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ふれあいの旅 旅行記F [2008年06月30日(Mon)]

▲其の七 白水台は期待はずれ▲

2008.5.29
 香格里拉の観光案内に写真が掲載されている白水台、期待してバスに乗った。Iさん夫妻など一部の人は頭がフラフラするのでホテルで休息することになった。ホテル8時出発白水台到着10時40分。曲がりくねった道に揺られて、乗っているだけで疲れる。海抜はかなり下がってきたようだ。天気も良く暑い日差し太陽が燦々と照りつける。「あそこが白水台です」と説明、水の流れが大変少ないようである。歩いて20分白水台を眺める。パンフレットなどの写真とはかなり違う景観である。水がチョロチョロ流れているだけ。石灰岩の雄大さはない。雨季で雨が多く流れていたら絵になったのに残念落ち込み

流れが少なく雄大さに欠ける白水台

 駐車場の近くのレストランに入って昼食。気温30度もあるだろうか。
この白水台は、石灰岩の侵食で出来上がったもので、四川省の九寨溝が代表的である。
 香格里拉には15時20分に帰ってきた。
 本日の夕食は中国側が招待してくれるとのこと。断ったけれども会食したいとのことであった。
 ホテルを出る前に一名の方が身体の具合悪いと訴えた。看護師の経験があるSさんが脈を図ったりして、中国側の人と共に向かいにある病院に行った。他の人は古城のレストランで会食となった。何となく重い空気の中で乾杯した。

参加者の方による人形劇OK

 Iさんは病院に一晩入院して点滴や注射で落ち着いたようである。翌朝ご本人から「大変ご迷惑と心配をおかけしました。大分落ち着きました。しかし大事をとって昆明に早く帰ることにしました」と丁重な挨拶があった。

(つづく)
ふれあいの旅 旅行記E [2008年06月27日(Fri)]

▲其の六 支援第2校目吉能小学校訪問・交流▲

5月28日
 香格里拉の入り口で車が止まる。現地中国側の関係者が待っていた。早速チベット族の風習である白い布を首に掛けてくれ、お酒乾杯で一人ずつ歓迎される。その案内で吉能小学校に向かった。
協会の支援第2校目学校であり、1年生から3年生まで生徒数16名、先生一人。この先生は支援が始まった時から5年以上もここで頑張っておられるとのこと。協会の支援があったから辞められないと言っているようだ。この学校に住み込んで教育に携わっている。子どもたちと先生の歓迎を受けて校舎に入る。
早速生徒一人ずつにお土産プレゼント>を渡す時、全員が校庭に並んだ。団員から一人ずつお土産を渡して握手する。先生と学校にも地球儀などのお土産を寄贈した。

すごーい!お土産をしげしげと見つめる生徒たち

村人たちも集まってきた。教室に入り、団員と小学生の交流が始まった。折り紙で鶴や飛行機飛行機を折ったり、風船をふくらませたりして真剣である。最初緊張していた子どもたちは除々に打ち解けてきた。校庭にでて紙飛行機を飛ばし始める。男の子は飛行機が気に入ったようだ。一人の先生でどのように授業をしているのだろうか。頼もしい先生。トイレも整備されているが水だけは無かった。

参加者の方に折り紙を習う女の子 真剣な表情ですね

風船と折り紙をもらって大満足です!

近くのおばちゃん達もうれしそうに写真カメラを撮らせてくれた。教育はこのような積み重ねが大切なことであろう。
 我々が帰る時には、マイクロバスまで全員が見送りに出てきた。「再見 さようなら」ラブ輝かしい目をした子どもたちの顔は忘れることはないだろう。この学校は香格里拉空港の近くであった。
17時香格里拉のホテル「雲南航空デーチン観光酒店」に到着。酸素を必要とする人が増えてきた。困った海抜3400メートルでは無理もないことである。19時からの食事でも元気のない人がいる。私自身も何かぼやっとしている感じである。夕食後に古城を散策したがゆっくりでないと歩けない。古城の広場では地元の人たちが楽しく踊っている姿があった。男女年齢に関係なく様々な曲で踊り方が違っている。庶民の娯楽の一つであろう。この踊りを眺めていると世界が平和、四川の地震も忘れているようだ。空気が薄いので重い足取りでホテルに帰る。シャワーはお湯が出たので3日ぶりに汗を流した。

(つづく車
ふれあいの旅 旅行記D(安達武史さん記) [2008年06月25日(Wed)]

2008.5.28                            
虎跳峡から自動車香格里拉へ     

 本日からの日程は、更に海抜が高くなり3000メートル以上である。山
 8時にホテルを出発して、峠越をすると右手前方に玉龍雪山が聳え、眼下に長江上流の金沙江が見える。長江の全長約6000キロメートルであるが、この地点で4000キロメートルくらいだろうか。上流でも赤茶けた色である。金沙江に下る途中にはイチゴを販売しているおばちゃん達「うまいよいちご」と声をかけいいる。イチゴのほかに葡萄やリンゴ、梨など果物が植栽されている。          
 虎跳峡の駐車場到着10時、渓谷までは金沙江沿いに40分ほど歩かなければならない。人力車もあり乗る人もいる。この渓谷は玉龍雪山(5596m)と哈巴雪山(5396m)の間にある。もともとは一つの山であったものが長い年月をかけ金沙江の侵食により分断したと言われている。両方の山は地質、植生が全く同じとのこと。谷底の幅は一番狭いところで30メートルほど、虎が跳び越えたとの伝説から「虎跳峡」(谷の深さ3900m)と呼ばれるようになった。水量が多く洪水の激流のような流れである。泳ぐ

激しい流れの虎跳峡

再び駐車場まで戻ると12時少し前、レストランで昼食。田舎の食事は大変美味しい。料理先ほど買ったイチゴも美味しかった。
 午後は国道214号香格里拉まで坂道が続く。海抜が上がるにつれて植生が違ってくる。またツツジの開花状況が、低いところでは散っているが3000メートルを越えると紫色の花が残っている。

海抜3400メートルほどになると一面ツツジの花畑が広がっていたキラキラ
みごとに咲いた一面のツツジ

高地にこのような景色があるとは想像も出来なかった。
まさにキラキラ香格里拉キラキラである。
ツツジの花畑で一休み。遠くに牛が放牧されている。

(つづく…)
ふれあいの旅 旅行記C(安達武史さん記) [2008年06月24日(Tue)]
▲其の四 圧倒された玉龍雪山▲山

2008.5.27
 古城の朝は遅い。明るくなった6時20分に散策しても扉が閉まり、歩く人がいない。夜とは違う表情である。街の中を掃除する人がやっとチラホラ、観光客の写真を撮る人、小学生が学校に行く姿と序々に増えてくる。玉龍雪山は昨日より良く見えてきた。その雪解け水の流れは生活水に使用されているのか清流ではない。8年ほど前は清流が見事であったと記憶している。世界遺産になって自然の良さが少しずつ失われているのは残念である。                       
 朝食はホテル向かいの食堂で7時でないと店が開かない。パン、卵焼き、果物とヨーグルト、コーヒーだけである。この食堂は外国人が多く利用している。様々な図書が置かれており、日本のものも数冊あった。必要な人は自分が持参したものと交換できるシステムである。

 本日のメーンイベントは、玉龍雪山(5596m)を眺めるため海抜4500メートル地点までバスとケーブルを乗り継いで行くコースである。ホテル8時出発、水と酸素を購入して一人ずつに
配布される。高山病対策を万全にしておかなければならない。マイクロバスで行くと玉龍雪山国家重点名勝区の入口がある。ここから先は専用バス乗り換えが必要である。環境に配慮するため自家用車や観光バスなどの乗り入れが規制されている。専用バスでケーブル乗り場まで移動。芽吹き始めた木々の新緑の中にツツジ、シャクナゲが今盛りと咲き誇っている。写真を撮ることができないのが残念。
ケーブル乗り場は海抜3356メートルである。ケーブルの頂上駅が海抜4506メートル、標高差1150メートルを約10分で上ってしまう。一気に酸素が薄くなる。3000メートル越えた頃から頭が少し重かった。展望台に到着したら玉龍雪山の幾つもの峰が青空に真っ白い姿で迫ってくる。頭の痛いのも忘れて見とれていた。


玉龍雪山の展望

4506メートルの石柱が立てられている。雪がまだ多く残っているので展望台巡りは禁止されている。展望が最高のことに感激。下からもくもくと雲が流され、時折頂上付近が隠れる。足が自由に動かないので、ゆっくり移動。三脚は持たなかったが手持ちで何枚もカメラに収めた。
 あまり頭が痛くならないうちにケーブルで下がることが必要。約40分間のドラマであった。ケーブルで下がりながら、バスの駐車場やゴルフ場が見える。こんな観光地に何故ゴルフ場を作ったのか不思議だ。駐車場のレストランで昼食としたが、観光客でごった返しており、出されたものに手を出す人は少なかった。観光地のレストランは味もサービスも良くない。
 午後は別のバスに乗り込み、藍月谷に移動する。清流が藍色しており神秘な流れと堰が見事である。ここでツツジやシャクナゲを撮ることができた。ここから眺める玉龍雪山は谷間から眺められる。


藍月谷を望む

 駐車場から再びマイクロバスに乗り込み、国宝級の壁画がある白沙村と麗江古城と同時に世界遺産に登録された束河村の見学である。
 15時50分には束河村から麗江に移動。夕食は18時半から新市街地の火鍋レストランで食事。野菜類が多く日本人には程よい味である。四川の火鍋を味わったことのある人には辛さが物足りない。食事後は古城を散策しながらホテルに戻った。

(つづく)
ふれあいの旅 旅行記B(安達武史さん記) [2008年06月23日(Mon)]

■ 其の参 麗江で古城散策 ■

 2008.5.26
 昆明の夜明けは遅いZZZ

 午前6時過ぎにようやく東の空が明るくなる程度。明けると同時に昆明の街をジョッギングする。走る市街地の中心を流れるパンロンリバー沿いに走ると、朝市や太極拳、走っている人、鉄棒にぶら下がる人、散歩する人など様々な市民の顔が見えてくる。7時過ぎには出勤の人、バス、自転車と増えてくる。ホテルに戻ってシャワーを浴びる。お湯が勢いよく出るので快適。朝食はバイキングであるから中国食や洋食など種類が豊富でうれしい限り。西洋人宿泊客が大勢食べている。
 その後両替をする。1万円651.97元で1元が約15.3円である。対ドルでは中国の元は高くなっている。中国旅行では円から元に交換する方が良いOK

 チエックアウト後9時30分空港に移動。
 事前に手荷物にはボトル、ライター、ナイフなど入れないように何回となく全員に注意を促す。空港のチエックインで預ける荷物が24個になった。重量が45sオーバー、1s10元のオーバーチャージ計450元支払ってパスした。一人30元ずつ均等割りで臨時徴収。身体検査、手荷物検査を受ける。昨日パスしても本日没収されたものもあった困った。とにかく厳しい検査である。CZ3491便定刻11時40分。定刻より10分早く離陸する。麗江到着12時20分。途中大理の近くの耳海が見えた。雲が多く玉龍雪山は顔を出さなかった。

 借り上げたマイクロバスに乗り市内に移動する。途中で玉龍雪山が少し見えている。麗江の街で昼食を済ませてからホテルに移動。宿泊する麗江古城三合酒店は古城の北部にある。古城には車が入れないので近くの駐車場から歩かなければならない。トランクなどは荷物運搬(リヤカー)を依頼する。歩いて10分で到着チエックイン。古城の中のホテルは古めかしい造りとなって情緒がある。水道やトイレ、お湯など出るのか確認する。テレビも大丈夫である。(ホテルに泊まったら最初に確認よ!)

 麗江の見学は、玉泉公園から始まる。公園内の黒龍潭(池)から玉龍雪山の眺めは最高であると言われているが、残念ながら頂上付近は雲に覆われている。ここ麗江は納西族が多い地域である。納西族の象形文字・東巴文字(トンパ文字)は今でも大切に継承されている。博物館でトンパ文字の説明を聞く。
 古城に戻ってから獅子山公園に上り古城を展望する。18名の歩きに違いがあるので二つに分かれてしまった。古城内が複雑に入り組んでおり間違いやすい。公園の展望台からは古城が一望でき、北に玉龍雪山が少し見えている。西側は新しい町並み。古城は世界文化遺産に登録されている。
 早い組が展望台から降りてきたら遅い組と合流した。道を間違えて上ってきたようだ。中腹からの眺めも素晴らしい。全員で記念撮影した。そこには上海から来た日本女性二人がいたのでシャッターを押してもらう。
獅子山公園の展望台にて


 19時からホテル横の食堂での夕食。2階の道に面した席3グループに別れて中国料理をいただき、岩田さんとご一緒だったので白酒を追加注文した。久しぶりの白酒は海抜2400メートルの麗江では酔いが早い。夕食後は協会の二人はおみやげ整理で大変だったようである。子どもたち一人ひとりに渡すように準備しなければならなかった。
21時に部屋に戻ってシャワーを浴びようとしたら水しか出ない。皆が使うと水になってしまうようだ。温湯容量が少ないのであろう。仕方なく水で汗を拭き取った。

(つづく猫)

ふれあいの旅 旅行記A(安達武史さん記) [2008年06月17日(Tue)]
▲其の弐 広州到着▲

乗り換えの広州空港は予想以上に混雑していました

 広州の入国検査はスムースである。トランクを受け取り、1階から3階にエレベーターで上がり国内線の出発カウンターに移動する。
 ここで一つ小さな出来事があった。
 昆明行のチエックインカウンターが分からず、3階で搭乗口との間を行ったり来たりした。成田から座り続けていたので良い運動だったね(?)走るチエックインカウンターで17名一緒に手続きを行う。
 この時2つ目の出来事があった。「パスポートを出して下さい」数えたら16しかない。「パスポート出さない人は誰かしら」一人ずつ確認していて「私出していなかった」と七田さん。皆大笑い笑い。預ける荷物は全部で21個。2個ずつ計量され何とかパスした。
 
 国内線の身体検査と手荷物検査が大変厳しい。液体入りボトル、ライター、小さなナイフなど全て没収され、上着と靴を脱がなければいけない。汗それでもピーと鳴る。全員が身体検査される。チベットの紛争やオリンピックのために厳格になっているようだ。
没収された人、手を挙げてー!困った
 
 MU5736便(南方航空)定刻17時10分。ほぼ定刻通りに離陸、昆明に向け飛行を続ける。機内食が出される。ただしアルコール類はない。悲しい

 昆明には19時30分頃着陸。預けた荷物はかなり乱暴に扱われたのかダンボールは壊れていた。出口では昆明支部の林さんが迎えてくれた。まる
バスに乗ってホテルに行く前に夕食とのこと。昆明名物「過橋ミーシエン(米粉で作ったウドン)」をいただく。入ったレストランは以前数回利用したところであった。

丸1日の移動、お疲れ様!
二つのテーブルに座り、2本ずつ大理ビールが出される。Iさんは紹興酒を追加注文していた。中国のビールはアルコール4パーセントと日本より低いので飲みやすかった。ただあまり冷えていない。(中国人は常温ビールが常識ジョッキ)            

夕食後昆明飯店に移動しチエックイン。

長―い、長い一日が終了した。22時就寝。

〜 つ づ く 〜

ふれあいの旅 旅行記(安達武史さん記) [2008年06月13日(Fri)]
皆さん、こんにちわ花
雨降りの寒い日と快晴の暑い日と、交互にやってきて体がびっくりしてしまう今日この頃ですが、お変わりありませんか?

さて、皆さんご存知のように、5月25日〜6月4日まで第17校目の茂頂小学校の開校式ツアーが行なわれました。
今回の小学校は、今までの支援校の中でも比較的標高が高めのところ山にあったためか、ツアーに参加された方々は、酸素不足に悩まされる一幕もあったようですが、なにはともあれ、皆さん無事に帰国することができましたウインク

そのツアーに参加された協会会員の安達武史さんが紀行文メモをお寄せ下さいました。
開校式の様子はホームページ上でご紹介する予定ですが、そこではお話ししきれない現地の雰囲気を感じていただけると思います。紀行文は、これから数回に分けて掲載していきますので、どうぞお楽しみにびっくり(なお、ご本人にご了承いただいて、一部加筆修正しています。)

では、今日はまずその第一回目です!



〜チベット族が暮らす山岳地帯・中国雲南省徳欽へ〜
第17校目 茂頂小学校開校式ふれあいの旅


其の壱 成田集合で旅が始まる飛行機

2008.5.25
 午前7時50分成田空港で協会の七田さんが「日本・雲南聯誼協会」の看板を掲げて待っていた。今回のツアー参加者は17名。最終日程と旅の栞等をいただく。
全員集まったところで簡単な自己紹介。(広州空港で全員の自己紹介をしました。)(旅行中に気のついたこと一言追加しました)

 団長の峰尾さん夫妻・・・今回の日程や栞を作成していただいた。現地は2回目      
 Kさん・・・峰尾さんと高校の同級生であり旅仲間
 Sさん・・・峰尾さんと高校の一年後輩であり旅仲間、現地2回目 机支援
 Iさん夫妻・・・何回となく中国や海外旅行をしている、昆明に早めに移動
 Uさん・・・岩田さんの妹、山歩きや花に興味を持って行動派
 Aさん・・・78歳今回のツアーの最高齢、8年前協会のツアーに参加 
       元気そのもの
 Eさん・・・島根県から参加、写真を沢山撮っていた
 Nさん・・・中国初めて、海抜3000メートル以上は辛かったようです
 S出さん・・・中国初めて、香格里拉から昆明に早めに移動 ランが楽しみ
 S根さん・・・理事長の知り合い。参加者の健康相談で助かった
 Hさん・・・関根さんとの知り合い 場を盛り上げてくれた
 K田さん・・・旅なれた人、海外旅行経験豊富
 Yさん・・・支援小学校宿泊が気に入り参加 安達と知り合い
 安達・・・副団長は名前だけ、お世話になりました
 七田さん・・・支援17校目の現地に参加できず残念 欲求不満???
 現地参加 林さん・・・参加者の意見を良く聞いてくれました 昆明支部頑張れ
 以上18名


<広州空港で結団式を行なう参加者の皆さん(協会撮影)>


 成田発定刻9時55分JL603便、チエックインは4名ずつ自動チエックインのため、私とHさん、Uさん、K田さんで行う。私たちの団体が入ったのでチエックインは少し混雑。座席を自分で指定できる。搭乗券をもってトランクを預ける。私の荷物は22.5s。出国にあたって最初は手荷物検査、無事パス。続いて出国検査・パスポートに出国のスタンプが押される。搭乗ゲートは99番と最も遠い場所。搭乗者が乗り終わったら定刻より早目に離陸。(やることが早いね?)

 東京から富士山→名古屋→大阪→広島→福岡と西に向けて飛行を続ける。厚い雲に覆われ下界は見えない。モニターテレビで飛行位置、高度9000メートル、飛行速度900km/時が表示されている。機内食が出される。エビスビールで旅の安全のため乾杯、和食を食べながら白ワインをいただく。やがて上海上空から中国の大地を南に方向が変わる。広州空港が近くなってから、着陸許可が出るまで上空で旋回しているようだ。定刻より20分遅れの14時頃に着陸した。気温は30度。(暑いぞ)

〜つづく〜
雲南支部スタッフの四川省大地震感想記 [2008年06月12日(Thu)]
雲南支部スタッフの
四川省大地震体験感想記

5/19昆明の事務所の近くで開催された地震被災者への追悼会


四川省大地震が起こった2008年5月12日。

私たちはNPO法人 日本・雲南聯誼協会の雲南支部事務所で、普段通りに仕事をしていました。
その時、突然机が大きく揺れ、私たち自身も具合が悪くなった時のように眩暈と急な吐き気を感じました。でも、誰もそれが「地震」なのだと思い至ることができませんでした。これまで生きてきて、このような揺れを感じたことがなかったからです。すぐに事務所の扉の外側で人々が大きな声でしゃべる音が聞こえ、ようやく地震だったのだと分かりました。

まずとっさに考えられたことは、外に出ることで、スタッフは皆でドアを閉めて、急いで階段を降りて行きました。階段を下りていく途中でも地震の揺れをはっきり感じていたので、その時は、「もしビルが崩れたら…」と色々なことを変に考えたりして恐怖と不安を拭い去ることができず、階段を降りる時間がとても長く感じました。普段はそんなに階段を昇り降りすることのない私たち昆明の都会っ子ですが、同じくスタッフで女性の林さんがそばにいたので、彼女が転ばないようにと注意しながら一緒に階段を下りました(協会の雲南支部事務所はビルの20階にあります)。やっとのことで1階に着くと、私たちと同じようにふらふらになりながらビルから降りてきた人たち数百人ほどで地上の広場は埋めつくされていました。
皆、一体どこで地震があったのか見当もつかず、心配と焦りから家族や知人に携帯電話をかけまくっていました。

後に、四川省の大地震だと分かったのですが、もしも今後昆明であのような大地震があったら、私たちはどうやって自分の身の安全を確保すればいいのか、建築物は大丈夫なのか…、などなど、他の地域の不幸なできごとではありますが、報道などを見るにつけ、ついわが身を案じないことにはいられません。

今回の地震では、多くの子供たちが命を失い、身体の一部を失い、家族を失い、大自然の災害と対面することで人間の無力さを痛感しました。
でも、最も私の心に印象を残したのは、毎日国内のテレビ番組などで取り上げられる、災害と立ち向かう人間の逞しさです。生きている限り私は頑張らなくちゃいけない!そう思う今日この頃です。

写真は、5月19日に昆明の事務所近くで催された、地震被災者へ捧げた黙祷会の様子です。

6月11日12時現在、地震による死者は69,146名にのぼり、未だ行方不明の方は17,516名となっています。(中新網の報道より)また、雲南省では昆明市も含め大きな被害はありませんでした。

(雲南支部・王権犬)
(日文訳:waterlily&しっちー)
四川大地震募金と開校式ツアー [2008年06月06日(Fri)]
皆さん、こんにちわ!
なんだかお天気が不順だなぁと思っていたら、知らないうちに梅雨雨に入ってしまったようで、ちょっぴりがっかりしていますが、この季節なりにいろいろ楽しみ方があるかもしれませんね。

さて、前回もお知らせしましたが、四川大地震の救援募金は本当にたくさんの方々からご協力いただき、6月6日現在、1,966,000円になりました。
す、すごい・・・ウインクびっくり
ほんとうに、ほんとうにありがとうございます!
募金がある程度の額にまとまりましたら、協会一同が責任を持って現地にお届けしたいと思っています。

先日、17校目の茂頂小学校開校式ツアー(雲南省迪慶チベット族自治州)に参加したスタッフの話では、雲南省には四川大地震による影響はほとんどなく、また四川省成都市もほぼ通常の生活に戻っているとのことでした。それを聞いて、ちょっと安心しましたが、いずれにしても、一日も早く、現地の皆さんが安全で落ち着いた生活に戻れることをお祈りしています。

さて、その開校式ツアーも、会員及び参加者の皆さんのご協力により、なんとか無事に(?)終了しました。
ツアーの様子は、後日改めてHPでお知らせしますが、一足お先に写真を少しお見せしますね!


<開校式で歓迎の踊りを踊る子どもたち>


かわいいですね〜笑顔
一ヶ月も前から練習してくれたそうですよ。

さて、現在東京本部は、協会の一大イベント、総会に向けて準備に追われています。

たくさんの資料、印刷物、封筒などを準備中。ボランティアの方にもお手伝いただいて、来週には皆さんのお手元に発送できる予定です。

私にとっては初めての総会なので、当日はどんな感じなんだろう???と想像をめぐらせています。
総会でたくさんの方にお会い出来るのを楽しみにしています。
どうぞ、皆さんいらしてくださいね。