を担当する記者として、銀行合併を抜かれるなどということは、屈辱以外のなにものでもありません。もっとも、このニュースをきかっけに日本では銀行合併が進み、今ではそれ自体珍しくなくなりました。だが当時は大型銀行の合併はきわめて稀なことで事実、戦後初のことでした。担当記者は首を切られても文句が言える筋合いではなかったのです。失敗の原因が、私の自分勝手な判断であったのです。それ以来です。私が周囲の力を借りないと失敗につながると、信じたのは・・・。

≪続く…≫





新井淳一さん略歴
1940年、仙台市生まれ。東大経済学部を卒業後、日本経済新聞社に入社。金融担に始まり通商政策、外交、景気、財政などを担当、1975年にNY特派員。帰国後は雑誌編集・編集局経済部長・東京本社編集局長を歴任、2008年、代表取締役で日経を退社。現在は社団法人日本経済研究センターの会長を務める。日本雲南聯誼協会会員
本日!「世界街歩き」雲南大理を歩く! [2010年10月08日(Fri)]

本日、NHK「世界ふれあい街歩き」が雲南の古都大理を歩きますびっくり必見ですダッシュ

NHK「世界ふれあい街歩き」

2010年10月8日(金)午後10時〜
【再放送】2010年10月15日(金)午後4時05分〜

4000m級の峰々と美しい湖に囲まれた雲南省大理。少数民族ぺー族が多く暮らし、街ゆく人の民族衣装や屋台の食べ物、壁に自然の風物が描かれた街並みなど、随所にその伝統が息づいています。特産品はその名の通り大理石。
旧市街(大理古城)は10世紀に建国された大理国の都で、13世紀に元のフビライに滅ぼされるなど、波乱に富んだ歴史を過ごしてきた場所でもあります。
伝統の“恋歌”を奏でる若者たち、山を愛する画家、謎の“毛豆腐”……。碁盤の目のような旧市街を縦横に歩き、街を愛し、伝統文化を誇りに思う人々に出会う街歩きです。


大理市のある大理ペー族自治州には、協会支援大9校目禾甸鎮小学校がありますよ音符番組は再放送もありますので、どうぞご覧ください笑顔

Yブタ
夢は叶う―新井会長講演記H [2010年10月01日(Fri)]
 皆様こんにちは!
いよいよ明日からと迫りましたグローバルフェスタ2010。準備の合間を縫って 新井さん「25の小さな夢基金」昆明女子高校での講演連載、更新です♪第9回目をお届けします。ウサギ





第9回 

 <夢を叶えるノウハウ・・その2、ひとりでは無理です>

 「5本の指がすべて形も大きさも違うから、かえって手は働きやすいように、現実世界に生きる人々はみんな能力、環境が違うから、お互いに助けたり、助けられたりするわけです」(松長有慶)

 松長さんは奈良の興福寺という日本でも一番有名なお寺のえらいお坊さんです。いかにもお坊さんらしい言葉ですが、私の長いキャリアの中でも、この言葉がぴったりする場面は数限りなくありました。夢を叶えるには、自分ひとりでは無理で、結局、みんなの助けを借りないといけないということです。

 新聞記者というと、みんな個性が強く、自分の思ったことを強く主張し、妥協はしないというイメージがあることは事実でしょう。しかし、実際の取材や編集の場面では、一人の記者ができることは限られています。第一、情報だって自分ひとりでは入ってくる量が少なすぎます。経済や政治という複雑な現象を正確に描くには、いろいろな情報を分析して、取捨選択する必要があります。新聞社の現場はチームワークなのです。自分が考えている状況は正しいのかどうか。他人の目で見てもらう必要があります。私自身、結構、思い込みの激しい人間です。自分の見方を否定されると、不愉快になります。しかし、仲間の注意のおかげでミスを防げたことは本当に多いと思っています。

 日本の新聞社の場合、一人の記者が書いた記事が印刷されるまで、最低でも4〜5人がチェックします。まずキャップ、自分たち記者仲間のヘッドです。ついで本社にいるデスク。彼は原稿の直しやどこの面にどのくらいの大きさで載せるかを決めます。載せないという決定も彼がやります。それが整理記者に送られ、見出しなどが付加されます。紙面になった段階では部長会でチェックを受けます。そして最終は編集局長の判断です。この間、字句や事実にまちがいはないかを校閲の担当者が見ます。要は他人の目によるチェック抜きには、新聞記事は存在しないのです。みなさんは面倒なことと思うかもしれませんが、新聞の力は社会的にとても大きく、小さな間違いまで許されないから、これは仕方がないことだと思っています。

≪続く…≫






新井淳一さん略歴
1940年、仙台市生まれ。東大経済学部を卒業後、日本経済新聞社に入社。金融担に始まり通商政策、外交、景気、財政などを担当、1975年にNY特派員。帰国後は雑誌編集・編集局経済部長・東京本社編集局長を歴任、2008年、代表取締役で日経を退社。現在は社団法人日本経済研究センターの会長を務める。日本雲南聯誼協会会員