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公衆衛生専門家ウスダさんの初めて雲南省B [2008年01月29日(Tue)]

年明け早々の1月7日。
第二回ワークショップ実施のため、当協会支援第11校目白云小学校へと再び向かったウスダさんと雲南支部の林さん。今日はどんな出来事がおこるのでしょうかネズミ

******

建水・白云へ出張に行く朝もいつもどおり晴れていました。
協会関係者のKさんが用意した4輪駆動の車に同乗することになり、昆明ホテルを出たのは朝8時半でした。しかし、ちょうどもうすぐ半分の道のりになろうとするところで、車が突然止まってしまった。紆余曲折の結果、ガソリンがないという結論になり、運よく通ったパトロールカーに運転手を乗せ、ガソリンの調達に行ったまでは良かったのです。

ところが、結局、ガス欠が原因ではないことが判り、通りがかりの車を警察が強引に止める始末。親切な人はいるもので、私と林さんは、その強制ヒッチハイクの車で先に建水へと向かったのでした。しかし、その車は建水までで、その先の白雲村までは、別にアレンジしなければなりません。建水華僑連合会の趙さんも白雲村のワークショップに出席することになっていたので、華僑連合会にお願いすることにしました。今いくと電話連絡があってから待てどなかなか建水華僑連合会の車が来ない。やや重めの荷物を担いで待つこと一時間、やっと来た車には何故か同じくワークショップに出席する盆科鎮の人たちも乗っていたのでした。てっきり待たせていると思い気が揉んでいたところに当人たちが現れた訳です。車がようやく白雲むらに向かい始めたころ、後から来るはずのKさんと同伴の通訳の方から、もう白雲むらに着いたとの連絡があったのでした。

ワークショップを終わらせたのは5時過ぎでした。その頃、学校前でちょっとした騒ぎがありました。薪を積み込み列をなした馬車がちょうどワークショップに出席していた副鎮長らに止められ、馬車上の農民たちが激しく叱責されていたのです。はげ山が広がり、危機的な状況にある山の木を切ることは、御法度です。薪は明らかに山に落ちていたものではなく、切られたものでした。副鎮長らはワークショップで見せた穏やかな顔ではなく、明らかに怒りがありありで、農民たちは怯えているように見えました。斧が没収され、薪も馬車から下ろされました。その薪をちゃっかり小学校の炊事場に運んでいる校長汗には少し笑えましたが・・。
薪を没収されてしまった村人

そんな出来事があり、もうすっかり暗くなったころ、夕食の用意ができているので食べてくれとのこと。副鎮長らにとっても学校にとっても折り込み済みのイベント、のようです。隣の席には村主席が座り、白酒をいつものように勧めます。仕事のことを考え、最初は飲めないことを装っていましたが、鎮の方々にはもう白酒を飲むことがバレているので、少し飲むことを決心。そしてこれまた、いつものように村主席が前にある料理を嬉しそうに勧めます。彼の箸とレンゲで何度もたっぷりと茶碗にもってくれる。
世話焼き上手の村主任(左)とパートナー団体・建水華僑聨合会趙さん(右)


宴もたけなわになったころ、林さんが「あることを発見した。食事の後で教える」という。

夜の8時過ぎに白雲を出発、建水の街に着いたころ、建水華僑連合会の趙さんが、どうしても屋台に連れて行くという。建水県の広報の人と副鎮長の5人で町中にある炉端焼きのようなところへ。趙さんだけが酔っている。そのとき、急に思い出し、林さんにところで、さっきの発見ってのは何?と聞いたのでした。

そ、それだけは・・。

校長は副鎮長らが来るのでハリキッて犬肉の料理を振る舞った。しかも、村主任が隣で次々にたっぷりともっていたヤツだった訳で・・。文山で犬鍋レストランを見てから、林さんには犬だけは食べないと言っていた訳で・・。吐こうにも遅すぎ、なにかこの日のワークショップ後の出来事の後味の悪さとだぶり、からだに悪い油がたまったような気になったのでした。

ウスダ〓(公衆衛生専門家)
公衆衛生専門家ウスダさんの初めて雲南省A [2008年01月23日(Wed)]

 こんにちは!
 今日は、1月3日と4日に自然エネルギー推進市民フォーラム(通称REPP)の方々と、雲南省、元陽県攀枝花郷を訪問したときの視察記録です。
 元陽へは建水を経由して行ったのですが、高速道路の左右の景色は前回通った一ヶ月前とはずいぶん変わっていました。菜の花がまるで泡立つかのように緑の平原に広がっていたのです。建水を過ぎてからはジグザグの険しい山道でしたが、天候にも恵まれ、午後3時半ごろには棚田に到着したように思います。
 棚田と近隣の村への訪問は、攀枝花郷の共青委書記、蘇万血という方に案内してもらいました。村の訪問の際、とても驚いたことがありました。ある家のバイオガス施設を見学していたとき、放し飼いにされていた牛が飼い主の家の入り口でずっとわれわれが帰るのを待っていたのです。牛は柵の中で飼われるものと思っていたのですが、わりと自由に行き来し、当然のように自分の家に帰ってくることが驚きでした。
 それともうひとつ。村は山の上部にあり、棚田は山の中腹以下に造られているので、村人は棚田まで通うことになります。村人によると田んぼまでの移動時間は約1時間、一番遠い田んぼまでは歩いて4時間かかるとのことでした。棚田の自然美はもちろんですが、何より、それを造り上げ、維持してきた営みに、感動したのでした。昆明までの帰路の7時間、おぼろげにひとつのものがたりが浮かんできたのです。

「山に落ちたお日さまの手鏡」


笑い続けるのも楽じゃないとお日さまがほおづえをついた。
そのとき、ほおづえをついた手から、するりと手鏡がすべり落ちてしまった。
雲の間をぬい、手鏡はひらひらと舞いながら、やがて山の上に落ちて粉々に砕けた。
幾千もの雷鳴がとどろき、山の民は怯えた。

お日さまがお怒りになったに違いないとむらむらの長(オサ)たちが集まり、いさめる方法を考えた。勤勉だが貧困に喘ぐ山の民たち。彼らにあるのは泥と従順でやさしい水牛たちだけだ。長たちは砕けた手鏡の破片のひとつひとつを土で固めて手鏡をもとどおり再生することを決めた。ひがな一日、砕けた破片の淵を泥で丁寧に山の民たちが山に貼り付けていく。ひがな一日、水牛は山の民たちが固めた破片を縦横に動いて鏡の破片を磨き挙げる。1ヶ月が過ぎ、1年が過ぎ、10年が過ぎ、100年が過ぎ、もとの手鏡らしき形ができてきた。

あまのじゃくのお日さまも山の民たちの働きにこころが動かされ、やがて山の上の手鏡として愛着を持ち始めた。お日さまは、手鏡として使う時間を年の限られた数ヶ月にし、普段は田畑として山の民や水牛たちが望む作物を授けた。

山の民たちは、お日さまへの感謝の気持ちを持ち続けようと子から孫へ、手鏡の再生の仕事が受け継がれた。1000年の月日が過ぎ、山の上の手鏡ができあがった。山の手鏡は変わりゆく彩雲や明け方に学校に通う子どもたち、野良にでかける山の民たちを今も映し出している。

ウスダ(公衆衛生専門家)
公衆衛生専門家ウスダさんの初めて雲南省 [2008年01月21日(Mon)]

皆さんこんにちは!

当協会では、新たな学校建設フォローアップ事業の一環として、現在、小学校の環境衛生の改善と子供たちや先生、親、村人たちの健康と衛生に対する対処能力を向上させるために、保健衛生プロジェクト学校を企画しています。
昨年の12月より2ヶ月の予定でこのプロジェクト計画の基礎調査のため、当協会の要請でJICA専門家派遣制度により公衆衛生専門家のウスダさん笑いが雲南省を初めて訪れました。そんなウスダさんが、調査以外の部分で感じた雲南の習慣の不思議や驚きを、少しずつ紹介していきたいと思います!
今まで見えてこなかった雲南省の真実はてなびっくりの姿が浮き彫りに…

*******

文山の様子。
文山までは昆明から車で6時間あまり。
訪問中は概ね晴れでしたが、前日の視察では霧がかかり、山の上は道が見えるだけで雲の中を走っているようでした。

文山の街は建水よりも遥かに大きく、人がごった返していました。街の西側にノコギリのように切り立った峰々が迫り、東側にはなだらかな山に8重の塔?のようなものがシンボルとして建てられています。

これまで訪問した県都で見られた新街地の建設がここでも進められていました。街のあちこちに金ぴかのビルが建ち並ぶとともに、少し入った路地はあいかわらず汚い・・・・、けれども活気と驚きがあります。24日、まちなかの屋台や露店がどこまでも続く長い長い路地に入りました。建水でも見た様々な彩りの野菜や豊富な肉類、香料のほか、ナマズに雷魚、カエル、どじょう、ウナギ、コイなど、これまで見かけなかったものもありました。キノコ類も結構あって、南に移動したことを感じさせてくれます。

夜、帰国華僑連合会の主席らにチワン族の鍋料理のレストランに招かれました。出された料理について主席からは親切な説明をいろいろ受けたのですが、やっぱり辛く、食べたものがいったい何で、これまで雲南のあちこちで食べたものとどこが違うのか良く分かりませんでした。相当、いろんなものを食べたことは確かのだけれども。

そのレストランを出るとき、隣にも大きなレストランがあることに気がつきました。
どうやら犬を食べさせる店らしい。
チワン族は犬を食べる民族だと。
ただ、もっとも目に止まったのが、その看板に美しい大きなゴールデンリトリバーが描かれていたことです困った

食べるにしても高級犬はゴールデンなのかと。



ウスダ(公衆衛生専門家)
独龍江で学校を待つ子供たち37 [2008年01月15日(Tue)]

囲炉裏の火によって結ばれた"暖かい友情"

 今夜は二次会の宴があるということで、夕食は早々に切り上げられた。二次会は、独龍江へ一緒に行った校長先生の自宅が会場となる。真っ暗な集落の中を、懐中電灯で足元を照らしながら、校長先生の自宅へ向かった。漆黒の闇の中を右へ左へと曲がっている内に、なにやら忍びの者になったような妙な気分である。明かりのない世界、これもすでに都会では失われてしまったものである。

 校長先生の家に入った。すでに顔なじみになった人たちが囲炉裏の回りで談笑していた。大きな囲炉裏である。薪がどんどん燃やされ、囲炉裏の火は、集まった人たちの顔を赤く照らし出していた。
 妙な味と匂いのする、黄色というより土色をした酒が、竹の器に並々と注がれた。酒の中に絞めた鶏を入れ、アルコールの中に鶏のエキスが滲み込んだ酒だそうである。マムシ酒ならぬ、鶏酒である。初めて味わう酒で、かなりクセがあり、飲むのに勇気がいる。その酒で互いの健闘を讃え合って乾杯をする。それを二十数名と、何度も繰り返すのである。そのうちに酔いがまわり、鶏酒なのか、マムシ酒なのか、どうでもよくなった。全員が囲炉裏のまわりに立ち上がり、相手かまわず、乾杯を繰り返す。


校長先生宅での二次会/鶏のエキスが滲み込んだ酒がふるまわれた

 独龍江往復の二日間、近頃、滅多に歩いたことのない距離を歩いたのだが、多少の緊張感もあったのだろう、ほとんど疲労を感じていなかった。それが、ここで囲炉裏の火に暖められ、「ご苦労さん」などとねぎらいの言葉をいただきながら、乾杯を繰り返しているうちに、緊張感もとれ、責任を無事果たした安堵感もあってか、次第に酔いとともに疲れがまわってきた。実に心地よい酔いと疲労感である。やっと独龍族から友人として認められたような、実にうれしい気持ちであった。囲炉裏端に座り、パチパチと燃え上がる火を見つめていると、心が和み、人は優しくなれるのであろうか。

 昨夜、小学校の囲炉裏端で聞いた校長先生の話を思い出した。
「我々独龍族は、ずっと昔から、問題が起きると、いつも囲炉裏のまわりに集まり座る。そして、燃える薪の火を見つめながら、話し合いをし、問題を解決してきた。だから、この囲炉裏の火は一年中、もちろん、皆が寝静まった夜中も、燃やし続けておかねばならない。いつ何が起こるかわからないからね」
 やはり、囲炉裏で燃える薪の火には、人の心を和ませる不思議な力があるのだろう。今宵、この独龍族の人々とともに囲炉裏を囲んでいる人は、皆一体となり、あたかも独龍族の人々のように優しい気持ちになっていた。
 独龍江での最後の晩に、遂に我々は、独龍族の人々によって、最高の素晴らしい舞台に上がることが許されたようである。この舞台の上で、見事な舞を披露し、独龍族の人々から受けた暖かい友情に報いることは、新米ではあるが、友人としては当然の義務であろう。よりよい小学校を建設することで、友情に報い、義務を果たしたいと心から思った。

 囲炉裏の火によって照らされた独龍江での最後の夜は、こうして見事なフィナーレをむかえ、そして幕を降ろした。

(つづく)
新年あけましておめでとうございます!! [2008年01月08日(Tue)]



新年、あけましておめでとうございます!!熱燗

昨年中は、大変お世話になりました!
2007年は皆さんにとってどんな1年だったでしょうか?
東京本部スタッフにとっては………怒涛のような一年でした…!!走る
4月の協会初主催「第一回初鹿野惠蘭写真展」あたりから、スタッフ一同、あまり記憶がございませんっ(笑)
それほど忙しく、日本に、雲南省に、中国にと、駆けずり回った一年でした。

そんなあまりはっきりしない記憶の中、くっきりと輝き、残っているものがありますキラキラ
それは会員、協力者、ボランティアの皆さんの、あったかいお気持ち炎です。
駆けずりまわるスタッフを見て、「できることがあれば手伝うからね!」と声をかけてくださったこと。
ご自身の貴重な時間をやりくりして、細かい作業から、大きな仕事まで、笑顔で手伝ってくださったこと。
時間がなくて焦るスタッフに、「大丈夫大丈夫。何とかなる。みんなで頑張りましょう」と励ましの言葉をくださったこと。
毎年、毎月、毎日思うことではありますが、昨年の、怒江の激流を思わせる怒涛の忙しさの中、皆さんの暖かい応援の気持ちや、ご協力が、どれほど心の支えになったか分かりません! 本当に、ありがとうございました!!ラブ

今年は協会にとって、スタッフにとって、そして皆さんにとってどんな一年になるでしょうか?
また修羅場もたくさん待ち受けていると思いますが、そのときには「助けてやるかー!」と声をかけていただけたら、本当に助かります!

どうか今年も一年、よろしくお願いいたします!!

■東京本部スタッフの「今年の抱負」

ネズミしっちー(東京本部)
「筋肉をつけ、且つ痩せる!!!!!!力こぶ

ヒヨコかの(東京本部)
「おみくじを引いたら「半吉」で、「大志を抱くな」と言われてしまいました…。
なので大志を抱かず、平々凡々な一年を過ごしてやるー!!」